第32話 突撃隊

 国道沿いに店を構えていたその中古車販売店は、見た目は完璧に国外から来たであろう連中が経営していたのだが、車種によっては他店よりも高額で買い取りをしてくれるらしいし、販売価格も他所より若干安く、「あの値でよくやっていけるな」と思われつつも何年も続いていた。

 それが中東での内戦が活発化し、国際的なテロ組織が世界規模で摘発される流れの中で、店の関係者全員が逮捕される。

 イスラム系過激派組織のメンバーであり、この国での資金や資材調達、車の手配と輸送、各種薬品や部品の入手、麻薬密輸を主に行っていたという。

 歴史上、宗教の狂信者は、その宗教的倫理を根拠にどれだけ残虐な行為を続けてきたか。そして現代においてはどこまでもその対象を拡大させるのか。世界が広がるにつれて、

 子供らを洗脳し、爆弾を運ばせて、自爆させる。

 そのような手法を平然と行う外道が支配する側となればどうなるか?

 知っているはずだ、私たちも。

 今ある生活が、どれだけの死者によって支えられてきたのかを。そして、戦火との距離は驚くほどに近い事を。


「見えて来ましたよ」

 先頭をゼファーと並び馬で行くスコットが、後続に声をかける。

 レイナースの眼にも"墓守"の街の姿が映った。

 ただ、聞いていた話と違うのが、多数張られている大きなテント群で、その周りにはどうも人ではない者たちが動いている。

「ありゃ、ゴブリン…か、ホブゴブリンかな?」スコットの観測。

「でも、魔導国の旗があるぜ?」

 ゼファーの示す先には、アインズ・ウール・ゴウン魔導国の国旗が掲揚されており、カッツェ平野の風にはためいていた。

 レイナースは暫し考えると、「であれば、魔導国に関係する亜人として行動しましょう。こちらから敵対行動は取らないように」と方針を決める。

 皆は指示に従うものの、やはり不安はある。突然に襲われはしないか、と。

「明らかに強いなあれ、自分の目で見てもホントにゴブリン族か疑わしいな…。しかも、数百はいるんじゃないか?」

「襲撃されれば勝ち目はねぇな、ありゃぁよ」

 近付くにつれて、より多くの事が判るようになる。

 あの死の騎士デス・ナイトが六体は見えるが、その事によって安心する事があるなどと思ってもみなかった。

 確かに魔導国の軍勢なのだろう証明になる。あのようなアンデッドを複数体も支配している国が、そうそうあってたまるものか。

「もしかして、このゴブリン達が組合長の言ってたヤツ?」

 パメラの言葉に、ロイドは「かもしれんな」とだけ答える。

 テント群の周りに、銀色に輝く見事な鎧を身に着けた者も、二名一組で等間隔に立っていた。おそらくは歩哨。装備が充実し過ぎている軍隊の様相。

「ちょっくら話を聞いてきますよ」

 そう言うとゼファーは単騎で、最も近い歩哨たちに向かう。

 馬上からの挨拶ではあるが、銀鎧も軽く武器を上げて応えるのがレイナースたちからも見えた。敵意は感じられない。

 やがてゼファーがレイナースの下へ戻って来る。

「やはりあのゴブリンたちは魔導国の関係でしたが、所属はカルネ村だそうです」

 その報告にレイナースは疑問が浮かぶ。

「…村? ですの?」

「ええ。なんでもその村の将軍に仕えているんだそうで、今日はその、出稼ぎだと」

 さらに謎が深まる。

「村に、将軍? 出稼ぎとは、この規模でされるような物なんですの?」

「連中の村には、ここの数倍の兵力があるんだそうでさぁ」

 増々、分からなくなった。

 王国の時代からも、この近隣にあれほど立派な装備を揃えるようなゴブリンの大集落があるなど、聞いた事もない。しかも村で、軍勢を指揮する将軍もいるともなれば、人間にとっては絶大な脅威だ。

 いったいそんな亜人軍が何処に潜んでいたと言うのか?

