第28話 選択

 人権の概念を理解する事ができない人の中には、「命の価値は等しくない」と言う者もいるが、それは判断基準が個人に属するからであり、平等さとは無縁だ。

 二人の内、どちらの命が大切か? これを決めるのは、決定者の内面にあるに他ならない。愛、と誤魔化すやからもいるが、本質は変わらない。

 例えば私は、我が子が大切だ。他所の子供よりも。…その感情は何か? 明確な差別だよ。私は我が子以外の子供を差別しているのだ。こんな物を愛などと呼ばない。それは邪悪より尚、悪質で歪んだ最悪の偽善だ。

 誰にしも分け隔てなく与えられる愛とは程遠い感情を、欺瞞で糊塗するなど言語道断も極まる。差別は、単に差別でしかない。

『ここにスイッチがある。

 押せば、あなたの大切な者か、死刑囚のどちらかが死ぬ。

 あなたは押せるか?』

 このような、個人の差別感情や社会の倫理観で、質問者の望む答えに誘導する詭弁もあるが、初歩的な思考束縛である。騙されてはいけない。

 人権の平等さを語るのであれば、ボタン一つで死ぬどちらも、その素性の一部でも選択者に知られれば、そこに必ず個人の価値観が夜の闇の如く侵入する。

 血縁、容姿、性別、宗教、思想、趣味、右か左か、AかBか、偶然か必然か、人はありとあらゆる差別を平然と行う事実を、絶対に忘れない事だ。

 そもそも、死刑に処してはならない。

 他者の生殺与奪の権利など、人権にも平等にももとる。

 あなたにる差別は、あなただけの物だ。誰もが、あなたの差別に与するなどと、思い違いをしてはいけない。


 吾輩は冒険者である。チーム名はまだない。

 エメローラ含む六名が、カッツェ平野での一日アンデッド討伐依頼を無事に終え、魔導国都市エ・ランテルに戻ると、次の依頼は「渡された番号札の期日に冒険者組合に来る」であり、実質の待機だ。

 レイナースは自身も実績を得たかった気勢を削がれ、昨夜から不満が態度に噴出している。ノーラックが宥めている為に爆発するような事はないが、慣れた者はとにかく、新しく住み込みで働くオロフとジャンは特に怯えている。

 エルトは二人をなるべくはなれの整理や、そこでも出来る仕事を割り振ったりと配慮を試みる。両者ともに仕事は出来るし、早々に辞められては次の採用まで間が開き、自分たちの生活も安定しない。

 エ・ランテルの地図を頭に叩き込みたいが、肝心のお嬢様は表に出せないような状態だ。

 皆で相談し、三班での行動に移行する。

 一班。ピヨン、ラーキン、マリク、エメローラは、レイナースの御守り。

 二班。ザイン、スコット、パメラ、ホッド。居住区の主要道路の把握。

 三班。ゼファー、ロイド、トロン、サン。二班に同じ。

 現在、エ・ランテルは急速な区画整理も進行しており、居住区も大きく東西南北四つの区に分けられ、さらに細かい区分がされている。

 そこで、二班は東区と南区。三班は西区と北区の道路、並びに主要施設の場所を見て回る事にした。

 本当は、会議室の壁の一角にエ・ランテルの詳細地図が欲しい所だが、「裏切り行為と受け取られたらどーすんの?」とのアマンダの一言で、地図の件はそれ以上踏み込めなくなった。

 地図の有無は作戦立案にも非常に重要だが、それは国家も同じだ。一応、冒険者組合に提言して許可が得られるまでは、都市内を歩き回り現場を確かめて、場所を知っている者がお互いに案内し合う事で地図がわりとする。

 三班の四人は西区を巡りながら、自分たちに関係が強い、或いは重要な店などを調べて歩いた。

 武具、道具、調合、整備、馬具、食い物、酒、どこもそれなりに品揃えもあるし仕事には真面目なのだが、やはり人に明るさがない。"漆黒"モモンを住民が思う故に懸命に暮しを支えているが、気を張り過ぎて破裂しないかとロイドは不安に感じる。

