大空の彼方、そして大地へ

我孫子(あびこ)

第1話 日が昇る大地と小さな約束

 日はどこから昇るのだろうか。ようやく今日の始めを告げる日の光が大地にさし始めた頃、ファンファーレの音が空高く鳴り響いている。ソラニアス王国騎士団、新入隊員出陣式だ。


 僕は父に連れられて、王都から遠く離れた辺境の村、マヤッカ村からこの出陣式を見るためにやってきた。幼馴染のスペラも一緒だ。スペラのお母さんは幼い頃に亡くなっていて、空を飛ぶための船、『飛空艇』を作っているお父さんはいつも忙しい。そのため僕らは小さい頃から兄妹のように育ってきた。

 本当はスペラのほうが1日お姉ちゃんなんだけども。


 妹と言えば近々、僕は兄になるらしい。今日母が来なかったのは、母が身重だからだ。もうすぐ妹が生まれる。妹の面倒を見たら、スペラはヤキモチを焼いてしまうかもしれない。そんな事をふと思いながら、空を見上げた。



 あの大空の彼方には何があるのだろう、そして真の大地はどこにあるのだろう?僕がまだ3歳にも満たない頃、祖父は国内にある遺跡調査に出たきり、返ってこなかったそうだ。部隊からの報告では、『大地堕ち』したという。突然の遺跡崩壊に巻き込まれ、追ってくる魔獣たちを払い除けながら周囲の隊員たちを飛空艇へ避難させた祖父は、そのまま遥か下の空へ落ちていったという。





 父がスペラを肩車して飛空艇の出陣を見せている間、僕はこっそりと会場とは反対側の湖の畔にやってきた。ただなんとなく、人混みが嫌だった。せっかく美しい大地に訪れたのだ。きれいな朝日を眺めようじゃないか。歳のわりには大人びているだなんて両親は言っていた。

 大人びた子どもには前世の記憶があるのだとか、母が読み聞かせてくれた、なんだか難しい本には書かれていたけども、僕にはよく分からない。ただ『感じた』から、『そう思った』からに過ぎないのだ。あとはそう、もう一つ僕の『すごい』らしい力があるとすれば、『遠くを見る』目だろうか。


 あぁ、あの黒髪で小柄な女性。マントの色から今年入団したばかりの騎士に違いない。入団してすぐに操舵をするなんてすごいし、なんて綺麗な動きだろう。側に立っている女性は上官だろうか。オレンジ色の髪が日の光に輝いている。

 その飛空艇に並ぶ船がもう一隻。こちらも同じ入団したばかりの騎士だ。真っ赤な、カーマインの髪色に大きな背の男性、力強い操舵。そしてその様子をただじっと見つめているだろう、キャラメル色の髪をした背の高い男性の上官。



 僕もあの騎士団に入りたい。父がかつて居た騎士団に。


「飛空艇がお好きなの?それとも、騎士団がお好きなの?両方かしら」


 それは突然のことだった。僕の真横に、2か3つくらい下だろうか。いや、3つ下にしては言葉ができすぎる。見た目は幼いが、1つくらいの差だろうか?


「あ、えっと……」


「あら、これは失礼致しましたわ。私は……そうね、たしか……リエナですわ」


 そう彼女は名を告げると、綺麗なカーテシーで挨拶をした。プラチナブロンドの髪が揺れる。


「ぼ、僕は、グレン。グレン・リュクセント……えっと、まだ紳士とか騎士とかの挨拶とか、そういうのとか……」


「あら、大丈夫よ。リュクセント……グレン・リュクセントね。覚えましたわ。それで?」


「それで?」


 二人で首を傾げあってしまった。


「どちらが好きなのです?」


「どちらとは?」


「質問を質問で返しているようじゃダメなんですよ。飛空艇と騎士団、どちらが好きなの?」


 彼女はさらに僕の前へぐいぐいと顔を近づけてくる。


「えっと、飛空艇と騎士団。両方です。将来は父のように立派な騎士になって、えっと、それで、そう。王国を守ったり、新しい大地を見つけたり、世界の謎を解いてみたり、色々してみたり、それから……」


 僕は唐突に、昨晩読んだ絵本の内容を思い出した。


「お姫様に仕える騎士になってみたり!」


 僕よりも背が低いのに、一段と下から顔をのぞいていた女の子は、少し驚いた顔で、そしてほんの少し目を見開いて、僅かに微笑んだ。


「ふふ、立派な夢ね。そうね、ねぇ、大きくなったら私の騎士になってくださらない?」


 少し後ろに下がった彼女は、僕を試すかのように僕を見つめた。なんだか、こう答えなきゃいけないと思ったんだーー


「宜しくお願いします。未来のお姫様」


 正しい騎士の礼が分からない僕は、とりあえず肩肘をつけて返事をした。


「よろしくね、未来の騎士様。次会う時までには、礼を覚えてね」


「おーい、やっと見つけた。あー、えーっと、そうそう、リエナ!」


「あら、お兄様。ご心配おかけしました。かっこい殿方を見かけてしまってつい」


「ん?あぁ、そうか。ほう、君が。名前は?」


「グレン・リュクセント……です」


「ふんふん、僕はリエナの兄だ。妹が世話になった。リエナ、爺やが向こうで待ってる。そろそろ街中も人が増え始めるし行こう」


「はい、分かりましたお兄様。それでは御機嫌よう、グレン」





 朝の光に照らされたプラチナブロンドの兄妹は、少し豪華な馬車に揺られて、その場を去っていった。僕はその後姿を見て、ついぼーっとしてしまった。それから、スペラと手をつないでやってきた父さんは、突然居なくなった僕の頭にたんこぶアイスクリームを二段作った。


 それが僕が6歳の時、騎士になることを決意した日の思い出だ。

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