39 バトル修羅場よりラブい修羅場のほうが手に負えない


 総合体育館に辿り着いた。


 昇降口からおよそ5分くらいかかるところを、1分かからなかった。途中、高さ2メートルほどのブロック塀を三回飛び越えた。体育用具室の屋根の上を走り、飛び降りた先にあった自販機を踏み台にして跳躍し、時間を短縮することができた。


「貴方……いったい、どういう人なの……」


 入り口で涼華会長を下ろした時、彼女が漏らした感想がそれだった。まだ頬を少し赤らめて、さっき塞がれた唇を指で触れている。


「まるで空を飛んでるみたいだったわ。力を隠しているとは思っていたけれど、ここまでだなんて」

「話すと長くなりますし、楽しい話でもないですよ」


 何故こんな力を身につけてしまったのかについて語るなら、あのブタと俺との関係について話さなくてはならない。愉快な思い出なんかひとつもない。だから絶縁したのだ。


 会長は首を横に振り、銀髪を揺らした。


 潤んだ目で俺を見つめる。


 今にも泣き出しそうにも見える、せつない顔だった。


「私、貴方のことがもっと知りたいの。いつか話してくれると嬉しいわ」

「……わかりました」


 だが、今はその時じゃない。


 入り口横の植え込みに三人の女子生徒が倒れ込んでいた。気絶しているようだ。ここに乱入してきた皇神学院の連中にやられたに違いなかった。近くにはトランペットが落ちている。吹奏楽部の連中が、屋外練習中に襲われたのだ。


 文化部の女の子でもお構いなしということか。


 ……。


「会長は怪我人の介抱を。それから、生徒の避難誘導をお願いします」

「ええ、任せて」


 乙女の顔から会長の顔に戻ると、彼女は自分の責任を果たしに向かった。


 さあ、俺も行こう。


 中に入ると、練習場入り口に見張りが2人いた。右に木刀の男、左に太い鎖を振り回す男。


「おう帝開生。ここは立ち入り禁止だぜ」

「この体育館はもう、皇神学院の領地だからな。ひゃはは!」


 見下したように笑う木刀男のみぞおちに爪先を蹴りこんだ。体を「く」の字に折って倒れ込んできたところを掴まえて投げ飛ばし、鎖男にぶち当てる。鎖が絡まり、2人は仲良く抱き合いながら床に崩れ落ちた。


 やれやれ。


 自分で思うよりキレてるみたいだ、俺。


「!? おう、なんだてめえ!?」


 練習場に入ると、下品な声と視線が出迎えてきた。


 中にいたのはダンス部の女子たちと、彼女たちを拉致している皇神学院の男たちおよそ10名。そこに、白いセーラー服の子が1人だけ混じっている。女子たちは怯え、男たちは笑い、そしてセーラー服の子は冷めた目をしていた。


 鮎川彩加(あゆかわ・あやか)を掴まえている金髪男の姿は、ステージの壇上にあった。


 気絶している彼女に馬乗りになっている。着衣の乱れはない。どうやら間に合ったようだ。


「なんだぁ? ようやく来たと思ったら、弱そうなのが一人かよ?」


 金髪は馬鹿にしたようにせせら笑う。


 構わず、俺は近づいていく。


 ナイフを持った二人の男が行く手を遮ってきた。


「おい、邪魔すんなよ」

「それとも仲間に入れて欲しいのかぁ?」


 下品なことを言うので、黙らせた。 


 一発ずつ顔面にジャブを入れた。ただのジャブじゃない。師匠直伝の〝合気〟を利用したワンインチパンチ。こいつらの口を塞ぐのは、拳で十分だ。


「!? おい、お前何をした?」


 金髪が声をあげた。今の拳は見えなかったようだ。つまり、その程度。


「近づくな! この女がどうなってもいいのか?」


 取り出したバタフライナイフを彼女の頬に近づけた。よくあるシチュエーションだ。子供の頃から何度も何度も訓練を受けてきた。テロリストや刺客にあのブタが拉致された時どう動くか、何十通りものパターンを「予習」させられたのだ。


