63 ゴリラ、とぶ
★★★作者まるやまより、読者の皆様へ★★★
ご存じの方もいらっしゃるかと思いますが、本日から本作の書籍版が発売開始しています。
レーベルは講談社ラノベ文庫。
書籍版タイトルは「S級学園の自称普通、可愛すぎる彼女たちにグイグイこられてバレバレです。」ぜひ、見かけたらお手にとってくださいね。
それでは本編をどうぞっ!
----------------------------------
三メートルほどの距離をおいて、ゴリラこと清原次男と向かい合った。
へらへらと笑っている。
左右隣に立っているチンピラ二人もそうだ。
嘲るような笑いを口元に貼り付けている。
「お前、あのS級学園の生徒なんだってな?」
ゴリラが人の言葉をしゃべった。
「運動できるようには見えねえし、どうせ勉強ばっかしてんだろ? 成績だけが取り柄で、それで学校ではモテてる的な」
学校では、というフレーズにゴリラは力を込めた。
俺のような陰キャが「超」のつく美少女三人を連れていることに、そういう解釈をしたようだ。
「路上(やせい)じゃ、それは通用しねえぞ」
わけのわからんことを、かっこつけて言われた。
「兄貴の口癖だ。『女は結局、強い男に惹かれる』。俺もそう思う。ヨウチューブの再生回数を見ろよ。なんちゃらお勉強チャンネルとかより、俺ら兄弟のケンカをみんな見たがってる。カネも女も寄ってくる。いい時代になったもんだぜ」
「へえ、なるほど」
思わず感心してしまった。
つまるところ、こいつらにとっての「強さ」とは見世物であり、金儲けや女の子にモテるための道具にすぎないというわけか。
「やっぱりあんた、陽キャだな」
「あん?」
「俺のような陰キャにとっての強さとは、ずいぶん違う」
十傑にとっての強さとは、ただの殺人ツールである。
ただ「効率よく人を殺せるか否か」というだけの話。
たとえばハサミの価値は「よく切れるかどうか」でしかない。エアコンの価値は「効率よく部屋を温めたり冷やしたりできるか」でしかない。人気もお金も、まして女の子にモテるかどうかなんてまるで関係ない。
「いいねえ。見せてくれよ。陰キャくんの強さってやつをよ――」
ゴリラが拳を固めて、のっしのっしと大股で前に出てきた。
格闘技の動きではない。
俺様に逆らったいじめられっ子を小突きに行く――そんな感じの間合いの詰め方だった。
いちおう、ガードは上げている。
太い血管が幾筋も浮かぶ筋肉質な腕を上げている。
いじめられっ子がやぶれかぶれにパンチを繰り出してきても、楽に止められる――そういう奢りに満ちたガードだった。
ふうん。
これが陽キャの戦い方か。
じゃあ、こっちは陰キャの戦い方を見せなきゃな――。
「あげっ!!」
ゴリラが声をあげた。
俺の右足が、やつの左足を鋭く踏みつけたのだ。
プールだから、お互いサンダル履きである。
やつのは貧弱なビーチサンダルだが、俺のはけっこうごつい。靴底に特殊セラミックを貼り付けてある。ガラスの破片なんかを踏んでも大丈夫なシロモノである。
別に準備してきたわけじゃない。
俺が「殺人ツール」だった頃のクセ、染みついた習慣から、女の子とプールに行くのにも、こんな暑苦しいのを履いてきてしまったのだ。
陰キャと陽キャの差が、このサンダルの差だった。
「あげげげげっっっ!!」
足を踏まれたまま後ずさろうとして、ゴリラは尻餅をついた。
ガードのためにあげていた腕をさげて、地面に手をつく。
顔面が、がら空きだ。
「――あっ、」
俺を見上げるゴリラの表情におびえが走った。
許して、
それは勘弁、
嘘だろ?
