8 調子に乗りすぎた幼馴染と、ずっとがんばってきた彼女


【声優・甘音ちゃんねる】オリジナル猫ダンス踊ってみた

チャンネル登録者数41人


『ど、どうもみなさん、こんにちは』

『声優の皆瀬甘音(みなせあまね)です』


『今日は、あのー、そのー……お、踊ってみたの動画をだします!』

『歌も振り付けもオリジナルなんですけど、最後まで見ていっていただけるとうれしいですっ』


『そ、それでは……すたーとっ』





『い、いかがでしたでしょうか?』

『このダンスで、みなさんがほんのひととき、笑顔になれますようにっ』

『声優の、皆瀬甘音でした』



『……あ! ちゃ、チャンネル登録、よ、よろしくっおねがいしまっ、あー電池切れち』



【コメント欄 5】

ダン=キボーテ・8時間前

あなたが瑠亜さんと組むのはふさわしくないと思います。


るあちゃん好き好きマン・8時間前

るあ姫に迷惑かけるな! 無名!


瑠亜姫親衛隊・8時間前

ブッサw


天使るあ様の靴下・8時間前

ユニット辞退しろ


段々畑・1分前

初見だけど声かわいい。前髪が惜しい。







 甘音ちゃんの「あにゃにゃん」動画がアップロードされて、一日。


 再生数はたったの50回程度に留まった。


 あのブタの動画なんて、アップロードされるや否や、すぐに数万再生されるっていうのに。


 でもまぁ、それはしかたがない。知名度ってやつがあるのだ。


 だけど、あの猫ダンスの可愛さは「本物」だと俺は思う。見てもらえさえすれば、必ず広がる。


 てなわけで――拡散、拡散っと。






 

 今さら言うまでもないが、俺こと鈴木和真は陰キャである。


 友達が少ない。


 だが、ネット内ではその限りではない。


 中学の時からやってるスマホゲーでは、そこそこ大規模な有名クランに所属していて、そこでは結構交流していたりする。リアルでは陰な分、ネットでは陽……とまではいかないが、まぁ、それなりの人脈はあるのだ。


 クラン内部のチャットで、この動画URLを貼り付けたところ――なかなかの反響があった。



19:40 エロゲ大好き侍:これ誰? かわいー!

19:52 ケントバリカット:カズマ殿の推しでござるか?

19:55 美しい鈴木:さっすが副リーダー、いい趣味してるなー

20:08 ミッシェル奥沢:カズマにはいつも助けてもらってるし、拡散協力するわ


 

 他のSNSにも投稿して、相互フォローワーさんに拡散をお願いした。


 もちろん、元の動画に魅力がなければそこで終わり。仲間うちで消費しただけで終了となるが――そこは「声優」皆瀬甘音。やはり本物だった。



07:40 たくや:マジで可愛い! あまにゃん可愛い!

