第31話 濃霧
【ミルクの時間】(みるくのじかん)
1・牛乳または母乳などを、主に子供や赤ちゃんに与える時間。私の造語。たまに旦那も欲しがる。すっこんでろ。
使用例「は~い、ミルクの時間でちゅよ~。あぶぶぶぶ~」
2・家庭用ゲーム機ファミリーコン〇ューターのソフトである『ファイ〇ルファンタジー』において、エンディングでの文字の変化演出の事。超マイナー用語で田舎の叔父が使っていたが、誰にも通じないと言うか「ファミ〇ンて何?」レベル。
使用例「このボスを倒せば、ミルクの時間だ」「なにソレ⁉」
3・視界が白く染まる程に濃密な霧に包まれる事。今、考えた。
使用例「ひでぇ霧だ…。まるでミルクの時間だぜ」
なんか、どれも馬鹿っぽいな…。
下着同然の姿で帰って来たレイナースを出迎えたノーラックが卒倒し、その音で食堂から出て来たエルトも腰を抜かし、慌ててロイドとエメローラが二人を部屋に運んでベッドに寝かせた。
騒ぎを聞きつけたオロフとジャンには仕事に戻ってもらい、幾人かがイナンウ夫妻の作業を肩代わりする。エメローラも厨房に向かうつもりだが、その前に聖印を握り締め、水神への祈りを捧げた。
「この二人には、衝撃も大きかったか」とロイド。
「…だと、思います」
エメローラを始め、皆があの装備が描かれた本を見た時、「え、こんな格好するの…? 正気?」と訝しんだものだが、レイナース本人が気に入ったのであれば、止める者も諌められなかった。
女性の顔に怒るように、呪いで判断が狂っていたのか?
他の呪いでも良かったのでは?
そもそも、私が解呪できていれば何も問題はなかったかもしれないが、呪われた事で
生命の天敵アンデッドである魔導王の知識の深さも然る事
神官として生きてきた身としては、辛い現実に、圧し掛かる無力さ。
ここに戻る馬車の中で、レイナースにかけられた瘴気の呪いが受肉した呪霊から話を聞いたが、微弱ではあるが精神錯乱の効果を使えると語っていた。レイナースが女性の顔に以上に敵意を燃やしていたのは、その
だが、今は羞恥心がないのもあるし、妙に明るい。
これも、聞けば宿した呪霊の力が強すぎて、異形化して妖精に近いのだと言う。精神もそれに引っ張られているのかもしれない。
女に悪意を向けるのも、お気楽極楽を地で行くのも、どちらにせよ困った状況には変わりがないように思う。街で通行人の女性を殴るよりは、陽気で破廉恥に騒いでいる方が……、いや、どちらも苦労する点は同じではないだろうか?
負担の種類が違うだけで。
ただ、どんな結果であれ、歪められた右顔が元の表情に戻った事を喜ぶ本人の想いは、本物である。
その事を、今は祝おう。
「しかし、やはり、その、気恥ずかしいのは、なんとも困るな」
ロイドも真剣に悩んでいるようだ。
「戦闘以外では、もう一つの固定装備とやらの格好でいてもらいましょう」
あのセーラー服という物も、脚が目立つが、金属下着よりはまだ許容できる。
ロイドは賛同し、「水を持ってくる」と言い部屋を出た。
「お願いしますね」
エメローラは小さく呻いているノーラックを心配そうに見つめる。
念願だった解呪が成功したのに、今度は別の心労を背負わせてしまったようで、あまりに申し訳が無かった。
力が足りない。
けれども、魔導国の冒険者となった身の上、精進して行かねばここに至る決心も水の泡となる。試練の道を選んだのだ、これ以上の弱音は吐けない。
呪いは、エメローラでは解けなかった。
ならば、違う場面で力を発揮すれば良いではないか。決意を新たに、心に精神の力を取り戻す。
先ずは、次の組合からの依頼だろう。
明日、再び冒険者組合で何らかの通達があるようだ。その仕事を成功させ、未来に繋げよう。それが、今の自分たちの果たす役割だ。
だが、提示された依頼内容はエメローラの予想を超えていた。
『カッツェ平野攻略計画』
これに冒険者が参戦、レイナースたちも当然含まれる。
アンデッドの王ならではの考えなのか、本気であの亡者たちの多発地帯を支配下に置くと言うのだろうか?
