11 まずは最初の、下克上
イベントは大成功だった。
甘音ちゃんの「あまにゃんダンス」の評判はSNSで瞬く間に拡散された。「もうめっっっっっさ可愛い!!」「全人類が知るべき」「筆舌に尽くしがたい尊さ」「るあ姫、引き立て役w」などなど、絶賛コメントが怒濤の勢いでスマホを流れていく。こっそり撮影してたやつが動画をアップして、それを見たやつがまた魅了されて――という幸福なループ。トレンド8位に「あまにゃん」、5位に「皆瀬甘音」が入る始末で、やれやれ、俺が想定していた以上のことを、未来の大声優はやり遂げてしまった。
一方、メディアの反応は真逆だった。
大手ニュースサイトは「瑠亜姫、鮮烈CDデビュー!」「JKアイドル声優の歌声に観客酔いしれる」などなど、軒並みあのブタを持ち上げる記事をアップした。前もって事務所が根回ししていたんだろう。甘音ちゃんのことなんかこれっぽっちも載ってない。ブタさんがステージでスッ転んだことも載ってない。なかったことにされてる。完璧な情報操作だった。
だけど、甘い。
このSNS全盛時代に、そんなもの通用すると思うか?
今回のイベントで一番輝いていたのは誰なのか、それは、見に来た客が全員知っている。今回は俺が拡散するまでもない。甘音ちゃんの輝きを見た人々が、勝手に伝え、広げてくれている。
大人が作り上げた、偽物なんかじゃない。
「本物」の輝きっていうのは、そういうものさ。
◆
明くる日、月曜日の朝。
いつもの時間に登校すると、昇降口のところに人だかりが出来ていた。
大勢の生徒に取り囲まれているのは、甘音ちゃんだった。
「イベントの動画、見たよ!」
「ネコミミ可愛かったー、驚いたよマジで」
「あの振り付け、自分で考えたの?」
「てか、声優やってたんだね! 知らなかった!」
男子女子問わず、口々に彼女を褒めそやしている。
甘音ちゃんときたら、顔を真っ赤にして「あのっ、そのっ」しか言えなくて。
一夜にして大スターになったっていうのに、性格まではなかなか変わらないか。前髪もびろーんと元に戻ってるし。
取り囲んでいるのは、もちろん「イケてる軍団」の皆さん。
あのブタの軍団とは、また別のグループである。
ちなみにブタ軍団はといえば、この騒ぎを遠くから見守っている。なかには、甘音ちゃんに声をかけたそうにしている連中もいる。野球部の浅野もその一人だ。熱っぽいまなざしで、甘音ちゃんのことをじっと見つめている。……あれは、惚れたな。
そしてブタ本人、いや本豚はといえば。
ものすごい形相で、甘音ちゃんをにらみつけている。口元がワナワナ震えているのが俺の位置からでも見てとれる。あれは相当、アタマに来ている。だけど手出ししないのは、昨日の二の舞になると思ったからか。
いくら高屋敷家の令嬢でも、もうおいそれとは手を出せまい。
あれだけの醜態をさらして、SNSで拡散されたのだ。もし甘音ちゃんに手を出せば、自分が真っ先に疑われてしまう。これ以上の醜聞は、さすがの人気者も避けたいところだろう。
(良かったな。甘音ちゃん)
心の中で声をかけて、俺はそっと場を離れた。
これで彼女は「イケてる軍団」の仲間入りだ。ブタの派閥には入れないだろうけれど、別の派閥が必ず誘ってくる。あんな可愛い子、ほうっておくわけがない。遠からず彼氏もできるだろう。
そうなると、俺の存在は邪魔だ。
学園の支配者・高屋敷瑠亜と敵対する俺がいては、彼女の妨げになってしまう。黙って消えるのが正解。あのブタと絶縁した時、もう覚悟は決めている。ひとりきりで高校生活を過ごす覚悟。
(アニメの出演決まったら、絶対見るからな)
もう一度心の中で声をかけてから、内履きに履き替えた。
教室へと行こうと歩き出した、その時――。
「和真くんっっ!!」
大きな声で呼ばれた。
振り向くと、甘音ちゃんがものすごい勢いでこちらに駆けてくる。
「和真くん、おはようございます」
「……ああ。おはよう」
どう反応したものか迷った。
気づかないふりをしようかと思ったが、こんな大声で呼ばれたら仕方ない。
置き去りにされたイケてる軍団が、ぽかんと俺を見つめている。「誰?」みたいな顔して突っ立っている。ブタ軍団も、ぽかん。頭(かしら)のブタさんは血走った目を見開き、イチの子分・浅野はあんぐり大口を開けている。
「和真くん。今日の放課後も、練習付き合ってくださいね」
「えっ。もうイベントは終わり、ユニットは解散だろ?」
彼女は首を振る。
「実は、今度、新作アニメのオーディションに呼ばれたんです。今の事務所とはまた別のところから、声かけてもらって」
「……マジ?」
「事務所、移ることになりそうです」
その声は弾んでいた。
前髪に隠れていて、表情はよく見えないけれど、その口元には自信が浮かび上がってるように思う。
「だから、練習したいんです。……和真くんと、一緒に」
甘音ちゃんは、おもむろに前髪をかきあげた。
子猫みたいにつぶらで可愛い目が、せつなげに俺を見つめている。
後ろでぽかんとしてる連中には、もちろん見えない。
俺にだけ、見せてくれたのだ。
「いや、でもさ。甘音ちゃん」
「そんな呼び方、や、です」
ふるふる、首を振る。
「和真くんにだけは、『あまにゃん』って、呼んでほしいです……」
うわ。
反則だろ、これ。
「甘音ちゃんさ」
「あ、ま、にゃ、ん」
「……あまにゃんさ。前髪上げたら、性格変わっちゃうんじゃない?」
「ふふ。そうかも」
彼女は笑った。小悪魔の笑みだ。
「だとしたら……きっと、あなたのせいです。あなたが、前髪上げてくれたから」
「……」
「せきにんっ、とってください。ね?」
彼女は俺の腕を取って、歩き出した。そうして密着すると、豊かな胸のふくらみも感じるし……何より、いい匂いがする。昨日まではこんな匂い、しなかったのに。香水? それともシャンプー変えたのかな。誰のために?
イケてる軍団の視線が、背中に突き刺さるのを感じる。
ちらっと視線をやれば、浅野が地面に膝をついて両手で顔を覆っているのが見えた。雑魚だと認識していた俺に彼女を取られたのが、そんなに悔しいのだろうか。
ちなみにその隣では、誰かさんが倒れていた。
周りの軍団が「大丈夫!?」「ほ、保健室行く!?」「泡ふいてる!」「どうしたの目ぇグルグルだよ!?」とか血相変えて呼びかけている。えらい騒ぎだ。
誰か知らないけど、ご愁傷様。
「行こっ。和真くん」
「……ああ」
やれやれ。
どうもしばらく、俺の周りは静かになりそうにもない。
◆
それから1週間後――。
全校集会にて、学園理事長からこんな宣言があった。
「特待生への自覚と、さらなる発奮を促すため『特待生バッチ』を配ることにする」
このバッチが、次なる騒動の引き金となることを、俺はまだ知らない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます