67 超土管髭男蹴


 百人のアウトローたちが、じりじりと迫ってきていた。


 まさに肉の壁だ。


 木刀や鉄パイプを手にしている連中もいる。


 メリケンサックのようなものをはめているものまでいる。


 今は出してないが、刃物を持っているやつもいるだろう。


 彼らの背後では、「不良のカリスマ」がにやにやと笑っている。


「もうわかってるぞ。真陽(さにー)をやった『合気使い』は、やっぱりお前なんだろう? 弟は油断して技をかけられてしまったんだろうが、百人が相手じゃ合気なんてなんの役にも立たないぞ」


 ……ふう。


 どうやらカリスマ氏は、何か勘違いしているらしい。


「お前、頭悪いな」

「……何?」

「お前のような外道に『合気』なんて優しい技を使うわけがないだろう――」


 古来から「お仕置き」とは、鉄拳制裁(てっけんせいさい)と相場は決まっている。


 拳を固めた俺を見て、長男は号令を下した。


「まとめてかかれ! 殺せ!!」


 大型ビジョンに一斉にコメントが流れる。



■清原の弟子  うおおお殺せえええ!!

■モヒカン   汚物陰キャは消毒だァァァ!

■レッドボロン ももちーをもっと映して!!

■破滅の使徒  はやくえちえち! えちえち!    



 ――さて。


 今回は『一対多』の戦闘である。


 この際、よくセオリーとして言われるのが「壁を背にする」戦法だ。そうやって地形を上手く利用すれば「一対一」の状況を限定的に作り出すことができる。地形を味方につけて、地の利を得るのだ。


 昔、師匠にもこう教えられた。


『一対百を一度こなすのより、一対一を百回こなすほうが楽なのよ~』。


 その意味はよくわかる。俺も、普通ならそんな風に戦う。


 だが、今回のように開けた場所で戦う場合、その戦法は使えない。


 しかも、ももちー先輩を守りながら戦うという条件付き。


 ではどうするのかというと――。


「先輩。ひとつ聞いてもいいですか」

「う、うん、何?」


 先輩の声はしっかりしていた。百人の飢えた男に囲まれ、狙われている状況で、パニックにならないだけでもすごい精神力だ。


「体力に自信ありますか」

「普通の女の子よりは、鍛えてると思う」


 見事なプロポーションからもそれは窺える。アイドルとして、節制と体力づくりを欠かしていないのだろう。


「かなり激しく動きます。落ちないようにしてください」

「えっ?」

「失礼します」


 ももちー先輩の引き締まった腰を左腕で抱き寄せて、左肩に担ぎ上げた。


 クセのない綺麗な桃髪が俺の背中に垂れ下がる。


 ミニスカートのプリーツがちょうど俺の頬のあたりで揺れている。サラサラとして、くすぐったい。


「ちょ、ちょっとこの体勢、恥ずかしいんだけど!? 下から覗かれちゃうじゃない!」

「すいません。我慢してください」


 俺としては役得なので……とは言わなかった。怒られるから。


 では、始めようか。


「おるぁああああああああああああああああああ!!」


 一番乗りで突っ込んできたのは、拳にメリケンサックをはめたリーゼント男だった。


 面長の馬面。特にアゴが人より長い。


 ふむ。


 このアゴ、おあつらえ向きだ。


「おるぁああああああああああああああああああアゴッ!?」


 アゴを踏み台にする。


 ももちー先輩を抱え上げたまま跳躍し、右足で蹴りを放って長いアゴを踏みつけ、押し寄せるアウトロー百人全員の頭上へと跳ぶ。


 これぞ「地の利」。


 守るにも攻めるにも、低所より高所のほうが有利なのは自明のことだ。


 腕に覚えありで集まった喧嘩自慢たちだ、実戦経験はそれなりに豊富だろうが、頭上から襲いかかってくる敵と戦ったことはあるまい。


 次に大事なのは、一度キープした「地の利」を保持し続けることだ。


 後から後から雲霞の如く押し寄せる「足場(てき)」を、俺はどんどん蹴りつけていく。


 名付けて、超土管髭男蹴。


「ハナッ!」

「デコッ!」

「ツムジッ!」


 わかりやすい悲鳴をあげてくれている亀や栗に感謝しつつ、足場を踏みつけて跳躍し続ける。サンダルの底に伝わる人の顔の感触、ひさしぶりだ。小五の時、ロシアの特殊部隊三十名の顔面を踏み踏みして以来だろうか。


