53 陰キャが女子とプールに行こうとした結果…
帝開ゴールデンプール。
近隣地域で最大の規模を誇るレジャープールである。
夏はもちろん、ガラス張りドーム付きの巨大温水プールを備えているため真冬でも楽しめる。休日となれば、四季問わず家族連れやカップルで賑わう場所だ。
ここに来るのは、小学生の時に母さんに連れてきてもらって以来だ。
友達と来たことはない。
ぼっちだったから。
彼女と来たことも、ない。
モテなかったから。
そんな俺が、涼華会長みたいな超美人と、二人きりで行けるなんて。
嬉しい。
が――正直、実感がわかないというのが本音だ。
宝くじ一等に当選した庶民って、こんな心境なんだろうな。
心がソワソワと浮き立ってしまう。
ベッドに入ってもなかなか眠れず、スマホでプールの公式サイトを三回も熟読してしまった。
――ふう。
女の子と二人きりで、プール。
学校の「上級」連中みたいに上手くエスコートはできないだろうけれど、せめて「普通」に振る舞わなくては。
◆
翌日。
そんな俺の願いは、むなしく、打ち砕かれてしまった。
二人きりでは、なかったのである――。
◆
待ち合わせ場所のプール入場口は、修羅場だった。
今日は涼華会長と二人で遊ぶ予定であり、他の誰も来ない。
そもそも行くことさえ知られてない。
そのはずだった。
ところが、まさかの――全員集合。
「えへへ。プールなんてひさしぶりだなぁ。夏は忙しくって、ほとんどお休みなかったから」
一人目は「あまにゃん」こと、皆瀬甘音ちゃん。
今日はピンクのワンピース。伊達メガネをかけて、軽く変装している。さすが人気急上昇中の声優。だけど、その可愛さまでは隠しきれない。メガネのおかげでかえって清楚な真面目さが強調されてしまい、ちらちらと横目で見ていく男の多いこと。
「甘音ちゃん。何故ここに?」
「なぜ? うふふ。なぜでしょう?」
「……泳ぎたかったから?」
「ぶぶー。ふせーかーい。『和真くんと二人で♪』が抜けてます♪」
なんて、正面から抱きついてくる。積極的すぎるアプローチに、周りの男たちの視線がいっせいに険しくなった。
そして二人目、「いっちゃん」こと白鷺イサミ。
「和にぃ、ボクに内緒でズルいよ! 予定なんかいくらでも空けたのに!」
ショートパンツにTシャツ、ウインドブレーカーというラフな服装。ユニセックスなコーディネイトのせいで、ぱっと見では男子か女子がわからない。いずれにせよハッとするほどの美形なので、男に加えて女性の視線も集めてしまっている。
「別に内緒にしてたわけじゃないんだが」
「だーめ。バツとして、今日はボクと一番一緒に遊ぶことっ。いいよねっ?」
左腕にぎゅっ、としがみついてくる。サラシで隠された胸を押し当てるようにしてくるのは、いっちゃんがHだから――ではない。はしたない女性を俺は尊敬しない。「ボクも女の子なんだよ?」「忘れちゃヤダよ?」という、いじましいアプローチだということはわかる。
とはいえ、身動きが取れないのは困るんだが……。
さらに三人目。「昼はギャル、夜はメイド」の鮎川彩加。
俺の右腕を強く引き寄せ、大きな瞳で上目遣いに見つめてくる。
「ううう。和真っ、うちにナイショで泳ごうとしたの? ねえねえ、泳ごうとしたのっ? ヨヨヨ~」
「ヨヨヨ~と言われても……」
お尻まで隠れる超ビッグシルエットのパーカーから、ダンスで鍛えたカッコイイ素足が伸びている。亜麻色の長い髪は今日もサラッサラ。うーん、イケてる。俺みたいな陰キャが直視すると目が潰れそう。「チッ」「チッ」「チッ」。陽キャ男どもの舌打ちがあちこちから聞こえてきた。
――やれやれ、参ったな。
頭を掻こうとした俺の左腕をつかんだのは、胡蝶涼華会長である。
胸元が大きく開いたノースリーブのシャツにピタッとしたスキニーデニムのおかげで、深い胸の谷間や豊満なお尻のラインが惜しげもなく晒されている。サングラスをかけたそのルックスは、もう完全に大人の女性。周りからは舌打ちすら起きず、ただただ見とれる男たちばかりだった。
「和真君、これはいったいどういうこと?」
「それはこっちが聞きたいです」