 金髪男が取ったのは、もっとも稚拙な行動。民家に押し入ったコソ泥レベル。


 話にもならないね。


「お、おい、近づくなって言って――」


 おしゃべりな金髪の顔に、入り口で拾った物を投げつけた。トランペット用のマウスピース。吹奏楽部の仇討ちだ。


 目を直撃。


 金髪はうめき声をあげながらナイフをこっちに向けた。視界を奪われるのは、思考力を奪われるのと同じだ。理性的な判断ができなくなる。人質を取っているのに、外に刃を向けてしまうのだ。


 ナイフを持った手を蹴り上げた。


 刃はくるくる宙を舞い、セーラー服の女の子のところへ飛んでいった。


 彼女は顔色も変えず、ナイフを片手でキャッチした。


 ただの女の子じゃなさそうだが、今はどうでもいい。


「っ、てめえ!!」


 逆上し、殴りかかってきた金髪男の顔面に一撃。


 昏倒し、床から崩れ落ちるところに追加の「膝」。


 普通はここまでしないのだが――俺の尊敬するメイド先輩に手を出した罪だ。甘んじて受けてもらおう。


「鮎川。大丈夫か?」


 気絶している彼女の頬を軽く叩くと、すぐに目を覚ました。


「……あ、和真……」

「どこにも怪我はないか? もう大丈夫だ」

「うん。……なんかね、和真が来てくれる気がしてたんだ。ゼッタイ、助けてくれるって」


 微笑む彼女の、紅茶色の髪を撫でた。


 練習場はしんと静まりかえった。


 さっきまで怯えていたダンス部の子たちも、ぽかんとしている。



 では残りを片付けよう。



 鮎川から離れて、男たちのところへ歩み寄っていく。


 皇神学院の一人が声をあげた。


「お、お前が〝剣の天才〟剣持凶二か!?」


 違うと答えた。


 ついでに殴った。腹に一発、拳をねじ込む。男はそのまま気絶した。


「じゃ、じゃあ〝筋肉の天才〟か!?」


 別の一人が言った。違う。そんなムキムキに見えるのか? こいつには蹴りを一撃。膝を狙って、動けなくさせた。


「ま、まさかっ、〝銃の天才〟!?」


 違う。銃を持ってたらこんなチンタラ白兵戦するわけないだろう。左側頭部を狙ってハイキック。相手は白目を剥いて倒れた。


「わかったぞ! お前が怪堂天斎だな!? 天才会議のリーダーという――あぎゃっ!?」


 あーもう、答えるのめんどい。掌底のアッパーで相手の顎を揺らし、眠ってもらった。



 そんな感じで、全員お昼寝――。



 皇神学院で残ったのは、セーラー服の女の子ひとりだった。


 クールな声で、彼女は言った。


「あんたが、鈴木和真だね」


 お、正解者出現。


「天狼十傑がひとり〝孤狼(ころう)〟の鈴木和真。高屋敷瑠亜の幼なじみ兼護衛でしょ。どうしてここにいるの? 瑠亜はバカンス中って聞いたから今日を選んだのに」


 長い黒髪の少女だった。艶々とした光沢を放つまっすぐの髪質は、彼女のツンツンした気性を表わしているかのようだ。美しい棘を持つ少女。うかつに触れれば怪我しそうだが、「その棘がいい」と手を伸ばす男も数多くいるだろう。


