50 絶縁者は「ふつーに上手い」って言われたい


 九月末日。


 帝開学園校内は、祭りの舞台と化した。


「かっせ! かっせ! てーーーいーーーかーーーーい!!」

「負けるな負けるな! こーーーーーうーーーーーじん!!」


 第1グラウンドで始まった野球部の対戦には両校の応援団が詰めかけた。ブラスバンドの演奏あり、チア部のダンスもあり、さながら甲子園のような熱気である。


 野球だけではない。


 第2グラウンドではサッカー部の試合が始まったし、総合体育館では演劇部の出し物が行われている。運動系・文化系を問わず、両校の熱意はすさまじい。帝開グループと皇神グループ、日本の経済界を二分する巨大企業の威信がここにかかっているといっても過言ではないのだ。


 帝皇戦(ていこうせん)、と帝開生は呼んでいる。


 皇神生は「皇帝戦(こうていせん)」と呼んでいる。


 こんな些細な呼び名にも、両校の意地の張り合いが見てとれるのは、微笑ましいのか、子供っぽいのか――。


 お助け部(仮)の部員たちも、忙しくしている。


 胡蝶涼華会長は、生徒会長として大会運営テントに常駐して指示を出している。天才会議がもはや機能していない今、生徒会長である彼女にかかる責任は相当なものだろう。まぁ、涼華会長なら問題はない。きっちり大会を取り仕切ってくれるだろう。


 いっちゃんこと白鷺イサミは、演劇部の出し物で主役(メイン)を張る。なんの実績もない帝開の演劇部だが、いっちゃんの加入以降、公演にはかなりの客が入るようになった。女性ファンの親衛隊もできて、舞台に立てば黄色い声援が飛ぶし、楽屋には差し入れが山のように届く。もし、いっちゃんが女だと知ったらどうなるか、ちょっと怖い。


 ちなみに、この舞台には皆瀬甘音ちゃんもゲスト出演する。演劇部の要請を受けての「客演」である。彼女もいっぱしの役者になったみたいで、我が事のように嬉しい。甘音ちゃん目当ての客も大勢来るみたいなことをネットの書き込みで見た。


 鮎川彩加は、ダンス部のエースとして講堂でダンスを披露する。しかもソロらしい。界隈では結構な有名人らしく、わざわざ県外から見に来るファンもいるとのこと。話してるとふつーのギャルなんだけど、やっぱり彼女も「天才」なのだ。


 天才といえば、綿木ましろ先輩もそうだ。先日自分の名義で発表した水彩画がコンクールで入賞し、一躍有名になってしまった。あわてた学園側が、今さら彼女を特待生にしようと申し出たらしいが、先輩は謝絶したらしい。「あたし、自由に描きたいから!」とのこと。かっこいい。マシュマロみたいに可愛いのに、中身は男前。彼女の絵を見るために、やはり多くの客が訪れるだろう。







 さて――。



 俺の戦場は、第一体育館だ。


 ここではバスケ部の試合が行われる。両校ともに県大会ベスト4の強豪である。白熱した試合を期待して、体育館には大勢の観客が詰めかけた。


 両校の激突に先駆けて、前座試合が行われる。


 帝開学園バスケ同好会 VS 皇神学院バスケ部二軍。


 二軍にも試合の機会を与えたいという皇神側の申し出があってのことらしいが――帝開側は二軍ではなく、同好会を出すという形で応じた。「帝開は選手層が薄いから、二軍同士じゃ負けると思ったんじゃない?」とはノッポ先輩の言。まぁ、あの負けず嫌いの理事長(ジジイ)の考えそうなことだ。同好会なら負けて当たり前、恥はかかないというわけだ。


 帝開のバスケ部員は、当然面白くない。なぜ二軍同士でやらせてくれないんだと、ヘイトをためることになる。そしてそのヘイトは、理事長ではなく、立場の弱い同好会に向かう。


 皇神バスケ部にしたって、面白いはずがない。


 二軍とはいえ、普通の高校ならエース級の選手ばかりである。同好会なんか出して舐めやがって、、ということになる。



 そういうわけで――。



 俺がユニフォーム姿でコートに現われると、周りから一斉にブーイングが飛んだ。「帰れ! 同好会!」「ひっこめ、へたくそ!」。四面楚歌ってやつだ。皇神の応援席はぎっしり人がいるのに、帝開のほうはまばら。しかもスマホいじってて誰もこっちを見ていない。一軍同士の試合までのヒマ潰し感ありありである。


