41 幼馴染みの「言い分」を聞いてみたら予想以上に最悪な件

※幼馴染み・ブタこと瑠亜サイドの話




 七月末の某日――。


 高屋敷美羅(たかやしき・みら)は、一族の当主である高屋敷泰造のもとを訪れた。


 美羅は瑠亜の親戚であり、鈴木和真の師匠である。子供の時からよく知っている二人が「絶縁」したと聞いて、理由を知りたいと思った。


 帝開学園の隣に建つ豪邸、その広い応接間で面会した。


 泰造は玉座のように豪奢なソファにその老体を沈めている。


 瑠亜は面白くなさそうな顔でゴディバのチョコをムシャムシャしながら、ペットのライオンをソファがわりにしてもたれかかっていた。マンガに出てくる金持ちかよ、という思いを禁じ得ない美羅である。


「久しいな、美羅よ。耕造は息災か?」

「は~い御前。おかげさまで、事業も順調なようです~」


 美羅の祖父・耕造は、泰造の弟である。帝開グループの金融部門を取り仕切っている。経済界の重鎮であり強い影響力を持つが、そんな祖父でも泰造には頭が上がらない。当主の発言権は、高屋敷において絶対なのだ。


 その泰造は、長男・貞蔵の娘である孫・瑠亜を溺愛している。


 これにより、一族の序列は「瑠亜>泰造>>>>>その他」という歪な形になっている。


 高屋敷家は、この国に大きな影響を及ぼすことができる。


 つまり――このワガママ放題の金髪ブタ野郎が、この国の支配者といっても過言ではなかったりする。決して大げさではない。実際、瑠亜が「こいつの顔キラ~イ。ニュースとかで見たくナ~イ。お爺さまなんとかしてぇ~ン?」という理由だけで、総理の首がすげ変わったことさえあるのだ


「それは何よりだ。――して、今日の訪問の理由は?」

「おわかりでしょ~? 鈴木和真くんのことです~」


 ちらっ、と美羅は瑠亜に視線をやった。


「あによう、美羅っち。アタシに何か言いたいことでも?」


 10歳も年上の美羅に対してもこの態度である。


「瑠亜ちゃんさあ~、和くんにひどいこと言ったらしいじゃない?」


 瑠亜はギクリと体を強張らせた。ご主人の異変を感じて、ライオンがグルゥゥと鳴く。


「どういうことだ美羅? ワシにも話せ」

「二人が絶縁したきっかけを、和くん本人に聞いてみたんですよ~。そしたら、瑠亜ちゃんにこう言われたんですって」

「ふむ。なんと?」

「『アンタと幼馴染みってだけでも嫌なのにw』」


 ちゃんと草もつけて伝えた。


 泰造は白いあごひげを撫でてため息をついた。


「瑠亜よ。何故そんなことを? それでは和真が怒るのも当然ではないか」

「ちっ、ちがうもん! アタシはただ、ちょっとイジワルしてやりたかっただけで……別にホンキじゃなかったわよ!」

「どうして、そういうイジワルを~?」

「だってさあ、高校生になった途端カズが言うんだもん! 『明るくなりたい、友達が欲しい、彼女欲しい』って!」

「んん? それが何か~?」


 高校生の男の子なら、普通の願いだと思う。


 瑠亜は大きく首を振った。


「アタシというものがありながら! アッタッシッというものがありながら、よ!! トモダチが欲しいって何事!? この世界一可愛い瑠亜姫がいるのに、不満だっていうの!? あまつさえカノジョとかナメてんのかッッ! アタシひとりで世界中の美女100万人分くらいあるでしょーがっ!」


 ツバが美羅のところまで飛んできた。ライオンがすごすごと部屋の隅へと逃げていく。そのくらいの剣幕であった。


「それはいくらなんでもムチャクチャよお~」


 美羅は困り果てて、泰造に視線を向けた。


 こういう時こそ、当主の威厳をもって、このバカ孫にビシッと――。


「うむ。瑠亜の言うことはもっともだな。和真が悪い」

「…………」


 あっ。


 だめだこりゃ。


「い、いや、だけどね~? 和くんと和解したいなら、まず瑠亜ちゃんが折れないと~」

「ヤダっ」

「そうしないと、和くん、他の女の子に取られちゃうわよ~?」

「それもヤダっ!!」


 頑として首を振る。


「美羅っちさあ、十傑の筆頭でしょ? カズのお師匠でしょ? 美羅っちの方から上手くアレをソレしてナシつけてよ! 意地張ってないで可愛い瑠亜ちゃんに謝るようにカズに言って!! 『本当は大好きだよ、瑠亜』ってチューしてくるように仕向けて!」

「……チューはどうかなあ……」


 無茶振り、ここに極まれり。


 こうなったらもう、瑠亜は他人の言うことなんて聞かない。


「御前は、和くんを瑠亜ちゃんのお婿さんにするのは諦めてないんですよね~?」

「当然だ。あれだけの逸材、そうはおらん。ぜひ我が一族に迎え入れたい。そのために、お前を師匠につけて帝王学を仕込んできたのだ」


 このジーサンも負けずにガンコだなと、美羅は思う。


 和真に執着しているのは、祖父も孫も同じか――。


「なんにせよ、和くんの洗脳は解けちゃったワケだから~。二学期から大変なんじゃないかなあ~?」

「大変って?」

「だってカレ、今までわざと『オール3』取り続けてきたんでしょ~? 小学校から、今の今まで、ずーーーっと。テストも、ねらって平均点取ってきたんでしょ? 問題を解きながら平均点はこのくらいって予測して、その通りの点数を取ってきたのよ? そーいうバケモノなのよ?」


 それが、どれだけ〝異常〟なことか。


 どれだけあり得ないことなのか。


 オール5を取り続けることより、もっともっと不可能なことではないのか――。


「でも、瑠亜ちゃんと絶縁した今、もう力を抑える必要はないのよ。スポーツでも、学業でも、大騒ぎになるんじゃあ~?」


 天才学園。


 様々な才能が集う帝開学園のことを、そんな風に呼ぶ者もいる。


 だが、その天才たちの中に、天才すら超える「超才」の持ち主が、突如出現する。


 しかも特待生ではなく、一般生徒の中にだ。


 学園は、教師も含めて、大混乱に陥るだろう。


 プライドを粉々にされる天才も出てくるのではないか。いや、もう居てもおかしくない。


「しかも和くんってば、ともかく女の子にモテるんだから。子供の頃からもうモテまくってるんだから! 今まで何度、和くんを好きになった女の子を転校させてきたか、瑠亜ちゃんも知ってるでしょ~?」


 そうなのだ。


 十傑は、瑠亜をガードすると同時に、和真の周囲もつぶさに観察していた。彼に好意を抱いている女の子が現われると、即座に排除していた。その子の父親の勤務先に手を回して、転勤させたりしていたのだ。


 和真はそこまでは知らない。

 

 だから「自分はモテない」。――そういう風に思い込んでいる。


 でも、これからは?


 和真の真の姿を目撃した、並み居る天才美少女たちは――彼を放っておくだろうか?


「ふふんっ、とーぜんでしょっ。アタシのカズなんだから♪」

「うむうむ。それでこそ、帝開グループを継ぐにふさわしき〝帝王〟よ」


 と、二人は何故か誇らしげである。



 やっぱり、だめだこりゃ――。



(もう、私、知~らないっと)



 二学期から、和真と瑠亜がどんな騒動を巻き起こすのか――。



 天才学園の生徒たちに、美羅は同情した。


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