「物知りなんだな。でも、それは古い情報だ」

「え?」

「もう、あのブタとは絶縁している。残念だったな、アテが外れて」


 彼女は怪訝そうな顔をした。


「それで、どうするの? あたしもボコるの?」

「女の子を殴るのは趣味じゃない。この邪魔な連中を連れて、さっさと帰れ」

「嫌だと言ったら?」

「趣味じゃないけどしかたない。敵に対して『男女差別』をするつもりはないよ」


 彼女はため息をついた。


「今日のところは、そうしとく」

「今日だけじゃなくて、永遠にそうしてくれ」

「あたし、皇神月乃(こうじん・つきの)。覚えておいて。孤狼」


 皇神ってことは、皇神グルーブの親族か……。何やらあのブタとの因縁がありそうだが、まぁ、どうでもいい。


 入り口で足音と声が聞こえてきた。天才会議・武闘派のご一行がようやく到着したのだ。


 のされている皇神の連中を見回して、剣持が眉を吊り上げた。


「な、なんだ!? これはどういうことだ鈴木!?」


 ……困ったな。


 なんて言い訳しよう。


 そんな俺を見て、月乃が言った。


「みんな、急に眠くなっちゃったみたい。昨日寝不足だったみたいだから」

「何言ってんだオイ!? お前皇神(こうじん)の生徒だろ? 何があったのか話せ!」

「――ああもう、うるさいなぁ」


 黒髪がひゅっ、となびいた。


 月乃が動いたのだ。


 あっというまに剣持に接近する。彼が刀を抜こうとした手を押さえつけ、見事な背負い投げ。倒れた喉に膝を落として仕留めてしまった。


「てめえッ」


 銃の天才こと、種子島十三が銃を抜こうとした。


 だが、抜けなかった。


 その鼻先に、月乃が抜いた小型のリボルバーが突きつけられていた。セーラー服のスカートの中に隠していたのだ。まぶしい太ももにガーターベルトみたいなホルスター。女スパイみたいでかっこいい。


「遅いね。実銃(ホンモノ)はあんたには重すぎる」

「…………ッッッッ!!」


 銃に怯える〝銃の天才〟のこめかみを、月乃は銃底で殴って昏倒させた。


 そして〝筋肉の天才〟こと大盛は――あっ、逃げた。「マッスル・ダーッシュ!」と叫びながら脇目も振らず一目散に逃げていった。筋肉関係ねえ。逃げ足の天才に改名した方が良いと思う。


 とはいえ、彼の筋肉(はんだん)は正しい。


 月乃の実力は十傑並みだ。いや、それ以上か。以前戦った氷上零(ひかみ・れい)より確実に強い。


 残る天才は、発明の天才・霧ヶ峰理科と、戦略の天才・暗田暗記。


 霧ヶ峰は、眼鏡ごしに目をぱちぱちさせている。事態の急変についていけてないようだ。


 しかし、暗田のほうは――。


「困りますよ月乃さん。こんな暴れられたら。天才会議を潰してくれたのは良いですが、味方まで巻き込むなんて」


 なんて、親しげに声をかける。


 やはり――。


「お前、やっぱり皇神のスパイだったんだな」


 暗田は意外そうに俺を見つめた。


「気づいてたの? どうして?」

「いろいろと怪しい仕草があったからな。でも一番は、自分のことを陰キャって名乗ってたことだ」

「……? わからないなぁ。どういう理屈?」

「本物の陰キャの俺から見れば、お前はぜんぜんなっちゃいない。陰キャだとか言いながら、目つきがいやらしいんだよ。〝欲〟が隠せてないんだ」


 こいつは、本当の〝陰〟を知らない。


 権力者の孫娘・超人気声優の〝陰〟として洗脳(きょういく)され、決して目立つことを許されなかった真の〝陰〟から見れば――笑止千万。


「お前のようなやつが〝陰キャ〟を自称するなよ。『リア充爆発しろ』ってリア充が言ってるみたいに聞こえるから」


 暗田は馬鹿にしたように笑った。


「何言ってんだよぉ。天才会議のメンバーならいざ知らず、お前みたいなザコがこの僕に意見する気か? ――ねえ、月乃さん、こいつやっちゃっていいすか? 僕もひとりくらいぶっ殺しておきたいんで」


