68 カリスマ墜つ


 迫り来るアウトローたちは、凶器を手にしていた。


 ナイフ。木刀。鉄パイプ。金属バット。


 持ち合わせがなくて現地調達したのか、プールに店を出している焼きそば屋の宣伝ポールを手にしている者までいる。

 

 凶器準備集合罪で逮捕できそうな連中だが、ブタさんが絡むと日本が法治国家でなくなるのはいつものことである。


 五人の凶器男が、ももちー先輩を背後にかばう俺を、半月状に取り囲んだ。


 人数で勝り、しかも武器まで持っている。


 負ける要素はない――とたかをくくっているのが、にやついた表情から見て取れる。


 だが、俺に言わせれば逆だ。


 武器を手にすることが、イコール、そのまま有利とは限らない。


 たとえばナイフ。


 ナイフを持ったところで、本気で刺せなければ意味はない。


 躊躇なく急所に突き刺す「度胸」と「慣れ」が必要である。


 これみよがしに取り出して見せている時点で、素人なのは明白だ。


 もし俺が逆の立場でナイフを使うとしたら、刺すその瞬間までナイフは「隠す」。そして、チャンスとみれば、喉か心臓を狙って躊躇なく刺す。もちろん、殺すつもりで。その覚悟がないなら、ナイフなど手にするべきではないのだ。


 度胸も慣れもない人間が使うと、ナイフは逆に「枷」となる。


 そう、ちょうど目の前にいるモヒカン刈りの男のように。


「おらおらどうしたッ! 来いよ来いよッ!」


 威勢のいいことを言いながら、モヒカンはナイフを振り回している。


 だが、浅い。


 俺の蹴りや拳を警戒してのことだろうが、腰がひけている。


 仮に切っ先が触れたとしても、軽い切り傷程度で済む。


 ナイフを手にした時点で、関節技や寝技に来る可能性はほぼゼロだ。俺にしてみれば、こんな楽な相手はいない。


 そら。


 へっぴり腰のせいで、顔面がお留守だぞ――。


「びゅびゅびゅ!!」


 ナイフを突きだそうとしていたモヒカン男が、個性的な悲鳴をあげた。


 ゴリラ次男に使った「発勁」を、顔面に叩き込んでやったのだ。


 具体的には、口。


 ヤニだらけで真っ黄色な前歯に「勁」を食らわせてやった。


 煙草なんか吸うよりは、「勁」のほうが栄養あるかもしれないしな――。


 のけぞるように後ろへ倒れたモヒカンの向こうから、次々と反社会的勢力が押し寄せてくる。「反社回転寿司」とでも名付けようか。正直どの皿も取りたくないが、まあ、来るっていうのなら――。


「がぼぼ!!」


 木刀を振り上げた男に、カウンターのつま先蹴り。


 右足の親指を、みぞおちに突き刺す。


 当ててから、ねじる。


 親指に力をこめて、木刀男の腹筋をねじ切るようにつねった。


「ががぼぼぼぼぼぼぼぼ!!」


 腹を押さえてうずくまった木刀男と入れ替わりに、金属バットと鉄パイプが左右から襲いかかってきた。


 うん、この使い方はいい。


 武器のリーチを最大限活かして、遠い間合いからの挟み撃ち。


 反社らしい、卑怯な戦法で大変よろしい。


 まぁ、通じないんだが――。


「あべべ!」

「だべべ!」


 金属バットが、鉄パイプ男の右肩を強打した。


 鉄パイプが、金属バット男の左肩を痛打した。


 同士討ち。


 俺が仰向けに地面に倒れ込み、狙うべき目標が消失したため、勢いあまってそうなったのだ。


 リーチのある武器の弱点。


 強く振れば振るほど、急に武器を止めることができなくなる。


 遠心力という物理法則(もの)は、それを理解できない知能の持ち主にも、平等に働くのである。


「死ねや陰キャああああああああああああああ!!」


 最後のひとり、スキンヘッドの巨漢が、焼きそば屋の宣伝ポールを振り回しながらつっこんできた。


「お肉たっぷり」「広島風ソース」なるのぼりがはためいている。


 お店の呼び込みとしては優秀だが、戦闘者としては三流だ。


 リーチのある武器を持っていながら突っ込んでくるなんて、素手のほうがまだマシである。


 広島風ソースをかわして、懐に飛び込んだ。


 巨漢の顔に驚愕が浮かび上がる。


 今日の戦闘で、俺はこの「懐に飛び込む」を多用している。不良ヤンキー反社どもは、弱い者を怖がらせて追い詰めて、カサにきてボコるっていうのが習い性だ。「陰キャ弱者は、俺様が強く出れば退く」「だから追い詰める」「ボコる」「かんたん!」という論法だ。


 追い詰めるのは大好きでも、追い詰められるのは慣れてないんだろう?