08:05 シンタロー:あにゃにゃん伝染っちゃったw

08:05 バイトリーダー:速攻でチャンネル登録したわ

09:55 ダクト洗浄:学校の休み時間見てたら、クラスでバズったw

09:59 社畜王グンマ:友達にも勧めといた



 そんな感じで3日も経てば、いつのまにやら50万回再生。


 同じチャンネルの他の動画はせいぜい2桁の再生数だったから、これは破格である。バズったと言っていいだろう。







 数日後。


 俺と甘音ちゃんは一年生棟の廊下はしっこで、即席会議を開いた。


「あ、あの、なんだか信じられません」


 声をうわずらせて、甘音ちゃんは言った。


「私なんかの動画が、あんなに再生されるなんて……。今までの最高が70とかそのくらいだったのに、いきなり50万再生なんて」

「そう? 別に不思議じゃないと思うぞ」


 彼女の真の可愛さからいえば、50万でも少ないくらいだ。あのブタの100倍はいかないと。


「最近、学校でも声かけられるんですよ。イベント見に行くからね、みたいに言ってくれる人もいて」

「そりゃすごい」


 甘音ちゃんの可愛さが、学園でも広がりつつあるようだ。


「ともかく、計画通りだよ。この調子なら、きっと近いうちに引っかかると思う」

「引っかかる?」

「ブタの一本釣りさ」

「???」


 と、その時――近づいてくる人影があった。


「おい。鈴木和真っていうのは、お前か?」


 横にも縦にもでかい体格にふさわしい、野太い声だった。


「そうだけど」

「おれ、5組の南田陽介(みなみだ・ようすけ)。サッカー部だ」


 日焼けした精悍な顔に、全身から滲み出る「陽」のオーラ。どう見ても「イケてる軍団」の一員だ。甘音ちゃんがさっと俺の背中の後ろに隠れてしまう。


 彼女をかばって、前に進み出た。


「何か用事?」

「……や、ひとことお礼が言いたくてさ」

「お礼?」


 南田は白い歯を見せてニッと笑った。


「お前、こないだ浅野のバカをやり込めてくれたそうじゃないか」

「浅野って、野球部の?」

「そうそう。アイツ最近チョーシのってたからさ。胸がスッとしたぜ」


 ああ、なるほど。


 野球部とサッカー部は、犬猿の仲だって言われている。大会の実績が拮抗しているライバル同士。どちらが学園の「覇権部」か、創立以来ずーっと争い続けていると、耳にはさんだことがある。


「別に俺は何もしてないけど」

「謙遜すんなよ。お前のおかげで、あいつ瑠亜ちゃんから嫌われたらしくてさ。もーすげー落ち込んでんの。笑えるぜ」


 へえ、そうだったのか。


 同じ教室だけど、完全スルーしてるから、気づかなかった。


 イケてる軍団も一枚岩じゃない。いくつもの派閥に分かれてるってことだな。


「理事長の孫の瑠亜ちゃんに嫌われたら、この学園じゃ生きていけないからな。あいつもやりづらくなるだろうぜ」


 一番アレに嫌われている俺を前にして、よく言うよ。


 しかし――。


 これは、利用できそうだ。


「南田だっけ。ひとつ、提案があるんだけど」

「おお。なんだ?」

「今度さ、高屋敷瑠亜のイベントがあるの、知ってる?」

「あぁ、なんか聞いたな。もう一人、この学校の声優と組んで出るんだろ。ミズセだっけ」


 ミナセ、な。


 てか、本人目の前にいるし。


 こいつはまだ、あの動画を見ていないらしい。


「もし、サッカー部引き連れて応援に行ったら、瑠亜もきっと喜ぶんじゃないか」

「おお、そりゃ名案だ!」

「浅野は顔出しづらいだろうし、一気に近づくチャンスだぜ」

「だな! クラス違うからあんま話せなかったけど、瑠亜ちゃんと接近できるかも。ぐふふ」


 この男、内心をつい口に出してしまうタイプのようだ。


「鈴木! お前、意外とやるやつだな!」

「そりゃどうも」


 でかい手で俺の肩をバンバン叩いてから、南田は去って行った。


 甘音ちゃんはようやく俺の背中から出てきた。


「ど、どうしてあの人を誘ったんですか?」

「あいつ、スポーツ特待生みたいだからさ。きっと影響力あると思うんだ」


 甘音ちゃんの魅力を広めるためなら、手段なんか選んでられない。


「私のために、そこまで……」


 唇を噛んで、甘音ちゃんは俺を見上げた。


「まだまだ。これだけじゃ不十分だよ」


 さて。


 後は、アレが上手く釣れるかどうかなんだけど――。







 放課後。


 地下書庫でいつものように練習していると、またもや「バァン!」と扉が蹴破られた。


「今日も来てあげたわよ、カズッ!」


 もう来るなと言ったのに、「来てあげたわ」というのがブタさんクオリティ。


 その金色の頭には――俺の思惑通り、しっかり・ちゃっかりとネコミミが装着されていた。


 はい、釣れた。


「え? えっ? えっ? ど、どうして?」


 驚いてまごついている甘音ちゃんを、ブタはビシッと指さした。


「例の動画、見てやったわ!!」


 いつもと変わらぬ傲岸不遜な態度――だが、かすかに唇の端がひくついている。これは、悔しさを堪える時の表情であると、元・幼なじみの俺にはわかる。


「なんかネコミミつけて良い気になってたけどねェ、このアタシがつけたら条件は同じ!! 同じ条件なら、超絶エリート美少女のこのアタシ様が、アンタみたいな前髪ウザスダレに負けるはずないでしょ?」


 某野菜王子が超に目覚めた時と同じ台詞を吐いた。


 こいつの思考回路、あのM字ハゲと同じだからな。そうくると思ってたよ。


「ふふふ。どう、惚れ直した? カズ?」

「直してねえ」


 そもそも最初から惚れてねえ。


 ともあれ――。


 これで、ブタがエサにかかった。


 後は、本番で料理するだけだ。


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