「お、また巡回だぜ」

 ゼファーが顎で示した先には、あの死の騎士デス・ナイトと、同格であろうアンデッド魔法詠唱者マジック・キャスターなどが、数体で通りを警備して回ってる。

 しかし、何度見ても屈強な巨体だ。

 前に一度、「こいつら、細い路地とかどうするんだ?」と口にしたゼファーだったが、国境の砦で見たあの犬と同じヤツが、他に二頭のより小さい…と言っても人間の子供よりもデカい犬を連れて路地を進んで行くのを目撃した。

 あの恐ろしい犬どもが、狭い道などを追跡するのかと想像するだけで、身が震えるほどだ。絶対に連中には追われたくはない。

 所定の順路を往復している利用料金定額の乗合馬車も、曳いているのは靄を纏った骨の馬だ。数枚の銅貨を利用者から受け取っているのは死者の大魔法使いエルダー・リッチ

 そんな怪物とすれ違うのは、襲われないとしても正直に怖い。

「…森妖精エルフのご両人はどうよ、ここには慣れたかい?」

 トロンとサンは顔を見合わせると、「アンデッドは怖いですよ、未だに」とトロンが答えた。

「昔からの習慣や常識ですから、払拭する事は難しいですね」

「俺もだよ、強さが判るだけに、な」

 ゼファーの言葉にロイドも首肯する。サンは去って行く巡回アンデッドの後姿を見ながら、疑問を口にする。

「もし捕まったら、……どうなるのでしょう?」

 サントアッド商会からの情報や、自分たちで調べた範囲では、重犯罪者はほとんどいなかった。その為に聞こえるのは噂の類、アンデッドとして使役されるというものだが、実際はどうなのか?

「…あまり突っ込んで聞きたくはないような、そんな事態にはなるだろうね」

 トロンが言うのに静かに頷くと、サンは三人に向き直って歩き出した。全員で次の大通りを目指す。

 雰囲気を変えようと、努めて明るい話題を振り撒こうとするゼファーに、苦笑するロイドとトロン。その中にあってサンだけは、何かを期待するような笑みを、微かに浮べていた。


 冒険者組合の指定した期日に、十三名は当然集まったのだが、ここに至るまでの間にレイナースのお世話で疲れていた。移動するのも外が見えないような箱に入れた方が安全なんじゃないか? との意見もあったが、元牢屋に暮すのは平気でも、そうした行為には怒るので判断は難しい。

 秘策になるかと、ノーラックが手配していたマジックアイテム、女性の顔がドブスに見える眼鏡なる「誰が何の目的で作ったの?」と疑うような代物も試させてみたのだが、掛けたレイナースが「妖魔⁉」と即座に身構えた事で、スコットが爆笑、対象となったパメラまで激怒するに到った。

 女性二人の不機嫌を延長させたりと、裏目になってしまった。

 呪いの影響があるとは言え、もし都市の女に怪我をさせたら魔導国の追求は免れない。といって、本気で暴れ出したレイナースを止められる者はいない。

 説得して宥めるしかないのだが、介護最強の執事ノーラックを組合まで連れて「甲斐甲斐しく世話をしないと我らの主は働けなくて…」など、外聞が悪過ぎる。

 組合は冒険者を欲していても、敵味方区別のつかない狂戦士バーサーカーは不必要なのは自明の理だ。レイナース自身にもそれを理解は出来るが、自身の行動を抑制するまでは強い忍耐がいる。

