第24話 真実とは


 やけに赤信号を長く感じる。

何度も通った事のある交差点。

いつも優希と一緒に通った交差点。

赤信号で手を何度も握り返した交差点。


 くそっくそっくそっくそっ!

俺の苛立ちは一向に消えない。


 青信号と同時にアクセル全快。

目的地に着きバイクのエンジンを止める。


――ピンポーン


「いるんだろ? 入るぞ」


 返事を待たず、勝手に部屋に上がり込む。

いつもこいつは家にいる時にカギを掛けない。


「純平……」


 鉄アレイを両手に持ち、部屋の中で筋トレ中。

額にはうっすらと汗をかいている。


「俺が来た理由、分かるよな?」


 細村は鉄アレイを床に置き、何も言わず俺を見ている。

何か言えよ、俺に何か言う事あるんだろ!


「聞いたのか?」


 細村は小さな声で俺に話しかけてきた。


「軽く聞いた。俺はお前の口から真実を聞きたい。お前からか? 優希からか?」


 しばらく黙っていたこいつは、おもむろに涙を流し始めた。


「殴れよ、殴りたいんだろ!」


 そんな事はどうでもいい。

俺の知りたいのはそんな事ではない。


「答えになっていないな。どっちからだ? おまえか? お前が誘ったのか?」


 頬に涙を流しながら細村は俺に話してくる。


「寝ていたら、彼女が布団に入ってきた。そして、いきなり咥えられたんだ……」


 再び俺の頭は真っ白になる。

吐きそうだ。それよりも、今は真実を確認しなければ……。


「なんでだ? どうして……」


「俺も悪いとは思った。でも、俺、経験ないし……。そのまま流れで……。ごめん……」


「そうか、お前からじゃないんだな」


「誓って俺からではない。純平もイラついてんだろ? 殴れよ、いっそ殴ってくれよ!」


 俺は細村の話を聞いて、何を考える。

どうしたいんだ? 何を求めてここに来たんだ……。


「お前、俺の友達だよな?」


「……昨日までは親友だと思っていたよ。ほら、殴れ、殴れよ! それで気が済むなら、いくらでも殴ってくれ!」


 意味もなく、拳に力を入れる。

さっき柱を殴った右手が痛くてしょうがない。


 俺は細村に、右手を出し無理矢理握手する。


「お前からじゃないんだったらいいよ。これからも俺と友達でいてくれ。急に来て悪かったな」


「まて、待ってくれ。俺の話を――」


 手を離し、俺は部屋を後にする。

バイクにまたがり自分のアパートに帰ってきた。


――ピンポーン


「ん?」


「鍵、返すよ。今度満タンにして返すから、助かった」


「そっか、大丈夫か? 顔、すごい白いぞ?」


「大丈夫。風に当たっただけだ。あと、しばらく部屋にこもるから来るの控えてくれ」


「あぁ、課題か。まだ少し日数はあるし、大丈夫だろ。頑張れよ」


 心臓が痛いまま、俺は自分の部屋に帰る。

鍵は開いたまま。

玄関にはあいつの靴がまだある。


「おかえり……。細村さんの所に行ったんでしょ?」


 あぁ、その通りだよ。お前の言うとおりだ。


「で、それが何か?」


「なんて言っていたんですか?」


 こいつの口をふさぎたい。

何をのうのうと普通に話している?


「お前が誘ったって。なぁ、それは本当の事か?」


 しばらく黙り、そのまま座り込んでしまった。


「そうですよ、私が細村さんに迫りました」


 聞きたくない言葉。

でも、それが真実。二人の言葉に嘘はない。


「なんでだ? なんでそんなことしたんだ?」


 怒りでもなく、味わったことのない感情が俺の中で渦巻いている。

あ、俺ダメかもしれない。


「先輩、私の事嫌いになりましたよね?」


 俺は優希の事、嫌いになったのか?

この件で、こいつに愛想を尽かしたのか?

このままこいつとさよならなのか?


 ……そんな事無いだろ?

