第33話 暴獣乗り

 知人で、「なんで車は出ちゃいけないようなスピードを出せるようになってんだ? 最高速度を法定速度にしておけば、速度違反もなくなるだろ?」と言っていた男がいたのよね。

 どうやらエンジンを弱くすれば解決するし、車の値段も安くなる…とか、そんな主張だった気がする。

 エンジン性能の限界を引き出して駆動し続けるより、余裕を持って走行できる能力である方が、車の事故も故障も少ないと思うけどなぁ。まぁ、逆走事故だ人身事故だを見ていると、乗っている人間の問題の方が大きいかもね。

 値段も下がれば下がっただけ、性能も安全性も落ちるでしょうに、ねぇ?

 車でも何でも、機械を乗りこなそうと思うなら、自分でコントロール出来るかどうかを判断する事も必要じゃない?

 私は、使いこなせる自信がないから、車は運転しないけど。

 聞いた事ある? アッシーくん、とか。知らない?

 そぅ。


 首無騎士デュラハンからの作戦説明も終り、開始時間まではこの不可視の天幕内で待機せよ、との事だった。

 天幕の内部はかなり広く、食事の席に厨房と料理人、便所は縦長で扉の付いた箱が三つ並び、同じように散湯浴を使える箱型個室も三つある。野営と言うには至れり尽くせりであり、中の気温も実に快適に調整されている。

 気になる点は、強大なアンデッドが十数体もいる事だが、これは諦める以外に選択肢がない。

 この空き時間で、冒険者たちは各々が出来る事に着手する。装備を点検したり、手合わせをしたり、知識や情報の交換など。

 それに、新しい力の解放もだ。

 サン・ノーベル・アカンカスタの挑戦。

 秘宝アーティファクト、精霊の箱庭・指輪の使用。この指輪の内部は、よく見ると一本道がぐるりと回っている小さな世界になっており、ここに精霊を一体だけ住まわせておけるのだ。勿論、様々な条件はあるが。

「展開」とサンが口にすると、指輪の中の世界が大きく周囲に広がった。

 ここに精霊がやって来て、気に入れば住んで力の一部を借りたりする事が出来るが、立ち去られる事も多いし、向こうから来る精霊は選べない。

 トロンを始め、パメラにマリクも指輪の能力を見学しているが、三回展開した中で精霊が来たのは一度。不定形の風の精霊であったが、去って行ってしまった。指輪の起動には少量の魔力を消費するが、こうして待つ時間の方が長く感じてしまう。

「今度は、どんな精霊が来ますかね」好奇心の強いマリク。

「精霊の分類も広いわよね。あの秘宝アーティファクトにも、住める大きさがあるらしいし、ピッタリと合う個体ってより珍しいんじゃない?」

「サンはどんな精霊がいいのですか?」

「私は……、そういえば、自分の希望を考えてませんでした」

 サンの答えにパメラは笑う。「それは自由気ままね」

「お?」

 マリクが気付いて声を上げると、靄のような物が集まり一羽の鳥となって、地面を歩いて来る。

「なんだこの鳥?」

 全身は白く、黄色の嘴に赤い鶏冠。にわとりと呼ばれる鳥の精霊だった。

 そいつはサンの周りに広がる世界をしげしげと見つめ、やがて飛び跳ねながら翼をバタつかせると、指輪の中へと吸い込まれていった。

「あ、入った」

「今ので完了?」

 二人の魔法詠唱者マジック・キャスターが、興味深そうにサンの指輪を観察している。確かに、精霊の箱庭・指輪の中には先程の鳥の姿があり、箱庭世界の道の上を歩いていた。

「へー、なんか可愛いわね」

「この鳥、どんな力があるんですか?」

「…さぁ、眠気退散や退魔の能力があるみたいですが」

「それは何と言うか、まぁ、今後に期待ですかね」

 四人が指輪に住んだ精霊について話していると、首無騎士デュラハンから「集合である!」と号令が掛かる。強者からの命からか、指揮官としての能力か、不思議と皆の行動も早く的確になったように感じる。