 月乃はため息をついた。


「ん。いいよもうコイツ。ヤッちゃって」

「……へへ、お許しが出たぞお」


 にやにや笑いながら、暗田は背中から日本刀を取り出した。なるほど、こいつは「暗器(あんき)」の使い手か。


 そんなところに武器を隠せる手際はなかなかのものだが――根本的なところを勘違いしている。


 それは、


「んぎゃぅっ!」


 刀を振り上げて踏み込んできたやつの膝めがけて、前蹴りを打ち込む。そのまま、膝を踏み台にして駆け上がり、暗田の顎に膝蹴りを叩き込んでやった。


 古宮(こみや)流柔術奥義・豪毅(ごうき)の型。


 羆堕(ひぐまおとし)――。


 目を回して仰向けに倒れた暗田を、月乃は軽蔑の目で見下ろした。


「何、勘違いしてるんだか。ヤッちゃって、って言ったのはあんたにじゃない。〝孤狼〟によ」


 それから月乃は、霧ヶ峰に視線を向けた。


「霧ヶ峰さん。あんた、何か発明品用意してたみたいだね。なんの武器か知らないけど、私に使ってみる?」


 このめまぐるしく変わる事態に、霧ヶ峰は「ほえー」という顔をしている。驚いてはいるようだが、ビビッてはいない。武闘派を名乗る剣持たちより、よっぽど肝が据わっている。


「ううん、やめとく~」


 霧ヶ峰は首を振った。どこかトボけた感じである。これは天然だな。


「これ、武器じゃないし。あなたに使うより、カレに使ったほうが面白そうだもん」


 眼鏡をキラリと光らせて、俺のことを興味しんしんに見つめている。……なんだろう? 人体実験は勘弁してもらいたい。


 月乃は「ふうん」とつぶやいただけで、それ以上の興味を示さなかった。


 クールな瞳で、俺を見つめる。


「じゃ、今度こそ帰るから。また会いましょ。孤狼」

「……やれやれ」


 こんな美少女にまた会おうなんて言われるのは光栄なことだけれど。


 どうもまた、厄介事に巻き込まれた気配がするな……。







 事が終わった後、怪堂から電話が入った。


『おい、事態はどうなってるんだ鈴木! 誰とも通話がつながらないぞ! まさか全滅したのか!?』


 オール5の天才のうろたえた声に、落ち着いて答えた。


「ええ、全滅しましたよ」

『ば、馬鹿な!? わが帝開が誇る天才たちが――』

「でも、皇神の人たちは帰りました。眠くてたまらないから昼寝するそうです」

『ど、どういうことだ? 詳しく話せ!』


 その時、スマホにメッセージが着信した。


 甘音ちゃんからだった。


「ああ。用事が入ったので、これで失礼します」

『どういうことだ鈴木!? おい――』


 通話を切って、メッセージを見た。



『いま、二つ目の収録おわりましたー。つかれました~。今日はまだあと二件。はふう』

『最近おしごとおしごとで、和真くんに会えないのさみしいなあ』

『そこでっ、提案があります!』

『あさっての帝開川の花火大会、一緒にいきませんかっ? わたし、浴衣着てきます!』



 すぐに「OK」と返事した。


 甘音ちゃんの浴衣姿、楽しみだな……。


 と、そこへ新たなメッセージ着信。


 相手はブタさんだった。とっくにブロックしているのに、1組のクラス用グループを使って送りつけてきやがった。



『ご機嫌ようカズ~♪ あさって、恒例の花火大会に行くわよっ! 浴衣着てくるから、惚れ直さないように気をつけてねんw』



 はい、削除っと。


 スマホを覗き込んでいた霧ヶ峰が言った。


「花火大会、行くの? いいなー。わたしいつも研究所に篭もってるから、何年も見てないや」


 いや、お前は連れて行かないぞ。ややこしい。


 ところが、その声に反応したのがもう一人。


 すっかり元気を取り戻し、こちらに歩み寄ってきた鮎川彩加。


「和真、花火大会行くの? あーしも行きたい!」

「…………」


 いや、さすがにそんな修羅場は嫌なんだが……。


 帝皇戦なんかより、俺にはこちらの方がよほど難敵である。


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