誰だって一度や二度の間違いはある。

理由を聞いて、話し合って分かりあえば、きっと理解しあえるはずだ。

俺は、淡い希望を持ち、優希の問いに答える。


「嫌いに、ならないよ。何か、理由があるんだろ? 話してみろよ」


 優希の頬に涙が流れる。


「なんで、何でですか! 嫌いになってくださいよ、私の事もっと嫌いになってくださいよ! そして、お前なんか要らないと捨ててくださいよ!」


「理由、俺が嫌いになる必要があるのか? なんでだ? 一体何があったんだよ。話せよ、全部話せよ!」


 狭い部屋の中に二人の声が響く。

はたから見たらただの喧嘩だろう。

ただ、俺の仲では人生の分岐路にいる話の最中だ。


「……実家に帰った時に、元彼に会ったんです。ずっと、彼の所にいました」


 また、聞きたくない言葉。

俺は最後まで自分を保ったまま話を聞くことができるのか?


「元彼? 別れたんじゃないのか?」


「別れましたよ。高校卒業の日に、別れようって言われて、泣きながら私はさよならしました」


「だったらなんで、なんでそんな奴の所に行ったんだよ」


「実家に帰ったら、彼が駅で待っていたんです。そのまま彼の車で彼の家に……」


「ざけんな! 何だよそれ、だったら何で電話に出ないんだよ!」


「彼が、電源を切れって……。でも、私も今は彼氏がいるって言ったのに! そしたら、彼が殴るから……」


 やばい、俺どうしたらいいんだ。

どう、したいんだ?


「だったら何で細村と、あんなことしたんだよ」


「彼が結婚しようって。今の彼と別れろって。でも、先輩の事も好きなの、私からは別れようって言えなかった。だから、嫌われようって思って……」


「巻き込むなよ、俺の友達をそんな事で巻き込むなよ!」


「しょうがなかった。先輩優しいし、私の我儘なんでも聞いてくれたし、一緒にいると安心するし。別れたくなかったんです。でも、私には嫌われなければならない理由が……」


「元彼か? おまえ、元彼がいいのか? 元彼って何なんだ? 同級生か?」


「……先生。高校一年の時から付き合ってた。みんなに内緒で、親にも話せなくて、誰にも話せなくて……」


 痛い、心臓がはち切れそうだ。


「何だそれ、先生と関係持っていたのか?」


「恋人だし、関係はもちろんあったよ。将来結婚しようって何度も言ってくれた、彼をずっと信じていた」


「だったら何で今さら、なんでそんな奴の事なんて……」


「私と会ったらやり直そうって、もう一度やり直そうって言ってくれた。今度はみんなにも話して、両親にも合わせてくれって」


「お前に痣を作る奴を信じるのか? そんな奴の話、信用するのかよ!」


「だって、私の事優しく迎えてくれた。ずっと離れていたのに、私の事ずっと好きだって……」


「だったら何で、俺と付き合ったんだよ」


「一人が嫌だった。寂しかった、先輩優しいし、一緒にいると楽しいし、素の自分を出しても全部受けいれてくれた」


「だったらその元彼と切れろ。今からでも遅くない、俺とやり直せよ」


 ずっと涙を流し続ける優希。

実家に帰った時の事、元彼の事、そして何があったのか。

たった数日の出来事を俺は優希の口から聞かされた。


「……無理、だよ。先輩とは別れるって言ってきたし」


「無効だ。俺と別れる前にそんな話をしてくるな。俺はお前の事殴らないし、多少のわがままも聞いてやる。お前は元彼と一緒にいてまた殴られたいのか?」


「……殴られたくない。痛いのは、嫌だよ」


「だったら俺の側にいろよ。俺がお前の事、ずっと守ってやるから」


「いいの? こんな事した私を、受け入れてくれるの?」


「俺はお前の事が好きだ。これ以上お前の悲しむ姿を見たくない。いいか、元彼の事は忘れろとは言わない、それを含めて俺がお前を受け入れてやる」


「純、君……。ごめん、ごめんね……」


 俺の胸で泣く優希の姿。

まだ幼い女の子は、俺の胸の中で大声で泣く。

これで、良かったのか?


「あと、俺じゃなくて細村にも謝っておけよ」


「うん……。純君、ごめんね……。もう、私純君から離れないよ。絶対に」


 その日は、夕方まで優希と一緒に部屋にこもった。

久々に過ごす優希との時間。

全部を話した優希の顔は心なしか優しい顔になっている。


 結局、その日は一歩も外に出ないで課題を二人こなした。

そして、数日が過ぎ学校が始まる……。




【後書き】

第一章完結です。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


さて、二人はこれからどんな関係を続けて行のでしょうか?

主人公は幸せをつかみ取る事ができるのでしょうか?


引き続き、第二章でお会いしましょう。

よろしければ★評価やフォローいただけると作者も喜びます。

よろしくお願いします。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る