第28話 新しいバイト


 文化祭も終わり、いつもと同じ日常がやってくる。

やる気のない俺は、授業も適当、レポートも適当、お昼も素うどんのみと、やる気なさマックス。


「片岡、最近どうしたんだ? なんか変だぞ?」


 俺と同じ班の木村。一年からずっと同じ班だ。

お互いにレポートや過去問の交換など、こいつとはウィンウィンな関係を築いている。


「別に。いつも通りだよ」


「……そっか。なぁ、今うちの店人が足りないんだけど、バイトしないか?」


「バイト? 今バイトしてるから、無理」


「空いた時間でいいんだよ。夜の八時から終電まででいいからさ。時給二千円出す」


 その時間なら少し空いているかな?

つか、時給高いねー! いいね!


「何のバイトだ?」


「お酒とつまみを提供するだけ。あと、客と少し話す」


「居酒屋か。まー、どこも忙しそうだしなー。日数が少ないならいいぞ」


「おっけー、店長に話すわ。マジ助かるぜ」


 なぜかその日の夜、面接になった。

実行委員も終わったし、多少なら時間あるし、別にいいか。

家で待っている人もいなければ、予定があるわけでもないしな……。


「お、ちゃんとスーツ着てきたな」


「居酒屋でスーツとか。面接だからか?」


「まぁまぁ、来たらわかるって」


 駅から数分歩いた飲み屋街。

居酒屋と大人のお店が並んでいる。


「ついたぜ、ここ!」


 俺の目に入った看板。

『ホストクラブ・エンジェルナイト』


「おい、何だここ?」


「お酒を提供するお、み、せ」


「おいおい、居酒屋じゃないのか!」


「誰も居酒屋だとは言っていない」


「帰る!」


「まて、待ってくれ! 一週間、いや三日でいい! その間に何とかするから!」


「どういう意味だ?」


「スタッフが一気にやめたんだよ。人が足りないんだ」


 くそ、何だよそれ。俺以外にも誘えそうなやつ、いくらでもいるだろ!


「……他に誘った奴は?」


「全員断られた」


「……見つかるまでだからな!」


「おぉ、神よ! ありがたいぜ!」


 階段を駆け上がっていく木村。その後をとりあえずついて行く。

店内は暗い、そして何か変な音楽も流れている。

うわぁー、大人の店っぽい!


「店長! こいつが今日から入る新人です!」


「んー、いいわね。カオルと違って優しい顔をしているわ」


 おねぇ口調の店長。カオルって誰ですか? 木村の事ですか?

見た感じは綺麗目系の男性。でも、変な化粧をしている。


「補充できるまで、在籍してくれます!」


「あら、そう。補充なければこの子を……。まぁいいわ、よろしくね」


「えっと、片岡純平です。よろしくお願いします」 


 しばらく何かを考え込んでいる店長。

何を考えている? もしかして不採用?

それならそれでいいんですけど。


「……翼ね」


「はい?」


「源氏名よ。ここでは本名は無しよ」


「はぁ……」


「翼君、よろしくな!」


 流れに身を任せていたら、翼君になってしまった。

しかも、お酒を提供とか、席に座って接客するのかよ。


――カラーンコローン


 入り口の鐘が寝る。 

お客さんだ。木村に手を引かれ、入り口に向かう。


「あら、この子新しい子?」


「そうです、今日からなんですよ。ほら、翼、挨拶しろよ!」


 挨拶? 挨拶ってどうするんだ?

ホストっぽくしないといけないのか?

とりあえず、知ってるホストの挨拶をすればいいのか。


 俺は来客した女性の目の前で片膝を着き、両手で女性の手を握る。


「ようこそ、エンジェルナイトへ。今宵(こよい)、わたくし翼が、貴女をエスコートさせていただきます」


 これで良いのかな?


「翼……」


 木村が何か言いたそうだ。


「ぶはっ、あははははっ!」


 お客さんに笑われた。


「何この子、最高なんですけど! 見た目と違ってボケキャラですか!」


「えっと、間違った?」


 木村は笑顔で親指を立てる。

なんだ、これで良いのか。


 とりあえず席に案内し注文を取る。

良くわからないメニューの名前、知らない先輩たちの話。

そして、歌ったこともない歌をお客さんと歌う。


 無理。

酒臭い、こんなに絡んでくるお客さん、相手にしていられない。


「つーばーさー! こっちこい!」


 出来上がったお客さんに呼ばれた。


「はいはーい」


「飲め! 一本入れてやるから、飲め!」


「翼さん、一本入りまーす!」


 店内が暗くなり、スポットライトに照らされながら一本のお酒が運ばれてくる。

ホワイ。何が起きる?


 スタッフの人がお酒をテーブルに置き、ワイングラスに注いでいく。

あー、酒か。俺、あんまり好きじゃないんだよねー。


「乾杯っ」


 お酒は美味しく飲みたいよねー。

あ、でもこれはこれでうまいのか?


 そして、数時間が経過し、そろそろ時間だ。

俺は店長に話し、終電で帰る。


「これ、今日の」


「え? 振込じゃないんですか?」


「うちは日払い。ほら、これで何かおいしいものでも食べて」


 中身を確認すると一万以上入っている。

え? たった数時間で?


「金額間違っていませんか?」


「いいの、今日ボトル一本入ったでよ? インセンティブよ」


 何その制度? インセンデブ?

詳しく聞きたいけど電車に遅れるし、後で詳しく木村にでも聞いておくか。


 今日はあまり深酒をしなかったので、普通に帰ってこれた。

たった数時間でこの金額……。木村、良いバイト紹介してくれたな!

ずっと欲しかったパーツがついに買えるぜ……。


 新しいバイトを始め、もともと先輩に紹介してもらったバイトもし、忙しくなる。

次第に学校へ行く時間を削り、寝る時間を増やす。

バイトに行くことも多くなり、サークルにはほとんど行かなくなった。


 あいつがいるサークル、別にいかなくてもいいよな。

それよりもバイトして稼いで、うまいもん食べて、欲しい物を買う。

こっちの方が人生楽しいぜ!


 そして、店長から新しい仕事を貰う。


「お客さん連れてきて」


「はい?」


「だ、か、ら、新しいお客さんを連れてくるのよ」


「えっと、どうやって?」


「誰でもいいわ、若い女性がいいわね。声かけて、仲良くして、店に連れてきなさい。あなたの売り上げになるわ」


 客引きか。ま、その仕事も普通だろう。

俺は夜の街に溶け込み、物色する。

だ、れ、に、し、よ、う、か、なぁー!


 よし、あの子にしよう!

見た感じ真面目そうな、オフィスレディ。

おしゃれではないが、いけそうな気がする。


「すいません!」


「……私ですか?」


「そうです、貴女です! 今時間ある?」


「会社帰りなんですが、ナンパですか?」


「ま、そんなところかな」


「間に合ってます」


 ハイ失敗!

ざんねーん! 次行きましょ。


「もしもーし!」


「はい?」


「今時間ある?」


「ない」


 失敗! でも次がある! れっつごー!

こうして俺は、次第に人としての感覚がずれ始めて行った。


「今暇ですか! 一杯だけでいいから付き合ってください! あなたで十人目なんです!」


 私服の女性に声をかけた。

きっと街で遊んだ帰りなんだろう。

最後に俺と遊んでくれませんか!


「十人も断られたの……」


「もう、心折れそうなんですよ! 一杯でいいんです!」


 九十度腰を折る。


「はぁ、しょうがないな。一杯だけだよ。もちろんおごってくれるんだよね?」


「割り勘でお願いします!」


「帰れ」



 世の中、そううまくはいかない。

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