18 幼馴染VS生徒会長



 ブタと甘音ちゃんがにらみあうお昼の学食で、耳障りな怒鳴り声が背後から聞こえてきた。




「おい、ふざけんなよッ!」




 振り向けば、いつぞやの柔道部特待生・赤鼻(アカハナ)が、眼鏡をかけた生徒の胸ぐらをつかんで持ち上げていた。眼鏡くんは苦しそうに顔を歪め、バタバタと足を宙で動かしている。彼は銀バッチだった。


「何えらそうに座ってんだよ。え? 銀バッチのくせによォ!」

「ご、ごめん、気づかなかったんだ。ホントに」

「そんな言い訳通じるかよ! オレが席探して、目の前通ったってのによ。わざと無視したんだろうてめえ!」


 赤鼻の怒りは収まらない。怪力を発揮して、ますます眼鏡くんの首を締め上げる。彼の顔色は、真っ赤を通り越して真っ青になっていた。


 周りの生徒たちは、誰も止めない。


 金バッチはニヤニヤと、銀バッチはこわごわと、その光景を見守っている。


 俺はブタに言ってやった。


「おい。生徒会役員」

「なあに? カズ。ハグならだめよ♥ これでガマンして?」


 とか言いながら、俺の手を握ってくるブタ。何これ。握撃?


「あれ、止めなくていいのか。ケンカだぞ」


 ブタさんはブヒッと鼻息をひとつ。


「ま、ボーリョクは良くないわよね。でもまぁ、しかたないんじゃない? 銀が金に敬意を払わなかったんだから。電車で年寄りに席を譲らないヤツと一緒よ」

「とても年寄りには見えないぞ、あれ」


 赤鼻は百九十センチに届こうという巨漢である。柔道部なんだし、むしろ立って足腰を鍛えろと言いたい。


「ものの例えよ、例えっ。カズったらすーぐアタシをからかうんだから。なに? またお得意の『愛情の裏返し』?」

「裏も表も憎しみしかねえよ」

「もォ! なんでそこで『そうだね瑠亜。愛してるよ』って言えないのっ? 意気地なし! もしくは照れ屋! アタシのこと好きすぎてウケるwww」

「…………」


 ダメだこいつ……。早くなんとかしないと……。




 その時、凛とした声が響き渡った。




「やめなさい!!」




 人混みの中から現われた銀髪の美貌に、生徒たちの目が惹きつけられる。


 我らが生徒会長・胡蝶涼華(こちょう・すずか)。


 その白磁の頬に怒気を露わにしている。


 つかつかと歩み寄り、赤鼻の前に立ち塞がった。


「彼を放しなさい。木村くん」

「……ッ」

「放しなさいと言ったのが聞こえないの!?」


 赤鼻は渋々と眼鏡くんを解放した。


 ゴホゴホと咳をする彼にハンカチを渡して、会長は赤鼻をにらみつけた。自分より頭二つぶんも高い相手を見上げ、鋭い視線を射込む。


「彼に、謝りなさい」

「は? なんでオレが」

「貴方が彼に理不尽なことを言ったんでしょう。謝りなさい」

「理不尽?」


 赤鼻は不思議そうに会長を見返した。


 やつは、恐ろしいことに――自分がした行為を「理不尽」とは感じていないようだ。「自分は金バッチの特待生なんだから、席を譲られて当然だろ?」。そんな風に感じているのだ。


 つまり、やつの主観では、理不尽を言ってるのは会長のほうだということになる。


 相手が女子でなければ、きっと腕力に訴えていただろう。


 しかし、威厳と貫禄では、やはり会長のほうに分がある。


「さあ。どうしたの。その大きな口は飾りかしら?」

「……チッ……」


 渋々と赤鼻が頭を下げようとしたその時、ブタさんがブッヒブッヒと割って入った。


「謝る必要ないわよ、赤鼻」

「る、瑠亜ちゃん! ……へへへ」


 媚びるような笑みを赤鼻は浮かべた。ていうか、お前のあだ名やっぱり「赤鼻」なのな。アッガイとか乗りそう。


「謝らなくていいわ。席を譲らなかったその眼鏡が悪いんだから!」


 自信満々豚饅頭に言い放つブタさんに、さすがの会長も鼻白む。ブタVS蝶。すごい対戦カードだな。


 ……ていうか。


 なんかブタさん、会長のこと、すっごい目でにらみつけている。


 敵意丸出しである。


 例の生徒集会の時から思っていたけど、この二人、なんか確執でもあるのか?


「で、出鱈目なこと言わないで。何故彼が席を譲らなきゃいけないのよ」

「そんなの決まってますよォ、胡蝶会長」


 ブタは気色悪い猫撫で声を出した。ブタなのに猫とはこれいかに。


「赤鼻くんは特待生で、放課後もハードな練習を控えてるんですぅ。昼休みくらいゆっくりご飯を食べて、鋭気を養ってもらうのが、この学園のためじゃないですかぁ」

「だったら満員の学食なんかこないで、教室で食べればいいわ」

「えーっ、それはひどいですよぉ。ね、赤鼻?」


 赤鼻は勢いこんで頷いた。


「オレ、今日は弁当持ってきてないからな!」


 もちろん、こんなのはただのワガママである。「アホなこと言うな」のひとことで済む話だ。普通の学園ならばそうだ。


 しかし、この理屈が通ってしまうのが今の帝開学園。


 見守っている生徒たちの顔が、それを物語っている。


 金バッチはブタに味方して「そうだそうだ」と頷いているし、銀バッチは気まずそうに、あるいは無気力にうつむくばかり。当事者の眼鏡くんすら、助けてくれた会長から目を背けている。


 金が優等、銀が劣等。


 このレッテルは、金に自信を与え、銀からは奪うのだ。


「は、話にならないわ」


 理不尽なルールにひとり抗うかのように、胡蝶会長は首を振った。


 だが、ブタの登場で変わってしまった空気はいかんともしがたい。高屋敷瑠亜がこの学園のドンであることは全校生徒が熟知している。それは、相手が生徒会長でも変わらないのだ。


 さっきまでシュンとしていた赤鼻は、今や上から目線で会長を見下ろしている。ニタニタと、ブラウスを盛り上げる豊満なバストをいやらしい目つきで鑑賞している。知能も品性もケモノ丸出しだな。


 じっと成り行きを見守っていた甘音ちゃんが、俺の耳元でささやいた。


「和真くん、今のうちに逃げましょう。とばっちりが来るかもしれません」


 彼女の言う通りだった。なにしろ俺たちは「無印」だ。銀バッチより下とされている。スクールカーストの最下層、どんな理不尽が襲いかかるかわからない。


 だが――。


「会長には、空き教室で助けてもらった借りがあるんでね」


 借りは返さなきゃ、だろ。


「甘音ちゃん、先帰ってて」

「えっ? えっ? か、和真くんっ?」


 彼女の肩を叩き、ついでに前髪についたままだったサバの骨を取ってあげて。



 俺は、戦いの火花散る中へ、歩いて行った。


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