第21話 不便な田舎
暑い日が続き、自宅のクーラーは唸りをあげている。
優希は朝から下着に長めのキャミという、とんでもない恰好で床に転がっている。
「優希、なんだかその格好だらしなくないか?」
「いいんですよ、自宅ではだらけていても。外ではちゃんとしますから」
クーラー全快、扇風機もフル稼働し、それでも夏は暑い。
あ、優希の下着が見えた。
今日は紺と白のストライプか。
「じゃ、バイトに行ってくるからなー」
「はーい。今日も真っ直ぐに帰ってきてね」
玄関で優希にキスをされる。
何だか、なんだかさぁー!
心躍りながらバイト先へ。
よーし、今日も頑張っちゃうぞー。
「おはようございます!」
事務所で店長と武本さん、それに昨日までいなかった女性が立っている。
「お、やっと来たな。今日から一人仲間が増えるぞ。主にレジ周りと仕入れ、事務系の仕事お願いする西川雅さんだ」
「……何しているの?」
「あら、純平さんじゃない」
満面の笑顔で俺に微笑む雅。
「えっと、武本さん?」
「いや人が少なくてさ。良く考えたら雅がいたなーって……」
ま、仕事に私情は挟みませんが。
「みんな、仲良くしてくれー! さ、今日も一日よろしくお願いします!」
――
仕事が終わり、武本さんは残業。
俺と雅は二人で帰る。
俺は自宅に、雅は武本さんのアパートに。
「どう? 優希ちゃんと喧嘩してない?」
「まー普通かな。雅は?」
「そうそう、ちょっと聞いてよ! 武ちゃんったら必修科目追試なのっ! 私に隠していたんだよ、信じられるっ!」
いやー、雅も大変ですね。それから色々と愚痴を聞かされる。
それでも付き合っているって事は、きっと武本先輩の事好きなんだろうなー。
「じゃ、俺はここで。またな」
「うん、またね。あ、純平……」
雅が俺の手を取る。
「あのね……。私、純平が心配。優希ちゃんの事嫌いじゃないけど、私は純平の方が好きだからね」
「お、おう。ありがとう? 心配すんなよ。仲良くやってるからさ」
「そう……。何かあったら、すぐ教えてね。私も武ちゃんも純平の味方だからね」
ちょっとその目と仕草はドキッとしてしまう。
いかん、俺には優希と言う彼女がいるんだ……。
そして、数日経過し、優希は実家に帰る日が来た。
駅まで送っていき、一人で自宅に帰る。
何だか家に一人だと寂しいなー。
――プルルルルルル
ん? 電話だ。
「はい」
『先輩?』
「北川か、どうした?」
『優希ちゃん、実家に帰りました?』
「あぁ、今日帰ったよ」
『あの、最近優希ちゃんと喧嘩しました?』
「いや、してないけど?」
『そうですか……。試験が始まる前位から、私達の前で先輩の事話さない様になったんですよ。たまに悲しそうな表情するし、何か心当たりありませんか?』
「うーん、まったくないな」
試験前と言う事は自宅で勉強会を始めた頃かな?
『もし、何か分かったら教えてもらえますか?』
「あぁ、何か分かったらな」
用件だけを話、あっという間に終わる会話。
優希のやつ、そんなそぶりは俺の前ではしてないんだけどな……。
優希が帰ったその日から帰る予定の日まで何回か電話をしたが一回も繋がる事は無かった。
朝、昼、夕方、夜、寝る前。
常に電源が入っていない。実家で何かあったのか?
出発した日にいきなり充電が切れるって事はないよな?
不安な日が続き、優希が帰ってくる。
数日振りの優希は手にお土産を持ち、俺の目の前に現れる。
「お帰り」
「純君ただいま! 会いたかったー」
バッグを地面に置き、ホームでいきなり抱きついてくる優希。
他の人の目が痛いです。
「俺もだよ。疲れただろ? 帰ろうか?」
「……今日は自分の部屋に帰りますね。荷物も多いし。あ、これお土産です」
荷物を持ち、優希のアパートに向かう。
そして、部屋に荷物を運び入れ、実家で何をしてきたのか少し話を聞く。
「――とまぁ、こんな感じですかね。田舎なんで、大変でしたよ」
「そっか、あのさ、携帯一回もつながらなかったんだけど、充電でも切れてた?」
「そ、そんな事無いですよ。あ、あの、ど田舎なんで電波が届かないんです私の実家」
「そっか、携帯が繋がらないのは不便だな」
「そうなんですよ、ははは。今日は何だか疲れました。早めに寝ますね」
これでも俺は優希の事を少しは理解している。
そして、その表情や仕草で何となく分かるようになってしまった。
言っている事が本当なのか、ごまかしたい事なのか。
「そっか、じゃ、俺は帰るな。今日はゆっくりするといいよ」
「ごめんなさい。また、明日ですね」
「あぁ、また明日な。おやすみ」
「おやすみ」
さよならのキスが無い。
そして、お泊りも無し。
実家で何かあったのかな?
親と喧嘩でもしたのか?
優希の頬には消しきれていない青あざが少しだけ見えた。
化粧でごまかしているが、誰かに殴られたような感じがする。
明日、もう少し聞いてみるか……。
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