 組合に到着するまでに何とか平静には近付けたが、本当に呪いをどうにかしなければ、この先も続けて行く事は難しいのがエメローラたちの実感だった。

 とは言え、自力による解呪が不可能だからこそ魔導国の可能性に賭けたのだが、どうすればアインズ・ウール・ゴウン魔導王の叡智を借りれるようになるのか、まるで不明。

 行政区に乗り込み、直接嘆願をする蛮勇。なし。

 魔導王本人が、都市を見学した事があるという話。まだ自分たちは遭遇せず。

 実績を積んで注目される予定。今だ、任務完了は一件のみ。出鼻を挫かれた形、レイナースのイライラの原因。

 その他、何某かの切っ掛け。あるとすれば、モモンから魔導王へとレイナースの願いが伝達される事。

 最も、エ・ランテルに来てまだほんの数日。それで出会えるはずもない。冒険者志願で王国から帝国に来て、いきなり皇帝に会いたいと言って叶うのか? アダマンタイト級でも条件が重ならなければ無理だろう。

 そう言う事だ。

 ここで焦っても仕方がないのではあるが、レイナースにとっては人生のすべてを賭けている大勝負でもある。冷静になるのも難しいのだろう。

 今日の冒険者組合からの内容不明の指示も、評価される事を願って真摯に挑むしかない。

 精神統一し、気持ちを切り替えた"重爆"に、ロイドが組合の扉を開く。

 受付の方でも、当然指定時間は把握しており、エメローラが番号札を渡せば、すぐに三階の一室を案内された。

 ラーキンがその部屋の扉を叩けば、向こうから「どうぞ」と組合長の声がする。

(? この件、組合長が絡んでいるような重要性がありますの?)

 レイナースは慎重さを込めて、ラーキンに扉を開けるように指示を出す。

 部屋の中央には、黒くて大きな布に覆われた何かと、その覆いの両端に立つ冒険者組合長と魔術師組合長とその近くに魔導国の森妖精エルフ、緑風の姿がある。

「どうぞ、部屋に入って扉を閉めてくれないか」

 アインザックの指示に従い、皆が入室を済ませるとザインが扉を閉めた。二人も組合長が揃っている事は、帝国の都市でもそうはない。これが魔導国の通常なのか、特別な事なのか?

 部屋に入った時に感じた緊張感からは、何かあるのだろうと予測された。

「昨日から、所属する冒険者たちを順番に来てもらっていてね。"漆黒"のモモン殿が魔導王陛下から預かった品を貸し出しているんだ。実際の戦闘で使用してみて欲しいのだそうだ」

 魔術師組合長であるラケシルが咳を一つする。

「無理にとは言わない、本当にな。もし辞退したい者がいるのなら、ぜひとも私に権利を譲ってもいいのだよ?」

 アインザックは、呆れてラケシルを見ている。

「…本当に、毎回それを言うのか? 頼むから黙っていてくれ。私たちはもう一品づつ借りているだろうが」

「そうなんだが、何事にも可能性というものはある。そして、その価値はあるんだぞ? 賭けても損がまるでないなら、何度も勝負をするべきだ」

「…この場では、我々のが試されているのを忘れてくれるなよ? すまないね、みんな。これから見せるのは、秘宝アーティファクトと呼ばれるマジックアイテムであり、その中から一人に一つづつ選んでもらい貸し出す事となる。皆の職業クラスや能力適正から、魔導王陛下とその側近の方が選ばれたそうだ。」

 よっ、と組合長の掛け声で、黒い布が前に向かって外されると、床の上に並べられた二十六種類の秘宝アーティファクトがその姿を現した。

 それらは、一目見ただけでも魔力の強さを感じられる物ばかりだった。

「どっきなさーい!」

 マリクに肘打ちを食らわせるように、パメラが前に駆け出す。向かう先には、金属であろう犬の像のような何か。それに跳び付いて抱き締める。

「何の道具アイテムかも分からないけど、この子にするわ! 君に決めた!」

 犬好きのパメラはその欲望のままに興奮しながら決定してしまったが、魔術師組合長も負けじと鼻息を荒げつつ、その金属犬に近付く。

「君、目の付け所が実にいいね。そして、魔法詠唱者マジック・キャスターではないかね? ならば、<道具鑑定アブレイザル・マジックアイテム>も使って見てはどうかね?」

「はい、<道具鑑定アブレイザル・マジックアイテム>!」ラケシルの助言に、間髪入れずに実行するパメラ。

 一瞬の後、「何コレ! すごいわ!」と狂喜の声が上がり、「だろう⁉」と自慢気な声が上がる。アインザックの「繰り返すが、お前の物じゃないぞ…」とのツッコみは無視されて話が続けられる。

