第31話 あいつの今


 バイトが終わる。

今朝も朝日を浴びながら先輩と一緒に帰る。


「翼、最近頑張ってるけど学校平気なのか?」


 声をかけてきたのは当店ナンバーワンのミサキさん。

オープンからいる人で、人当たりが良く歌もうまい。

いつもスーツをビシッと着ており、憧れの先輩でもある。


 俺をホストの世界に誘ったあいつは、自分には合わないといい、俺を誘ってからすぐにやめていった。

つか、人の補充してからいなくなれよな!


「あんまり大丈夫ではないですね。でも、こっちの仕事も楽しくて」


「本業をおろそかにするなよ?」


「わっかりました! 俺も早くミサキさんのように看板背負いたいっす」


 店の入り口に飾られてるスタッフの写真。

そこにはいつもナンバーワンになっているミサキさんの写真がある。

ナンバーファイブまで写真を乗せてもらえるが、俺はまだ乗せてもらえていない。


 早朝の街は驚くほどに静かだ。

夜の看板が光っているわけでもなく、歩いている人はまばらだ。


「みっさきちゃん!」


 声をかけられた。


「なんだ、アゲハか。今帰りか?」


「そうそう。昨日はオールで疲れちゃった」


 アゲハと呼ばれた女性。

いかにも夜の蝶って感じだ。


「この子は?」


「うちの新人。結構稼いでるんだぜ」


「ほうほう、どれどれ。若いわねー、今度お姉さんのお店においで。サービスするよ」


 それはどんなサービスですか?

あんなサービスですか? こんなサービスですか?


 いきなり腕を持っていかれ、アゲハさんの右と左に夜の男が並ぶ。

腕に当たる柔らかい感触。優希の感触とは違った大人の感触だ。

駅に着き、解散する。あー眠い!


 家に着き、仮眠をとる前に授業の確認をするのが日課になりつつある。

サボれる授業と必須の授業。

必須の授業は流石に出ないとまずい。


 ……まじか、朝一で必修科目。

あと一時間後には授業が始まる。

まずい。準備しなくちゃ。


 俺は酒も抜けないまま、着替えもしないで急いで学校に行く準備をする。

香水をつけ、アルコール臭をごまかす。平気かな?


 急いで準備したおかげで何とか間に合った。

ふぅー、ぎりぎりセーフ。


 何とか授業もクリアし、すぐに学食へ。

腹減った! 眠い!


 いつもと同じ素うどんを頼む。

今日はお稲荷さんでも追加しようかなー。

テーブルで一人食べていると、向かいに誰か座った。


「先輩……」


「北川か。なんだ?」


 めんどくさい。その表情、厄介ごとの予感がプンプンする。

なんか学校のやつらが少し子供に見えるな。

バイト先といつも絡んでいる人の差があるのか。


「あの、優希ちゃんの事なんですけど……」


 はい? 今さら俺が話す事は無い。

あいつは自分の道を自分で選んだ。

俺には関係のない話だ。


「なんだ? 聞くだけ聞いてやる」


「先輩と別れたんですか?」


「あぁ、あいつが別れてほしいってさ」


「そう、ですか……。あの、文化祭の時にいた男の人、今付き合っているって優希ちゃんから聞いたんですけど」


 あいつか。優希の高校時代の先生。

俺と付き合っているにも関わらず、学校まで乗り込んできたあいつ。

つか、先生が生徒と付き合うっていいのか?

高校生と先生だったんだろ? 


「そうなんじゃない? で、それが何か?」


「最近、優希ちゃん暗いんです。学校でも口数少ないし、週末もずっと連絡取れないし……」


 そんな事は知らん。俺の知った事ではない。

週末はあいつと一緒にいるんだろ。

いいじゃん。好きにさせれば。


「だから、それが何? 俺に話して何かあるの? 俺はもうただの先輩でしかない」


「先輩として、優希ちゃんの事何とかできないですか?」


 は? 何それ? なんで俺がそんな事しないといけないの?


「出来ないな、無理。自由にさせれやればいいじゃん」


「友達として、助けてあげたいんです。たまに、怪我もしているようだし……」


 俺は彼氏として何とかしたかった。

でも、断ったのはあいつだ。

つか、北川も人がいいな。まぁ、あんな事もそんな事も実際に何が起きたかなんて知らないよね。

北川は純粋に友達として心配しているんだよね。


 あー、若い! 若いってすごいね!

青春しちゃってるー。


「だったら、あいつに伝えてくれ。『自分が信じる物を見つけろ。自分の生き方を見つけろ』とな」


 丼に残った汁を飲みほし、席を立とうとする。


「サークル、来ないんですか?」


「行く意味はない。俺は自分の場所を見つけた。あいつのいる場所は大学であり、サークルだ。俺はもう関わらない」


 トレイに食器を乗せ返却口へ戻す。

ふぅー、さて午後は少し時間あるし、帰って寝るか!


 バッグを肩にかけ、校内を歩く。

しかし、スーツは浮くな。まるで就職活動中みたいだ。


 家に帰り、ジャージに着替え布団に入る。

おやすみなさい!


――ピンポーン


 ……誰だよ。せっかく寝ようとしたのに。


「はい」


『純平? 私、雅。今いい?』


 俺は半分閉じた瞼を開け、玄関に向かった。

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