 トブの大森林の奥地にいたとしても、時折帝国にも出没する亜人種共の噂にならないはずがない。

 カルネ村のゴブリン将軍。

 どれほど恐ろしい力を持つのかと、皆にも動揺が広がる。エ・ランテル近郊に住む人の脅威は、アンデッドだけではない事実が判明したのだから。

 街の門もすぐそこまで迫っていたが、"十二腕巨人ヘカトンケイル"の全員は、すでに帰りたくもなっていた。

 外の様子もだが、街中も突然の様変わりに人々は落ち着かないようであった。特に帝国側は。

 馬に乗るレイナースの姿に、ぎょっとする帝国騎士は…別の理由であろうが。

 皆で組合の指定した待合場所に向かう。元武王であるゴ・ギンがこの墓守の街で仕事、というか本人にとっての再訓練を始めてから困ったのは、あの図体では寝泊まりするのに人間基準の宿屋では不便である事だった。そこで、巨人も休める様にと倉庫の一つを改修し、冒険者の宿にした。

 そこが今では、冒険者の集まる場所として定着しつつある。広くて作戦会議にも便利な点は、エ・ランテルの組合倉庫の使われ方にも似ている。

 アインズ・ウール・ゴウン魔導国が亜人種や異形種も受け入れる方針を公表してから、様々な事が変わってきているが、これもそうした一つだろう。

 やがて、宿屋"倉庫番"と書かれた看板が見えた。

 ピヨンとザインが受付に向かい、宿を取る。騎手と御者は宿の者に教えられた馬小屋に、先ずは馬と馬車を預けに行く。残りは荷物を持って部屋に向かった。レイナースらが戻って"倉庫番"に入れば、中はいかにも急ごしらえといった武骨さだが、頑丈に出来ているのは間違いがない。

 入口近くは卓と椅子が並ぶ酒場兼食堂、ここの利用はどなたでも。

 その一角に陣取っていた"虹"の皆が驚いた顔をする。

「噂には聞いていたが、過激な踊り子みたいな恰好は本当だったんだな」

 モックナックが忌憚のない意見を口にする。

「私の鎧は、その何倍も優雅でしてよ?」何故か自慢気なレイナース。

 その表情が心からのものであると悟った"虹"の指導者は、"十二腕巨人ヘカトンケイル"の面々に気の毒そうな目を向ける。

「あんたらも苦労するな…」

「これでも、前よりはマシさ」ゼファーが肩を竦める。

 言われているレイナース本人は気にするでなく、近くの卓に席を取る。皆もそれに倣って、給士が注文を取りに来ると思い思いの飲み物を頼んだ。

 モックナックたちと話を進めるのは、ゼファーが引き受ける。

「武王は? 姿が見えないが」

「着いて早々、アンデッド狩りに行ったよ。俺たちがエ・ランテルにいる間、ここに常駐していた冒険者の一団に加わってな」

「精が出るねぇ」

「復活魔法で蘇ると、生命力が削られるってのは本当だとさ。力を取り戻す、と躍起になってるが、あの強さでまだ不足とは信じられんよ」

 呆れるようでいて、内心ではこの男も燃えているのが、ゼファーにも分かった。

「闘技場の武王、だからな。そんで、明日以降の予定は?」

「組合から新しい指示で、明日の昼までに集まる地点が報された。街の西、明後日の出発場所に一度集まって、そこで俺らの指揮官とご対面だとさ。その後、街に戻って今度は全体集会。あんたらも代表三人で出席だ。作戦の説明があるってよ」

「了解だ。なら、今夜はゆっくり休むさ」

 丁度、注文した品が運ばれてくる。

 それぞれの好みの酒。エメローラ、スコット、パメラは炭酸水。

「差別だ!」スコットとパメラの抗議。華麗に無視される。

「それでは、作戦の成功を願って、乾杯!」モックナックの音頭に、皆が杯を掲げる。「乾杯!」「たんさ~ん…」

 給仕に追加で、少し早いが夕飯も頼む。のんびりと飲み食いをしていると、やがてゴ・ギンと金の冒険者証を下げた連中が一緒に入って来た。

 帰還した彼らの武具に動死体ゾンビの腐肉や腐臭がこびり付いているという事もない。街の門に待機している神官たちが、病気対策も兼ねて魔法で浄化してくれるからだ。

「始めているな」妖巨人トロールの凶悪な笑みだが、喜んでいるのだろう。

「おぅ、お疲れ。こっち来て座れよ」

 闘技場の王者も、すっかり冒険者たちに打ち解けたのが見て取れる。

 いかつい男たちで構成された金級冒険者の方も、"虹"とは面識があるようだ。彼らは"疾風狼牙"と言い、なんでもエ・ランテルで"漆黒"の二人が銅級冒険者に登録された日に出会った事があるらしい。ザインが詳細を聞こうとしたが、何か失敗談があるらしく、口籠くちごもってしまったが。