会長の切れ長の目が逆三角形に吊り上がってる。
そりゃ怒るよな。
「まさか、綿木さんも来てるんじゃないでしょうね?」
「そういえば、ましろ先輩がいませんね」
甘音ちゃんたちが勢揃いしているのに、彼女だけいないのは不自然に思える。
そのとき、俺のスマホが着信音を鳴らした。
噂をすれば、綿木ましろ先輩からのメッセージだった。
『 今日、デートなんでしょ? 』
『 会長のSNSを見てぴーんときたもん! 』
『 ずるーい! あたしもいきたーい! 』
『 って思ったけど、どうしてもはずせない用事があるの。しくしく 』
『 かわりに、三人のシカクに連絡しておいたからっ 』
『 胡蝶せんぱいに言っといてね。ぬけがけダメ、ゼッタイ! 』
『 ましろ♥ 』
メッセージには画像がついていた。カラオケボックスのようなところで、たくさんのスイーツと美術部のみなさんに囲まれて、投げキッスしてる先輩の顔だった。なにかの打ち上げらしい。以前、美術部には迷惑をかけてしまったけど、楽しくやってるようで安心した。
「会長、SNSに何か書きましたか?」
「ええ。大事なひとと泳ぐ約束をした、みたいなことを。……えっ。まさかそれだけで?」
「ましろ先輩、鋭いですからね」
「迂闊だったわ」
天を仰ぎながらも、会長は俺の左腕を離してくれない。
そして、それは他の三人も同じである。
正面に甘音ちゃん。
背中にいっちゃん。
右腕に彩加。
左腕に会長。
こういうの「四面楚歌」っていうんだっけ? いや「四女楚歌」?
あるいは、世界一柔らかくていい匂いのする、押しくらまんじゅう。
さすがに周囲の視線がやばくなってきた。
四人が四人とも「S級」の美少女、それを俺ひとりで独占しているのだ。
今日は休日だけあって、ナンパ目的のガラが悪そうな男たちも入り口に多くたむろしている。彼らの俺を見る視線はもう、殺意がこもっている。いつ絡まれても不思議じゃない。
トラブルになる前に、移動すべきか。
「甘音ちゃん。会長。いっちゃん。彩加」
「はいっ!」
「何?」
「どうしたの?」
「放せって言われても放さないから!」
わがままを言う彩加に、俺は言った。
「いや、その逆」
「へっ?」
「四人ともしっかりつかまって――離れるなよ」
地面を蹴った。
まずは、軽い跳躍。
すぐそばのブロック塀の上に乗っかる。
さらに跳躍。
今度は街灯、そのフードの上に着地する。
ナンパ男たちが、あんぐりと、大口を開けて見上げている。彼らの扁桃腺や、虫歯までも、この位置からだとよく見える。
さらにさらに――大跳躍。
四人の彼女たちが舌を噛まないよう、対空時間を長めにとるふわりと浮き上がるようなジャンプを心がけた。
入場口の屋根を飛び越えて――。
途中、植えてあった松の木を二回蹴って、落下の衝撃を吸収させる。
しゅた、っと。
レジャープールの敷地内に着地する。
はい、入場成功。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
ぽかんとする四人から、ようやく俺は逃れることができた。
甘音ちゃんが目を何度もぱちくり、ぱちくりさせている。伊達メガネのおかげで見慣れた表情が新鮮。可愛い。
「かっ和真くん、今のどうやったんですか?」
「跳んだ」
「跳んだ!? あんなに高く跳べるものなんですか!? 入場口飛び越えて!? 四人を抱えて!?」
「うん」
「お、重くなかったですか!?」
「重いとかより、四人に密着されてドキドキしたかな」
そちらのほうが、彼女なし陰キャにとっては深刻な問題である。
さて、と――。
出口のほうへ向かって歩き始めた俺のことを、会長があわてたように呼び止める。
「ど、どこ行くの? そっちは出口よ」
「知ってます」
シュンとしたように彩加が言う。
「ゴメン和真、怒った? うちら、やりすぎ?」
「えっ? ……いやいや、そうじゃなくて」
俺は頭をかきながら、財布を出した。
「入場料、払ってこなきゃ」
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