「実は、作戦行動前に皆へ貸し出そうと考えていたマジックアイテムがあるのだが、折角である。今の時間に事前配布をするので、操作に慣れて欲しいのである」

 騎士の隣に死者の大魔法使いエルダーリッチの一体が並び、金属製の鞄を開いて、皆に中身を見せた。

「これを全員が身に着け、使い方を覚えるのである! そして、もう一つ…」

 騎士は人差し指を立てる。

「諸君らの協力者も、明日、臨時に参加するとの事である」


 作戦決行日、アインズは墓守の街を来訪すると、魔導国とバハルス帝国の管理者代表二名と軽く言葉を交わし、魂喰いソウルイーターまたがると護衛を伴って門からカッツェ平野に向かう。すでにアインズ・ウール・ゴウン魔導国のアンデッド軍は布陣を完了していた。

 現在までに平野について調べた内容によれば、はっきりと過剰戦力だが、未だに接触のないプレイヤーがいつ襲って来るとも限らない。警戒し伏兵も当然、潜ませている。

 だが、一番疲労を感じるのは、先程のように何某かの責任者に会って話をし、時には重要な決定を求められるような事態だ。それに比べれば、こうした攻略指揮を執る方がずっとである。

(参ったよなぁ…。王だからと言って、無理矢理行動を起こせば、現場に迷惑が掛かる。それは極力避けたいけど、今後の方針を相談されても、即座に決定は無理だよ、ホントに。「今後も頼む」で良かったのか、後でアルベドに確認しないとな)

 アンデッドの多発するこの平野の対策をする為に、この街は人間によって造られたが、今日の作戦結果によっては存続か廃止かなども変わってくるかもしれない。そうした事業計画は、街の管理代表に話を聞くまでは考えてもいなかった。

 勝手にアンデッドが発生するのだから、冒険者の訓練施設として"墓守"を利用するのも良い案かもしれないし、内政に関しても自分より優秀な人材はナザリックにいるのだ。支配下に置いてから考えればいい…と言うか、今は目的の遂行以外に物事を考えていられるほどの余裕もない。

 本陣の指揮官型アンデッドが敬礼する前に到着すると、アインズは気持ちを切り替えて、霧の平野を見据える。

「皆、揃っているな」

「はっ! いつでも行けます、アインズ様!」

 鷹揚に頷く。

「では、この邪魔な霧を晴らせるか、試してみよう。周囲の警戒を頼むぞ」

「お任せを!」

 アンデッド達が警備を固める中、アインズは超位魔法<天地改変ザ・クリエイション>を発動させる。立体型魔法陣が周囲に広がった。

(さて、霧を消し、かつ冒険者やゴブリンへの被害がないように、広範囲の地形効果を変更する事は出来るか、実験だな。それにしても、監視魔法も感知しないし、攻撃もないとは…。拍子抜けするんだよな)

 奇襲を受けて喜ばしいはずもないが、何か行動がないと逆に不安になるのだから、我ながら難しいものだ。

 今日中にカッツェ平野を攻略し、噂の幽霊船を発見したいものだ。それに、冒険にワクワクする感覚は楽しかった。

 やがて、超位魔法の規定時間に達する。

「行くぞ」

 その声と同時に、魔法陣が弾けた。


 夜が明けて作戦時間になる頃、レイナース達は、耳と喉に装着した通信機なるマジックアイテムの使用法を再確認していた。

 24個で1セットのこのマジックアイテムは、通信可能範囲内であればお互いの会話が出来る物で、魔力の消費もないし通話が混線する事もない。

 耳の装置は相手の声が遠くにいても聞こえ、こちらから言葉を届けたい時は、首の発信切替機を押しながらか、或いは「発信」と強く念じてから話すと声を届けられる。

 お互いのやり取りを齟齬なくする為には、いくつか守るべき規則や慣れもあるが、昨日渡された時に説明と反復練習をしてはいた。習熟に関して言えば、<伝言メッセージ>の使える魔法詠唱者マジック・キャスターは上手い。

