第6話
それからというもの、後輩二人の話によれば、私は厨房で気絶していたらしい。恐らく、泥鰌達が戻ってきた時に、頭でもぶつけていたのであろう。泥鰌達が無事に戻ってきたことを確認した後、安心からか、遅れて倒れたと思われる。後輩達に起こされた際、確かに、後頭部を押さえたような気もしなくもない。そして、今は酷く痛んでいる。
受付以外にいらっしゃったお客様は、後輩達の活躍もあって、何とか落ち着きを取り戻し、再びダーツで遊び始めたとのことであった。電気はまだ通っていないから、全て手動計算であったが、それでも、楽しんでいるらしいから良しとしよう。
小川のようになった階段を下ると、街の様子が見て取れた。雨、風、雷を蓄えに蓄えた、ちょっとした発電設備が如き雷雲は、主を失った為か、驚くべき速度でどこかへと散ってしまったようで、猛威を振るった姿形は探しても見つからない。道の水も、薄く張るにとどまっていて、車を流していた大量の水は見間違い立ったのかと錯覚させるほどであった。全ての雲も絡め取って行ったかのような晴天と、少しばかり幻想的な街だけが残されていた。
地下の配水設備が頑張って居るらしく、一階の踊り場には水たまりくらいしか残っては居ない。階段を覗いて水面が急速に下がっていく様子は、栓を抜いたお風呂のようであった。
非常階段から受付のある室内に入ると、気が滅入ってしまっているらしく皆、椅子、もしくは床に座ってうなだれている。ただ、鰻おじさんはその限りでなかった。
私に気づいたらしく鰻おじさんが近づいてきた。
「良きかな。良いものであったが、あれは食えぬ。食わせて貰っては居ないが、見せて貰ったから良しとする」
満面の笑みで私の肩を叩いた彼は、続けて私の耳元でささやいた。
「さあ。少年、好機ではないか?」
鰻おじさんは目の端で猫田さんを見た。彼女は丸くなって、小さく震えているようであった。
自分で店の扉の鍵を開けると、鰻おじさんはそのまま外へ出ていった。その様子に外が安全だと分かったのか、うなだれていた多くの人たちも、ずっと座ったままであったからか、千鳥足ながらに出て行く。
雨宿りを終え、大勢が受付から去っていく中、鰻おじさんの言葉に背中を押された私は、好機を掴むべく彼女に近づいた。
「大丈夫?」
「え……? あ、うん……」
「ごめんね、ダート」
「別に……」
彼女の顔は酷い有様で、三日三晩寝ていないかのような顔であった。
「今度、二人で一緒に行こう」
彼女が暗い顔をあげて、目を丸くしている。そこで、自分が何を口にしたか、理解した。押された背中は勢いがつきすぎて、出過ぎた真似をしたようだ。
「一緒に?」
「一緒に」
しかし、出てしまったからには戻しようもない。どうとでもなれ。
恐る恐る彼女を見ると、一層、丸くなっていた彼女の目には、次第に光りが戻ってきて、顔にも色が戻ってきた。
「……うん! 行こう! 絶対に!」
泥鰌が跳ねた気がした。
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