 周りじゅう敵だらけのなか、唯一声をかけてくれたのは、帝開ではなく皇神の生徒だった。


 真っ白なセーラー服姿の黒髪少女。


 切れ長の目には美しい棘が感じられる。


 ツンとすまして、長い艶やかな髪をかきあげる。


「夏休みぶりね〝孤狼〟」

「その呼び方はやめてくれ。中二病だと思われる」


 皇神月乃(こうじん・つきの)。


 夏休み、皇神学院が殴り込んできた時にいた凄腕の少女である。名字からして、皇神グループの関係者なのだろうけど、未だその正体は謎に包まれている。


 月乃はユニフォーム姿の俺をじろじろ見つめた。


「あんた、バスケ部員だったの? 見かけによらないね」

「部じゃなくて同好会。それも今日限りの助っ人だよ」

「ふうん。上手いの?」

「ふつーに上手いって、チームメイトには褒められてる」


 それから彼女は怪訝な顔をした。


「そのチームメイトはどこにいるの? あんたしか来てないじゃん」

「……そういえば、遅いな」


 ノッポ先輩ほか、同好会メンバーの姿が見えない。ロッカールームにもいなかった。もう皇神はウォーミングアップを始めているというのに。


 下品な笑い声が背中で聞こえた。


 振り向くと、このあいだ因縁をつけてきた帝開バスケ部の連中がニヤニヤと笑っている。


「おい1年。お仲間はどうしたんだよ?」

「お前ひとりで試合する気か? さっすが同好会、バスケをナメてるよなあ~~あ?」


 その口調と表情に、ぴんと来るものがあった。


 こいつら……。


「ノッポ先輩たちをどうした? 彼女たちはどこにいる?」

「さあ、知らねーなぁ? ビビッて逃げたんじゃねーの?」


 耳障りな笑い声を連中はあげた。


 その時、スポーツバッグの中で着信音が鳴った。


 ノッポ先輩だった。



『ご、めん、鈴木くん……』



 痛みをこらえている声だった。他のメンバーのうめき声のようなものも後ろで聞こえる。



『バスケ部の連中に、襲われた……。お前らが辞退しないから俺たちの出番が回ってこないって。ハハ、とんだ言い掛かりだよね』

「しゃべらないでください。ケガは?」

『たいしたこと、ないよ……。救急車呼んだし。それより、行けなくてごめん。君に助っ人を頼んでおきながら、この……ザマ、で……』

「しゃべらないでください!」


 ずずっ、と鼻をすする音が受話口から聞こえた。


『ああ、残念だなあ。あんなに、練習したのに……』

「先輩……」

『……鈴木くんと、バスケが、したかったよ……』


 声が聞こえなくなった。


 スマホを下ろした俺を見て、連中がまた笑った。


「お、どうした? 泣きそうなツラして」

「お前もさっさと帰ったらどうだ? 『スクダン』や『白バス』でも読んで寝てろ。な?」


 連中の言うことは無視した。


「月乃。ひとつ頼みたいんだが、いいか」


 彼女は目を丸くした。


「初めて名前呼んでくれたね。何?」

「3秒……いや、2秒でいい。目くらまし頼む」


 月乃は軽く髪に触れて「いいよ」と頷いた。


 彼女はただちに実行した。


 体を沈み込ませるようにしゃがみ、スカートの中に手を伸ばす。まぶしい太ももに装着したガーターベルトのホルスターから、小型のリボルバーを抜き放つ。


 

 銃声が鳴り響く。



 観客も選手も審判も、一斉に月乃を見る。天井に向かってぶっ放した黒髪美少女の姿に、釘付けになった。


 その隙に俺は動いた。


 壁に寄りかかっているバスケ部五人に素早く駆け寄る。月乃から俺に視線を移すより速く――ハイキック。一人目の側頭部にバスケシューズを蹴り込み、昏倒させる。そして二人目には正拳突き。ねじるように拳を腹に打ち込み、飲んでいたスポーツドリンクをぶちまけてもらった。


「てめっ、この」


 口を開きかけた三人目の顎にアッパーカット。汚い口を閉じてもらう。さらに四人目、逃げようとした相手のユニフォームを掴んで引き寄せて背負い投げ。からの、膝落とし。一発レッド間違いなしのラフプレイだが、先に仕掛けたのはそちらだ。


 ラスト、五人目。一番デカイ男には――ダンクシュート。


 ただし、ボールは俺の拳骨。


 脳天直撃の強烈なダンクに、帝開学園が誇る190cmセンターは目を回して倒れた。



 ――これでだいたい、2秒。



 銃声の衝撃から観客が醒めるころには、すべてのケリがついていた。


「流石」


 淡々と褒めてくれる月乃の肩を叩き、謝意を示して――俺はコートへ進み出た。


 すでに試合開始時間はすぎている。


 審判のもと整列している皇神の二軍部員たちが、焦れたように言った。


「なんだよ、同好会ってお前ひとりか?」

「他のメンバーは?」

「あそこで倒れてるの、帝開バスケ部の連中じゃねーのか?」


 頷いた。


「ああ。今日のところは俺一人だ」


 彼らは「ハァ?」という顔をした。


「それは棄権と見なしていいのか?」

「いいや。一人でも試合する」

「アホ抜かせ! どうやって一人で五人を相手にするんだよ」

「心配はいらない。先日も銃を持った五人を相手にしたばかりだ」

「アタマわいてんのかオマエ!?」

「いいやまともだ。――だから」


 審判が持っていたボールを、俺は奪った。


 そのままシュート体勢に入る。


 3ポイントシュート。


 ここはセンターラインの遥か後方である。「そんなところから、入るかよ」「マンガの読み過ぎだっつの」。そんな馬鹿にした声が聞こえる。様子を見守る観客からも失笑が漏れた。


 だが――。


 残念だったな。


 入るんだ。


 いや、「入るのだよ」。



「!?」



 会場から声にならない声が漏れる。


 超超距離から放たれた3ポイントシュートが、ネットにかする音すら聞こえないほど、精密にゴールを射抜いたのだ。


 マンガ「白子のバスケ」を読みまくって身につけた必殺技。ぶっつけ本番だが、成功したらしい。


 きょとん、としている月乃に言ってみた。



「どうだ俺。ふつーに上手いだろ?」



 それに反応したのは、月乃ではなく、会場じゅうの観客であった。


 声が重なる。



「「「「「「「「「「ふつーじゃねーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーよ!!!!」」」」」」」」」」




 ……えっ?

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