19 その歪み、彼女のため俺が断ち切る



 火花散らす生徒会長と家畜の元へ歩み寄りながら、俺は頭の中で考えを巡らせた。


 今回の【バッチ制度】をぶっ壊す鍵となるのは、やはりあの家畜――ブタさんだ。


 あの養豚場のクイーンは、いったい、何を考えているのか?


 もともとこの学校でもっとも権力を持つブタが、わざわざこんなシステムを作る必要はないのだ。後押しした理事長の思惑は何かしらあるにしても、ブタにも何かメリットがあったはずだ。


 ここ最近のブタさんの行動を振り返ってみよう。


 生徒会長・胡蝶涼華(こちょう・すずか)から発言の機会を奪い、自分が目立とうとした。


 手下の特待生たちをそそのかして、声優の卵・皆瀬甘音(みなせ・あまね)を襲わせた。


 ブタさんが今、目の敵にしているのはこの二人ということになる。


 甘音ちゃんを憎むのはわかる。イベントで恥をかかされたと逆恨みしているからだ。……だが、思えばそれより以前から、ブタは甘音ちゃんを嫌っていた節がある。甘音ちゃんを教室から追い出すようなマネをしていたのは、イベントより前の話なのだ。


 では、会長のほうは何故だろう?


 俺が知る限り、会長が何か揉めごとを抱えているという噂は聞かない。そんなトラブルを起こすような人ではないのだ。ブタが一方的に敵視しているだけじゃないのか? だとしたら、その理由はなんだろう?



 

 実は――。




 俺にはひとつ、仮説がある。


「多分、これじゃないか?」という、仮説が。


 甘音ちゃんと会長、この二人の【共通項】を考えれば、おのずと浮かび上がる事実があるのだ。


 元・幼なじみの俺しか知らない「事実」が。




「いい加減にしろよ。瑠亜(るあ)」




 二人のあいだに割って入り、家畜の名前を呼んでやった。


「カズっ。ひさしぶりにアタシの名前、呼んでくれたねっ♥」


 この状況にもかかわらず、目の中にハートマークを飛ばすブタさん。乏しい脳みそを発情に振り切ってやがる。


「……鈴木くん、貴方……」


 胡蝶会長は、その切れ長の目を見開いている。どこかホッとしたような色があるのは、議論が劣勢だったという自覚があるからか。


 見守っているギャラリーからは、露骨な野次が飛んだ。「無印のくせに口を挟むのかよ」「無印が、出しゃばるな!!」などなど。その目はゴミを見るかのようだ。俺の人権、踏みにじられてるなあ。


