57 ブタさんのゲリラライブ
俺といっちゃんはパラソルの下へ戻り、着替え終わった甘音ちゃんたちと合流した。
さあみんなで楽しくレッツスイミング――という時になって、涼華会長がこんなことを言い出した。
「まず、じゃんけんしましょう」
「いいでしょう。負けませんよ。最初はグー!」
「和真君。あなたはいいのよ」
会長は苦笑した。
「私たちだけでじゃんけん。勝った人から順番に、一時間ずつ、和真君とすごすということでどうかしら?」
ベンチャー社長らしい合理的判断だが、俺としては異論がある。
「俺が一人と遊んでいるあいだ、他の三人はどうするんですか?」
「どうって、思い思いに楽しめばいいんじゃない?」
「女の子たちだけで、危険です」
ナンパ目的の男なんて、山ほど来ているはずだ。
現にさっきから、こちらを窺う男たちの視線がチラチラチラ、もう視線だけで穴が空きそうなくらい。
とびっきり可愛い女の子が3+1。
しかも水着。
甘音ちゃんの胸は国指定の危険物に認定されてもおかしくないし、会長の胸は超法規的存在だし、彩加のふとももだって治外法権。
男性には「見るな」という方が酷であるし、お邪魔虫の俺が離れれば、声だってかけるだろう。
「白鷺くんがいても駄目かしら?」
「いっちゃんは女の子とよく間違われますからね。寄ってくる輩はいると思いますよ」
「……確かに、ちょっとこれは鬱陶しいわね」
会長は鋭く周囲に視線を走らせた。その貫禄にほとんどの男はビビッて目を逸らす。だが、その目は結局、他の三人に辿り着くのだ。甘音ちゃんなんて、さっきからずっと俺の背中に隠れて出てこない。
「それにしてもさあ」
いやらしい視線の束をジロリとにらんで迎撃しながら、彩加がぼやく。
「なんか今日のプール、やたらむさ苦しくね? 休日だし家族とカップルばっかりだと思ってたのにさ、オトコだけのグループ多すぎでしょ」
日焼けした筋肉ムキムキのゴツイ男、チャラチャラ髪染めた不良。
さらに、青白い肌で眼鏡装備のオタクも混じっている。
甘音ちゃんがおそるおそる俺の背中から顔を出す。
「やっぱり、清原兄弟さんの動画撮影に集まった人たちなんですかね?」
「そうかもな」
さっき桃原ちとせが言っていた「仕事の邪魔すんな!」とは、そういう意味なのだろう。
ヤンキーや半グレたちを集めて、喧嘩大会でも開こうっていうのか?
「でもさぁ、そのわりに、なんかヒョロガリっぽいのも多くね?」
彩加が言うと、そのヒョロガリっぽい集団がちょうど俺たちの目の前を横切った。
彼らは甘音ちゃんたちには目もくれない。
ふらふらと獲物を求めて彷徨うゾンビみたいな足取りで、プールサイドを歩き回っている。
担いでいるリュックの中から、タオルの切れ端がはみ出している。
そこ書かれた文字が、ちらりと見えた。
「るあ姫♥一生愛す」。
まさか――。
『 ぶっひひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ~~~~~~~~ん!!!!!!!!!!!! 』
突如として、ブタの鳴き声がドームの中に反響した。
その瞬間、ヒョロガリゾンビたちにふっと生気が吹き込まれた。
虚ろだった目に光が点り、瞳にはハートマークが浮かび上がる。
「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!! 姫さまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」」」
ドドドドドドドドドッッッ!!!
声がした方向に一斉に大移動を始める。
呆気にとられているマッチョや不良を押しのけ、ぶっ飛ばして駆けていく。つよい。オタク強い。まるで王蟲のようだ。推しが目の前に現れたオタク最強伝説。
彼らが崇め奉る「推し」は、プールから現れた。
一度に百人以上が泳げるというメインプールの中央、水の中からステージがせり出して、そこから水着姿のブタさんがヘッドセットをつけて現れる。
『プリンセスプールで泳いでるみんなー!! こんにちるあるあ~!!』
「「「「「こんにちるあるあッーーーーー!!!」」」」」
『動画で予告したとーり、いっちょライブぶちかましちゃいまーーーーーす!! 楽しんでってね~ん♥』
津波のような歓声がプールの水面を揺らす。波が出るプールじゃないはずなのに、ザブンとここまで水が来た。
俺の腕にぎゅっとしがみつきながら、いっちゃんが言う。
「あれ、瑠亜先輩? なんでライブ?」
「さあ。ゲリラライブってやつじゃないか。昔流行った」
ライブというより、邪教のサバトという雰囲気だが。
ともあれ、これはチャンスである。
「みんな。今のうちに隣のプールに移動しよう」
ブタさんが歌っているメインプールの横には、やや小さめのプールがある。
ほとんどの客がライブの方に行っているから、広々と使えそうだ。
ブタさんの人気がこんな時に役に立つとは、まったく世の中わからないものである――が。
俺たちが遊びに来た場所でわざわざゲリラライブをやったのは「偶然」だろうか?
また何か企んでないといいんだがな。
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