49 マンガこそ最大の聖書(バイブル)
混沌とした議論のなか放たれた、甘音ちゃんの発言――。
「学園のありとあらゆる難題、事件を解決するトラブル・シューター。〝お助け部〟を提案します!」
その提案に真っ先に頷いたのは、鮎川だった。
「あー、それで良くね? 別に一つのコトに縛られる必要ってないモンね。その方が和真もいいっしょ?」
「そうだな」
自分は何が好きなのか、何をやれるのか、まだ定まっていない。
校内で困っている生徒を助けながらそれを探していけるなら、一石二鳥である。
「和にぃは、困ってる人を見ると放っておけないところがありますからね」
「だねー。適職なんじゃないかなっ」
いっちゃんとましろ先輩も賛成のようだ。
涼華会長が頷いた。
「皆瀬さんの提案、私も良いと思うわ。どう? 和真君」
「ぜひ、やらせてください」
高屋敷家の洗脳が解けて以来、自分の好奇心が高まっているのを自覚している。いろんな人に会ってみたい。いろんなことをやってみたい。そんな気持ちが胸に渦巻いているのだ。
その欲求を満たすのに、この「お助け部」は打ってつけじゃないか。
「決まりね」
銀髪の帰国子女は微笑を浮かべた。
「部長はもちろん和真君。副部長は私が務めます。顧問は、生徒会顧問の柏崎先生に就任してもらえるよう、私から頼んであるから」
さすが〝ビジネスの天才〟。すでに根回しは終わっているらしい。デキる女。
「部員のあーしらは、何をすれば?」
「周りに困ってる人がいたら、まずは話を聞いて。和真君と一緒に相談に乗るところから始めましょう」
「地味~なカンジだね。でも、そーゆーのキライじゃないかも」
鮎川も乗り気らしい。ギャルそのものな見た目に似合わず、仕事熱心なのは知っている。
「帝皇戦の前だから、人手が欲しい部活はありそうですよね。わたし、クラスメイトに聞いてみます」
「あたしも美術部の友達に聞いてみよっかなー」
「ボクからも、演劇部の人に話してみますよ」
甘音ちゃんたちも協力してくれるようだ。
「なんか悪いな。みんな忙しいのに、わざわざ兼部までして」
すると、彼女たちはおかしそうに笑った。
「今までわたしたち、和真くんに助けてもらってましたから」
「その一部を返す、ということよ」
「和にぃのためなら、なんてことないよ」
「そーそー。どーんとあーしらに任せてくれればいいって!」
「ましろちゃんの恩返し~」
五人の美少女の笑顔を見ていると――つくづく俺は幸せ者だと思う。
学園の最高権力者と絶縁し、たった一人で生きていく覚悟を固めた俺に。こんな優しい仲間ができるなんて。
人生、捨てたもんじゃないってことだ。
◆
九月半ば――。
職員会議の承認を得て、俺たちの部が正式に発足した。
部室はもちろん、ここ地下書庫である。蔵書の一部を他の部屋に移して本棚を整理し、鮎川メイドセンセイの統率のもと徹底的に掃除してピカピカに磨き上げた。その仕事ぶり掃除ぶりは見事なもので、鮎川とケンカしていた甘音ちゃんですら「見かけによらず、すごいんですね」と目を丸くした。
というわけで、お助け部(仮)。
カッコカリがついているのは、「もっといいネーミングあるんじゃね?」と鮎川が言ったからだ。まぁ、確かにそのまんまだもんな。かといって別の案も思いつかず、とりあえず仮名ということで船出したのであった。
陰キャの俺に依頼なんて来るのかな、なんて思っていたのだが、存外早く最初の仕事は舞い込んできた。
ましろ先輩の友達を通じて持ち込まれたその「お悩み」は――。
「バスケ部の助っ人、ですか?」
地下書庫兼部室。
ましろ先輩が連れてきた背の高い二年女子は、素早く首を振った。
「違う違う。部じゃなくて、同好会」
「バスケ部のほかに、同好会があるんですか?」
「うん。まったく知られてないけどね」
ちょっと寂しそうにノッポの先輩は笑った。
「バスケ部に入れなかった子や辞めさせられた子たちで、男女混合の同好会作ってるの。もちろん部費はもらえないし、体育館も使わせてもらえないけどさ。下手でもバスケ好きな子たちが集まって、楽しくやってるよ」
「なるほど」
この帝開学園は、部活の実績をあげるためなら手段を選ばない。精鋭主義で、有名競技の部には入部テストがあったりする。バスケが好きだからバスケ部にいられる、みたいな環境ではないのだ。
「正式な部じゃないから公式の試合には出られないんだけど、今度の帝皇戦で前座試合をやらせてもらえることになってさ。皇神学院バスケ部の二軍と試合するの。ついに試合ができるって、みんな燃えて練習してたんだけど……ケガ人が出ちゃって。八人いた部員で、試合に出られそうなのは四人しかいなくなっちゃったんだ」
