7 幼馴染が動画で俺の悪口(?)を配信してる

 翌日の放課後。


 学校から少し離れたファストフード店で、甘音(あまね)ちゃんと待ち合わせした。万が一にもクラスメイト、億が一にもあのブタに出くわさないようにするためにだ。


「はい、これ」


 某激安量販店の袋から取り出したのは、ネコミミとしっぽである。


「これをどうするんですか?」


 甘音ちゃんは可愛らしく小首を傾げた。


「自分の動画チャンネルは持ってる?」

「は、はい。登録者さん少ないですけど、いちおう」

「じゃあ、そこにダンス動画をアップしよう。昨日練習した『あにゃにゃん♪』。ネコミミとしっぽをつけて。きっと、話題になると思う」


 値札のついたままのネコミミを見つめて、甘音ちゃんは言った。


「私のチャンネル、登録者さん少ないから、バズらないと思います……」

「そこは任せてくれ。なんとかしてみせる」


 いちおう、手は考えてある。


「その動画がバズったら、きっとアレもネコミミをつける。いや、つけざるをえなくなると思うんだ」

「瑠亜さんが、私に合わせてネコミミを? まさか!」


 確かに、あのブタの性格からしてありえないだろう。「なんでこのアタシ様が、こんなウンコ声優に合わせなきゃいけないのよッ!」とか言いそう。


 だが、むしろそこが付け目なのである。


「……わかりました。和真くんのこと、信じます」


 あやふやなことしか言えない俺に、甘音ちゃんは頷いてくれた。良い子だなあ。


「その動画を上げる時にさ、前髪をオープンできない?」

「えっ?」

「甘音ちゃん、本当はすごく可愛いのに。もったいないよ」


 あのブタがびびるほどの可憐さである。その威力は折り紙つきだ。


 甘音ちゃんは申し訳なさそうにうつむいた。


「ごめんなさい……。私、人の視線が怖くって。こうして前髪ごしでないと、落ち着いて話すこともできないんです」

「あー……視線恐怖症ってやつ?」


 こくん、と頷く。


 なるほど、そりゃ困ったな。


「事務所からは『前髪上げて』って言われないの?」

「特には……。少なくとも、このユニットの解散までは言われないと思います。その方が引き立て役にふさわしいから」

「またそれか……。だったらアレがソロデビューすりゃいいのに」

「はい。もう決まってるはずです。今回のユニットはあくまでその踏み台というか、ただの話題作りで。CD一枚で解散ですって」


 うーわー。芸能界汚ねー。


「事務所の社長が、瑠亜さんのお爺さまと親しくって。全力プッシュを約束してるって聞きました」

「アレの爺さんか……」


 アレの祖父・高屋敷泰造(たかやしき・たいぞう)は、地元が誇る名士である。高屋敷グループという巨大企業のドンであり、帝開学園の理事長も務めている。駅前にそそり立つでっかいタワマンの最上階をまるごと所有して、そこに孫娘を住まわせているブルジョアっぷりだ。


「でも和真くんは、そんな瑠亜さんと幼なじみなんですよね? すごくないですか?」

「元だよ、元」

「いったい、どうやって知り合ったんですか?」

「ガキの時、公園でひとりぼっちだったアレを、ボール遊びに誘ってやった。以上」

「……えっ。そ、それだけですか?」


 それだけである。


「じゃあ、よっぽど瑠亜さんに気に入られたんですね」

「迷惑な話だ」


 きっぱりと言った。そう言い切ることに、なんのためらいも感じない。


「……そんな瑠亜さんを敵にまわして、大丈夫なんでしょうか……」


 またもや心細そうにする甘音ちゃん。


 この自信のなさは、天性のものではあるのだろうけれど――後天的な要素も、多分にあると思う。


 昨日の地下書庫でのやり取りに、それははっきりと表れている。



『そっ、その前髪の下、まさか、カズにも見せたんじゃないでしょうね?』

『じゃあ今のうちに、髪をガムテープでぐるぐる巻きにしとかないと』



 そうやって、出る杭を打つのが、「やつら」のやり方だ。


 あいつらはいつだってそうだ。


 弱い者が、決して上がってこれないように、自分たちの地位を脅かさないように、見張っている。


 学園でも。芸能界でも。


 この世界は、そういうところなのだ。





 甘音ちゃんと別れて帰宅して、いろいろ用事を済ませてから、ブタのヨウチューブを見に行った。絶縁した時にチャンネル登録も解除してたから、いちいち検索しなきゃいけなかった。クソ面倒だな。


「計画」の情報収集のためにわざわざ見てやったわけだが――最新動画を再生した直後、めちゃめちゃ後悔した。




【ほぼ毎日投稿】るあ姫様が斬る!~わきまえなさいッ~

チャンネル登録者数110万人


『鈴○和真!』

『鈴木○真!』

『鈴木和○!』

『○木和真!』

『鈴木和真○』


『ばかーーーーーーーーーーーーーーーー!!』

『あほーーーーーーーーーーーーーーーー!!』

『うんこたれーーーーーーーーーーーーー!!』

『アタシの魅力にぃぃぃなーーーーーーーぜーーーーーーーーーきづかないーーーーーーー!!』



『……と、いうわけで。はろはろ~ん、ヨウチューブ!』

『〝るあ姫様〟こと、瑠亜だよーん!』


『えーと、冒頭のアレはね、ただの心の叫びだから。気にしないでねん♪』

『ただ、ちょーっと昨日ムカつくことがあって。それを表現してみただけだから』

『感情表現の演技練習ね! そこんとこヨっロシクぅ♪』



【コメント欄 2142】

るあ様の靴下・1分前

ちょwww 冒頭意味不明www


砂糖昆布・1分前

スズキカズマって誰や…


ドンブラ湖・1分前

よくわかんないけどウンコたれなんだな


牛饅頭・1分前

くさそう


シンドイーのリスト・1分前

誰か知らないけどとりあえず氏ね







 まぁ――。


 今さら驚かないけど。


 こいつがブタ野郎なのは知ってるから、驚かないけれど。


 ここに来て、さらに俺の闘志をかき立ててくれるとは思わなかった。



「いいぜ、ブタ野郎」



 ならば遠慮なく、叩き潰してあげよう。

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