66 陰キャ VS 100人のアウトロー

 こんなことだろうと思った。


 案の定、である。


 清原兄弟。


 三男がいっちゃんに手を出して。


 次男が、甘音ちゃんを的にして。


 ならば長男も何かしでかすだろう――と思っていたところだったのだ。


 やつの企みは、こうだ。


 俺が「黒に染まれ」の大会に出場しているスキに、甘音ちゃんたちをさらう。


 そういう作戦を、ブタさんに吹き込まれたのだ。


 ブタは三人への復讐を果たせる。


 清原兄弟は、極上の美少女を三人手に入れることができる。


 両者の利害が一致しての、この作戦だったわけだ。


 だが――その企みは挫(くじ)かれてしまった。


 俺が阻止したのだ。

 

 ももちー先輩のおかげだ。


 撮れ高に気をとられていた俺に、甘音ちゃんたちの危機を知らせてくれたのは彼女だ。


 おかげで、第二プールに連れ込まれていた三人を助けることができた。


 だから――今度は俺が、先輩を助けるターンだ。





 ももちー先輩を背中にかばいながら、清原長男と対峙する。


 さすがに次男や三男とは違う。


 肉体が発する「圧」が違う。


 分厚く、そして密度の濃い筋肉。


 青白い蛇の入れ墨が、隆々とした筋肉の上にうねっている。


 顔半分もその蛇に覆われ、細い目がギラギラと光っていた。


「ガキが、思い知らせてやる――」


 やつは、俺と視線を合わせたまま、ゆっくり後ずさる。


 さっきの試合会場の方へと、後ずさっていく。


 すでに大会は終わっているが、観客が半分以上は残っている。


 大会「黒に染まれ」に参加した百人のアウトローたちも居残っている。


 ヤンキー、チンピラ、ならず者だ。ウンコ座りでしゃがみ込み、煙草を吸って、酒を飲んで、周囲にゴミと騒音をまき散らしている。


 そんな連中が、長男の姿を見かけた途端――。


「おい! 超星(すたー)さんだぜ!」

「不良のカリスマ!」

「マジ? 今からメン限配信? もう撮ってんの?」

「あれ、さっきのブッ飛び野郎じゃね? まだ居たのか?」


 口々に、崇め始めた。


 長男は得意そうに唇の端を吊り上げて、大声で言った。


「これより『黒染ま』のメンバー限定配信を始める!」


 百人のアウトローたちが、歓喜の奇声を発した。


 俺は背中に守る桃色の髪の先輩に尋ねた。


「ももちー先輩。メンバー限定配信ってなんですか?」

「清原兄弟のオンラインサロンにお金を払ってるメンバーしか見られない、特別な番組よ。視聴者がコアで限られているから、普通の配信より過激なことができるの」


 ふうん。


 過激、ね……。


 長男が演説を続ける。


「今日のテーマは『陰キャ VS 不良百人』だ。大会参加者百人全員で、このガキと戦ってもらう。タイマンを百回やってもいいし、百人で一斉にかかってもいい。お前らに任せる」


 えっ、というどよめきが起きた。


 百人分のどよめきだ。


 その声が、視線が、怒濤のように押し寄せてくる。


 背中でももちー先輩が足をすくませる気配が伝わってきた。


 安心させるため、その細い腰を抱き寄せた。


「大丈夫です。俺が守りますから」


 先輩は恥ずかしそうにモジモジして「馬鹿……」とつぶやいたが、俺の胸に顔をくっつけて離れようとはしなかった。


 ヤンキーのひとりが声をあげた。


「おいおい、何ももちーとイチャついてんだよ! 陰キャ!」

「あんだけかっこ悪い負け方しといて、よく粋がれるなぁ? オオ?」


 百人の敵意が束になって、俺の体にぶつかってくる。


 さっき長男が企画を宣言した時は、戸惑いもあったように思う。「いくらなんでも、百人で一人をボコるなんて」という戸惑いだ。もちろんそれは俺を思いやったわけではなく「勝負にならない」「撮れ高なさすぎ」ということで発したものだろう。


 だが、可憐な美少女アイドルをこの手に抱く俺を見て、その戸惑いは敵意に変わったようだ。


 そこにすかさず、長男が油を注ぎに行く。


「さらに追加だ。あの陰キャから桃原ちとせを取り返したら、ちとせをお前らの好きにしていい。いいか? もう一度言うぞ。『好きにしていい』。ケツは全部この俺が持ってやる。さらに最初にゲットしたやつには、一千万の賞金を出す!」


 再び、百人分のどよめきが起きた。


 そこにはもう、戸惑いはない。


 興奮にまみれた声だった。


「マジかよ、あのももちーを」

「いいの? 配信で?」

「しかも一千万もらえるって……」

「やべーっしょ、それ、やべえッ!」

「バカ、超星さんならやるんだよ! やれるんだよ!」

「さすが、不良のカリスマ!」

「さすスマ!」


 ふーん。


 百人の男でよってたかって、女の子ひとりを嬲り者にするのが、カリスマか。


 どうやら「カリスマ」の定義は、俺が知らないうちに書き換わっていたらしい。


 盛り上がる観衆に満足したように、長男が言った。


「オンライン上のコメントも盛り上がってる。そこに大型ビジョンに映すから、リアルもネットも同時に盛り上がろう」


 プールの背後にあるイベント用の大型モニターに、配信の様子が映し出されている。


 コメントがすごい勢いで画面を流れている。



■不良三世      すげー超星さん、気前よすぎぃ!!

■瑠亜姫好き好きマン え、ほんとに? ももちーが? え? え?

■シルヴァーナ公爵  今から会場行っても間に合いますか!?

■無頼男       デストローイ!

■クリリソ      悟空! はやくこないでくれーーー!

■はべりん      あの陰キャ、さっきすげー飛んでたヤツじゃんw

■炭酸抜きコーラ   オイオイオイ死ぬわアイツw



 咎めるようなコメントは一切ない。


 配信を見てる連中も、ここに集まった百人と大差はない民度のようだ。


 わざわざこの反社兄弟に月謝を払っているような連中、そのモラルと知能は推して知るべしだ。


「どうした陰キャくん。今更びびってももう遅いぞ?」


 カリスマは勝ち誇ったように言った。


「動画が伸びる秘訣を教えてやろうか? カネと、暴力と、セックスだ。この三つこそ最大の撮れ高、エンタメなのさ。だから俺たち兄弟が天下を取れる。世の愚民どもがそれを選択したんだ。お前とちとせには、その生贄(ネタ)になってもらう――」


 なるほど、貴重なご意見だ。


「ごめんなさい」


 か細い声が、その時聞こえた。


 ももちー先輩が、大きな目に涙を浮かべながら、俺を上目遣いに見つめている。


「あたしのせいで巻き込んで。本当にごめんなさい。あんたはただ、女の子たちと遊びに来てただけだったのに」


 俺はその涙をそっと拭った。


 百人から怒号があがる。


「俺は、あなたを泣かせるようなやつを、無条件で憎むことができます。それがカリスマだろうとチャンピオンだろうと、知ったことじゃありません」


 そもそも、俺は正義の味方ではない。


 俺は、俺が可愛いと思う女の子の味方だ。


 だから――。


「ももちー先輩。すぐそばで、見ていてください」


 左手で美少女の腰を抱いたまま、俺は百人と対峙する。



「『外道』や『裏社会』より〝陰キャ〟のほうが強いってところをね」

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