第30話 回想

 ふと立ち止まり、来た道を振り返る。

 時折、自身の行動を考えて見る。

 そうした行為が意味を成すのは、思考が正常であればこそだ。

 狂気に染まった人間には不可能に近い。同じ行動パターンから抜け出せないのだ。狂人に対処する時は、特定行動に縛られ続けると、対応者も狂気に染まる場合がある。

 相手は狂った行動を繰り返すために、、次第に同じ狂気の類型に囚われてしまう事態が、それだ。

 解決には、第三者を介入させる事。

 別の視点を持つ事。

 これらが冷静に出来なければ、危険だ。

 他に類を見ないような狂気などなく、が違うだけだ。


 冒険者組合の一室から、レイナースが魔導王陛下と共に謎の暗黒空間に消え、しばらく経つ。緑風は魔導王が用意した呪いの秘宝アーティファクトを回収した後、魔術師組合長のラケシルやパメラ、マリクと話している。

 マジックアイテムに関する話題であれば、聞きたい事も知りたい事も多いだろうが、残りの者たちはレイナースが無事に戻って来れるかを案じていた。

 もう一つ、、も不安だが。

 その時、またあの暗黒空間が部屋に現れて、闇の中からレイナースが出て来る。

 右手に呪霊の檻とやらを持ち、紺色の服を着て、右顔を隠すことなく、両の目で部屋を見渡す。

「どうやら、元の場所に戻れましたわ」

 レイナースの安堵の表情と溜息に、エメローラは涙ぐみながら駆け寄る。

「顔の呪いは解けたのですねっ」

「ええ、皆のおかげですわ」

 皆もレイナースの周りに集まって来る。

「いや、お嬢。おめでとうございます」

「魔導国に来てまだ数日なのに、願いが叶うとは」

「僕も、皆さんと出会ってからそれほど間がないんですけど、よかったですね」

「解呪の瞬間や、魔法かマジックアイテムを使ったのか、興味はあるがね」

「ところで、顔の呪いが解けたのなら、この仮面も取っていいのかしら?」

 パメラが色違いの仮面をす。

「…実際に試すしかないんじゃないか?」ゼファーの提案。

「そりゃ、殴られないから言えるセリフよね…。あたしら女は、あの日からずっと気を使いまくっているんだからね?」と言いつつ、パメラは仮面を外す。

 レイナースは特に、舌打ちするでも、歯を剥き出しにして怒るでも、突然右顔を殴って来るでもなく、非願成就を噛み締めている様子だ。

「よかった。これで誰彼構わず、お嬢様が女を殴る事はなくなったかしらね」

 パメラとエメローラも安心する。

「私がそんな事をする訳がないでしょう?」レイナースが顔を顰める。

 付き合いの長い者は皆、「コイツ、本気で言っているのか?」と無言の抗議をするが、本人は思い当たる節がなさそうではある。

 呪いと共に記憶が混濁しているのか、芝居なのか、自分がやった事は忘れる性格なのか、それは分からないが、それでも納得しかねる物がある。

 沈黙があった。

 それを破ったのは、そうしたしがらみが一切ない緑風だ。

「それで、アインズ様は何と?」

 森妖精エルフの言葉にレイナースが答える。解呪の喜びはどんなにか嬉しくとも、帰宅してからでも祝える。

「はい、これを私に貸す、と」

「なるほど、それがあなたの借りた秘宝アーティファクト、ですね。ではこれで、あなた方は全員の分が決定しました。冒険に役立ててください。期待していますよ」

 緑風の言葉に全員が承知する。

 レイナースの呪いの件が、思いの外はやくに解決してしまったが、そもそも魔導国冒険者になってしまったのだから、国家従属の立場は今更変えられないのだ。

 冒険者として成功するしか、進む道はない。…魔導国から逃げ出すよりも、支援を受けて見知らぬ土地に突撃した方が、現実的に安心安全なのである。

「…ところで、お嬢」

 珍しくゼファーが遠慮がちな態度を見せる。

「なんですの?」

「さっきの本で見たのと違った服装なんで、別のを選んだって事ですかい? それなら、こっちも一安心なんですがね」

 何が一安心なのか分からなかったが、レイナースは防具固定の呪いについて話して事にした。

「この服、セーラー服と言うのだそうですけれど、これは普段着の様な物で、装備が可能な装身具も特殊条件『校則』により制限が多いのですわ。冒険者としては固定防具二種の内の一つ、戦闘用の方でなければ、この呪いの力を充分に発揮できませんわ」