 大きく息を吸いこみ、そして静かに吐き出した。



「黙れ」



 学食が一瞬にして静まりかえる。声の迫力に飲まれたのだ。ここ一ヶ月、甘音ちゃんに付き合って地下書庫でボイトレしてた甲斐があった。


「俺は今から、二人と話をする。お前らこそ口を挟むな。出しゃばるな」


 野次を飛ばした金バッチどもの顔を、ひとりひとり、にらみつけていった。


「そうよッ。アンタたちは黙ってなさい!」

「これについては、同感ね」


 二人も同意して、野次馬たちは苦り切った表情で引き下がった。


 さて――。


「なぁ瑠亜。お前の言ってることは、少しおかしいぞ」

「な、何がよっ?」

「銀バッチが金バッチに席を譲ったりするのは、〝強制〟じゃないって話だったよな。お前自身が、生徒集会でそう語っていたじゃないか」

「……それは、まぁ、そうだケド」

「でも、お前が今話してるのは、強制以外の何物でもない。そこの赤鼻は、眼鏡くんが席を譲らないからって、暴力まで振るったんだぜ。強制してるじゃないか」


 ジロリとにらむと、赤鼻は露骨にひるんだ。


「い、いや、俺は強制なんて……」

「胸ぐら、掴んでたじゃないか。なあ?」


 眼鏡くんに尋ねると、彼はおそるおそる頷いた。さっきまで怯えて俯いていたのに。無印の俺が反攻しているから、勇気づけられたのだろうか。


「まぁ、ボーリョクはだめよね。腕力が強いほうが勝つっていうんじゃ、面白くないし。てか、アタシが威張れなくなるし」


 ブタも同意した。これについてはさっき言質を取っている。ブタは自分がふるう暴力は構わないが、他人がふるう暴力には厳しい。とことんジャイアニズム。


 そういうブタの性格は、俺が一番よく知ってる。


 そこをついてやる。


「だけどな瑠亜。なあ、聞いてるか、瑠亜」

「聞いてるわよ、カズっ」


 瑠亜、瑠亜と、何度も名前を呼んでやった。


 するとブタさん、とろーんと目を蕩(とろ)けさせて。ひさしぶりに呼ばれるのが嬉しいらしい。うーん単純。……何故か、会長が少し傷ついたような顔で俺をにらんでるけど、何故だ?


「お前が赤鼻をかばうってことは、暴力と強制を推奨してるってことなんだぜ」

「してないわよ。アタシはただ、〝善意で〟席を譲ってあげてって言ってるだけで」

「いいや。それは強制だ」

「ハァ? 意味わかんない。強制と善意の境目ってなによ」

「そこに〝感謝〟があるかどうか」


 俺は赤鼻をにらみつけた。


「お前、眼鏡くんに感謝してるか?」

「…………いや、そりゃ、まあ」

「だったら、頭を下げろよ。席を譲ってくれてありがとうって、ほら。今からでも」


 赤鼻は逃げるように視線を逸らした。


「言えないんだな?」

「な、なんで特待生の俺が、一般のヤツに頭を下げなきゃいけねえんだよっ。俺は特待生だぞ!? 学校から期待されてるエリートなんだ! なんでこんな、クソ虫にッ!」


 はい。本音ゲット。


 みんな、聞いたな?


 俺は声を張り上げた。


「もう、このバッチ制度は止めたほうがいい」


 学食は静まりかえり、皆が俺に注目していた。


「このまま行ったら、取り返しのつかないことになる。この赤鼻みたいな、思い上がった自称エリートの醜い姿であふれかえっちまう。お前ら、部活でいつも言われてるだろ? 『感謝を忘れるな』って。部活の〆には必ず『ありがとうございました』って言うだろ。偉大な名選手は感謝を忘れないって、聞いたことあるだろ。学生の時から思い上がってて、スポーツでも勉強でも成長できると思ってるのか?」


 今や、金バッチたちも俺の言葉に聞き入っていた。


 特待生になるくらいだから、彼らは一流のアスリート、優等生たちだ。感謝の大切さは、指導者から叩き込まれているはず。バッチの魔力のせいで忘れていたそれを、ちょっと思い出させてやればいいのだ。


「たとえば――俺の知ってる人に、こんな人がいる。誰に頼まれたわけでもないのに、人知れず、総合グラウンドの整備をしてくれているんだ。朝早くから、綺麗な手を真っ黒にして、腰を折り曲げて。そういう人が、この学園には居るんだよ。もし感謝を忘れたら、そんな『優しい人』がいなくなっちまうぞ」


 胡蝶会長が、かすかに鼻をすすった。その瞳が潤んでいる。目元を赤らめて、俺のことを見つめていた。


 そのとき、ずっと黙り込んでいた眼鏡くんが声を上げた。


「ぼ、僕、家が貧乏だからっ。今からでも勉強がんばって、瑠亜さんが言うように特待生になろうって思って……さっきも、単語帳めくりながらご飯食べてたんだっ。だから、赤鼻くんがいたのに気づかなかった。もし気づいてたら、ちゃんと席譲ったよ!! 特待生のこと、尊敬してるんだから!」


 俺は彼の肩を叩いた。


「立派だな。俺はお前を尊敬する」


 眼鏡くんは頬を紅潮させた。


「聞いたか、瑠亜」

「…………っ」

「お前、集会で言ったよな。このバッチ制度は一般生徒に発奮してもらうためのものだって。さすが高屋敷瑠亜。お前の考えは正しい。彼はちゃあんと、発奮してるじゃないか。そんな彼の邪魔をするのか?」