 そして、首無騎士デュラハンの言っていた協力者とは、"漆黒"の二人と、鎧をその身に着けた森の賢王であった。武装する大魔獣の姿には瞠目せざるを得ない。

 英雄モモンの乗騎にしても、実に凄まじい威容であった。

 もう一人、"美姫"ナーベは重装鎧の戦闘馬ウォーホースに乗っており、こちらも見事な姿である。

 彼ら"漆黒"は遊撃隊として、首無騎士デュラハンを中心とした冒険者一団の周囲を警戒する。これほど頼もしい援軍もないが、「もうあいつらだけでいいんじゃないか?」と言う思いも、無きにしも非ずであった。

 最も、冒険者としての価値を魔導王陛下に示すには、気持ちでも負けてはいられないのだと、レイナースは気を引き締める。冒険者"十二腕巨人ヘカトンケイル"の力を、エ・ランテルから諸国に轟かせるようでなければ、この国では今後の活躍は難しくなる一方だろう。

「時間であるな」

 指揮官である首無騎士デュラハンが戦車上からそう告げると、"墓守"の方角で空中に光の粒が広がるのが見えた。

 それと同時に空が晴れ渡り、カッツェ平野を覆っている霧が、見る間に晴れて行く。王国と帝国の戦争時にしか見えなかった赤茶けた大地が、陽光の下に曝されていた。そこらにぽつぽつと立っているアンデッドらの姿が、肉眼にハッキリと映っている。

「これも、魔導王…陛下の力?」パメラが声を震わせる。

 怪物を包み隠していた脅威の霧を、一瞬で消し去る超常を目撃したのだ。不意を突かれる危険性が、ほぼ無くなったのも作戦には大きい。

「進むのである! <突撃陣>!」

 歩みを進めると同時に、戦車に乗った首無騎士デュラハンの能力が発動する。指揮効果範囲内の移動する味方を対象に、攻撃力・防御力・移動速度・持久力・疲労減少・遠距離攻撃抵抗・吹き飛ばし・突撃威力などを上昇する効果のある結界が張られたのであった。

「すげぇ、身体に何か湧き上がってくるぜ!」隣にいるゼファーの興奮の声。

 レイナースも感嘆する。足取りは軽く、そして速い。

 冒険者たちは、首無騎士デュラハンの戦車やアンデッド軍を中心に、前方を"虹"とゴ・ギン、右翼をエメローラ含む六名、左翼をレイナースら七名が置かれ、三つそれぞれに死の騎士デス・ナイト二体が後ろに付いて、守りを固めている。

 遊撃隊である"漆黒"は、現状レイナースの左前方に位置し、彼らに近付くアンデッドを軽々と斬り捨てていた。ゴ・ギンや"虹"も、走りつつ怪物たちを蹴散らして進んでいるのが見える。

「私たちも負けていられません、わね!」

 レイナースは向かって来た骸骨兵スケルトンを槍で薙ぎ払う。

「俺の分も残しておいてくださいよ、っと」

 ゼファーも新しい武器を、駆けて来た食屍鬼グールに振るう。

 秘宝アーティファクト"肉切包丁ミートチョッパー"。手指保護具ハンドガードが付いている以外は、馬鹿デカい包丁であり、肉に対して特別効果がある。また、料理に使うと料理人コック職業クラスでなくても、調理効果が得られる。Lv.1 扱いだが。

 また、進む先にいた骸骨弓兵スケルトン・アーチャーが弓を引こうとする間に、ラーキンは矢を放った。

 命中すると同時に、骸骨が燃えて崩壊する。

「うぉ、何だありゃ?」

「炎属性を付与した矢だ」ラーキンは自身の矢筒を示す。

 秘宝アーティファクト"三属性付与の矢筒"。炎・氷・雷の属性から一つを選んで、矢を入れておくと十分に一本、選択した属性効果が付与される。最大二十本。矢筒の口が赤くなっているのは、付与属性が炎になっている表示色だろう。氷は青、雷は黄色。

