12 美人生徒会長の〝お着替え〟


 私立・帝開(ていかい)学園。


 日本に名だたる大企業グループ「帝開」が設立した中高一貫校である。創立してまだ十年と歴史は浅く、そのため、各種スポーツや進学、そして芸能の分野にも力を入れている。


 どのくらい力を入れているか?


 運動部についての環境を説明するのが、一番わかりやすいだろう。


 まず、野球部・サッカー部・ラグビー部・ソフトボール部に関しては、それぞれ専用のグラウンドを持っている。総合グラウンドもあわせて、この学校には五つもグラウンドがあるのだ。これだけでもう、規格外。対校試合に訪れた他校の生徒が圧倒され無言になるのは「帝開あるある」の一つだ。


 体育館は4つ。バレー部、バスケ部、ダンス部がそれぞれ専用で使うのと、さらに総合体育館がある。


 3階建ての格技場は、1階が柔道部、2階がレスリング部、3階が剣道部が使用する。


 それとは別にトレーニング施設があり、プールがあり、運動部専用の食堂ではプロテインが飲み放題だったり……ああもう、俺も説明してて疲れてきた。ともかく、それだけの施設が用意されてるってわけだ。力の入れ方がハンパじゃないのは、わかってもらえただろうか。もちろん、文化部や受験体制についても似たようなものだと、付け加えておく。


 さて――。


 この帝開学園高等部の生徒数はおよそ1200名。


 1学年のクラスは10。


 特待生の割合は、だいたい1クラス5名から10名。


 全校生徒1200名のうち、およそ1割強の150名前後が、なんらかの「特待生」として入学しているわけだ。


 この1割強の特待生が、この学園のリーダーとして君臨している。教職員も彼らをチヤホヤするし、そもそも学校のカリキュラムそのものが、彼らを中心として設計されていた。


 残り9割の生徒たちは、特待生のご機嫌を窺いつつ、こそこそと学園生活を送ることになる。


 まぁ、それはそれで、「わきまえて」過ごしていればそれほど困ることはない。強い者に逆らわず、長いものには巻かれて、穏やかに過ごしていければ良い。


 大半の生徒は、そう楽観的に考えていたはずなのだが――。







 六月某日。


 そろそろ梅雨入りかという曇天のもと、全校生徒が講堂に集められた。月に一度、第一月曜日に行われる全校集会である。


 壇上に立つのは、スーツ姿の老紳士である。


 白髪頭をオールバックにしたハンサム。いわゆる「ロマンスグレー」ってやつだ。白い口髭に威厳を漂わせて、鋭い眼光を全校生徒に投げ下ろしている。獲物を狙う、鷹のような目つきだ。


 この男が、帝開グループのドン・高屋敷泰造(たかやしき・たいぞう)。


 高屋敷瑠亜の祖父である。



「この世界は――――平等ではない」



 厳かな声で、やつはそう言った。


 いつもの口上である。


 このジジイは、何か演説をする時、必ずこの口上から入るのだ。



「力ある者が報われ、そうでない者は報われぬ。当たり前のことだ。弱肉強食。優勝劣敗。この社会では言ってはいけないとされている〝真実〟である。私は諸君らに、敗者になって欲しくない。この日本のため、勝者を育てる。それが、私の使命。この学園の使命。そう信じるものである」



 確かにね。


 心の中で、俺は頷いた


 勝者を育てる学園。同感だ。あんたの孫娘からして、そうだからな。傲慢さを日々すくすくと育てている。そもそもあんたのアレ、負けようがないよな。下っ端だと侮っていた新人声優に負けたことなんかコロっと忘れて、今もぬくぬくしているんだから。勝ったことだけ覚えてれば、そりゃ、勝者だな。



「特待生の自覚と、全生徒へさらなる発奮を促すため『特待生バッチ』を配ることにする」



 帝王の〝託宣〟が、静かな講堂の空気を震わせた。


 周りの生徒たちから、大した反応は見られない。「ふーん」みたいな感じ。バッチくらいで騒ぐやつはいない。まぁ、校内で付けてたらちょっとカッコイイな、くらいに思っているやつが大半のように見えた。


 しかし――。


(まずいんじゃないか、それ)


 あくまで直感でしかないが、俺のセンサーに「何か」がひっかかっていた。


 今までだって、特待生とそれ以外の「格差」はあったのだから、何も変わらないと言えばそれまでかもしれない。しかし、何かがひっかかる。具体的な言葉にできないのがもどかしいが……。

 

 理事長の話は続いている。



「詳しい説明は、今回の発案者である生徒会役員・高屋敷瑠亜くんに発表してもらう」



 ブタの名前が呼ばれた。


 ブッヒンブヒヒンと、意気揚々と壇上にあがってくる。その自信満々の顔を見て、俺の不安はさらに加速した。


 何故こいつが、生徒会の代表ヅラして出てきた?