 それからの英雄モモンの活躍に感銘を受け、当時は鉄だったが今は金級にまで昇格したのだそうだ。エ・ランテルが魔導国の都市となり、拠点を変える冒険者も多かったが、彼らは"漆黒"と共にあろうと残った者たちだ。

 現在も、こうして冒険者を続けている。

「しかし、カッツェ平野だと金級でも危険じゃないか?」

 ラーキンの疑問と心配。銀級ほどの強さを持つ帝国騎士も、この地での任務は危険であり、統率された体制で臨んでいても毎年犠牲者は出る。

 男たちは顔を見合わせて苦笑する。

「確かに、とんでもねぇ怪物も出ますけどね、冒険者にもそれなりのやり様ってのがありますわ。それに今は魔導国の冒険者に、護衛も付くんでさぁ」

「護衛?」とザインが聞く。

「あの、都市でも領内でも巡回しているアンデッドがいるでしょう? 死の騎士デス・ナイトって恐ろしく強いアイツ。アレが守ってくれるんでさぁ」

「いやぁ、味方になると頼もしいのなんの。平野の霧の中でも他のアンデッドの居る場所が分かるみたいで、サッと来て、スッと馬鹿デカい盾で守ってくれるんですわ。で、その隙にドスッと俺らで討伐する。これよぉ」

「そうして戦っている内に強くなるし、怪物の対処も学べるって事で、組合でもつい最近取り入れたばかりだけど、便利だよなぁ」

 この"疾風狼牙"の男らは関心しているが、冒険者としては情けないような気がしないでもない。ただ、マリクは違う意見のようだ。

「なるほど、そうなると確かに安全ですね。冒険者を支援する、という魔導王陛下の考え方は、現場に活かされている証明でもありますしね」

「そうだな、そうも考えられる」ラーキンも納得する。

 アンデッドである魔導王が、戯れで作ったのかとも思った新生冒険者組合だが、実際に多くの支援をレイナース達も受けていた。確かに、強大なアンデッドの護衛が守ってくれるのなら、確実に経験と知識を積み上げられ、冒険の途中で力尽きる事も減らせるだろう。

「生者を援護するアンデッド…」

 エメローラは人知れず囁く。

 不可解な現実ではあるが、それが実際であり、救われている面でもある。かの王が敵対するのであれば、人類に未来はないだろうから。

 手元の炭酸水の入った杯を見つめる。

 このように弾けている泡が人の命であった場合、私は果たして止められるのか、と考えては儚い想いと消えて行った。巡回の騎士一体すら滅ぼせないというのに。

 夜は更けていった。


 翌朝、街壁の上からカッツェ平野を眺める二人がいた。

 森妖精エルフのトロンとサン。

 昼夜を問わずに薄霧に包まれている呪われた地。遠くを見ても、時折は廃墟のような物の影がうっすらと現れる程度であり、近場では夜警の担当が倒し切れなかった亡者共を、帝国の騎士たちが屠っている真っ最中であった。

「ここも凄まじいところだな、このようにアンデッドが多発するなどと」

 トロンが畏怖するのに、サンは真顔だ。

「これも試練でしょう、私の人生の」

 そう言って彼女は顔を紅潮させる。

 身の内で興奮しているのがトロンには分かり、溜息を吐く。

「サン、気を付けて。悪い癖が出てしまわないように」

 彼の忠告に、サンは頭を振る。

「迫る困難は選べませんよ。死ぬつもりがあろうと、なかろうと」

「自分から火に飛び込むなと、そう言ってるんだよ」

 今度は聞こえない振りをして、口笛を吹く。トロンも諦めたい所だが、同じ国に住んでいたのだ。ここで見捨てるのも忍びない。

 霧の平野から聞こえてくる音は、呻き声のようなものばかりだ。街からは人や少し離れて亜人の生活が聞こえてくる。けれど、そこに森妖精エルフの気配はない。

 故郷の森から遠く、また法国が道中にある事からも、帰る事も儘ならない。

 また、あの森に戻ったとしても、何があるというものでもない。自分たちが戦って敗れた地は、おそらく人間によって焼かれたであろうから。

 そして王も、民を救う気はないだろう。

 同胞を出来るならば助けてやりたいが、具体的に何がやれるのかと自問しても、答えはでなかった。

「トロン」

 サンの声に意識を切り替えれば、彼女の向いている方から女が歩いて来る。ピヨンだった。

「おはよう二人とも。それとトロン、占いをお願い」

 風水の力でピヨンを占うのは、ほぼ日課だった。自分にとっても修行になる。

「ええ。では、戻りますか」

 サンも無言で頷く。

「いい結果~、いい結果~。失敗しませんように~」

 占いを信じすぎても困るのだが、ピヨンにとっては緊張感を維持できる一助になるようで、役に立ってはいるようだ。魔導王から貸し出された秘宝アーティファクトも効果的に使えるので、本人の精神的な毒にならない内は良いだろうと思っている。