 通常、骸骨系に弓はあまり効果がないのを、属性効果で損傷を与える選択だ。

「せやっ!」

 ザインが掛け声と共に、手にした棒で腐肉漁りガストを叩くと、その体に電撃が走った。

 秘宝アーティファクト"電撃警棒スタンロッド"。

 電撃と麻痺の効果を与える打撃武器。生物などの頭部に当ると固定値が蓄積され、気絶スタン状態にする事も出来る。

 レイナース達は新しい力を実戦で試しつつ、カッツェ平野西部を南に向かって進軍して行った。目的の一つ、陸上の幽霊船を探して。


 薄霧に包まれるカッツェ平野には、数多の遺跡が存在するが、多くは怪物たちの争いの中で破壊され、また冒険者たちも奥地までは危険すぎる為に探索も出来ないままとなっている。

 しかしアンデッドの身には、この平野はある種の理想郷でもある。力持つ者であれば、尚更だ。

 かつての神殿跡を支配するセリーヌも、この地の上位者の一人だ。

 カッツェ平野にいる死者の大魔法使いエルダーリッチの中でも、特に力の強い者たちで構成される"屍鬼六仙"の一角である。最も、前に軍団を率いて人間の都市に攻め込もうとした者が、モモンなる冒険者に滅ぼされてしまい、現状は五名になってはいるが、その強さに揺らぎはない。

 知識を蓄え、日々研鑽を重ね、新たな魔法を開発し、強大な配下も集める。より強固な支配体制を構築し続けて、今日に至るのだ。

 そんな生ある者の天敵であるセリーヌの邪悪な警備網に、生命の反応がある。

「む」

 魔法薬の合成実験の手を止め、神殿地下から地上へと視線を向ける。

「わしに挑む者など、久方ぶりだねぇ…。まったく、愚かなものよ」

 くくくっ、と思わず笑いが込み上げてくる。生ある者が攻め入ったが最後、自動的に襲いかかる恐怖も感じぬ尖兵の大軍に、それを支える自慢の怪物たちの群れを防げる者などいない。

 ここは難攻不落の神殿なのだ。

 放って置いたとて、すぐにも決着はつくだろう。だが、久しぶりの侵入者を甚振いたぶるのも、悪くない。

 どれほどの相手かは分からないが、戦闘を見るなら急がなければならないし、例え貧弱な奴等だったとしても護りを疎かにはしない。万全を期して来なければ、そもそも現在の地位にはいなかっただろう。実力と知恵を兼ね備えるからこそ、屍鬼六仙となったのだ。

「少し急ぐか。ついて来い」

 自身に<飛行フライ>を唱え、住処である元神殿内を飛ぶ。それとほぼ同じ速さで追走する四体の紅骸骨戦士レッド・スケルトン・ウォリアーは、その移動速度からも判断できるだろうが、様々な強化を施してある特別製だ。

 すぐにも出入り口である扉が見えてきた、が…どうにも周囲の様子がおかしい。

 いつもとあまりに違い過ぎて、むしろ認識が遅れたほどの違和感の正体は、常に漂っているはずの薄霧が、今は消えてしまっている事であった。即座にその場に降り立ち、護衛達の揃うのを待ってから、外の様子を窺う。

「いったい、何が…?」

 燦燦と太陽の光が、赤茶けた大地を照らす光景の中、神殿前に掘られた各塹壕から飛び出すアンデッド兵団を、トロールを含む冒険者らしき集団が蹴散らしていた。左右には死の騎士デス・ナイトが防備を固め、挟み込んでの攻撃が不可能にされていた。

「奴等は…? 何故、人と亜人とアンデッドが手を組んでいる?」

 人と亜人なら、そういった事もあり得るだろう。だが、カッツェ平野でもほぼ見る事のない死の騎士デス・ナイト、それも二体と協力体制を敷ける、しくは使役する存在がいるとは、到底考えられない。

