6 幼馴染をこらしめたら、モテてしまった



 放課後の地下書庫。



「 浮 気 の 現 場 、 ハ ッ ケ ソ ! 」



 インターネット老人会入り間違いなしのネットスラングとともに現れたブタさんは、ブヒーッと鼻息も荒く近寄ってきた。


「ちょっと、そこの。前髪ウザスダレ」

「はっ、ははははは、はいっ!」


 ひどいあだ名で呼ばれて、皆瀬さんは縮み上がった。


「なんでアンタがカズと二人でこんなとこいるのよ。ねえ。答えなさいよ。ナニしてたのよこんな暗くて狭いところでやらしーーー! やーーーらーーーしーーー! せーんせーにゆってやろーーー!!」

「……」


 小学生かこいつ。


「そういうお前は、なんでここに?」

「アンタと、そこの泥棒猫が、ここに入ってくの見たヤツがいるのよ!」


 なるほど。


 しかし、それでわざわざ放課後やってくるとは……。


 いつも「収録やらリハやら取材やら、あー忙しい忙しい♪」とか言ってたくせに、案外ヒマなのか?


「あーもーーー!!! ヤダヤダヤダ!!!! ぜったいヤダ!!!!!」


 ブヒンブヒンと地団駄を踏みながら、ブタが荒れ狂う。


「なんでカズが、アタシの幼なじみが、こんな女と一緒にいるのよう! なんでアタシの隣じゃなくてそんなクソ声優の隣にいるのよ全ッ然人気ないのよそいつ!! 三年後にはAV出てウンコ食わされてるわ確実に!!」

「たっ食べませんっ!」

「うっさいウンコ!! うんこうんこうんこうんこーーーー!!」

「……」


 小学生かこいつ。パート2。


「ううう~~~ヤダァァ……こんなのヤダァァァ……」


 なんか泣きべそかいてるし。怒ったり泣いたり忙しいなあおい。


「あ、あのっ!」


 勇気を振り絞るかのように、皆瀬さんが言った。


「和真くんは、悪くないんです。彼は私に付き合ってくれてただけで、」

「 か    ず    ま    く    ん    ! ? 」


 さすが人気声優、すごい声を出す。ヤクザの組長役とかやれそう。


「ちょっと、今、不適切な単語が聞こえたんですケドも。言い直してもらえる?」

「……す、鈴木くん……」

「それでいいわ。わきまえなさいッ」


 ツン、とすまして長い金髪をかきあげる。決め台詞も飛び出した。


「いったいどういうつもりなのよカズ!」

「どうと言われても」

「こんな前髪びろーん女と、どうして? どうしてよ? こんなのネクラでブッサイクでどうしようもない女じゃない! ほら、見なさいよ――」


 ブタはおもむろに手を伸ばし、皆瀬さんの前髪を持ち上げた。


「……!?」


 前髪の下からコンニチハした可憐なおめめを見て、ブタの表情が凍りつく。


 あわてて、髪を元に戻した。


「そっ、その前髪の下、まさか、カズにも見せたんじゃないでしょうね?」

「いえ、和……鈴木くんにはまだ」


 ほっ、とブタは胸をなでおろす。「よかった。地球の平和は守られたわ……」。どんな侵略者だよ。


「じゃあ今のうちに、髪をガムテープでぐるぐる巻きにしとかないと」

「そっ、それだけは止めてくださぃぃ!」


 頭を抱えて、皆瀬さんが後ずさる。


「おい。いい加減にしろ」


 さすがに見かねて、言ってやった。


「お前、この子とユニット組むんだろ?」

「そっ、そうよ! 引き立て役にすぎないけどねそんなヤツ!!」

「その引き立て役を精一杯こなすために、頑張ってんじゃねーか。ここで一人で練習してたんだよ」

「だ、だからなに? そんなん当たり前でしょ、このアタシと組むんだから!」

「なら邪魔すんなよ。人気声優だからって、やっていいことと悪いことがあるぞ」


 ブタは涙目になった。


「な、なんでカズはコイツの味方するの? どうしてアタシの味方してくれないの、幼なじみなのに!」

「俺はがんばってるやつの味方だ」

「あ、アタシだってがんばってるもん! 笑顔の練習、自撮りの練習、口パクの練習、ファンの出待ちをかわして素早くタクシーに乗り込む練習、毎日欠かしたことはないわ! だからほめて! ほめてよホラ!」