 そう言うとレイナースは、手首に腕輪のある左手を高々と掲げる。

「御覧なさいな、新生した私の華麗なる鎧姿を!」

 キッ、と表情を引き締める。逆にゼファーらの方が慌て出す。

「今、ですか? こ、心の準備が…ッ⁉」

 掲げた左手と、脇腹につけていた右手を胸元で交差させて叫ぶ。

「着装! 夢幻転生!」

 瞬間、腕輪から放たれた眩い光がレイナースの全身を包む。と、同時にその身を包む装備が変わっていたのであった。

 その間、わずか0,0021秒!

 一瞬の出来事の後に現れたレイナースの姿に、皆が悲鳴を上げる。

「う、うわあぁぁぁぁぁぁッ⁉」


「お、返って来た」

 石畳の上でピヨンと模擬戦をしていたザインが、戻って来た馬車に気付くと声を上げた。倉庫の片付けや馬の世話を手伝っていた皆も、玄関前に集まる。

 しかし、様子が変だ。

 馬車は幕が降ろされており中は見えず、御者席のロイドとマリクは伏目がち。

「おかえりなさい、どうでしたか?」と尋ねた声にも、「あ、あぁ…」と生返事をするばかりで、具体的な答えはない。

 荷台から降りて来た面々も無言で困り顔が多かった。唯一人、パメラは噴き出す寸前のように頬を膨らませて、何かを堪えている。

 いったい何が?

 住居に残った者は、嫌な予感を憶える。

 何かが起こったのだ、よからぬ事が、冒険者組合で。

 その時、馬車の垂れ幕が除けられ、幌に蒼く透けるように輝く見事な手甲がかかる。中に残った最後の人物が、その姿を現そうとしていた。

 石畳に足甲がつくと、カツッと澄んだ音が響く。

「ふふ、皆もお待たせしましたわね。解呪は成功しましたわ」

 馬車の影から、喜びに溢れたレイナースの声がする。

「これが忌々しい呪いから解き放たれた、新たな私ですわ!」

 漲る自信と共に、颯爽とその姿を見せるレイナース。

 美しい金の髪を靡かせ、左だけでなく右の瞳もかつての輝きを取り戻し、胸元はさらけ出し、お腹もおへそも丸出しで、二の腕も太腿も惜しげもなく曝け出している。不思議な蒼き金属でおおよそ隠れているのは、肩、肘から指先、膝からつま先、乳房の下半分と乳首に、後は局部程度。

 ほとんど下着同然のレイナース・ロックブルズが、腰に手を当てて威風堂々とその場に立っていた。

「どうです? この斬新なる鎧は!」

 レイナースはうっとりとしながら、皆の感想を求める。

 なので、居残り組は正直に思った事を揃って口にした。

「痴女だっ!」


 アインズはエ・ランテルの自室にあって、近日中の冒険者組合に任せる計画の準備…と称して、アルベドとデミウルゴスに任せたバハルス帝国属国化の件から、未だに逃避していた。

 ドワーフの国での冒険や交渉は早々に軌道に乗った。乗ってしまった。

 もう時間稼ぎには使えない。

 故に、魔導国でのドワーフの扱い、特にルーン工匠の滞在場所の決定や、ドワーフ製の武具を冒険者に使わせて評価を確認させたり、冒険者たちに秘宝アーティファクトを貸出し隠れ機能を発見できるか試したりと、様々な小事に専念していて忙しいですよ、と帝国の件から距離を取り続けていた。

 最も、ローブル聖王国を含めた多数の件を抱えているデミウルゴスが、何故か帝国の属国化についてもアルベドと協力して、その智慧を発揮している状況を知って安心はしているが。

 というか、仕事を負担させ過ぎていると思ってはいるのだが、デミウルゴスも優秀過ぎる為、アインズの精一杯の助言が寧ろ負担になってしまう可能性が高いので、下手に声を掛けられないのもある。

(それにしても、帝国かぁ…)

 自分から誘った武王だけでなく、帝国四騎士という要職の者まで魔導国の冒険者となりに来たのは、勧誘が上手くいったと考えていいのだろうか?

