40 世間じゃブタのことを超人気声優と呼ぶらしい


 皇神学院殴り込み事件、その顛末を簡単に記しておこう。


 まず結論から先に言えば、今回は勝敗つかず、引き分けということになった。


 皇神学院から来た11名の刺客たちは、セーラー服の黒髪少女・皇神月乃(こうじん・つきの)を除いて全滅。帝開側には13名の怪我人が出たが、いずれも軽傷ですんだ。


 それだけなら、皇神の大敗北――というところなのだが、帝開学園も無視できない被害を負った。学園が誇る天才3名、それも「武闘派」と呼ばれるグループがボコボコにされてしまったのである(2名は重傷、1名は逃亡)。


 さらに、戦略の天才と呼ばれていた暗田暗記の裏切りも明るみになった。彼は入学当初から校内の情報を皇神側に売り渡していたらしい。暗田は即刻天才会議から除名され、学園側の沙汰を待つ身となった。おそらく自主的に転校するだろう。正体がばれた間者(かんじゃ)ほど惨めなものはない。


 刺客をほとんど倒された皇神。


 精鋭を倒されてしまった帝開。


 引き分け、痛み分け――というわけだ。


 その裁定をくだしたのは、学園理事長・高屋敷泰造である。


 俺の個人的な意見になるが、どうもこのジジイ、暗田の裏切りも含めたすべての事象を見通していたのではないかと思う。スパイは泳がせておいた方が面白い、盛り上がると考えるタイプの御仁だ。ブタの一族からは倫理観が欠落している。


 学園首脳の思惑はともかく――生徒や職員たちの意識は少し変わった。


 今回の騒動に対して積極的に立ち向かい、生徒たちの避難や救助に多大な貢献をした涼華会長の株が上がったのだ。


 相対的に、他の「天才会議」メンバーの株は落ちた。聞くところによると、あの自信満々な怪堂天斎(かいどう・てんさい)が、ジジイにこっぴどく叱られて泣きべそをかいてたらしい。


 涼華会長は言う。


「おそらく、天才会議は形を変えることになるでしょうね。今までのような権威は持てなくなるわ」

「これを契機に、私はこの帝開をもっと普通の、まともな学園に作りかえるつもりよ」

「こんなマフィアまがいの殴り込み、二度と起こさせないから」


 いやあ、凜々しい。


 この学園が「普通」になってくれるのなら、俺としても大歓迎だ。


 そんな素敵な先輩に、俺はひとつ頼み事をした。


 皇神学院の刺客たちをブッ倒したのは、俺ではなく、会長が運動部の生徒たちを指揮して戦ったおかげということにしてもらったのだ。


 鮎川彩加をはじめとするダンス部の女子たちにも口裏を合わせるよう頼んだ。その時、何人かの部員からアドレスを聞かれたり、ツーショットを頼まれたりした。「戦ってる姿、超かっこよかった!」なんて言われて、まぁ悪い気はしないのだけれど――鮎川がニコニコ笑いながらにらんでいたので、さすがにお断りした。


「ねぇ。いつまで隠すつもりなの? 本当の力」


 とは、その鮎川の弁。


「少なくともあーしらは知っちゃったわけだしさ。勉強やスポーツもきっとスゴイんでしょ? いずれはバレて大騒ぎになるんじゃん?」


 正直それはわからない、というのが、俺の本音である。


 自分が本気を出したらどうなるのか、自分でもわからない。


 ――まぁ、それは二学期からのことでいい。


 今はともかく、夏休みを思い切り楽しもう。







 今日、8月1日は花火大会の日である。


 会場へと続く河原沿いの道にはぎっしりと屋台が立ち並び、こうして歩いてるだけで焼きそばのソースの匂い、綿菓子の甘い匂いなんかが鼻をくすぐってくる。すでに日はとっぷり暮れてるけど、人混みはますます増すばかり。数珠繋ぎになった提灯に明かりが点り、昼もかくやというまばゆさである。