 かなり激しく上下運動するので、


「うひゃ! ぬひゃ! もひょ! にゅああ!!」


 と、ピーチじゃなくてももちー先輩が面白い悲鳴をその都度あげてくれている。


 この殺伐とした争いの中で一服の清涼剤ではあるのだが、悲鳴のたびに、必死になって手を伸ばし、翻るスカートを押さえる仕草をするのが、ちょっと可哀想だ。ステージ上の盗撮対策が体に染みついているのだろう。


「すみません先輩」

「今度は何よぉっ!?」

「後でいくらでも怒られますから」


 ひらひらするスカートを、右手でギュッと押さえた。


「アッ……」


 さっきとは違う色の悲鳴をあげ、先輩の背中が反り返る。


 なるべくセンシティブな場所には触れないように注意したが、スカート越しに浮かび上がる見事な丸み、その裾野あたりには指先が触れてしまう。そのたびに、超人気アイドルの太ももはびくりと痙攣し、真っ白なかかとが空を掻いた。


 そんな不埒(インモラル)な役得がありつつも、俺は次々にアウトローたちを戦闘不能にしていく。


 なにしろ俺と先輩二人分の体重+蹴りの威力が、頸椎にかかるのだ。立っていられるはずがない。耐えられるとしたら、首を念入りに鍛えている相撲取りやレスラーだけ。きっと首が土管みたいに太いはずだから、そんなやつがいたらすぐにわかる。


 三十人くらい、倒しただろうか。


 コメントの風向きが変わってきた。



■モグラ    陰キャまたもや跳びすぎww

■コインブラ  無限増殖できそうww

■盗撮マン   もう少しで見えそうなのにぃぃぃ!!

■モリケン   陰キャの手邪魔ぁぁぁ!!

■硬派神    けっこー陰キャがんばるじゃん

■イリューヒン てか、マジですごくね?


      

 清原長男が焦れたように叫ぶ。


「馬鹿どもがッ! エモノを使えエモノを!!」


 上空からの攻撃にパニックに陥っていた百マイナス三十人は、その一言で我に返った。


「そ、そうだよ、バットなら届くじゃん!」

「下から突っつき返してやればいいんだ!」


 うん。


 なかなか賢明な作戦だ。


 バット如きじゃどうにもならないが、もしやつらに原始人並の知能があって、バットや鉄パイプの先にナイフを括り付ける手段を思いつけば、それなりに厄介ではある。


 しかし、もう遅い。


 なろうのタイトルよりもう遅い。


 俺がただ踏んでいただけ、跳んでいただけだと思うのか?


 試合の時、あれだけ派手に跳んで見せたっていうのに。


 それに気づいた長男がうめくように言った。



「こ、こいつ、壁の側に……!」



 そう。


 俺はすでに、アウトローたちの背後に回り込んで、プールの側にまで移動している。


 そこには、第二プールと敷地を隔てるレンガの壁がある。


 つまり、壁を背にして戦うことができるのだ。


 俺は数分ぶりに地上へ帰還し、両足で地面を踏みしめつつ、肩に担ぎ上げていたももちー先輩を下ろした。


「先輩、すみませんでした」

「…………」


 先輩の顔は真っ赤に染まっていた。たっぷりと汗をかいて、肩で息をしていた。ふとももが汗とは別のもので濡れている。モジモジしながら、じっと、責めるように、あるいは切なげに、俺を見つめている。


 このままずっと見つめ合いたくなってしまうが――。


「今度は、俺の陰に隠れていてください。なるべく壁に背中をくっつけて」

「ど、どうする気?」

「普通に、戦います」


 ももちー先輩を下ろしたということは、両手が自由になるということだ。


 アウトローたちが襲いかかってくる。


 武器を手にしたアウトローだ。


 拳を固めて、構える。


 さて――。


 こいつらにも、跳んでもらおうか。


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