んふー、く、挫けそーう…。
組合長からカッツェ平野を攻略するための計画を説明されたのは、エ・ランテル外縁部にある冒険者組合の借りた倉庫の一角だ。
組合ではなく、何故ここでかと言えば、武王もいるからだ。巨体の彼は人用の建物には狭くて入れないので、この倉庫の一部屋に寝泊まりしている。
ここにはレイナースたちと、武王、そして"墓守"でエメローラたちと一緒に仕事をしたという冒険者の"虹"がいた。
どうやらこの場に集まった者達で共同作戦となるらしい。
壁の黒板にカッツェ平野の地図を広げる組合員二人と、その前に立つ組合長のアインザックが全員を見回す。
「今計画には、魔導王陛下も参加なされるとの事で、陛下は独自の軍勢を率いてカッツェ平野の中心を進まれる」
地図を示しつつ、話は進んで行く。
「中央隊の目的は、平野に潜んでいると考えられているアンデッドの集団に関わる物事の最終的解決と、目撃情報の多数ある幽霊船の噂を確かめる事だ」
その話は"墓守"でも有名だったらしく、レイナースも報告で聞いていた。霧の中、陸上を船が動いている、のだそうだ。
「中央隊の東にも別動隊が進む。これは…現地で見たら、驚くぞ?」
アインザックが悪戯気に、ニヤリと笑う。どんな隊が来るというのだろうか?
「君たち冒険者隊の担当は平野の西側だ。そして、現場での指揮は魔導国の担当が行う。これは冒険者に犠牲を出さない為でもあるが、な」
これには組合長も悔しそうな思いが滲んでいた。武王も"虹"も思う所があるのか、低く溜息を吐く。
全面的に任せないのは冒険者としての実力を疑われ、侮られているとも取れるからだ。
レイナースとしては、カッツェ平野の奥深くに侵攻するのだから、魔導国の強者がいるのは有難い。あのアンデッドの巣窟に何が潜んでいるのかなど、分かったものではない。
「本体は、魔導国指揮者とあの屈強なアンデッド数体で構成され、これを君たちが三方で囲み平野を進んで行く形となる。前方を"虹"とゴ・ギン、左右はロックブルズだ。これは極度に危険な実戦であり、魔導国にとっては訓練でもある。新たな試みもあるようだし、本体からの支援も用意されている。いつも都市内を歩いているアンデッド騎士の強さを、間近で見れる機会だぞ。計画は一週間後だが、五日後には墓守の街に集合だ。それまでに各自の準備を整えてくれ」
何か質問は? と組合長が尋ねると、レイナースが挙手する。
「質問とは違いますが、私たちの冒険者の一団として、名称を決めましたの」
「ほぅ、呼び名を何にしたのかね?」
「はい。"
魔導王の工房で見た巨人。腕となる十二名の者と、頭にレイナース。一つの存在として機能する集団。
「なるほど。その名を轟かせるように、冒険者としての一歩だな」
アインザックや組合員たちも強く頷く。
冒険者として成功する者たちを見てきたが、それ以上に志半ばで散っていった故人の方が遥かに多かった。"
その後は、いくつかの質問を終えると解散になった。
だが、この倉庫でドワーフ製の武具が試せるぞと組合長から聞き、戦士職の皆は
レイナースは
これが崩壊してしまうと、それだけで金貨の山が吹き飛ぶので、こうした時には細心の注意を払う。
「防具の心配はなくなりましたが、武器の強化も重要な目標ですわね」
団員の皆は「防具の見た目も心配なんですけど」と思うが、理性によって口には出さなかった。
「魔導王陛下から貸し出された
マリクの言にパメラが喜色満面となり、傍らに待機している金属製の犬の頭を撫でる。
パメラはこの"青銅の犬"を非常に気に入っており、名前も牛頭人の賢者が残したと言う童話集に出てくる犬の名前からハチと名付け、やたらと自慢気なのだった。
借り物なのに…、とマリクなどは思うが、護衛としても優秀そうではある。
戦士たちは、ルーン武具を丹念に調べ感想を述べあっている。刻まれている文字の数での違いや、軽くて弓使いにも良い物か、購入できるのか、それはいくら程度になるのか、など。
装備品の充実は生死に関わる重要案件だが、尽きぬ議論に時間を取られては、他の物事が進まない。アインザックが「後日、競売形式かはまだ決めていないが、冒険者組合に所属する者も参加が可能なルーン武具購入の場を設けるつもりだ。告知を待っていてくれ」と切り上げる事で、やっとの解散となった。
倉庫の外では、工事作業の音が聞こえる。
この外縁部だけではなく、居住区でも開発は進んでいるが、倉庫街はその規模が大きい。大型の馬車を数台運用する計画でもあるのだろうか?