 人混みを泳ぐように歩いて、待ち合わせ場所まで来た。



「和真くんっ」



 甘い声がした。


 騒がしい祭りの喧騒の中でも、何故か、その声ははっきり俺の耳に届いた。


 そこに立っていたのは、鮮やかな紺の浴衣を着た女の子だ。


 前髪を上げて、大きな子猫みたいな瞳で俺を見つめている。


「やあ甘音ちゃん。待った?」

「いいえ。今来たところですっ」


 彼女が歩み寄ってきた。履き慣れない草履のせいか、足取りがやや覚束ない。なのに、とてとて、一生懸命に早足だった。


「来てくれてうれしいです。実は、ちょっと心配してて」

「どうして? 一緒に花火見ようって約束したじゃないか」

「だって、最近の和真くんすごくモテるから。瑠亜さんだけじゃなくて、胡蝶先輩まで……」


 甘音ちゃんの指摘は鋭い。


 確かに、彼女らとは一悶着あった。


 鮎川にも誘われたが断った。「女の子と行くの?」「あの甘音って子?」「あーしの目を見て?」などなど、笑顔で詰問された。誤魔化したくはないので正直に話すと、「あーしとは遊びだったんだ。しくしく」なんて嘘泣きされた後、「別の日にゼッタイあーしとも遊んでね!」と約束させられた。


 その後で、涼華会長にも誘われた。やはり断ると、「私とは遊びだったのね」と真顔で詰問された。その後「冗談よ」と付け加えてきたが、やはり真顔だった。もっと冗談っぽく言って欲しい。別の日に遊ぶ約束をして、ひとまず事なきを得た。


 さらに、いっちゃんこと白鷺イサミからも誘われた。「浴衣姿、見てほしいな」「たまには女の子に戻りたいもん」なんて。断ると「ボクじゃ不満?」と、泣きそうな目で見つめてきて。埋め合わせに、一緒にプールに行くことを約束させられた。


 ブタからは、あの後しつこく電話があった。着拒にしてもまた別の番号からかけてきやがる。最後の電話は首相官邸からかかってきて、官房副長官から「瑠亜さんから伝言です。一緒に花火大会に行くように」なんて言われた。もう意味わかんないよブタさん。権力の無駄遣いにもほどがある。


 いずれにせよ、


「最初に声かけてくれたのは、甘音ちゃんだからな」


 結局は、そういうことだ。


「その浴衣似合ってるね。可愛いよ」

「ふふっ。ありがとうございます。マネージャーさんに見立ててもらったんですよ」

「おお、マネージャーついたんだ」

「夏休みはゲームの録り溜めがいくつもあって大変なので。最近、少しずつお仕事増えてきてるんですよ」


 声優として、ますます成長しているようだ。


 歩きながら、お互いの近況なんかを話した。


「皇神学院の殴り込みがあったって、本当ですか? 怪我人も出たって」

「らしいね。会長が収めたらしいけど」


 甘音ちゃんはぎゅっと小さな拳を握った。


「わたし、暴力ってキライです。相手にしなければいいんですよ。そんな人たち」

「……だね」


 彼女に真実を話したら嫌われてしまうだろうか。


 相手にしなければそれで済む――なんて、甘い世界に俺は生きてこなかった。先に殺らなければ殺られる、なんてドラマみたいな世界をリアルに体験してきた。


 だけど、それは「普通」じゃない。


「普通」は、甘音ちゃんのほうなのだ。


 彼女と一緒にいれば、俺も普通になれるかな……。





 花火の会場となる河川敷についた。


 人混みは苦手という甘音ちゃんのために、少し離れた一本杉のところで見物することにした。若干見づらいけど、ここのほうが落ち着ける。


「わたし、花火大好きなんです。楽しみだなぁ」


 デジカメを手にして、子供みたいにわくわくと目を輝かせている。俺にはこの笑顔のほうが、花火よりよっぽど魅力的に映る。


 そこへ――。


「おい、そこどけよ」


 野蛮な声とともに現われたのは、チャラチャラした男3人組。青髪、赤髪、黄髪。信号機みたいなチンピラだ。どいつもこいつもガタイがいい。耳がいわゆる「ギョーザ」になってるところを見ると、柔道部か。


