第29話 消える芋


「翼ちゃーん、今日もお疲れ。クローズまでいてくれたけど、学校平気なの?」


 バイトを始めて数週間。

一日の流れも大体把握し、お客さんといい感じで盛り上がる事もできるようになった。


 授業中に眠る事や行かなくる事も多くなったけど、収入はすごい。

欲しい物が大体買えるようになった。


「大丈夫です。それより、時給の件。よろしくお願いしますよ、店長っ」


「はいはい、今月の成績で考えてあげるわよ」


 どうやら俺はここの店では結構優しく話せるほうで、お客さんの受けがいいらしい。

どちらかと言うと聞き手に回る事が多いので、色々な話を聞く。

そうすると、お客さんは喜んで俺の欲しい飲み物を頼んでくれる。


 なんともチョロイ。

さて、今日の客はなんだか芋いな。

俺はボックス席に入り、いつものように話を聞く。


「あ、これ僕の名刺。また来る機会があれば呼んでほしいな」


「は、はい……」


 多分この店に来たのは初めてだろう。

隣の友達の方は先輩が対応している。

しょうがないな、先輩に美人さんを任せるか。


 俺はイモっぽいメガネさんに名刺を渡す。


「無くさない様に財布にしっかりいれてね」


「わ、わかりました……」


 目の前で財布を広げ、中に俺の名刺を入れる。

俺は細目で財布の中身をスキャン!


 パッと見た感じ十数万のお札。

カードはゴールドが二枚。

レシートやポイントカードが散乱していなく、スマートな財布。


 それなりに収入があり、几帳面。

そして、見た目通り服や装飾品にあまり興味が無い。

友達に付き合わされたって感じだな。


 いいだろう、俺の客にしてやる。

俺は彼女の隣に行き、耳打ちする。


「あのさ、今日仕事終わったらご飯行かない? もちろん俺のおごりで」


「……いえ、私、そういうのはちょっと……」


「大丈夫、変なことしないし、連絡先も交換なし。純粋にご飯だけ。おいしいパスタの店、知ってるんだ」


 彼女の財布には有名パスタの会員カードが入っていた。

恐らく洋食、もしくはパスタが好きなはず。


「……生パスタですかね?」


「生。バリバリ生」


「……一回だけなら、ご一緒してもいい、かな……」


 っしゃ。第一関門突破!

先輩とアイコンタクトで情報を交換する。


 先輩も友達の方を連れ出し成功のようだ。

うん、俺って接客業向いているかも!


 店長にアフターの事を伝え、先に上がる。

今日が店が暇だったので、いつもより早い時間で帰れる。


「おまたっせ! ごめん、ちょっと遅れた」


 みた感じボサッとしてるな。

ま、いいか。これから俺の客になるんだ。


「いえ、大丈夫ですよ」


「じゃ、いこうか」


 手をつなぐわけじゃない。

腕を組むわけでもない。

ただ、並んで歩くだけ。


「聞いてもいいかな?」


「何をですか?」


「仕事、何してるの?」


「普通に会社員ですよ」


「普通の? 事務とか?」


「いえ、秘書してます」


 秘書。

重役とか社長とかの秘書かな?


「すごいね、普段どんな事してるの?」


「スケジュール管理とか先方へのアポ取りとか、お茶入れるとかですかね」


「初めて秘書見た」


 クスッと笑う彼女は少し可愛く見える。

メガネの奥に見える瞳が輝き、俺には眩しく見えた。


「ふふっ、秘書なんてその辺にたくさんいますよ」


「そうか? でも、俺は初秘書だな」


「翼君は普段からこのお仕事を?」


 さて、どうしよう。

何と答えるかな?


「あー、他の人には内緒ね。俺、タダの大学生。バイトなんだ」


「えっ、そうなの? 馴れているからずっとホストしていると思った……」


「ひどっ、俺これでもホスト歴二ヶ月よ」


「二ヶ月? なんだ、まだ初心者なんだね」


「まー、そんなところ」


 ふと、ファッションビルが見えてきた。


「ねぇ、ちょっとご飯前に」


 俺は彼女の腕をつかみ、店に入る。


「あ、あの、ここは?」


「四階がレディースフロア」


「こんな高そうな店……」


 多分いつもフォーマルなんだろうな。

このビルは全体的にお値段が良い。昔の俺だったらまず買わないだろう。


「ちょっとこれ着てみてよ」


 手渡したワンピース。

フワッとした感じで、どちらかと言うと可愛い。


「こんな服、何年も着ていないし、恥ずかしいんだけど……」


「いいからいいから、店員さーん、これと、これも」


「はい、かしこまりました」


 笑顔で店員さんは彼女をお着替えしてくれた。

服にシューズ、何点かアクセも。


――シャァーーーー


 試着室のカーテンが開いた。

マジか。目の前から芋が消えた……


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