26 幼馴染はあきらめない(あきらめろ)


 帝王・高屋敷泰造との会談。その翌日――。


 俺は演劇部部長に頼まれた特別アドバイザーとして、舞台稽古に立ち会っていた。


 演劇の題目は「シンデレ男(お)」。


 男女逆転の「シンデレラ」である。


 不幸な家庭に生まれたシンデレラならぬシンデレオが、継父や義兄たちのいじめを乗り越えて成長し、魔法使いの手を借りて「真実の自分」を取り戻して、美しい姫君と結ばれて幸せになるという筋書きだ。


 部長が書いたという脚本は、かなり読ませるものだった。


 俺自身に重なる部分もあった。


 たとえば、継父がシンデレオにこんなことを言う。


『いいかシンデレオ。お前は目立ってはならない』

『義兄たちの引き立て役、影として生きるのだ』

『お前は容姿も悪く、地味で、陰気で、なんの才能もないのだから』

『いいな? せめて引き立て役として、義兄たちの役に立て――』


 俺も似たようなことをずっと言われ続けてきた。


 あのブタと、ブタの祖父から。


 この国有数の資産と権力を持つ一族から、そんな風に刷り込まれてきたのだ。


「和真よ。おぬしが瑠亜の影で居続けることができたなら、いずれ、おぬしを瑠亜の婿養子として迎えようではないか」

「このワシの後継者として、瑠亜とともに帝開グループを統べるのだ」

「それまでは影に徹して、下位に甘んじ、瑠亜を引き立てよ」

「よいな? その才、決して他人に見せるでないぞ――」


 今なら、このジジイの言葉が嘘だとわかる。


 ブタの婿にするという言葉が本当だとしても、帝開グループの実権はブタ本人が握るはずだ。あの孫バカのジジイは、必ずそうする。俺は単に、ブタに世継ぎを生ませるための「種豚」として番(つが)わされるのだろう。


 もう、そんな未来はいらない。


 俺は自由だ。


 今まで不自由だったぶん、思う存分――。




「ねえ、鈴木くん!!」




 思考の海に沈んでいたところに、声をかけられた。


 部長が興奮の面持ちで俺のもとへ駆け寄ってくる。


「いやあ! 君に頼んで良かったよ! 本当にありがとう!!」

「何がですか?」

「決まってるじゃない! あれだよあれ!!」


 部長は舞台を指さした。


 そこには、輝くばかりの美少年が立っていた。


 本番と同じ煌びやかな衣装に身を包み、舞台中央に立つ白鷺イサミ。その姿はまさに「王子」。立ち振る舞いが優雅で、洗練されている。澄んだ声が学生ホールの隅々にまで染み渡る。彼が存在するだけで、舞台全体が光り輝いているように見えた。


「昨日までとはまるで別人だよ! 表情や動作に硬さがなくなって、自由に伸び伸びとしていて。一日でこんなに変わる? まったく、どんな魔法を使ったのかな鈴木くんは!」

「魔法だなんて。これが彼の実力ですよ」


 本心からそう言った。


 あの、道場で泣いてばかりいた「いっちゃん」が――。


 自分のことのように誇らしい。


「部長、ひとつお願いがあるんですが」

「君の頼みなら、なんでも」

「白鷺くんはかなりの恥ずかしがり屋で、特に裸を見られるのが苦手のようです。着替えは他の男子部員とは別々にして、衣装の採寸にも気を遣ってあげると、メンタルが安定すると思います」