 しかし、眼前に広がる現実はセリーヌの想定を凌駕していた。

「い、いかん⁉ 封印を解いて、加勢せねば…」

 神殿から飛び出したセリーヌに、横から突然の衝撃波が襲って来る。

「ぷぁ…っ⁉」

 追撃の<火球ファイアーボール>が着弾し、破裂する。護衛達も燃え上がった。

「もええええええええぇぇっ! こ、こんな…⁉」

 さらに、気付く間もなく頭部に突き立った矢が、セリーヌの身体を崩壊させて行く。己の最後を自覚する事もなく、屍鬼六仙が一人、セリーヌは散って行った。


「どぉう? あたしの<火球ファイアーボール>ぅ!」

 魔法を放ったパメラが陽気にはしゃぐ。

「ふぅ」と、その隣で安堵の息をくトロン。

 矢の一撃は、廃墟の神殿から出て来た死者の大魔法使いエルダーリッチに、どうやら止めをさせたようだ。胸元の首飾の光が、徐々に弱まる。

 トロンの借りた秘宝アーティファクト"風水の水晶球"。

 この水晶で出来た首飾の中には、極小の風水盤が入っており、風水の力を強化してくれる。

 死者が多くある地には、逆に彼らを眠らせる気の流れもある。そのアンデッド特効の力を周囲から集めて、矢に込めたのだ。

 狙いは功を奏し、強力な怪物を滅ぼす事が出来た。

「このまま、あの廃墟に向かいますわよ! 目標は上階の弓兵ですわ」

 冒険者の一団がその廃墟を発見し接近すると、すぐさま周囲から大量のアンデッドが襲いかかって来た。正面と右翼がそのアンデッド軍団と接触、本体が支援に回る間に、レイナースたち左翼は神殿に突入。高所から矢を射る骸骨弓兵スケルトン・アーチャーらを討伐に向かった。

 すでに首無騎士デュラハンの指揮能力効果範囲から外れている為、能力上昇は消えているが、傍を駆ける二者の援護が頼もしい。

 神殿内、特に地下から出てくるアンデッドはより強力であったが、漆黒の英雄モモンの振るう大剣の前には、外の雑魚ざことまるで変らぬ結末を迎えていた。

 鎧を纏う森の賢王にも歯が立たず、巨馬を駆る"美姫"ナーベの魔法の前にも敵はいなかった。

「上を頼む」

 そう"漆黒"のモモンに任されて、階段を進む。

 廃墟ではあるが、神殿の造りは広く、森の賢王や死の騎士デス・ナイトもすんなりとは入れた。上の階から射られるが、巨大な盾役が矢のことごとくを防いでくれるために、突撃の脚も鈍らない。

「いや、まったく頼りになりますな」ゼファーが感心と呆れの混じった声を上げる。

「連中がいなきゃ、こんな神殿に手なんか出さなかったでしょうからね」

 はっきりと、現状の"十二腕巨人ヘカトンケイル"では攻略不可能なほどの軍勢が、この廃墟には溢れている。こうして上階に辿り着き、外縁部から外を攻撃している弓兵を、背後から強襲する事も不可能だったであろう。

 骸骨どもを平らげるのに、それほど時間は掛からなかった。

 神殿前の戦闘も、人間たちは兎も角、高笑いを上げながら塹壕も気にせず縦横無尽に駆け回る首無騎士デュラハンの戦車のよって、アンデッド達は為す術もなく蹂躙されていた。

「確かに、呆れるしかないですね」とザイン。

「こちらも残敵掃討といきましょ」

 パメラがそう口にした時、神殿の裏手から破壊音が響いた。

 続いて、轟音と共に廃墟が大きく揺れる。

「あ、なな、何が?」動揺するホッドに答えられる者はいない。

「神殿の側面から、確認なさい」

 レイナースの声に、皆は神殿の後ろ側を見られるよう、移動を開始する。その間にも、振動と複数の咆哮は止まらない。

「あの叫び声、嫌な予感がするぜ…」

「ゼファー、当りだぞ」

 先頭を走っていたゼファーとラーキンが、揺れの元凶を視認して立ち止まる。

骨の竜スケリトルドラゴンだ。しかも、三体」

 ラーキンが通信機で報告する。返答は「ふむ、退避するのである」だった。

「言われなくてもぉ!」

 魔法の通じないヤツを前に、最も無力なパメラが真っ先に来た道を戻る。おそらく神殿を攻撃したのだろう、大きく揺れる中を全員が駆けた。

「でも、どっち⁉ 階段? それとも…」

「階段ですわ!」

 レイナースがパメラに並ぶ。<落下制御フォーリング・コントロール>を唱えて、縁側から飛び降りるのも一つの方法だが、この状況で魔法を複数掛けする余裕があるか疑問であり、また落下中にパクリと食われるのは御免こうむる。