 

 いつもいつも、陰キャが逃げてばかりだと思うなよ――。


「あぼぼぼぼぼぼぼぼぼーーーーーん!!」


 今日三度目の古宮流柔術奥義「早鐘(ハヤガネ)」。


 またもや個性的な奇声をあげながら、巨漢が反吐をまき散らす。


 後ろのももちー先輩にかからないように、のぼりを奪って、受け止めた。


「すいません先輩。髪にかからなかったですか?」


 先輩は壁にぺたんと背中をくっつけたまま、呆然とした顔でコクコク頷いた。


「良かった。じゃあ、しばらくそのままでいてください。あと少しですんで」



■ばくお。 武器もった連中が負けてて草

■銀二   なにものあいつ

■阿畑ノン いや強すぎんだろ

■ノンドル ナイフ出されて平気なの? ナンデ?

■基山   無表情なのがマジこえー



 コメントの内容がずいぶん変わってきた。


 さて、そろそろ陽も暮れ始めた。


 プールの外に避難させた甘音ちゃんたちを待たせるのも悪い。


 終わらせよう。



■ミンチ男  拳一発でウソだろ

■れんどー  人間が木の葉みたいに吹っ飛んでる

■ヤリチン  早すぎて見えねえ

■砕月    なんなんマジ、なんなん

■うんこマン え?これやらせでしょ?ガチなの?



 駆け抜ける。


 無法者たちの荒野を、陰キャ男子が、拳とともに駆け抜ける。


 ひと突きごとに、不良のうめき声があがる。


 ひと蹴りごとに、ヤンキーの悲鳴があがる。


 ひとり、またひとりと、数を減らしていく。


 もうここまで来たら、人数の差は関係ない。


 むしろ向こうが不利になったといっていい。


「百人、なら負けるはずがないっしょw」から、「百人、なのに負けるのか!?」へと形勢が変化したのだ。数にまかせて粋がっていた連中が、恐慌状態に陥るには十分な状況だ。


 すでに立ち向かってくる者はほとんどいない。


 俺が前に出ると、引き潮のように後ずさる者ばかりで、すでに戦闘と呼べるものではなくなっていた。


 いつもの俺なら、逃げる者を追うことはしない。


 降りかかる火の粉を払えれば良いのだから、深追いはしない。


 だが――。


 今日はダメだ。


 徹底的にぶちのめす。


 二度とももちー先輩や甘音ちゃんたちに手を出さないよう、わからせておく必要がある。


 それだけじゃない。


 俺は、怒っている。


 ずっと幼なじみの奴隷で、友達もいなくて、彼女もいない俺が、今日という日をどれだけ楽しみにしていたのか――。


 お前らには、わかるまい。


 友達や彼女と浮かれて、こんなところに遊びに来て、人気ヨウチューバーの動画に出ようぜイェーイ! みたいなお前らには、わかるまい。


 この拳ひとつひとつが、その怒りの発露と知れ――。



■本戸翼   あいつだれ?

■のしんの  何者?

■プチャラ  絶対無名じゃねーだろ

■くろたん  プロボクサー?

■小田信   名前知りたい 

■よっくん  あいつ誰?

■ゼノン様  なにもの?

■ガチャ歯  強すぎる

■シンタロー つよすぎる 

■由菜    かっこいい。



 見渡す限り、立っている者はいなくなった。


 倒れ伏した敗残者たちの山から、汗と血の匂いが漂っている。懐かしい匂いだった。これだけの規模の戦闘はひさしぶりだ。つい昔を思い出してしまうが、首を振って振り払う。俺はもう、あそこには戻らない。


 ふうとため息をつき、彼方を見やれば――全速力で遠ざかっていく清原長男の背中が見えた。


 いつのまにか、プールの向こう側まで渡っている。


 まるで気づかなかった。


 逃げ足の速さなら、十傑クラスかもしれないな。



■まさのり  ちょwwカリスマ逃げてる

■デカ四駆  うわっだせえ

■神主代表  幻滅しました

■バフ森太郎 イヤそれはない

■夜の帝王  もう終わりだな清原w



「ももちー先輩」

「なっ、なに? もう終わり? 終わりよね!?」

「あと少し。最後の仕上げをしてきます。ビート板ってありますか?」


 ももちー先輩はこくりと頷き、設営テントの横に積まれているビート板を指さした。


「ありがとうございます。4枚貸してくれます?」

「い、いいけど、何に使うの?」

「説明するより、やってみせた方が早いので」


 ビート板をプリンセスプールに放り投げた。


 西日の差し込む澄んだ空気をシュッと飛んで、オレンジ色に染まる水面に着水する。ここからの距離、およそ十メートルというところ。


「せえの――」


 軽く助走をつけて、プールの縁から跳んだ。



■タコス丼  うわっ、また跳んだ!?