レイナース等も、五日後の出発までに準備をしなければならない。アンデッド対策に重点を絞って、居住区のマジックアイテム店などへと、それぞれ必要品を求めて向かった。
レイナースは、ロイドとラーキンにピヨンを伴って、エ・ランテルのサントアッド商会に来ていた。
新たな防具固定の呪いではあるが、装飾品は可能な物も多く、一部の
この
その解決策があるかと、商会の品揃えを頼りにしたのだ。
やはりと言うか、レイナースの鎧を見た商会の者も、驚きを隠せなかったが。
さらには、「局部も隠した方が良いのでは?」とラーキンが勇気を奮い立たせて進言してみたものの、胸であれ股間であれ、覆い隠す様な物は不思議な力で弾かれてしまうばかりだった。
結局、腰の臍と局部鎧の間になんとか
と言うのも、レイナースは背負い袋などを装備できなくなってしまったからだ。肩に掛けたりは出来るが、そうした物よりも良し悪しのある"
そして、新能力"
不便な点は、レイナース本人しか扱えない事だ。
背負い袋などであれば、本人が気絶していても、周りの仲間が中身を使う事も出来るのだが、魔法の空間ではそれが出来ない。故に、一つか二つでも緊急時に使う物用に、小物入れだけであっても付けられたのはありがたかった。
泥棒に盗まれない、というのも利点ではあるが、救急用品を取り出せないのは特に緊急時には致命的である。
「
「あまり頭を覆うような物は被らなかったのですけれど、どうかしら?」
四騎士であった頃も、兜はしていなかった。
魔導国冒険者となる為に、四騎士の鎧は皇帝に返上し、オリハルコンの
呪いによって防具が固定された時、それまで装備していた物は封印されてしまったようで、レイナースにも確認が出来ない。
これは、もし今の固定防具が解呪されたらを考えれば理解できるが、おそらく元の
でなければ、防具固定の呪いが解かれた瞬間にすっぽんぽんの全裸公開の刑に処されてしまう。ビキニアーマーには、レイナースに抵抗はないが、裸は困る。余りに魅力的過ぎて、その場で求婚されかねない。それは危険で大変だ。
今の所、新しい力は利点の方が大きいが、今の内から欠点を補うように努めるのは必要な作業だ。
そして、レイナースの場合は
魔力武具が最低ラインとなると、一般兵士であれ駆け出し冒険者であれ、収支の調整は崩壊してしまうだろう。帝国貴族の過去や遺産、部下が集めてくれた数々のマジックアイテム群がなければ、到底不可能だった。
レイナースの他に、ラーキンとピヨンも商会で買い物をし終えると、商人からの感謝の言葉を受けつつ住居へと戻って行く。
彼女がやる事は他にもあるのだった。
返って来たレイナースは、ノーラックに命じる。
「どこかに部屋を借り、男娼を手配なさい」
「失礼ですがお嬢様、耳がとんと聴こえなくなってしまいましたもので、もう一度お願いしたいと思います」
「男、を呼びなさいと言ったのです。ここでは差し障りもありましょう?」
「それはありましょうな」
どう見ても地下牢な場所に住む女がいる、と娼館の噂になりかねない。
「畏まりました。手配をします」
執事がは部屋を出ると、今まで無視してきた欲情を意識する。歪んだ右顔が疎ましく、他人に見られたくなかった為に、肉体関係を持つ事も久しくなかった。元の婚約者には復讐を果たして随分と経つ。
思い人も今はいない。
男娼であれば都合もいいだろう、と考えたのだ。これから出発までの数日、昼は準備や訓練に費やし、夜は様々な事を試してみたかった。今まで自ら抑圧してきた事などを。
近場に部屋を用意し、ノーラックの手配で男娼が呼ばれて来た。
二日目も、男を抱いた。
三日目も、男を抱いた。