「半分に減ったってことですか? なんでまた」
ノッポ先輩はみるみる顔を曇らせた。
「……バスケ部の人たちに、嫌がらせされて……」
「嫌がらせ?」
「練習試合をさせてやるって言われたの。そしたら、ラフプレイ連発されて。審判やってた顧問も見て見ぬふり。『この程度の接触でケガするなんて思わなかった、弱すぎる』だって」
ノッポ先輩は唇を噛んだ。
相変わらず、腐ってやがるな。この学園は。
「多分、私たちが皇神と試合するのが気に入らなかったんだと思う。前座とはいえ学校の恥だ、みたいに言われて。辞退しろって言われたけど、聞かなかったから」
「それで、潰されたってことですか」
バスケって、確か五人チームだったはず。
四人しかいないのでは試合ができない。
「もう私、悔しくって悔しくって! このまま棄権なんて絶対嫌。二軍とはいえ皇神バスケ部に勝てるなんて思ってないけど、せめて試合には出たいのよ。だから――」
「俺に助っ人に入って欲しい、ってわけなんですね」
「知り合いに頼んでも、バスケ部を怖がって誰も力を貸してくれないの。もう、頼れる人がいなくって……」
ノッポ先輩はすがるような目をした。
「だけど俺、バスケなんてほとんどやったことないですよ。体育の授業でも突っ立ってるだけでしたし」
「それでもいいの! 人数合わせで構わないから、お願いっ!」
ノッポ先輩とシンクロするように、ましろ先輩も頭を下げる。
「あたしからも頼むよ~かずくんっ。暴力バスケ部にぎゃふんと言わせてやろうよっ!」
確かにバスケ部の所業は許せない。上手くはなくとも「普通に」バスケを楽しんでいる人たちをケガまでさせる権利が奴らにあるはずがない。
「わかりました。俺で良ければ、仲間に入れてください」
「ありがとう鈴木くん! 恩に着るよ!」
ノッポ先輩は、ましろ先輩と手を取りあって喜んだ。
「だけど、本当にバスケのことは何もわからないですよ。ルールも正直、あやふやで」
「ふふーん。そこは、ちゃんと考えてあるの~」
ホンワカ微笑んだましろ先輩が、机の上に紙袋をどんと置いた。ずいぶん重そうだ。
中身はマンガだった。オレンジ色の表紙がずらりと31冊並んでいる。ところどころすり切れていて、読み込んだ後が窺える。
「『スクラム・ダンク』ですか。バスケマンガですよね」
「そ~。読んだことある?」
「名前は知ってますけど、あいにく」
読書はそれなりにしているけど、マンガは未開拓な作品が多い。
この「スクラム・ダンク」もその一つだ。名作との誉れが高いのは知っているが、自分がバスケ無知なのもあって、今まで手を出してこなかった。
「じゃあ、これを機会に読んでみよ~。バスケのルールもわかりやすく書いてあるし。何より面白いし! 読んだら絶対バスケしたくなるって!」
「マンガから入るっていうのは、良いですね」
ノッポ先輩も頷いた。
「実は私も、この作品を読んでバスケ始めたの。初心者の主人公が一歩ずつ上手くなっていく物語だし、鈴木くんにも向いてると思うよ」
1冊手にとって、ぱらぱらめくってみた。ううむ、絵が上手い……。それに、なんだか熱量がある。バスケが好き! という情熱にあふれている。
「これ、借りてもいいですか?」
「ぜひぜひ~!」
お言葉に甘えて、家に持ち帰って読んでみた。
……面白い。
思いっきり物語にのめり込んだ。母さんにご飯を呼ばれたのも気づかなかった。風呂にも入らず読み続け、深夜になっても読みふけり、気づいた時にはもう、東の空が白み始めていた。
王道って、こういう作品のことを言うんだな。
確かにこれは、バスケがしたくなる。
◆
翌日の放課後である。
すっかりその気になった俺は、学園近くの公園に顔を出した。ここにはバスケットコートがあり、順番を守れば誰でも借りることができる。学校施設を使えない同好会は、いつもここで練習しているようだ。
「おっ。鈴木くん。やる気満々だね? スクラム・ダンクの効果はすごいなぁ」
俺の顔を見て、ノッポ先輩はすぐに察したようだ。
同好会は男子2人、女子2人の混合チームである。かなり前から練習していたようで、Tシャツが汗だくで息も上がっている。それでも俺を笑顔で迎えてくれた。
「じゃあ、まずはシュート練習から。レイアップ。和真くん、できそう?」