「そこはオレらが先に目ぇつけてたんだよ。散れ、おら」


 さっさとご退場願おうと思ったが――甘音ちゃんがそっと俺のシャツを引っ張った。小さく首を振っている。


 ……そうだった。いけないいけない。


「普通」になるんだった。


「場所を変えようか」

「はい」


 二人で立ち去ろうとした時、青髪が急に声をあげた。


「あれっ? この子、見たことあるぜ。確か声優だ」

「声優!? マジで? まさか高屋敷瑠亜!?」


 赤髪が甘音ちゃんの顔を覗き込んだ。


「いや、違うって。瑠亜ちゃんは金髪だしさ」

「なぁんだ、無名かよー。つまんなっ」


 興味をなくしたように、赤髪は彼女の肩を突き飛ばした。


 甘音ちゃんの顔が、一瞬、泣き出しそうにゆがむ。


 それは、肩の痛みによるものではない。


「……行きましょう、和真くん」


 彼女は強がるように笑った。


 その肩を優しく引いて下がらせて――赤・青・黄のバカ信号に向かい合う。


「ああ? なんだてめえ?」


 深呼吸して、気持ちを切り替えた。


「失礼なやつだ。ブタと、こんな可愛い子を間違えるなんて」


 大切な女の子を愚弄されて、黙っているくらいなら――。


 俺は、普通でなくていい。


「パリィ」


 手のひらで相手の攻撃を払いのける防御技術。


 だが、これは攻撃にも応用できる。


「っぎゃ!!」


 スナップをきかせて、手の甲で眉間を打つ。顔を押さえて仰け反った赤髪にローキックを喰らわせ、膝を破壊。花火は座って見ることになるだろう。


「なんだ、お前ぇ!!」


 青髪が挑みかかってきた。奥襟を取ろうとしてくる。伸びてきた太い腕に飛びつき、体重をかけて地面に引き倒す。そのまま、相手の肘を伸ばしきる。ブチブチィッ、と筋肉の繊維の千切れる音に、青髪の絶叫が重なった。花火は寝そべって見ることになるだろう。


「よくも、てめえ!!」


 最後の黄髪はナイフを取り出した。柔道家のくせに、武器に頼る。その程度の研鑽しか積んでないということだ。隙だらけになった足を払って倒し、みぞおちを踏みつける。「がはっ」と吐瀉物が地面に撒き散らされる。花火は病院で見ることになるだろう。


 ひとり1秒ずつ、合計3秒。


 甘音ちゃんに暴力シーンを見せたくないから、手早く済ませたつもりだ。


「行こう」


 彼女の手を引いてその場から離れた。途中、医療テントに寄って、三人の怪我人のことを告げた。


 しばらく歩いて、河原の土手の上まで来た。さっきの場所より多少見づらいが、ここも静かで良いところだ。


「…………」


 冷静になったところで、後悔が押し寄せてきた。


 見られたくないところを見られてしまった。「普通」じゃないところを見せてしまった。


 彼女はぽかんと口を開けている。信じられないものを見るように俺を見つめていた。


「和真くんって、あんなに強かったんですか」

「ごめん」

「どうして謝るんです?」

「暴力、キライだって言ってたから。本当は見せたくなかった」


 やっぱり、嫌われたよな……。


 しかし、甘音ちゃんはぶんぶん首を振った。


「あれは、暴力じゃないですよ。和真くんの優しさです」

「……」

「わたしのために怒ってくれて、ありがとう」


 にっこりと、微笑む。


 落ち込んでいる俺を慰めるかのように、抱きしめて、背中をよしよしと撫でてくれる。


「ありがとうは、俺のほうだよ」


 浴衣の背中に腕を回して、強く抱きしめ返した。


 花火の音が聞こえる。


 ひゅるひゅると打ち上がり、ドーン、と鳴る。お馴染みの音。夏の風物詩。


 薄い闇を、ぱっ、ぱっ、と舞い散る火花が照らし出す。


 だけどもう、俺たちは花火を見ていなくて――。


 お互いの顔ばかりを見つめていて――。




 ――ピピッ、ガー



 

 会場のスピーカーから耳障りな雑音。


 続いて流れ出したクソみたいな声が、ロマンチックな雰囲気をぶち壊した。




『迷子のお知らせをいたしま~す。帝開学園からお越しの、すずきかずまくん。すずきかずまくん。カワイイ幼なじみサマがお待ちです。至急、大会運営テントまで来てください。ってゆーか、来い♥』





 あのブタァ……ッッッ!!


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