■ケルト人  とびすぎッ!!!

■森サマー  人間じゃねえ!

■タートル男 歩くの? 水の上?



 ビート板の上に、とん、と爪先で着地する。


 もちろん、このままだと、沈む。


 泳げない者にとっては命綱に等しいビート板だが、人ひとりが乗れるほどの浮力はない。


 だから。


 再び、跳ぶ。


 ビート板が沈んでしまう前に、次のビート板を十メートル前方に投げて、そこめがけて跳ぶ。


 投げて、跳んで、を五回繰り返した。


 すると、五十メートルを渡れる計算になる。


 小学生でもできる。簡単すぎる方法だ。


「待てよカリスマ。どこに行く?」

「うげえっ!?」


 行く手を遮って現れた俺に、清原長男は飛び上がって驚いた。こいつのジャンプ力もなかなかのものだ。


「お、おまえっ、どうやって回り込んだ!? 泳いで間に合うはずがない!」

「普通に。歩いて」

「プールを歩くのは普通じゃない!」


 ……うーむ。


 傷つくなあ。


 普通じゃないって言われるのが、ナイフや木刀より一番応える。


「ラスボスが逃げたんじゃ、撮れ高がないだろう?」

「……っ」

「あんたも格闘技者なら、他人をけしかけたり女の子をいじめたりするんじゃなくて、自分のバトルで観客を酔わせてみろよ。今の地位にはそうやって辿り着いたんじゃないのか? なあ、チャンピオン」


 清原長男は一瞬、目を見開いた。


 覚悟を決めたように、構えをとった。


 俺も構える。


 二メートルほどの距離を置いて、にらみ合う。


 コメントがぱたりと流れなくなった。


 静寂。


「…………」

「…………」


 清原長男の膝が震えている。


 小刻みに、ぶるぶる。


 震えている。


 だんだんと、震えが大きくなる。


 全身に震えが広がり、滝のような汗が流れ出した。


 腐っても「チャンピオン」。


 戦う前にすべてを悟ったか――。


 ズボンの前には大きなシミができている。


 ふとともを濡らし、裾を濡らし、地面に水たまりができていた。


「――ゆ、ゆるしてくれ! 俺は悪くな、」


 拳を打ち込んだ。


 腹。


「いだあっ」

「これは、お前の弟がいっちゃんを辱めた分だ。それから――」

「あぐぃっ」

「甘音ちゃんを怖がらせた分」

「かびぃっ」

「俺を誘ってくれた会長の気持ちを踏みにじった分」

「あどぉっ」

「彩茶をいやらしい目で見た分」


 まだまだ。


 一番やり返さなきゃいけない分が残っている。


「これから殴る分は、全部、ももちー先輩の分だ」

「もう、もうぅぅ……ゆるしてくれぇ……」

「二度と彼女に近づくな。関わるな。いいな?」


 入れ墨の浮いた頬に涙を流しながら、長男は何度も頷いた。


 よし――。


「じゃあ、百発殴るところを十発で許してやる」

「え!? 許してくれんじゃないのかっ!?」

「ももちー先輩を百人に襲わせておいて、よくそんなことが言えるな。彼女がどれだけ怖かったか想像できないのか? 十分の一にするだけでも大盤振る舞いだと思え――まず、腹」


 場所を予告してから、殴った。


 長男の体が「く」の字を通り越して、「一」の字のように折り重なる。


「右頬」


 一。


「左頬」


 ―。


「鼻」


 ・。


「腹。腹。腹」


 一。一。一。つまり三。


「めんどうだから、全部」


 全部。


 全部。


 全部――。





 すべてが終わった時、プールはしんと静まりかえっていた。


 大型モニタに映し出されたコメントだけが、爆速で盛り上がっている。


 滝のように、嵐のように、ずっと言葉が流れ続けていた。



■ミズーキ  すごいヤツだな

■ナナナ君  ありえないでしょさすがに

■太鋭    いやマジですげえよ

■ショウタ  ファンになりました!

■公爵様   ところでももちーは?

■ひろゆこ。 超星ぼっこぼこ笑

■河内たん  強すぎる

■廉太郎   だれも、勝てない


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