「……」


 そんな、「野球の練習、ただしホームラン打って観客の声に応えながらダイヤモンド一周する練習!」みたいな……。


 まぁいい。ブタに努力の価値を説こうとは思わん。


「いいか瑠亜。はっきり言っておく。お前とはもう、絶縁したんだ」

「ぜ、絶縁?」


 ブタの顔に絶望が浮かび上がる。


「あんなことしたんだから、当たり前だろ。あれはもう『私は嫌われても憎まれても文句ありません』って行為だぞ」

「あ、アタシはそんなつもりじゃっ……ただ、ちょっと面白いカナ~と思って」

「面白い?」


 冷たい目で、にらんでやった。


「お前は今まで『面白いから』って理由だけで、どれだけの人を傷つけたんだ?」

「……っ」

「今も皆瀬さんをいじめてるけど、それも『面白いから』なのか? もうガキじゃない、高校生だろ? しかもプロの声優で、社会に出て働いてるんだろ? どうしてそんな簡単なことがわからない? いい加減――『わきまえろよ』」


 最後は、決め台詞を奪ってやった。


 ブタはぼーっとして、俺を見つめている。


 ……ん?


 なんか、心ここにあらずって感じ。そんなにショックだったのか? それにしては、頬も赤い。目も心なしか潤んでいる。俺の言葉を聞いているのやら、いないのやら。


 まぁいい。


 言うだけのことは言った。


「もう、ここには来るなよ」

「…………」

「行こう、皆瀬さん」

「は、はい……」


 練習も終わったし、俺たちは去ることにした。


 ブタは立ち尽くしたまま、ドアに背中を向けている。


「……もん……」


 外に出てドアを閉めるとき、ブタが鳴いた。




「アタシの方が、その女より絶対カワイイもん!! カズのばか! ばか! うんこたれーーー!」




 ――その、人を見下す態度が、すでに可愛くねーんだよ。


 そんな忠告すら、もう、惜しい。





 学校を出て、皆瀬さんと二人で歩いた。


 俺は徒歩通学で、彼女は電車。所属事務所の寮から学校に通っているらしい。田舎から一人出てきて、苦労しているようだ。


 駅までの道のり、彼女はつぶやいた。


「私のせいで、瑠亜さん怒らせちゃいましたね」

「いいよ。怒らせておけば」

「だけど、和……あ、ええと、鈴木くんに迷惑が」

「和真(かずま)、でいいよ」


 彼女は嬉しそうに顔をほころばせた。


「じゃあ、和真くんって呼びますね! 私のことも、甘音って呼んでください」

「甘音より『あまにゃん』のほうが良いな」

「えへへ。さっきの猫ちゃんダンスですか? やめてくださいよぅ」


 前髪に隠れた顔を真っ赤に染めて、はにかむ甘音ちゃん。


 これ。


 これだよ、ブタさん。


 前髪のぶん、ルックスはお前に劣るかもしれないけど、これが「可愛い」ってことなんだ。


「――あ」

「どうしたんですか?」


 声をあげた俺の顔を、彼女が覗き込む。


「もしかしたら、例のイベント、上手くいくかも」

「? 私と瑠亜さんのイベントのことですか?」


 去り際に放った、ブタの言葉がヒントになった。


 この方法なら、アレのプライドを上手く擽(くすぐ)ることができるかも……。




 名付けて「本当に可愛いのはどっち?」作戦。

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