 どうも奴等がこちらを追ってきている感覚がある。この建物にも補強の魔法がかけられているだろうが、骨の竜スケリトルドラゴンの攻撃にそう耐えられるとも思えない。

 どずんと、重い破砕音が響く。

 あの化け物、それも三体と相対するにしても、地に足をつけたいし、何より今にも崩れそうな建物内では不安が大きい。

 そんな思いで階段を駆け下りるレイナースの横に、死の騎士デス・ナイトが盾を前に飛び出してくる。瞬間、壁を突き破ってきた巨大なあぎとが、その盾とぶつかり合う。

「うわわ⁉」

 ホッドが慌てるのも無理はない。襲ってきたのは怪物の口だけでなく、上からも廃墟の一部が落下してきたのだ。そんな石材の塊も、もう一体の死の騎士デス・ナイトが防いだ。

 ゼファーが口笛を吹く。

「味方になると、頼りになるぜホント」

 そう言いながら、骨の竜スケリトルドラゴンに向かって構えると、階段を駆け上がって来た巨大な影が、骨の化け物に向かって行く。

 森の賢王ハムスケに乗ったモモンだった。

「破ッ!」

 突き入れた大剣の一撃で、竜の頭部は鼻先から砕け散って壁の外へと吹き飛んでいく。そのまま彼も、大きく開いた穴から単騎突撃していく。

 レイナースも外を見やれば、倒れ伏した一体の向こうで、すでにもう一体も破壊されており、森の賢王が振るった尻尾の一撃に怯んだ最後の一体を、空中から飛び掛かり一刀両断しているモモンの姿があった。

 超人の卓越した技を間近に目にしたレイナースの全身を、電撃が走る。

 なんという男なのかと。

 骨の竜スケリトルドラゴンを三体。

 それもほぼ一瞬で片付けてしまった。

 アンデッド兵団をすべて滅ぼしたのだろう、エメローラたちもその凄まじさを目にしたのか、神殿脇から佇んで英雄を見つめていた。

 やがて、モモンがその大剣を天に掲げると、皆が爆発的な歓声を上げた。

 カッツェ平野に潜んでいた思わぬ邪悪な兵団を、こうも簡単に滅してけたのも、"漆黒"の作戦参加あればこそだろう。

「一時はどうなるかとヒヤヒヤしましたぜ」

「本当よ、もう…。魔法が効かないのまでいるとはねー」

「でも、作戦目標ではないですよね、ここ」

「行き掛けの駄賃みたいなもの?」

「…凄い強敵がいましたけどね」

 廃墟が崩れるのを恐れて外に出ながら、まだ残党がいないか警戒しつつ、皆で集まる。不死者は別だが、正者は疲労をする。休憩は少しでも必要だった。

 その時、東から緑の煙が空に真っ直ぐ上って行った。遅れて音がする。信号弾と呼ばれる道具だそうだ。

 緑煙の信号が意味するのは「目標発見」である。

「ムム、本体に先を越されてしまったのである。残念至極」

 首無騎士デュラハンは悔し気に呻く。

「我が軍は作戦終了まで、このまま変わらず南下するのである。出会った敵は殲滅しつつ、本体の方向へ向かう勢力が発見されれば、それも討つのである!」

 騎士は、手に抱えた自分の首で全員を見回す。

「休息はここまで。この遺跡も、探索は別班が行うのである。我らは元気に進軍である。行くぞ、諸君!」

 再び元の隊列を形成し、レイナースたちはカッツェ平野を進んで行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る