66 陰キャ VS 100人のアウトロー
こんなことだろうと思った。
案の定、である。
清原兄弟。
三男がいっちゃんに手を出して。
次男が、甘音ちゃんを的にして。
ならば長男も何かしでかすだろう――と思っていたところだったのだ。
やつの企みは、こうだ。
俺が「黒に染まれ」の大会に出場しているスキに、甘音ちゃんたちをさらう。
そういう作戦を、ブタさんに吹き込まれたのだ。
ブタは三人への復讐を果たせる。
清原兄弟は、極上の美少女を三人手に入れることができる。
両者の利害が一致しての、この作戦だったわけだ。
だが――その企みは挫(くじ)かれてしまった。
俺が阻止したのだ。
ももちー先輩のおかげだ。
撮れ高に気をとられていた俺に、甘音ちゃんたちの危機を知らせてくれたのは彼女だ。
おかげで、第二プールに連れ込まれていた三人を助けることができた。
だから――今度は俺が、先輩を助けるターンだ。
◆
ももちー先輩を背中にかばいながら、清原長男と対峙する。
さすがに次男や三男とは違う。
肉体が発する「圧」が違う。
分厚く、そして密度の濃い筋肉。
青白い蛇の入れ墨が、隆々とした筋肉の上にうねっている。
顔半分もその蛇に覆われ、細い目がギラギラと光っていた。
「ガキが、思い知らせてやる――」
やつは、俺と視線を合わせたまま、ゆっくり後ずさる。
さっきの試合会場の方へと、後ずさっていく。
すでに大会は終わっているが、観客が半分以上は残っている。
大会「黒に染まれ」に参加した百人のアウトローたちも居残っている。
ヤンキー、チンピラ、ならず者だ。ウンコ座りでしゃがみ込み、煙草を吸って、酒を飲んで、周囲にゴミと騒音をまき散らしている。
そんな連中が、長男の姿を見かけた途端――。
「おい! 超星(すたー)さんだぜ!」
「不良のカリスマ!」
「マジ? 今からメン限配信? もう撮ってんの?」
「あれ、さっきのブッ飛び野郎じゃね? まだ居たのか?」
口々に、崇め始めた。
長男は得意そうに唇の端を吊り上げて、大声で言った。
「これより『黒染ま』のメンバー限定配信を始める!」
百人のアウトローたちが、歓喜の奇声を発した。
俺は背中に守る桃色の髪の先輩に尋ねた。
「ももちー先輩。メンバー限定配信ってなんですか?」
「清原兄弟のオンラインサロンにお金を払ってるメンバーしか見られない、特別な番組よ。視聴者がコアで限られているから、普通の配信より過激なことができるの」
ふうん。
過激、ね……。
長男が演説を続ける。
「今日のテーマは『陰キャ VS 不良百人』だ。大会参加者百人全員で、このガキと戦ってもらう。タイマンを百回やってもいいし、百人で一斉にかかってもいい。お前らに任せる」
えっ、というどよめきが起きた。
百人分のどよめきだ。
その声が、視線が、怒濤のように押し寄せてくる。
背中でももちー先輩が足をすくませる気配が伝わってきた。
安心させるため、その細い腰を抱き寄せた。
「大丈夫です。俺が守りますから」
先輩は恥ずかしそうにモジモジして「馬鹿……」とつぶやいたが、俺の胸に顔をくっつけて離れようとはしなかった。
ヤンキーのひとりが声をあげた。
「おいおい、何ももちーとイチャついてんだよ! 陰キャ!」
「あんだけかっこ悪い負け方しといて、よく粋がれるなぁ? オオ?」
百人の敵意が束になって、俺の体にぶつかってくる。
さっき長男が企画を宣言した時は、戸惑いもあったように思う。「いくらなんでも、百人で一人をボコるなんて」という戸惑いだ。もちろんそれは俺を思いやったわけではなく「勝負にならない」「撮れ高なさすぎ」ということで発したものだろう。
だが、可憐な美少女アイドルをこの手に抱く俺を見て、その戸惑いは敵意に変わったようだ。
そこにすかさず、長男が油を注ぎに行く。
「さらに追加だ。あの陰キャから桃原ちとせを取り返したら、ちとせをお前らの好きにしていい。いいか? もう一度言うぞ。『好きにしていい』。ケツは全部この俺が持ってやる。さらに最初にゲットしたやつには、一千万の賞金を出す!」
再び、百人分のどよめきが起きた。
そこにはもう、戸惑いはない。
興奮にまみれた声だった。
「マジかよ、あのももちーを」
「いいの? 配信で?」
「しかも一千万もらえるって……」
「やべーっしょ、それ、やべえッ!」
「バカ、超星さんならやるんだよ! やれるんだよ!」
「さすが、不良のカリスマ!」
「さすスマ!」
ふーん。
百人の男でよってたかって、女の子ひとりを嬲り者にするのが、カリスマか。
どうやら「カリスマ」の定義は、俺が知らないうちに書き換わっていたらしい。
盛り上がる観衆に満足したように、長男が言った。
「オンライン上のコメントも盛り上がってる。そこに大型ビジョンに映すから、リアルもネットも同時に盛り上がろう」
プールの背後にあるイベント用の大型モニターに、配信の様子が映し出されている。
コメントがすごい勢いで画面を流れている。
■不良三世 すげー超星さん、気前よすぎぃ!!
■瑠亜姫好き好きマン え、ほんとに? ももちーが? え? え?
■シルヴァーナ公爵 今から会場行っても間に合いますか!?
■無頼男 デストローイ!
■クリリソ 悟空! はやくこないでくれーーー!
■はべりん あの陰キャ、さっきすげー飛んでたヤツじゃんw
■炭酸抜きコーラ オイオイオイ死ぬわアイツw
咎めるようなコメントは一切ない。
配信を見てる連中も、ここに集まった百人と大差はない民度のようだ。
わざわざこの反社兄弟に月謝を払っているような連中、そのモラルと知能は推して知るべしだ。
「どうした陰キャくん。今更びびってももう遅いぞ?」
カリスマは勝ち誇ったように言った。
「動画が伸びる秘訣を教えてやろうか? カネと、暴力と、セックスだ。この三つこそ最大の撮れ高、エンタメなのさ。だから俺たち兄弟が天下を取れる。世の愚民どもがそれを選択したんだ。お前とちとせには、その生贄(ネタ)になってもらう――」
なるほど、貴重なご意見だ。
「ごめんなさい」
か細い声が、その時聞こえた。
ももちー先輩が、大きな目に涙を浮かべながら、俺を上目遣いに見つめている。
「あたしのせいで巻き込んで。本当にごめんなさい。あんたはただ、女の子たちと遊びに来てただけだったのに」
俺はその涙をそっと拭った。
百人から怒号があがる。
「俺は、あなたを泣かせるようなやつを、無条件で憎むことができます。それがカリスマだろうとチャンピオンだろうと、知ったことじゃありません」
そもそも、俺は正義の味方ではない。
俺は、俺が可愛いと思う女の子の味方だ。
だから――。
「ももちー先輩。すぐそばで、見ていてください」
左手で美少女の腰を抱いたまま、俺は百人と対峙する。
「『外道』や『裏社会』より〝陰キャ〟のほうが強いってところをね」
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