16 生徒会長と二人きり



 翌朝。


 俺はいつもより1時間早く登校した。地下書庫で読みたい本があったのだ。


 六月だというのに、今朝はよく晴れていた。今年は空梅雨らしい。雨が降らないのは良いことだ。地下書庫は湿気が強くて、本が痛む。この学園は金持ちなのに、本を大事にしない。運動部に回す予算の十分の一でいいから、書庫に回してくれたらいいのに。


 校門をくぐると、右手に昇降口、左手に総合グラウンドが目に入る。


 他のグラウンドでは運動部が朝練中だが、総合グラウンドはがらんとしている。ここは一般生徒が体育の授業で使うほかは、実績に乏しい部活が共同で使う。今朝はどこの部も使っていないようだ。


 そんな寂しいグラウンドに、ぽつんと――。


 見覚えのある銀色の髪が揺れている。


 彼女はジャージ姿でしゃがみこんで、何やら作業をしているようだった。


「おはようございます、胡蝶会長」


 声をかけると、北欧ハーフの美少女は驚いたように立ち上がった。豊かなボリュームを誇る胸が、ジャージのなかで窮屈そうに揺れる。


「いつのまに近づいたの? 全然気づかなかったわ」

「よく言われます。影が薄いって」

「足音もしなかったわよ……」

「そんな、忍者じゃあるまいし」


 笑って受け流し、話題を変えた。


「こんなところで、何をしているんですか?」

「……別に。なんでもないわ」


 会長の手は砂まみれだった。ガラス細工のように繊細な指が、爪まで汚れている。


 俺の視線に気づくと、会長は恥ずかしそうに手を後ろに隠した。そんな仕草をすると、高校生離れした美貌がちょっぴり幼く見える。全校生徒の憧れの的、というのも頷ける可憐さだった


 彼女の足元には、ビニールの袋がある。そこには、たくさんの小石が詰まっていた。


「グラウンドの石拾いですか。こういうのは、業者の仕事なんじゃ?」

「業者は他のグラウンドで手一杯で、ここには滅多に入らないのよ」

「予算をケチッているんですか? 帝開学園ともあろうものが」

「わざとそうしているんでしょう。実績を上げた部活と、そうでない部活の差をつけるために」


 なるほど。いかにもブタの一族がやりそうなことだ。


「それにしても、会長みずから石拾いなんて」

「誰かがやらなきゃいけないのよ。現に去年、陸上部の生徒が尖った石を踏んで怪我をしたことがあってね。……実績はなくとも、みんな頑張っていたのに」


 会長は長いまつげを伏せた。話しすぎたことを後悔しているようだ。


「さあ、もう行きなさい。今話したことは、誰にも言わないで」


 また地面にしゃがんで、石を拾いはじめた。


 この広大なグラウンドの小石を全部拾うなんて、いったいどれだけの時間がかかるのだろう。どれだけの労力がかかるのだろう。誰にも言わず、人知れず、たったひとりでやり遂げようというのか。誰も、褒めてはくれないだろうに。


「す、鈴木くん?」


 会長が驚きの声をあげた。


 俺がしゃがんで、石を拾い始めたからだ。


「二人でやった方が、早く終わりますよ」

「……馬鹿ね。そんなことをしても、バッチはもらえないわよ。貴方、瑠亜さんに睨まれているんだから」

「いいじゃないですか。一人くらい、そんな馬鹿がいたって」


 会長はしばらく無言で、石を拾う俺を見つめていた。


 それから――


「いいえ。馬鹿は二人よ」


 彼女も並んで石を拾い始めた。


 

 こうして俺は、朝のひとときを、美人の先輩と二人きりで過ごしたのだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る