 会ってみれば、いわく付きの呪い持ち。低レベル帯の呪詛騎士カースドナイトという、かなりレアな存在ではあった。

(やはり、今までの常識が通じないのもあるが、職業クラス設定がレベルよりも重視されているというのは、どんな低レベルのレア職が存在するかもしれないな。そういう能力検査も、ぜひ国民調査に取り入れたいな)

 それにしても、呪いの上書きが成功したのもあるが、まさかあの呪霊の檻を選ぶとは思わなかった。

 アインズは、収納空間から別の呪霊の檻:BA《ビーエー》同盟への誘いを取り出す。

 BAとは、の略であり、BA同盟とはかつて『YGGDRSILユグドラシル』にあったギルドの一つである。

 元の世界において、モモンガの所属ギルド"アインズ・ウール・ゴウン"は、そのPKなどの手法から敵も多かったが、味方、或いは協力者や友好的なギルドが無かった訳ではない。

 この"BA同盟"は後者の内の一つであった。

 モモンガが異形種狩りにあっていたように、BA同盟のギルド員もビキニアーマー狩りによる熾烈な攻撃に曝され続けていたのだ。

「こんなのファンタジーじゃない」

「中世世界をバカにしている」

「普通に急所丸出しで、見かけからして愚劣極まる」

 単純に「気に食わない」を別の言い方にしただけなのだが、論理的ではなく感情から攻撃の標的にしているので、話し合いや説得は不可能であった。

 かくして、ビキニアーマー愛用者と否定排除派との闘争が始まり、彼らは生き残り続けた。

 ビキニアーマー戦士として有り続けるのは、役割を演じるロールプレイの在り方としては非常に正しい。彼らは圧倒的多数派にはなれなかったが、様々なゲームにおいて、そのサービス終了まで継続して遊ぶ傾向もあった。

 その世界では、成りたい自分となって冒険が出来るのだから。

 そして、お互いに排他運動に遭遇したためか、モモンガとしても敵対する理由もなかったし、冒険の傾向が全く違った為か衝突する事もなく、出会ったら会話する仲というかギルドの距離感を維持していた。

 そんなある日、「特別なアイテムを作ったので、どうぞ」と、呪霊の檻をいくつか譲られた。

「これは?」とモモンガが問うと、未来少年でも名探偵でもなくグレートの方のコナンみたいな恰好をしているビキニアーマー戦士が笑顔アイコンで答える。しかし、戦士職ベスト8に入るほどの実力者でもあり、BA同盟を支え続ける強者でもある男だった。

「誰でも最初はビキニアーマーをコンセプトに、作ったんですよ。それを使えば今日からビキニアーマー! モモンガさんも是非、魔法詠唱者マジック・キャスター向きのもありますし、戦士型は布教用ですよ!」

 ソンナコトイワレテモナー、と思いつつも一応魔法で調べてみる。

「…え、こんな呪いあるんですか⁉ 初めて見るタイプですけど、データクリスタルが不要の防具なんて造れるんですか?」

 大胸筋を動かしながら、BA戦士が首を左右に振る。

「いえ、今までの金属だと不可能でしたので、この前入手した世界級ワールドアイテムで運営に新しい金属を創造してもらいました。若干のバランス調整は受けましたが、思っていた金属特性に近付けましたよ、はっはっは」

 いい笑顔アイコンが表示されるが、モモンガの驚きは別の所にあった。

「え⁉ あの世界級ワールドアイテム、使っちゃったんですか⁉」

「ええ」

「使用しちゃったんですか⁉」

「ええ」

「ご利用は計画的だったんですか⁉」

「ええ、…ってモモンガさん」

 ええかげんにしなさい、のツッコみアイコンが表示され、モモンガも反省してますアイコンで続く言葉を飲み込む。勿体なくないかな?