「なんだ。そのくらいお安い御用さ!」


 これでよし。


 演劇部は部長をはじめ良い人たちばかりだし、きっと気を遣ってくれる。


 来月の公演も上手く行くはずだ。


 観客たちは、真の姿に目覚めた王子様に、釘付けになるだろう。







 二人きりになった途端、王子様がお姫様に変わった。


「和にぃ、だーいすきっ」


 飛び込んできた柔らかい体を、胸で抱きとめた。舞台では絶世の美少年だけど、こうして滑(なめ)らかな肌に触れるとまぎれもなく女の子だ。


「おいおい、いっちゃん。着替えは?」


 ひとりで衣装脱ぐの大変だから手伝って、と控え室に呼ばれたのに。


 いっちゃんは頬をピンクに染めて、長いまつげを伏せた。


「……だって、和にぃと二人っきりになりたかったから……」

「……」


 こんな可愛い子に言われて悪い気はしないけれど。


 あいかわらず、想いが重い。


「ゆうべね、瑠亜さんからメッセージが来たんだよ。ひとこと『別れましょ!』だって。和にぃのおかげだよ!」

「そうか。良かったな」


 さすがと言うべきか、あのブタ。


 もはや用済みとなった「偽の彼氏」を、さっさとポイしたらしい。


「だからもう、自由だよ。和にぃ。今すぐお嫁さんにして?」

「こら。いい加減にしろ」


 栗色の頭を軽く小突いた。


 いっちゃんはぺろっと舌を出して、「はぁい」と可愛く返事をする。


「じゃ、着替えるの手伝って。後ろのファスナー、下ろしてほしいなっ」

「いいのか?」

「ひとりでするの、大変なんだもん。……ね、早くぅ」


 くるりと後ろを向くいっちゃん。


 言われた通り、衣装についているファスナーをゆっくりと下ろす。


 まぶしいくらい白い背中と、そこにきつく巻き付けられたサラシが目に飛び込んできた。昨日、磨りガラス越しに見た「ぱつん」が頭をよぎる。こんなぐるぐる巻きにしないと、押さえ込めないのだ。


「下ろしたぞ。後は自分でできるな?」

「ヤダ。サラシもはずして」

「馬鹿。そこまでできるか」


 彼、いや彼女は前を向き、テヘヘと頭をかいた。


「夏休みさ、一緒にプール行こうね」

「……」

「もう、あの頃のボクじゃないよ。ちゃんと女の子らしく成長したところ……和にぃに見てほしいよ」




 まったく……。




 甘音ちゃんといい、胡蝶会長といい。


 俺の周りには積極的な女の子が多いようだ。


 モテるなら、もっと普通の子で良かったんだけどな。




 彼女たちは、可愛すぎる。







【ほぼ毎日投稿】るあ姫様が斬る!~わきまえなさいッ~

チャンネル登録者数114万人


『はァ~~~…………』


『ハイ。クソデカため息で始まりましたけれども』

『るあ姫こと、瑠亜でっす』


『なんかさぁ、最近思い通りにいかないっていうかさぁ』

『あ。こないだ話した〝女友達〟のことなんだけどね』


『アタシたち二人は超愛し合ってるのに、邪魔が多すぎンのよ』

『クソウザ前髪だの、銀ギラ会長だの』

『せっかく利用してやった栗色ちんちくりんも、役に立たずだしっ』

『お爺様まで『しばらく様子を見るのぢゃ』とか言い出すしさぁ』


『そうこうしてるうちに、もう夏休みよ?』

『学校ないから、このままだと会えなくなるじゃん!』

『……いや、アタシは困らないけどね?』

『アイツが、さみしくて泣いちゃうカナ~って』


『まァ、この瑠亜サマがどうにかしてあげますかっ!』

『子供の時からの愛……友情は、大切にしないとねッ』



『……ゼッタイ、このままじゃ済まさないんだから……』

『……カズに近づく女は、ミナゴロシ……』



『とゆうわけで、今日は愚痴配信でしたー』

『まったねーん』



【コメント欄 1024】

るあ姫の騎士・1分前

姫さま……元気出して……


るあ様のしもべ3号・1分前

女同士の友情って難しいですよね


スターバッコス・1分前

るあちゃん優しい! その女友達にも伝わるよきっと!


真実の使徒・1分前

カズって聞こえたんだけど、誰?


上海ダッグ・1分前

ラスト、なんか不穏すぎる。。。


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