第32話 お互いにハッピー


 眠い。

だが、来客者を追い返すのはあまりよくない。

特に雅と武本先輩は数少ない俺の理解者だ。


「勝手に上がって、適当に座ってくれ」


 しょうがないので起きる。

早く帰ってもらい、早く寝よう。


 テーブルに置かれたいつもの缶コーヒー。

お、気が利くじゃないですか。


「大丈夫? 最近学校来てないんじゃ?」


「あー、ボチボチ行ってるよ」


「ちゃんと食べてる?」


「もちろん! 弁当に、うどん、コーヒーとうまい酒!」


 雅が悲しそうな表情になる。


「何だか純平、変っちゃったね……」


「いや、変っていない。少しだけ大人になったんだよ」


「辛くないの?」


「辛い? 前より贅沢できるし、楽しいし、何よりあいつがいないから、気が楽だよ」


 言葉にすると違和感がある。

あいつの事、引きずっているのか?

は、まさかね。


「……無理、していない?」


「してなーい。今日は夕方からバイトだろ? 先輩は?」


「今日は課題するって、バイトは休み」


「そっか、だったら一緒に行こうか? 同じ時間だったよなシフト」


「そうだね。たまには一緒に行こうか」


 雅と一緒にバイトに行き、普通に仕事をる。

時給は良い方。でも、夜のバイトの方がもっといい。


「今日も疲れ様でした、また明日もよろしくね」


 店長が一人残る。

忙しそうだよね。毎日大変そうだ。

酒飲んで、楽しんで、女の子たちとお話ししてお金を稼ぐ。

この差って何だろうか。


 雅と一緒に駅まで来る。


「じゃ、俺この後もバイトだから。先輩によろしくな」


「……うん。純平、いなくならないよね?」


「俺か? そんなに心配か?」


「優希ちゃんの一件から、純平変わったよ。私はそれが心配」


「大丈夫、心配すんなー。ほら、先輩が家で待っているだろ?」


「うん、じゃぁね。明日も学校、来るよね」


「気が向いたらな」


 雅の背中を見ながらふと考える。

俺は変わったのか? 変わっていないだろ?

ただ少しだけ、大人になったんだ。


 雅と別れ、携帯を操作しメールを打つ。

さて、今日も頑張りますかね。


――


「翼君、待った?」


 今日もかわゆい恰好の彼女。


「愛ちゃん、今日も可愛いね」


「ありがとう。今日はどこに行くの?」


「店に行く前に、ちょっとデート。クレープでも食べようか?」


「ふふっ、何だか学生みたいだね」


「俺、普通の学生だよ? 出勤前は自由行動!」


 彼女の手を取り、クレープ屋さんに向かう。

季節は十二月となり周りはクリスマス一色。

さて、そろそろお仕事頑張ろうかな。


 クレープ屋さんに着き、彼女の好きなクレープを注文。

客の好みを把握していれば、何の問題もない。


 財布を出し、会計をする。


――バリバリバリバリ


 財布の開く音。

マジックテープの音が響き渡る。


「え? 財布変えた?」


「あー、これ? 前の財布、ファスナーが壊れてさ。これ、家にあった適当な財布」


 まぁ、嘘ですけど。

財布は壊れていない。マジックテープの財布はたまたま持っていただけだ。

しかし、この年でマジックテープは流石に恥ずかしいな……。


「お財布ないの?」


「あー、買おうと思ったんだけど、なかなかねー」


 時期はクリスマス。

さぁ、こい、俺はお前の一言を待っているぞ?


「あのさ、だったらクリスマス、お財布買ってあげようか?」


 きたー! その一言、待ってました!

ありがとう、ありがとうございます!


「え? いいの?」


「だってさすがにその財布は……」


「だったら、俺も何かプレゼントするよ」


「本当?」


「いいって、貰ってばかりだと悪いじゃん。プレゼント交換しようぜ!」


「ありがとう、翼君優しいね」


 いえいえい、前からブランド物の財布欲しかったんだよねー。

先輩たちみんな持ってるし。でもいい金額なんですよ!


「そんな事無いよ。何が欲しい?」


「……リング、が欲しいな」


 リングか。まぁ、適当に買うか。


「いいぜ、サイズは?」


「八号」


「おーけい! 楽しみにしててくれ」


「うん……。翼君、どんな財布がいいの?」


「あー、あんまり考えていないけど、先輩と同じ財布がかっこいいなーって。使い勝手もよさそうだし」


 超有名ブランドの財布。

高いラインだと十万を超してくる。

流石に学生に出せる金額ではない。


「そっか、だったら同じもの買ってあげるよ」


「え? 良いの? いくらか知らないよ?」


「大丈夫。お財布の一つくらい買えるから」


 ビンゴ! 来たこれ!

いやー、良いですね! 良いクリスマスになりそうですよ!


 こうして、俺は自分の店に行き、愛に先輩の財布を見せる。

ブランド名、型式、カラー、売っている場所。

先輩と事前調整も終わっており、販売店の名刺も愛に渡してもらう。


 これと同じ事を俺に着いている客、全員に話す。

こうすればみんな同じものを買ってくれる。

普段は一つ持っていればいい。俺って頭いい!


 そんな腐った考えも、普通だと認識し始める。

客は客。俺は俺。

お互いにハッピー。それっでいいじゃん。


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