59 ブタさんとももちー


 媚びっ媚びの声を出しながら、ブタが俺の腕に抱きついてきた。


「カズ! こんなところで会うなんて奇遇ねぇ~ン♪」


 鉋(かんな)で削ったような胸をゴシゴシと俺の腕に押しつけてくる。なんのつもりだ。俺の腕は洗濯物じゃない。


「アタシ、今さっきライブやったところでー。この後、清原兄弟の大会にもゲストで出ることになっててー。ぶひひ、人気者すぎてツラっ♪」


 ブタの唾が飛んできて、俺はイラっ。


 俺たちが今日ここに来ることをなんらかの方法で知って、わざわざ邪魔しに来たってことか。


「前髪ウザスダレも、カイチョーさんも、イサミンも、彩加も、来てたんだ! 奇遇だネ!」

「…………」


 甘音ちゃんたちは沈黙し、訝しげな目を闖入者に向けている。デートの邪魔をしに来たのはわかりきっているが、どんな風に邪魔してくるのか? なにしろ、普通じゃないブタである。どれだけ警戒してもしすぎることはない。


 ゴリラ次男が言った。


「瑠亜姫、今日はスポンサードありがとな」

「んー。格闘技とかちょっとヤバンでコワイんですけどー、まぁ、お祖父さまに言われてるし?」

「だいじょうぶだって、何かあったら俺が守るからさぁ」


 さっき桃原ちとせを馬鹿にしていたのとは真逆の、媚びた口調だった。


 その桃原ちとせの存在に、ブタさんも気づいた。


「あれあれぇ? ちとせ先輩じゃないですか! おはようございまーす!」

「……おはよ」


 彼女は目をそらしたまま応えた。あきらかに気まずそうだ。


「どうしてココに? あ、そっか、最近オシゴトでコラボってるんでしたっけ? 金魚のフンみたいに!」

「……」

「畑違いの相手とも絡まなきゃいけないの、タイヘンですねー! ガンバッテクダサーイ♪」


 口調は丁寧だが、彼女を嘲っているのは見え見えだった。


 アイドルとしては後輩にあたるブタさんだが、いまや人気と勢いは凌駕しているという自信があるのだろう。俺に言わせれば、桃原ちとせのほうが明らかに可愛くて華があるのだが――世間はブタと人間の区別がつかないらしい。


「ところでろでぇ、清原キョーダイさんは、なんでカズに絡んでたの? なんかあったの?」

「いや、彼にも大会に出てもらおうと思ったんだ。もしかして瑠亜姫の知り合いなのか? なら遠慮するよ」


 長男の対応も、あきらかにさっきと違う。


 無理やり話を進めようとしていたくせに、今はブタの意向を伺うような姿勢を見せていた。


 不良のカリスマだって、言ってたのに。


 権力には媚びてしまうのか……。


「ん~~~……」


 ブタさんはしばらく何か考えていた。


 それから、長男に何やらコショコショと耳打ちを始めた。


 長男の顔に、ニンマリとした笑みが浮かび上がる。


「いいね、そのアイディア。さすが瑠亜姫。彼は出場決定だな」

「だしょ~? よろしくね~ん♪」


 何やら、密約がかわされてしまったようだ。


 ……やれやれ。


 せっかく泳ぎにきたのに、厄介事に巻き込まれてしまうなんて。


 俺は涼華会長の隣に行って、小声で話しかけた。


「すいません会長。せっかく誘ってもらったのに、妙なことになってしまったようです」

「そのようね」


 会長の顔にはあきらめが浮かんでいる。ブタさんのゲリラライブの時から、ある程度予測していたのかもしれない。


「こうなった以上は、さっさと終わらせてきます」

「ええ。どういうレベルの格闘大会か知らないけど、あなたならきっと瞬殺よ」

「いや、違います」


 俺は首を振った。


 そんな、一億回も再生されてるチャンネルで本気なんか出せない。普通の高校生活を送れなくなってしまう。


 だから――。



「瞬殺、されてきます」


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