 朝食後、準備を整えたら指定された地点へ出発だ。

 どんな困難が潜むかも知れぬ、霧の平野を沿って。気分くらいは晴れさせてやりたかった。

 金運上昇。

 良い一日となりますように。


 作戦参加者十九名の全員が支度を終え、"疾風狼牙"が周辺のアンデッドを排除してから、墓守の街を出立した。今回は皆が徒歩だ。馬は預けたままにする。

 先頭は前回参加しなかったレイナースら七人。

 それを"虹"とゴ・ギン、経験者の残り六名で補助をし、カッツェ平野から出てくる怪物たちを撃退しつつ、目的地へと進んだ。

「しかし、嫌な霧ですね」ザインがぼやく。

「不意打ちを受けると、戦況がまったく変わりますし」

 帝国騎士として、この呪われた地に派遣される事は間々ある。"十二腕巨人ヘカトンケイル"にも経験者はいる。レイナースも、以前の四騎士がここでの戦争時に王国戦士長ガゼフ・ストロノーフに倒された後に、視察には来ていた。そのガゼフも倒れ、カッツェ平野周辺も魔導国の領土となり、帝国と王国の戦争も終わったが、それでもこの呪われた大地の厄介さは変わらないままだ。

 国破れて山河在り。

「各員、警戒態勢を維持。目的地までの距離はどれほど?」

 レイナースが問えば、「残り約1,5km」とラーキンが即座に答える。

 駆け足で進む内に、ラーキンとトロンに青銅の犬ハチが反応する。「左から接近する者、三つ」と野伏レンジャーの報告、と同時に荒い息遣いと駆け寄る足音がレイナースの耳にも聞こえてきた。

食屍鬼グール!」

 薄霧から近付く三体の影が濃くなると、トロンとラーキンが二体に矢を放つ。

 苦痛の声を上げた時には、ゼファーとザインが武器を頭部に叩き込む。残る一体も、ハチが足に噛みつき、レイナースが槍で頭を斬り飛ばしていた。

 討伐しても第二波を警戒するが、敵影はなし。

 後続が来るのを確認しつつ、矢と換金部位の回収を済ませる。

「散発で来られても、つまらんな」

 ゴ・ギンは戦えずに不満の声を上げる。「普段はこんなものだよ」と、"虹"の一人が宥めていた。

 逆にピヨンは嬉しそうにしている。

「どしたのよ?」とゼファー。

「何か踏んだと思えば、ボロボロの財布を拾いまして」

 そう説明しつつ、ピヨンはトロンを見る。

「金運、御利益あったわ。ありがとう」

「どういたしまして」

「…俺も占ってもらえば良かったな、くそー」

「いい事ばかりを報せてくれる訳ではないのですけどね、気の流れは」

「それでも羨ましいね」

「雑談もそこまで、行きますわよ」

 レイナースの一声で、皆の意識は瞬時に戦闘態勢へと替わる。唯一人、ホッドを除いて。

「あんた、大丈夫? 顔が蒼いわよ」

 パメラが声をかけると、神官は首を振りつつ表情を引き締める。

「平気です、みっとも無い所は見せられませんからね」

「…手が震えてるわよ」

 ホッドが手に力を込めるのが、ハッキリと見て取れた。

「武者震いです」

 その言い訳にパメラは呆れつつも、念を押す。

「無理はしない。いいわね?」

 ホッドは不敵な笑みを浮べようとして、失敗した。それ以上、女魔術師ウィザードは何も言わなかった。

 だが、神官クレリックは端から見ても恐怖している事が、誰の目にも明らかであった。当のホッドは余裕がなく、その事にまで気が回らなかったが。

 重い武具を着込み、駆け足の速度で進みながら、只管ひたすらに怖かった。

 何故、自分はこんな所にいるのだろう? ホッド・トモッコは思う。

 信仰系魔法の才を見出されてから、神殿に所属し魔法の力を使い続けた。特に女性を癒せばが大きかった故に、女性崇拝者を自称して治癒対象を限定する事で、より多くの収穫があった。

