第23話 裏切った彼女


「じゃ、俺帰るな。また明日なー。ご馳走様でしたー」


「あんまり根詰めないでね。武ちゃん、帰ろう」


「純平もほどほどにな」


「待って下さい、私も帰ります。途中まで一緒に」


 大原、武本先輩、雅に北川。

それぞれが帰っていく。

結局最後まで残ったのは優希と細村。


「良い時間だし、一回シャワーでも浴びて仮眠とるか」


「純君、眠い……。さっきから羊が踊っています……」


 半分目を閉じた優希。


「俺もそろそろ限界。先にシャワー借りていいか?」


「いいぞー。これ、着替えな。俺のジャージだけど入るか?」


「大丈夫だろ。サンキュー」


 先に風呂に入った細村。

優希はさっきからテーブルにおでこをつけ、何か唸っている。


 細村も上がってきて、優希を風呂に入れる。

まったく手間のかかる奴だ。


「ほら優希、上がったら服着て、先に寝てろ」


 いつもは下着にキャミオンリーだけど、今日は細村がいる。

ハーフパンツとTシャツも着せておくか。


 しかし脱衣所で優希の体を見たけど、所々薄くなった痣が見える。

何だこれ、帰省する前日はこんな痣なかったぞ?


「うにゅー、おやすみなさい……」


 先にロフトに上がり、眠りにつく優希。

帰省した時にやっぱり何かあったのか?

もしかして、この痣を見られたくなかったから俺に会いに来なかったのか?


 色々な憶測が飛び交う。

当の本人はすでに夢の世界に旅立ち、俺もシャワーを浴びた。


 上がると床でいびきをかいている細村。

タオルケット位かけておくか。


 むき出しになった腕は、マッチョで男らしい。

俺の細い腕とは違うな。俺も鍛えようかな……。


 さて、俺も寝ますか。

玄関のカギを掛け、優希の隣にもぐりこむ。

久々に感じる優希の温もり。


 やっぱり一人より、二人の方が安心するな。

優希の頬をなで、電気を消す。

さて、明日も課題を進めなければ……。


――


 ……眠ったはずなのに、なぜか脳が覚醒する。


「……んっ」


 何か声が聞こえた。

しかし、夢半ば俺の脳は完全に覚醒していない。


「……っう。ご、ごめん」


「んぐ……。大丈夫、じっとしててね……」


 下の方から微かな声が聞こえる。

夢か? 


「こ、声……」


「我慢して下さい」


「ダメだって、純平が……」


「大丈夫ですよ。この時間なら絶対に起きませんから……」


「でも……」


「いいから、絶対に内緒ですよ?」


 何やら水の滴(したた)る音も聞こえてきた。

なんだ? 夢なのか? 現実なのか?


 起きたくても起きれない。

声を出したくても出せない。


 しかし、ロフトで寝ている俺のすぐ隣。

下の方から確かに音が聞こえてくる。

俺の隣にいたはずの優希の感触が無い。


 これは、きっと、現実。

どうする? 起き上がるか? 起きないとダメだろ?


「んっ……、出た?」


「うん……。ごめん」


「気にしないでください」


「俺、帰るよ」


「はい……」


 戸の開く音、そして玄関のしまる音も聞こえた。

そして、台所から優希のうがい、その後にトイレの水が流れる音もはっきりと聞こえてきた。


 どうする? 今のは現実か?

それとも俺の作った夢なのか?


 しばらくすると俺の布団に優希が潜り込んできた。

確かな感触。そして、優希の肌が俺に触れる。

間違いなく現実。


 知りたくなかった現実が俺を襲う。

心臓が痛い。鼓動が早くなる。


 しかし、優希はそのまま寝入ってしまい、起きる事は無かった。

俺はそのままねる事が出来ず、部屋が明るくなるまで起き続けた。

ずっと鼓動が早くなったまま、心臓が痛いまま時間だけが過ぎていった。


 部屋が明るくなり、優希がもぞもぞしながら目を開ける。

その瞬間を俺は長い時間待っていた。


「おはよ」


「おはよ、起きてたんですか?」


「あぁ、少し前からかな。起きたら細村がいなかったよ」


「……そうですか。先に帰ったんですね」


「そうだな……」


 心臓が痛い。優希と一緒にロフトから下におり、テーブルに朝ごはんを準備する。

トーストとサラダ、それにフルーツ。


 食べ終わり、優希が着替えを持って部屋から出ていく。

いつもは俺の目の前で着替えるのに、今日は脱衣所で着替えている。


 聞かないと、だめだよな。

俺は立ち上がり、戻ってきた由紀の目の前で棒立ちになる。


「なぁ、一つ聞きたいんだけど……」


「何ですか?」


「昨日の夜、目が冷めたら優希がいなかった。細村と何をした?」


 優希の目が大きく開き、ビックリした顔つきになる。

まるで核心をつかれたような表情。

俺はこの先、優希から話を聞けるのだろうか……。


「……起きていたんですか?」


「なぜか目が覚めた。で、実際の所どうなんだ? 優希の口から本当の事を聞きたい」


 本当の事を聞いたら、どうするんだ?

俺は、どんな回答を優希にしたいしている?


「……口にいっぱい出されて大変でしたよ。でも、全部飲んだので、ラグは汚れていませんよ」


 俺の頭は真っ白になった。

俺はいま、優希から何を聞かされた?

もしかして、まだ夢を見ているんじゃないのか?


「……」


「あと、ゴムも一つ使いました。私が初めてだって。出るの早かったですよ」


 優希は何かを悟ったように、淡々と話す。

その顔には少しだけ笑みが漏れている。


 このどこに向けていいのか分からない感情。

怒りなのか悲しみなのか。無性に溢れ出す感情を発散したくなった。


 優希の顔を見る。

俺は力の全てを、溢れだす感情の全てを右手に込めた。


 そして、優希の顔の方にむけて拳を突き出す。


――ゴキィィィィ


 優希の顔の隣。

アパートの柱を思いっきり殴る。

柱は何ともない。俺の拳が痛くなった。

右の拳が少し擦り切れ、血も出ている。


「ここで待ってろ、いいか俺が帰るまでここにいろよ」


「あっ、ちょっと、どこに――」 


 俺は着の身着のまま玄関を出て二階に行く。


――ピンポーン ピンポーン ピンポーン ピンポーン 


「何だよ! 徹夜したんだ、起こすな!」


 大原がどなる。

ま、当たり前か。


「悪い、バイク貸してくれないか?」


「……いいけど、何かあったのか?」


「いや、特に。ただ、今直ぐに行かないといけない」


「……ほら、こけるなよ」


「さんきゅ。後で何かおごるよ」


 バイクにまたがり、エンジンをかける。


――フォォォン フォォォン


 良い音だ。クラッチを握り、ギアをローに入れる。

出る瞬間、視界に優希の姿が映る。


「待って! 行かないで!」


 その声をしっかりと聞き、俺は無視した。

俺は真実を確かめなければならない。


 バックミラーに膝をつく優希の姿が見えた。

俺が帰るまで、家で待ってよろ。

まだ、聞かないといけない事が、あるからな……。



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