10 幼馴染に報いを / 頑張った彼女に花束を


 千人以上の観客が見守る特設ステージに、ブタがのっしのっしと現れた。


「みなさーん、こんにちはーーー!! るあ姫でーーーーーっす!!」


 ブヒヒーン! といななく声に、ファンから野太い声援が飛ぶ。


 煌びやかな衣装に身を包み、頭にはしっかりとネコミミをつけている。「かわいー!」「新鮮!」という黄色い声があちこちから起きる。


 立錐の余地もない観覧スペースの端っこで、俺は会場の様子を観察する。ハッピやらハチマキやらをつけた「るあ姫親衛隊」に混じって、うちの学校の生徒がちらほら見える。サッカー部の南田に提案した甲斐があった。


「今日は新ユニット『るあ姫とゆかいな下僕』のお披露目イベントに来てくれてありがとー! 一曲だけだけど、頑張ってやるからみんな聞いてねんっ。あ、ついでにもう一人紹介しとくねー。今日一緒に歌ってくれる、同じ帝開学園一年の皆瀬甘音ちゃんでーす!」


 甘音ちゃんがステージに出てくると――ブタの表情が驚きに固まった。


 観客から「おおっ!」という歓声が起きる。


「ど、どうも、はじめまして……あ、あまね、みなせあまねですっ……」


 内股気味に、やや猫背ながら、ちゃんと挨拶をした。


 前髪をアップした甘音ちゃん、その可愛い子猫みたいな目に、観客たちの視線が釘付けになる。


 俺の近くにいた親衛隊のひとりが、呆然とつぶやくのが聞こえた。


「……か、可愛いじゃん……」


 そうだろう?

 

 あんなブタなんかより、よっぽど可愛いと思うぜ。


 彗星のように現れた超・美少女に、観客が一気に沸き返る。


 ぼうっとしていたブタがハッと我に返り、ステージ袖をにらみつけるのが見えた。口パクで、何か言っている。「どーゆーことよっ!?」みたいな。おそらく、そこにいる関係者に文句をつけてるのだろう。


 馬鹿が。


 お前が、彼女と楽屋を分けたからだろうが。


『あんな格下と、アタシ、同じ空気吸いたくないナ~』

『ねぇジャーマネ、なんとかしてしてぇ?』


 だから、彼女が前髪をオープンするのを阻止できなかったんだ。


 お前にはたくさんの大人、偉い大人が味方をしていたけど、彼女には俺だけだった。ステージに出て行く時もそうだ。みんなに見送られて、期待されて出て行くお前。誰からも期待されず、ひとりぼっちで出て行く彼女。


 それが、運命を分けたんだよ。


「え、え~~~っと……」


 観客の視線が甘音ちゃんに集中するなか、ブタは苦し紛れに叫んだ。


「じゃ、じゃあ、さっそく歌っちゃおうかなー! ちゃんと聴いてね! 『とにかくかわいいドリーマー』!」


 曲のイントロが流れ出す。


 ステージ中央に二人が並び立ち、ダンスが始まる。


 歌とダンスに持ち込めば、きっと勝てる。


 そう思ったんだろうな。


 自信家のお前らしい判断だよ。ブタ野郎。


 だけど――甘い。


 お前はもう負けてるんだ。


 そのネコミミをつけて地下書庫に来た時に、もう勝負はついていた。




「なんか、あの子の方がイケてね?」




 観客の誰かが、そうつぶやいた。


「やっべ。マジかわいい……。誰、あの子」

「ネコミミ、めっちゃ似合ってる」

「ダンスも瑠亜ちゃんよりイイじゃん」

「アマネって言ってたよな。声優なの? 何に出てる?」


 そんな声があちこちで聞こえる。


 会場じゅうにその空気が広がっていく。


 ブタは敏感にそれを察して、歌声を大きく、振り付けを大げさなものに変えた。だが、それが逆に滑稽に見えて、無様に見えて――ますます、甘音ちゃんを引き立てる結果になってしまう。


 勝てるわけないだろ。


 お前が遊んでるあいだ、ブヒンブヒン騒いでるあいだ、甘音ちゃんは必死に練習してたんだぜ。


 勝てるわけがない。


 敗因は「嫉妬」だ。


 お前は嫉妬した。


 ネコミミをつけて踊ってみて、ちょっとバズった「下等民」に嫉妬した。「アタシの方が可愛いのに! 見てなさい!」なんて粋がって、同じ土俵に上がっちまったんだ。


 彼女の得意なフィールドに、上げられちまったんだよ。


 お前がもし、どっしり構えて、自分のスタイルさえ崩さなければ、勝負はわからなかった。いや、多分お前が勝っていた。いくら甘音ちゃんがバズったとはいえ、チャンネル登録者でいえば100万 VS 41。観客のほとんどはお前に注目しただろう。


 なあ、高屋敷瑠亜。


 このやり方は、お前が教えてくれたんだ。

 

 今のお前はな、あの時の俺と同じなんだよ。


 お前に誘い出されて、のこのこイケてる軍団のパーティーにやって来た俺と同じだ。自分のフィールドじゃないところに誘い出されてしまった俺と同じだ。


 さあ。


 最後の仕上げだ。




「甘音ちゃん、がんばれーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっっっ!!!!」




 力の限り、せいいっぱい、俺は叫んだ。


 甘音ちゃんが一瞬、俺のほうを見る。

 

 目と目が合った。


 彼女は嬉しそうに笑顔を弾けさせて――その可憐さに、またもや観客が沸き返る。


 いっぽうのブタは、愕然としていた。


 自分ではなく彼女を応援する俺を見て、愕然として――足をもつれさせ、ステージ上で盛大にスッ転んだ。


 観客から失笑が巻き起こる。


「因果応報」

 

 つぶやいて、俺は観覧スペースを後にした。


 タオルを持って、スポーツドリンクを買って。あの小汚いトイレ横の即席楽屋で、彼女を待とう。



 未来の大声優の凱旋だ。


 

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