 だが、男に後悔はなさそうだ。

「もう、ゲームが始まって随分経ちますし、新規参入者が一から武具作りを始めてもなかなか難しいでしょう? そこで、みんながビキニアーマーに触れ合えて、冒険の序盤から楽しめるように作ったのですが、仲間内には結構評判でしてね」

 それはBA好きが始めから集まっていますし、そういう傾向の人ばかりじゃないですか、とは言えなかった。ビキニアーマー集団なので遠目にも判別できるし、あれだけの人数で屯していると、思わず「うわ」と声に出そうになるほどだ。

 ある意味、団結と結束。揺るぎない。

 そして、BA同盟外の人にも広めようと、こうして配布しているのだろう。

 確かに、何かに特化してはいないし、硬度も七色鉱には及ばない。データクリスタルを使えないが鎧自体が成長するらしく、最終形態になるとどんな地形での冒険にも適応し、各種特殊攻撃への耐性も満遍なく得られる。その上、金属特性が強烈で、致命の一撃クリティカルがほぼ発生しないとある。何ソレ。

 これならばどこに探索に向かっても、立ち往生や突然死にはならないだろう。熟練者や強力なボスクラスには届かないが、この装備で冒険している内に貴重な素材も集まるだろう。

 そう考えれば初心者に優しい。ただ、ビキニアーマーだ。

「それにしても、新金属も頼めるんですね。すごい」

「さすがに特徴絶対無敵、などは無理でしたね」

 言ってみたのか? モモンガは訝しむ。

「それに、独占も出来ないように入手は誰もが出来るようになりますし、希少性はそこまで高くはないでしょう。データクリスタルが不要なだけに、手順は煩雑ですけどね」

「それを貰ってもいいんですか? かなり苦労されたのでは?」

「ビキニアーマーの未来の為ですよ」

 モモンガは黙って首肯した。意味が判らなかったし、骸骨でビキニ姿になるとただのスケルトンみたいで弱そうだが、でも相手の事を思いやる必要が発生する場合もある。

 今がその時だ。

「わかりました。使いたい、というメンバーがいたら広めておきますよ」

 そこで、「おーい、ハルク」とビキニアーマー女戦士に呼ばれ、男は別れの挨拶をして去り、お互いのギルド員たちとクエストに戻ったのだった。しかし、下着姿まんまにしか見えないよなぁ、と今でも鮮明に思い出せる人達ではある。

 因みに、最適化された防具で包む仲間で、BA同盟の誘いを欲しがる者はぺロロンチーノ以外にはいなかった。

 この世界であの呪詛騎士カースドナイトの女に渡したので布教(?)二人目となる。

 思い出の品と言われればその通りではあるが、アインズが知る限り冒険に挑み続けた雄姿を思って、魔導国の冒険者に託したのかもしれない。

 重ねて考えるが、本当に選ぶとは思わなかったけどね…。モモンとしても多くの冒険者と出会ってきたが、ピンクの髪や奇抜な格好の連中も見たものの、ビキニアーマーほど急所を曝け出した防具を着るような者はいなかった。

 何故か本人も、あの外装を気に入っていた様子ではあるし、問題はない…そのハズだ。公序良俗などの騒動が勃発しない事を祈ろう。

 選択の自由を与えたのはアインズだ。かかる批判は避けたい。

「さて」

 アインズは一言だけ声に出すと思考を切り替える。

 先ずは、かねてから調べたかった事柄についてと、その件に冒険者を使うかどうかだ。ナザリックの手駒でなら容易。しかし、冒険者の成長や貸し出した秘宝アーティファクトの使用実績にはならない。

 ならば、中位アンデッドの護衛を付け、冒険者チームに今回の探索では中心となってもらおうか。

 さぁ、噂の真相を確かめるとしよう。

 魔導国冒険者組合と冒険所属する冒険者たちの実力を見る為でもあり、多数で依頼に参加する運用法の検討も必要だろう。

 準備に三日か四日か、それとも五日か。これは万全を期す為の期間が求められるからであり、決して国家間の協議や交渉事から逃げたいからではない。

 アインズは一人で無理矢理に納得しながら、次の計画を練っていった。

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