第36話 手編みのマフラー


「そんなところで寝ると、風邪ひくよ?」


 目の前に立っているのは、いるはずのない雅。

おまえ、こんな所で、しかもこんな時間に何してるんだよ。


「あの、熱いんだけど」


 頬に当たる熱い缶コーヒー。

俺がいつも飲んでいるコーヒーだ。


「良かったら飲む?」


「……ありがと」


 雅に手を引かれ起き上がる。

あー、腰痛い。つか、色々と痛いな。


「少し血が出ているね。ひどい事するなー」


 雅の白いハンカチが赤く染まる。


「拭かなくていい。ハンカチ汚れるだろ?」


「汚すためにあるハンカチだよ? 変なこと言うね、頭でも打った?」


 反論できない。

雅の後方に武本先輩の姿も見えた。

電信柱に背をつけ、缶コーヒーを飲みながら俺の方を見ている。

何だか、見られたくない所を見られたな。


 先輩はゆっくりと俺に向かて歩いてくる。

あ、なんだか顔が怖い。お、怒られる……。

 

「雅がさ、純平の様子が変だから、バイト先見に行こうって。ホストしてたんだな」


「駅で武ちゃんの帰り待ってたら、純平の声がしてさ。駅で会っていた人って彼女?」


 おっふ。

見られてた。まさか雅にまで。


「彼女、だった。今日、いや昨日振られた。俺が、悪いんだけどね……」


「悪いと思ったんだけど、その後純平の事追いかけたんだ。そしたら、そこの店に入って行った」


「じゃぁ、俺が店から出てくるまでここにいたのか?」


「そうだよ。武ちゃんと合流して、ずっといたよ」


 こんな寒い日に、一晩いたのか?

何考えているんだよ。


「純平、あのさ、周りの人の事も考えて行動しろよ。純平の事気に掛ける人もいるんだぜ?」


「……そう、ですね。今日でここのバイトもやめたし、少し俺も一人で考えます」


「あー、寒かった! 武ちゃん寒くない?」


「寒い、でもこのマフラーはあったかいな。帰ろうか」


「うん。帰ろう。純平も帰るよね?」


 あぁ、俺の帰るところはアパートしかないからな。


「帰るよ」


「そっか、純平は寒くない?」


「寒い」


「だったらこれをあげるよ」


 雅のバッグから出てきた黒のマフラー。

先輩の首には真っ白なマフラーが巻かれている。


「なんだかモコモコするな」


「純平、感謝しろよ。雅の手編みマフラーだぞ」


「雅の? 編んだのか? このマフラー」


「クリスマスプレゼントで武ちゃんに作ったの。ついでに純平の分も作ったんだよ。まぁ、クリスマスはとっくにすぎちゃったけどね」


 冷たい空、冷たい地面、冷えた心。

その心に少しだけ温かい何かを感じた。


 こんな俺の為に、こんな時間まで、こんな寒い中二人はいてくれた。

こんな俺の、ダメ人間の俺の為に、二人は俺を待っててくれた。

何の為? 俺をどうするため? 何かそこに理由はあるのか?


「ありがとう。大切に使わせてもらうよ」


 久々に作り笑顔ではない、本当の笑顔が出せた気がする。

でも、俺の心にはまだ黒い何かが残ったままだ。


 この二人を信じるのか?

他人だろ? どうせ、何か目的があるんじゃないのか?


 裏切られたくない。

この二人には裏切られたくない。


 ……だったら信じなければいい。

信じなければ、裏切られる事は無い。


 簡単な問題だ。

人を好きになるから、人を信じるから起こる問題。

好きにならない、信じなければいいだけだ。。


 なんだ、簡単な問題じゃないか。

俺はこの二人のおかげで悟る事が出来た。


 俺はこの先誰も好きにならない。信じない。

だから、この二人とはずっと一緒にいる事ができる。


 だって、俺はこの二人を。


 信じないし、好きにならないのだから。

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