そんな感情が次々に浮かんでは消える。
俺は首を横に振る。
――ダメだね。
お前は、甘音ちゃんを辱めようとした。
ファンだって言ってたくせに、彼女を汚そうとした。
だから――。
「んげげげぇぇぇぇぇっ」
顔面めがけて、ローキック一閃。
ゴリラの顔が蹴られた方向にぐるんっ、と回転する。
鼻血を噴き出し、よだれをまき散らしながら、地面を転がる。
「駄目だな、そんな吹っ飛び方じゃあ――撮れ高がない」
地面をゴロゴロなんて、サマにならないことこのうえない。
ももちー先輩ならきっとそういうだろう。
せっかく準備してもらったスライムプールの「伏線」もいかさないとな。
「立て」
短い金髪をつかんで、引きずり起こした。
「甘音ちゃんの代わりに、お前が泳いでこい。汚れ役を引き受けるなんて、ファン冥利に尽きるだろう?」
「げげげげげげげげげ!!」
よくわからん悲鳴で拒否られたが――予告通り飛んでもらうとしよう。
寸勁。
「げぇぇぇぇぅぅうう」
さっきも使ったワンインチパンチを、みぞおちに叩き込んだ。
だが、さっきとは違う。
拳の効かせ方が、異なる。
みぞおちにめりこませた拳の中で、何度も「気」を爆発させる。
「気」といったって、別に光る亀の波を出したりするようなシロモノじゃない。
いわゆる「発勁」。
原理は合気とまったく同じで、相手の体重と自分の体重、人体の仕組み、そして地球の引力、その他もろもろすべての要素によって「効かせる」打撃だ。
すなわち。
古宮流柔術奥義・嵐の型。
早鐘(ハヤガネ)。
「あげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげ」
無限の悲鳴をゴリラが上げる。
鍛え上げた腹筋といえど、この技の前にはひとたまりもない。
むしろ筋肉(かべ)が硬いほど、内臓(なか)に伝わる振動は大きくなる。
百個の拳大(こぶしだい)の鉄球が、パチンコ台のように腹の中で暴れ回っている――そんな感覚だろうか。
それだけなら普通の「浸透勁」でも可能なのだが、古宮流は外部破壊と内部破壊を同時に行うのを特色としている。
具体的に言うと――。
ブッ飛ぶ。
ビルの取り壊し現場なんかで使う、鉄球クレーンを腹にぶちあてられたみたいな感じで。
遠くまで飛ぶ。
「びゅうううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう」
腹を押さえた体勢のまま、反社会的なゴリラが宙を舞う。
ドーム越しに差し込む陽射しのなか、きらきらと嘔吐物をまき散らしながら、遙か彼方へと放物線を描いて飛んでいく。
「……人間って、飛べるんですね……」
感心したような甘音ちゃんの声は、ゴリラには聞こえていまい。
ドロドロヘドロの緑色プールへ背中から落ちていった。
ドブン、という汚い水音とともに沈んでいく。
……うーん。
やっぱり、撮れ高はないかな。
「き、きたねえぞっ! 足踏みやがって!」
「倒れた相手に顔面蹴り、反則だ!」
呆然と見守っていたチンピラ二人が口々に言う。だったら助けてやれば良かったのに、眠ってたのか?
「うん、汚いな」
俺はあっさりと頷いた。
「陰キャの戦い方は、汚いんだ。覚えておいてくれ――」
チンピラAの右足を、同じように踏んでやった。
首の後ろに両腕を回して、思い切り引き寄せて、踏んでないほうの足の膝を腹に叩き込む。
「ぐほえ!!」
マコンコウサッポウみたいに、くの字に体が折れ曲がる。これも撮れ高はないな。口から反吐をまき散らして、汚い。
最後のひとり、チンピラBはすでに逃走を始めていた。ゴリラやAを助ける素振りも見せず、一目散だ。仲間意識まるでなし。
ゴリラ一匹じゃ可哀想だ。おともをつけてやろう。
「んぐぼ!!」
後ろから襟首をつかんで引き寄せて、チキンウイングフェースロック。
肉の筋がブチブチ切れる音が俺の腕の中で鳴る。
戦闘能力を失った二人を、まとめてプールに叩き込んだ。
スライムの飛沫があがる。
あっぷあっぷ、手足をばたばたさせてスイミングを楽しんでいるようだった。
――さて。
「お前も泳ぐか?」
と、ブタさんに水を向けてみれば、すでに姿はなく。
甘音ちゃんが指さす方向を見れば、氷ノ上零に抱きかかえられてスタコラサッサと逃げていくところだった。
ブタの逃げ足はゴリラより速いようだ。
「じゃあねーカズぅ♪ また学校でねぇ~♪ んぱっ♥ んぱっ♥」
いっさい懲りない、悪びれない。
反社会的勢力よりよっぽど「悪」なブタさんであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます