17 幼馴染VS新人声優



 翌日の昼休み。


 俺は甘音ちゃんを連れて、ひさしぶりに学食を訪れていた。彼女が今日は弁当を作ってこられなかったので、たまには良いかということになったのだ。


 学食はあいかわらず激混みである。俺はハンバーグ定食、甘音ちゃんはサバの味噌煮定食を持ってウロつくこと五分、ようやく二つ分の座席を確保した。


 しかし――。


「はい、和真くん。あーんして?」


 満員の学食の片隅で、甘音ちゃんが俺にハンバーグを食べさせようとしてくる。


 先日、野球部・浅野たちから助けてからというもの、甘音ちゃんはますます積極的になった。もう、人目も憚らずイチャイチャしてくる。モテた経験のない俺としてはどうにもこうにも、気恥ずかしい。


「いや、自分で食えるから」

「むー。いつもしてるじゃないですかぁ」


 周りの生徒たちが、こちらをチラチラ窺っているのを感じる。


 甘音ちゃんはもう、この学校の有名人だ。「あまにゃんダンス」の動画はもう200万再生を突破している。サイン欲しそうな顔をしている者、俺をうらやましそうににらんでいる者、甘音ちゃんのたわわな胸を凝視してる者、羨望・嫉妬・その他が俺たちを取り囲んでいる。


 甘音ちゃんは気にならないのかな……。


 なんかもう、俺以外は目に入ってない感じ。


「あ。和真くん、頬におべんとついてます」


 いつのまにかついていたらしい米粒を、甘音ちゃんはひょいとつまんで、ぱくっと食べた。周りの男子から「あぁ……」みたいなため息が漏れる。食べていたうどんを噴き出す者、トレイに突っ伏して味噌汁に顔を突っこむ者まで出る始末。もう、大騒ぎだな。


 その時――。


 急に学食が静まりかえった。


 さっきまでうらやましそうにしていた連中の顔が青ざめる。


 長年培った俺の「危機察知センサー」にも、ピンと来た。


 これは――。


「はい、和真くんっ。野菜も食べなきゃだめですよ♪」


 今度はニンジンを食べさせようとする甘音ちゃんの背後に、ヌッと影が差した。


 その影は甘音ちゃんの後頭部をつかむと、「そォイ!!」という掛け声とともに彼女の顔をサバの味噌煮にダイブさせた。


「んにゃあ!!」


 甘音ちゃんの悲鳴と、飛び散る味噌が交錯するなか、その「影」は腕組みをして無い胸を反らした。ぺったーん。


「ごきげんよう、カズ! 来てあげたわ!!」

「……」


 ブタさん、ひさしぶりのご登場である。


 その右の頬には、なんか知らんが、でっかいナルトが貼りついている。


「…………」

「…………」


 頬を差し出すようにアピールしながら、キラキラした流し目で俺を見つめてくる。


 え、なにこれ。


 もしかして、さっきの甘音ちゃんのマネをしろと?


「ねぇカズ、はやくぅぅぅ~~~!!」

「なんで、俺が?」

「うふん。そろそろ、懲りたんじゃないかと思って」


 ばっちーん☆ と片目をつむるブタさん。目にホコリでも入ったんスか。


「無印のつらさ、この1週間でよ~くわかったでしょ? そこの前髪ウザスダレも、なんか危ない目に遭ったらしいじゃん」


 白々しい。お前が襲わせたくせに。


「だからさぁ、ホラ。仲直りしよ? このナルトはその印よ。ちゃぁんと食べてくれたら、ぜーんぶ水に流してあげるっ。銀バッチ、ううん、金バッチになれるよう、お爺さまに掛け合ってあげるから!」

「…………はぁ」


 やれやれ。仕方ない。


 俺はブタのほっぺについたナルトを、つまんで取ってやった。


「ウフフ。カズったら、やっぱりアタシのこと……♥」


 なんかクネっクネしているブタさんを無視して、ポケットティッシュでそのナルトを包む。


 後ろのゴミ箱にポイッ、と捨てた。


「……!?」


 それを見たブタさん、口をあんぐり、でっかく開く。ゴミ箱よりでかい。ここに捨てれば良かった。


「ど、ど、ど、どーして食べてくれないのよッ!?」

「ダイエット中だから」


 ナルトのカロリーが何キロか知らないが、とりあえず適当を言った。


 ようやく立ち直った甘音ちゃんが、顔をハンカチで拭いている。前髪にはサバの骨がついたままだ。


「な、何をするんですかぁっ瑠亜さん!」

「アンタがアタシのモノに手ェ出すからでしょうが、このドロボー猫!!」

「和真くんは私のものですぅー! 瑠亜さんはむしろ嫌われてますぅー!」

「きッききききききき嫌われてないわよ失礼ね!? カズは、そう、照れてるだけ! アタシのことが好きすぎてついイジワルしちゃうお年頃なのよ!」


 ムキーッ! シャーッ! とにらみあう二人。噂に聞くマングースVSハブってこんな感じなのかな。


 ブタはいつものことだけれど――甘音ちゃん、成長したなあ。


 ほんの一ヶ月前なら、ブタににらまれただけで竦み上がっていたのに。今じゃもう、こんな風に対等ににらみ合うことができるようになった。これも俺への愛の為せる技……というのは、自惚れすぎだろうけれど。


 ふと周囲を見渡せば、辺りには人だかりができていた。たくさんの生徒がこちらに注目している。


 さっきまでは羨望と嫉妬まみれだった視線に、今度は「驚愕」が混じっている。


 ――まぁ、無理もない。


 金バッチ中の金バッチ、この学園のボスであり、スクールカーストのトップに立つ「高屋敷瑠亜」が、無印の俺たちに自分から絡んできているんだからな。見ようによっては、ブタが俺に媚びてるようにも見えるかもしれない(本人は決して認めないだろうが)。


 いわばブタは、自分が作った秩序(ルール)を自分で破壊しているわけで。


 例の実験で例えるならば、「刑務所所長役」であるブタが、「囚人役」であるはずの俺に阿(おも)ねっているわけで。


「……ふむ」


 件(くだん)のバッチ制度、そろそろぶっ壊してやりたいと思っていたけれど。


 案外、ここに解決策があるかもな――。

 



 と、その時である。




 学食の片隅で、ドスの効いた怒鳴り声が響いた。



「おいッ、ふざけんなよてめえッ!!」


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