 神殿に来る女性、街にいる女性、規定の寄付金があろうがなかろうが、魅力なのはその肉体であり、甘美なひと時こそ重要。無駄な時間や力を男に使う事を拒否し、自身と困っている女性たちの望みを利用して最大効率化を計り続けた。

 戦う事など真っ平ごめんであり、甘い汁を吸い続けるだけで魔法も第四位階まで使いこなせるようになっていた。攻撃魔法など、必要もなかった。

 そして、気付けば神殿内の立場や信頼の一切が失われる所となる。帝国どころか、神殿勢力での居場所もない事は、魔導国の神殿に赴いた際にも明らかとなった。実質、破門である。

 それでも、神官長たちは再起の道として"重爆"レイナースに仕える可能性を示してくれていた。個人の未来を最後まで期待した温情であるが、ホッドには心底それが解らない。

 神殿にあのままいさせてくれれば、問題などなかったと今でも思う。

 争いに巻き込まれず、女に不自由せず、収入も安定しているのに、何故? 神官長が神殿を追い出さなければ、ロックブルズ邸からこっち、痛めつけられる事もなかったし、こんなアンデッドの巣窟に送られる事もない。

 しかし、すでに神殿には見放されている。

 魔導国の冒険者になった事で、逃げ出せば確実におぞましい末路となろう。

 ホッドは未だに、此処に居る理由が掴めなかった。何の為に、こんな危険地帯で走っていなければならないのか? 付き従わなければいけないのか?

 前にエメローラに言われた事が思い出される。

 そんなのいいじゃないか、楽に生きれるなら。負担を背負い込みたいなら、そうしたい奴がやればいい。男なんて腐るほどいるじゃないか。ボクが汗水垂らす必要なんてないんだ。

 ただ、それを面と向かって言えない自分がいる。何かが、未だにホッドの心に引っ掛かっているような気がして、踏み止まっていた。

 このカッツェ平野の霧のように、モヤモヤとしたものが延々と続いているような気分なのだ。畜生。

 満たされる思いがないままに、ホッドは皆に続いて駆けて行った。

 やがて、目的地に到着した。

 霧からは少し離れ、周りに何もない。赤茶けた呪いの地とは違う、至って普通の草が茂る平野であった。

 だが、野伏レンジャー森妖精エルフ達には、何か感じるものがあるようだ。注意深く周囲を窺っている。

 すると、、そこから死者の大魔法使いエルダーリッチが姿を現した。

 皆が警戒したが、相手が魔導国の紋章を首から下げているのを見ると、姿勢を正す。アンデッドは一つ頭を縦に振ると、喋り出した。

「待っていたぞ。こちらへ」と、割れた空間を広げる。

 それはどうやら不可視の天幕で覆われているようであった。中に入ればかなり広く、死の騎士デス・ナイトやそれに似たのが合わせて十体と、それを越える化け物が居た。

「ようこそ、明日の作戦では吾輩が諸君らの指揮官となる首無騎士デュラハン戦車長である。戦車長と呼ぶがいいのである」

 その禍々しい存在は、二頭の首のない黒馬に繋がる漆黒の戦車に乗った、首を左腕に抱えた騎士であったが、暗黒の如き全身鎧フル・プレートから赤黒い靄が立ち上っている。

 首無騎士デュラハンが戦車から降りると、こちらに近付いてくる。

「作戦決行までに、詳細をここで説明するのである。皆、心して聞いて欲しいのである。その後に質疑応答。あとはここで待機となるのである」

 圧倒的なまでの威圧感に、ゴ・ギンまでも小さく呻る。

「ふふふ、皆も来たる戦いを前に、期待に打ち震えているのであるな! 実に結構であーる! 吾輩も昂って来たのである!」

 騎士から噴き出る邪気が、その激しさを増す。

 明日まで、耐えられるかなコレ…? と、多くの者が絶望視していたが、目の前の怪物には何一つ意見を言えなかった。

「さぁ、作戦説明である!」

 え、もしかしてカッツェ平野の戦いはもう、始まっていた…のか?

 恐怖に耐え続ける試練が、特に前触れもなく開始されていたのであった。

「絶好調であーる!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る