レイアップシュートとは、ようするに「普通のシュート」である。ゴール近くまでドリブルして、ジャンプして、入れる。それだけ。マンガの中では「平民シュート」と呼ばれていた。派手なダンクシュートなんかより、「普通」に憧れる俺には魅力的だ。
「とりあえず、やってみます。バスケットマンとして」
「おっ、その意気だよ! 期待してるからね」
というわけで、まず一発目。
右サイドからゴールに向かい、ドリブル。リングに近づく。左足で踏み切り、空中でボールを持つ。右足で一歩目のステップ、二歩目の左足でジャンプ。ゴールリングの上にボールを置いてくるような感じで――シュート。
パサッという気持ちの良い音とともに、ボールがネットを通過した。
「おーっ、上手い上手い! ふつーに上手いじゃん鈴木くん!」
「どうも」
ふつーに上手いなんて、俺にとっては最大の褒め言葉だ。
「ジャンプ力もあるみたいだし、運動神経も良さそうだ! これなら、皇神二軍とも恥ずかしくない試合が出来そうだよ」
他の部員たちも、口々に褒めてくれる。
……はは。
なんか、楽しいかも。
バスケが楽しいのはもちろんだけど、「チーム」っていうカンジがする。
チーム。
ずっとブタの言いなりで、ぼっちだった俺が、チーム。
……嬉しい。
◆
レイアップを皮切りに、基本の練習を一通りこなした。ドリブル、シュート、ハンドリング、ディフェンス。みんな、初心者の俺に丁寧に教えてくれた。
「鈴木くん、飲み込み早いなあ」
「ほんと、私たちなんてすぐに追い抜かれそう」
なんて目を丸くしていたけど、それは褒めすぎだろう。
夕方六時をまわり、そろそろ暗くなってきた。照明設備もないコートなので、そろそろ撤収しなくてはならない。
その時、複数の大きな笑い声が聞こえた。
コートのフェンスの向こうで、ジャージ姿の大男たちが5人、こっちを指さして笑っている。
帝開学園男子バスケ部の連中だ。
「おい、落ちこぼれども。お前らまだあきらめてなかったのかよ」
「なんか知らねー顔まで混じってるし。素人に助っ人頼んだのか?」
「お遊びでバスケやられちゃ、真面目にやってるオレらが迷惑するんだよなあ」
などと、好き放題言ってくれる。
ひとこと言ってやろうとすると、俺の肩をノッポ先輩が叩いた。
「いいんだよ。鈴木くん。放っておこう」
「ですが……」
「『バスケットマンたるもの、プレイで本気を示すべし』だろう?」
スクラム・ダンクの名言だった。
「すいません。先輩の言う通りです」
おとなしく引き下がった。
やつらが驚くような試合を、本番で見せつけてやればいい。技術で及ばなくとも、真剣さが伝わればいいのだ。バスケは、俺がこれまで経験してきたような命の奪い合いじゃない。スポーツだ。負けたって命までは取られない。楽しんだもの勝ちなのだ。
そう考えると、気が楽になった。
挑発に乗らない俺たちを見て、連中はつまらなさそうに舌打ちした。
「覚えておけよ、お前ら。へたくそがバスケしようなんて間違いだって、思い知らせてやるからな」
そんな捨て台詞を残して、去って行った。
◆
それから1週間――。
いよいよ明日から帝皇戦開幕。皇神二軍との試合を控えて、俺は昂ぶっていた。
この1週間、楽しくも激しい練習が続いた。チームの連携も少しずつ取れてきた。二軍とはいえ皇神は強豪、勝てはしないだろうけれど、恥ずかしくない試合はできるんじゃないだろうか。そう思う。
それにつけても、スクラム・ダンクは名作である。
あれから毎晩毎晩読み返している。借りているだけじゃ満足できず、小遣いをはたいて全巻自分で購入してしまった。
どうやら俺は、マンガに影響されやすいタチらしい。
今まであまり読んでこなかったから知らなかった。ブタさんに「マンガぁ? あんな幼稚なもの読まないでよ。アタシまで恥ずかしくなるじゃん!」とか言われていたのだ。だからなんとなく避けていたのだが、目覚めてしまったかもしれない。
――他にも、面白いバスケマンガはないのかな?
夜。
風呂に入った後、部屋のPCでいろいろ検索してみた。バスケを題材にしたマンガはたくさんあって、どれも面白そうだ。
その中のひとつが、俺の目にとまった。
「白子(しらこ)のバスケ」というタイトルだ。
ネットで無料試し読みができたので、とりあえず読んでみた。あっという間に作品に引き込まれた。気づいたら全巻電子書籍で購入して、またまた読みふけってしまった。
「なるほど……」
こういうバスケも、あるのか。
知らなかった。
ようし。
明日、試してみよう。
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