 三年生の生徒会長はどうしたんだ――。


 理事長がブタにマイクを手渡した。鷹のようだった鋭い目が和やかなものに変わる。鬼と言われる理事長が孫娘の前では仏になるという噂は本当だ。元・幼なじみだから、このジジイが孫バカなのはよく知ってる。


 マイクを持つ手の小指をピンと立てて、ブタは鳴き始めた。


「コホン。生徒会役員・高屋敷瑠亜でっす。今、お祖父(じい)さま、じゃなくて、理事長からお話があったように、特待生には校章を模した金のバッチを配ります。校内では、必ずそのバッチをつけてくださいねっ。そうすることで、特待生としての誇りと責任をより感じ、より頑張れるんじゃないカナ~? アタシはそう思ってまーす!」


 さすがは声優アイドル。声も綺麗でよく通るし、トークも(場に相応しいかはともかく)軽妙だ。俺の周りにいる生徒たちは、みんな聞き惚れている。教職員がいなければ、「るあ姫」コールくらい起きたかもしれない。まったく、先月イベントであれだけ醜態をさらしたというのに、人気は衰えていないようだ。


「それからそれからっ、一般生徒には銀のバッチを配ります。この銀にこめられた意味は、『金になれるよう、頑張って!』というものです。この帝開学園には、途中からでも特待生になれる制度があります。学業に部活に課外活動に、特待生に負けないよう頑張ってください!」


 ふむ、と頷く気配が周りからした。ブタの言葉に納得してしまったらしい。「これを機に、特待生目指しちゃおうかな」。そんな風に考えたやつもいるのかもしれない。


 一見して、何も悪いことはないように思う。


 だが……。


 やっぱり、まずい。


 


「最後にアタシから――じゃなくて、生徒会からお願いです。金バッチをつけている特待生には、みなさん敬意を払うようにしてくださいねっ。彼ら彼女らは、この学校に貢献してくれる大切な人材です。校内の至るところで優先、尊重してあげるよーにっ」


 ――もちろん、「強制」じゃないけどね?


 最後にそう付け加えて、ブタはマイクを理事長に返した。


 颯爽と壇上から下りる時、俺のほうを見た。俺の隣にいる男子が「うわっ、瑠亜ちゃんと目が合った!」とか喜んでる。俺はもちろん無表情。そんな俺を見て、ブタは意味ありげに唇の端を吊り上げて――それから「ばっちーん☆」とウインクをかましていった。えっ? 何今の。やめて。目が腐る。


「る、るあひめにウインクされたぁぁ……」


 隣の男子がよろめき、膝から崩れ落ちるのを横目に、俺は気分が悪くなった。


 吐きそう。


 この集会が終わったら、保健室行ってくるか……。







 集会が終わり、講堂から生徒の退出が始まる。


 俺は1年1組の列を抜けだし、ハゲオヤジ担任に断って保健室に行った。特に何も言われなかった。俺に興味がないらしい。


 まだ全生徒のほとんどが講堂にいるから、校舎の中は静かだった。


 内履きが床をぺたぺた叩く音だけが聞こえる。落ち着く音だ。気分が悪いのも少し収まってきた。


 軽くノックして、保健室のドアを開ける。


 すると――。




「キャッ」

 



 小さな悲鳴と、刺激的な光景とが、出迎えてきた。




 黒。




 黒の、下着。


 勢いよく突きだしたロケットのような乳房を包み込む、黒のレース。複雑な刺繍が施されている。カーテンから差し込む陽射しに浮かび上がるのは、蝶の模様。黒い蝶が、真っ白な肌を舞う。そんな現実離れした光景が、消毒液の匂いがする室内に現れていた。


 そこにいたのは、着替え中の女性――。


 いや、「女子」だ。


 下着もその中身も高校生離れしているけれど、保健の先生ではない。だって制服を着ている。スカートとタイツは着用している。ちょうど、ブラウスを着ようとしていたところに出くわしたようだ。


 彼女は、魅惑の胸を交差させた腕で隠し、鋭いまなざしで闖入者である俺を射抜いた。


「向こうを、向きなさい」


 毅然とした声だった。着替えを見られたショックを感じさせない。だけど、語尾がほんの少し震えている。まなざしにかすかな弱さがある。強がっているのは明白だった。


「すみません」


 謝罪して、背中を向けた。衣擦れの音を聞きながら、今からでも出て行くべきか迷った。だが、それでは逃げることになってしまう。その方があとあと問題になるんじゃないか? それもあって、彼女は「出て行け」とは言わなかったんじゃないか。


 迷ってるうちに、衣擦れの音が止んだ。


「もういいわ。こちらを向きなさい」


 楚々としてブレザーを着込んだ彼女が、俺に命令する。


 リボンの色からして、三年生と分かる――が、そもそも彼女のことを俺は知っている。というより、この学校で知らない者はいない。おそらくあのブタの次くらいには有名なはずだ。


 銀色の長い髪と蒼い瞳を持つ、北欧ハーフの帰国子女。


 入試成績トップで入学し、今も首席の座をキープし続けている学業特待生。


 そして――この帝開学園の現・生徒会長。


 胡蝶涼華(こちょう・すずか)。


「退学」


 名前と同じクールな口調で、胡蝶会長は言い放った。


「退学よ、貴方。私の肌を見て、ただですむと思わないことね」

「……」


 おいおい。


 バッチどころか、俺氏、学籍を失う危機である――。



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