54 プールに暗雲?



 入場口の列に並んでチケットを買い、敷地内に入り直した。


 外でも結構待たされたが、ここでも長い列ができている。


 屋内プールへと続くスロープに、ぎっしりと人が並んでいる。


「うぇー。なんでこんな混んでんの? なんかあるの今日?」

「おかしいわね。イベントの類いは何もなかったはずなんだけど」


 彩加と涼華会長が困惑していると、ウンウン頑張って背伸びして遠くを見ていた甘音ちゃんが言った。


「あれ、清原兄弟さんじゃないですか? 不良のカリスマの」


 列の彼方に、黒い人だかりができている。


 日焼けしたゴツイ男と、派手なメイクをした女たち。


 深夜、ド○キ・ホ○テの二階に行くとたくさん出会えるタイプの人種ばかり集まっていた。


 その中心にいるのは、人垣から頭一つ、二つ突き出た大男の三人組である。


「清原兄弟って、あの三人?」


 甘音ちゃんが頷く。


「格闘家ヨウチューバーですよ。『プロ格闘家がケンカ売ってみた』って聞いたことないですか?」

「…………」


 なかった。


 清原って言われても、番長しか思い浮かばない。


 やっぱり、こういう流行の話題を知らないのって「普通」じゃないよな……。


 恥ずかしい。


「ごめん知らない。教えてくれないか?」


 甘音ちゃんは嫌な顔ひとつせず教えてくれた。


「不良のカリスマって呼ばれてる清原超星(きよはらすたー)さん、楽月(らっきー)さん、真陽(さにー)さんの兄弟で、全員プロの格闘家なんです」

「芸人みたいな名前だけど、本名なのか?」

「あはは、たぶん。街にいるケンカ自慢とその場で戦うっていう企画が人気で、いつも百万回以上再生されてますよ」

「ハイハイ! ウチも見たことある! いきなりインネンつけてぼっこんぼっこん殴り合ったりして、ヤバイんだよねー」


 流行り物は押さえるギャル様が知っているというのなら、人気なんだろう。


 ぼっこんぼっこんって、彩加が言うとなんだか可愛らしく思えるが――。


「ヨウチューブってすごいんだな。ケンカを配信しても怒られないのか」

「ちゃんとグローブつけて、ルールも決めて戦ってるみたいですよ」

「ああ。スパーリングみたいなもんか」


 そりゃそうか。


 ガチのストリートファイトなんて、ネット配信できるはずがない。


 格闘技観戦が趣味の人だって、目がくりぬかれたり睾丸潰れたりするシーンを見たくはないだろう。


「それにしても甘音ちゃん、詳しいんだな」

「清原兄弟さんは帝開芸能事務所所属で、わたしが元いたテイカイミュージックと同じ系列ですから。一度だけ事務所で見かけたことありますけど、すごい迫力で。思わずトイレに隠れちゃいました」

「ふうん」


 確かに、遠目にもギラギラしているのがわかる。


 キラキラではなく、ギラギラ。


 陰キャ・陽キャの区分とは別次元。


 反社・アウトローな人種だった。


「怖いな。なるべく近づかないようにしようか」


 涼華会長は目を丸くした。


「和真君が怖がるなんて相当ね。そんなに強いの? あの三人」


 甘音ちゃんが答える。


「三人とも元暴走族で、ケンカで負けたことはなかったそうですよ。そこから格闘技はじめて、デビュー以来ずっと負けなし」

「じゃあ無敗ってこと? すごいわね」


 確かにすごいが――。


 俺が「怖い」といったのは、その兄弟に対してではない。


「帝開」の名前が出てきたからだ。


 まさか、とは思うけれど。


 プールであのブタと出くわすようなことに、ならなきゃいいんだが。





 この時の俺には、知るよしもないことだが――。


 昨日の夕方、こんな動画が投稿されていたらしい。



【ほぼ毎日投稿】るあ姫様が斬る!~わきまえなさいッ~

チャンネル登録者数113万人


『どもども~ども~んかーっしゅ♪』


『ゲーノーカイにあきたらず配信界でもチョーシこかせていただいておりますぅ~』

『“るあ姫”こと高屋敷瑠亜どえっす!』


『いきなりビッグニュースのおしらせデース!!』

『え? ナニナニ? ニュースとおしらせで意味かぶってる?』

『ブフフ。こざかしいことゆってると、お爺さまに通報してBAN♪しちゃうゾ? 生命(いのち)的にっ♪』


『イベントのおしらせなのですババーン!』


『とーとつですが、アタシ、単独ライブやっちゃいます!』

『日時は明日! お昼くらいから!』

『場所は市内のプリンセス・レジャープール!』

『もちろんアタシは水着♥で歌って踊っちゃうから、スケベどもはおたのしみにぃ~♥』


『……え? ナニ?』

『なんでいきなり明日なのか、って?』


『んーそれがねぇ』

『ホラ、前から話してるアタシの親友“カズコ”っているじゃん?』


『そのカズコがね、明日、アタシ以外の“友達”とプールに行くらしくってさぁ』

『ちょっとアタシ誘われてないわよプンプンッ! って、チョットるあ姫「おこ」なわけ』

『だからアタシも遊びにいって、驚かせてあげようかなーって』

『最近のアタシちょっぴりシット深いかも?』

『あぅ~んユルシてぇ~ん♥』



『……ふざけんじゃないわよ……あのメスガキども……』

『……よってたかってアタシのカズにサカりやがって……』

『……トップアイドルであるアタシとの差を、見せつけてやるんだから……』



『ってなわけで、明日のプールにおムネふくらみちゅうのるあ姫こと瑠亜ちゃんでしたー!』

『まったねーん!』



【コメント欄 910】

ドドンガドン・1分前

姫さまのみじゅぎぃぃ~絶対みりゅぅぅ~。


るあ様のしもべ8号・1分前

明日wwwwwちょwwwwwいきなりwwwwww


暖気ホーテ・1分前

ゲリラライブ的な?


シルヴァーナ公爵・1分前

カズコちゃん、もっと瑠亜ちゃんに構ってあげないとさぁ。


真織・1分前

途中の独り言、なんて言ってんの?


れんちょん・1分前

祭りが起きそうな予感!


レンドー・1分前

最近ももちーから瑠亜姫に乗り換えました! 姫様かわいすぎ!

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