四日目も、男を呼ばせようとすると、珍しくノーラックが消沈していた。「連日、男娼を手配するもので、何やら私がこの年で"白髪の男色老人"や"尻穴狂いの老紳士"と呼ばれるなどと予想も出来ず…」云々と否定し始めるのを無視し、レイナースは再度命じる。そして、男を抱いた。
五日目の朝、心労からノーラックが倒れ、妻のエルトから散々怒られてしまった。幼少期以来ではないだろうか? さらにエメローラも加わり、昼近くまで叱られた。「…私も、いい大人なんですのよ?」その反論は、火に油を注いだだけであった。
「いい大人なら、
結局、"墓守"へ出発するまで反省をするように言われてしまう。男遊びも当分の間は禁止と宣告された。
それに不満はなかった。
男では満たされないものがあると、気付いていた。
肉体が異形化した、という事も関係するとは思う。勿論、将来的にもう一度、恋をするのかもしれないけれど、今はその時期や機会とは無縁なのだろう。
興味が、此処ではない何処かに向いているのかもしれない。
そろそろ"墓守"への出発時刻になる。"虹"とゴ・ギンは、今朝にはエ・ランテルを発ったと、スコットが聞いてきたようだ。
レイナース達も、五名は馬と残りは大型馬車で行く。
愛馬を撫でつつ、皆を見れば、無言で頷く。玄関からはノーラックたちが見送りに出ていた。
レイナースは手を掲げ、「出発!」と告げると、光を放ちセーラー服からビキニアーマーへと装備変更をして、颯爽と馬を進めた。
「えー! お嬢、人前じゃその恰好をしないって、約束したじゃないですかぃ?」
ゼファーの抗議も気にしない。
「いいから、行きますわよ! あれに負ける訳にはいきませんわ!」
上空を見れば、先日に告知されていた通り竜の姿が見えた。
「…
モモンから魔導国民に報せがあり、「アゼルリシア山脈の竜を、魔導王は支配下に置き、魔導国の発展のためにここエ・ランテルで仕事を与えるという話があったので、全ての民に伝えて欲しい。皆が驚いて混乱せぬように、事前通達を行う」と、話の内容と日時は瞬く間に国中に広まった。
その竜がこの都市に来るのが、今日この時間であった。
都市上空をあのような怪物が複数体も飛んでいれば、非常事態で大騒動になるだろうが、魔導王と英雄の強さを知る住人たちは、竜の姿に感嘆の声を上げるにしても、都市機能が麻痺するような行動を起こしてはいない。
今日やって来た
都市の上を何度か回ると、東西南北の倉庫区画へと降下していった。なんでも輸送部隊として使役するらしい。
竜をそんな形で使うなど初めて聞いたが、あの魔導王陛下であれば、どんな突飛な話であろうと、本人の存在以上に荒唐無稽なものなどないであろう。
事実は小説よりも奇なり。
ならば、負けてなどいられないと奮起する者もいる。
「あの竜よりも目立てなければ、この国の冒険者としてなど、到底やって行けませんわよ! さぁ、皆も胸を張りなさいまし!」
レイナースが馬上で勇ましく姿勢を正すと、おっぱいがぷるぷると揺れる。あの鎧、いったいどんな金属で出来ているかも判別不可能なのだが、頑強無比であるのに身体の動きに吸い付くようなほど、摩訶不思議にも柔らかく弾むのだった。
おかげで胸も尻も、レイナースの動きに合わせて激しくぽよぽよと跳ねまくる。
本当に下着も同然で、みんなの方が羞恥に染まる。
「これが冒険者の一団"
一人、息を巻くレイナースを尻目に、一同は悪い噂が霧のように自分たちの身の回りを包むような悪寒を感じるばかりで、晴れ渡った空の下にあっても、明日の栄光や成功など何も見えなかった。
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