「……そ、それはっ……」


 もごもごとブタさんはうつむいてしまう。


「け、けどっ!! それとこれとは話は別っ!! この制度は、お爺さまだって賛成してくれたんだからっ!」

「じゃあ、お前から頼んでくれよ。もうやめようって。あの爺さん、お前には甘いから大丈夫だろ」

「言うわけないでしょっ! ばか! ばかばかカズのばか! うんこたれ!」


 うんこたれ、いただきました。


 これが出たら、精神的に追い詰められてる証拠である。


 世論はすでに、俺に傾いている。


 傲慢発言した赤鼻に対して、銀バッチばかりか、金バッチまでが非難の目を向けている。赤鼻はそれに狼狽(うろた)え、ブタの後ろに隠れるようにでかい体を縮こまらせる。


「お、お前ら、なんだってんだよ? 仲間だろ? そんな目で見るなよ」

「…………」

「見るなって、言ってんだろ! やめろォ!」


 馬鹿が。


 ああ言ったら、金バッチの賛同を得られると思ったんだろう?


 逆だよ。


 金バッチたちは、お前の中に己の傲慢さ、醜さを見てしまった。感謝を忘れて暴走した、見たくない自分を見てしまったんだ。鏡で自分の醜い姿を見せられたら、誰だって目を背けたくなる。「俺たちはここまで醜くない!」そう思わせてしまったんだよ(そうなるように俺が誘導したんだがね)。


 お前は失敗した。


 柔道で心も鍛えるべきだった。


 ひとりぼっちになって、1からやり直せ。




「と、ともかくっ、バッチ制度は、まだ続けるからっ」




 ブタさんはあくまで、意地を張っている。あいかわらず強情なことだ。さすがにこいつは赤鼻とは違う。たとえ全校生徒を敵に回しても、意地を張り通すだろう。


 あとはこいつを落とせば、俺の勝ちとなる。


 さあ。


 最後の仕上げだ――。



「なあ、瑠亜」



 俺は元・幼なじみのブタさんに歩み寄った。


 こいつにだけ聞こえる声で言った。


「もういい加減、意地を張るのはよせ」

「ど、どういう意味よ?」

「こんな大がかりなことをしてまで、甘音ちゃんを追い詰めることはない。会長を敵視する必要もないんだ」


 ブタさんはぎくり、と肩を竦ませた。


「だ、だ、だだだ、だから、どーいう意味よっ?」


 この期に及んで、シラを切るらしい。


 ちらっと視線をやれば――会長があいかわらず俺のことを見つめている。不安からか、自分の体を抱きしめるようにしている。そのポーズは、いけない。はちきれんばかりの「たわわ」が、強調されてしまう。


 さらに視線を転じれば、甘音ちゃんがじっと俺のことを見守っている。やっぱり、会長と同じようなポーズで……普段は猫背で隠れている見事な「お餅」が、くっきりしてしまう。


 再び、ブタさんに視線を戻そう。


 そこにあるのは、ぺたーんとした絶壁。


「言っておくけどな、瑠亜」

「…………」

「女の価値は、胸の大きさじゃ決まらないぞ」

「!!!!!!!!! ………………♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥」


 たちまち、ブタさんの瞳に♥が乱舞した。


 すっきりした顔で「とーぜんでしょッ!」と頷き、金色の髪をさらりとかきあげる。


「わかったわ! カズがそこまで言うなら、頼んでみてあげるッ!」

「ああ。そうしてくれ」


 学食が、ぽかんとした空気に包まれる。


 さっきまで心配そうにしていた会長も、甘音ちゃんも、口を大きく開けて立ち尽くしている。いったい、何が起きたの? みたいな顔をして。頭の上に、たくさんハテナマークが浮かんでるみたいだ。


 ブタさんの名誉のために、いちおうは黙っておこうか。


 たわわとお餅に、手を出さない限り、だけどな。


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