「こんな、あたしにピッタリの逸品が、この世にあるなんて!」

「解るかね? 私の感じた、この魔法詠唱者マジック・キャスターとしての魂を揺るがす衝動が! 君にも解るかね⁉」ラケシルが叫ぶ。

「解ります! 言葉ではなく、魂で!」パメラが吠える。

「おお、心の友よ!」

 二人は魔術を探究する者として、互いに湧き上がる情熱に瞳を炎と燃やし、しかと手を握り締めるのであった。

 何このノリ。

 冒険者組合長が、「…似たようなのが増えた」と頭を抱えている。

 しかし、最初の一人は大げさに過ぎるというのでもないほど、ここに並ぶマジックアイテムは強力だ。

 皆の目も迷う。

 その力に魅かれるのと、本当に借りていいものか、と。

「選ぶ際に説明が欲しい方は、私にどうぞ」と緑風。

「この後も、別の冒険者たちがいますからね。選ぶ時間にも限りある点は忘れないように、頼みますよ」アインザックの忠告。

 各々が秘宝アーティファクトを手に取ってみたり、緑風から説明を受けている。

 レイナースも一通り眺めて見るが、強く便利な品ではあっても、自分の望みとは違うと感じるばかりであった。緑風の話に何故か真剣に耳を傾けているラケシルに困り顔のアインザックに近付いて尋ねる。

「失礼。確かに強い力は感じますが、私の願いとは少しズレがありますの。ここには、強力な呪いを解けるような物は、ありませんの?」

 アインザックは少し考えてから、レイナースに答えた。

「私の見てきた中には、呪いに関する物はなかったよ。けれど、これらのマジックアイテムについて、もっと詳しい御方ならそちらにおられる」

 冒険者組合長の言葉に緑風の事かと思い、視線を動かせば…部屋の奥に今の今まで気付きもしなかった存在が、いた。

 空中に浮かぶ漆黒の物体に座す、その姿。

 身を包む黒衣、指に嵌る数多の指輪。体に纏う邪悪な瘴気オーラ

 何よりその骸骨のおもて

 この世界に突然出現し、王国と帝国にその名を轟かせた、異形の者。

 強力無比なる魔法詠唱者マジック・キャスターにして、絶大なアンデッド軍団を支配する不死者の王。

 魔導国の頂点、アインズ・ウール・ゴウン魔導王その人に他ならなかった。

 レイナースは、まるで凍結でもしてしまったかのように、身動きが取れなかった。あろう事か、右顔の呪いまでも魔導王から放たれる瘴気に、威圧されたように縮こまるのを感じた。

 呪物すら怯えさせるか、と更なる震えが全身に走る。

 周りの者も、その存在を感じて息を潜める。押し寄せる沈黙が、時を止めたようであった。

「なるほど、モモンの話にあった帝国から来た四騎士の一人とは、お前だな」

 赤い眼光をこちらに向け、尋常ならざる骸が語りかけてくる。

「自己紹介が遅れたかな、アインズ・ウール・ゴウン魔導王である」

 緑風と二人の組合長が臣下の礼をする。レイナースたちも瞬時にそれに倣う。

「驚かせてしまったかな? 演出としては成功したか、どうだろう?」

 魔導王がアインザックに問えば、「やはり突然に現れますと、私でも未だに驚きます。皆の素の反応を知りたい、とのお言葉に協力はいたしましたが、黙っていたのを恨まれるのは私どもですので」と率直に答える。

 とすれば、過去にも魔導王は同じような事をして、この三人は今回の共犯であった訳か。心臓が凍るかと思ったが、驚きを怒りに変換してぶつける訳にもいかず、冒険者組合長の言う通り、共犯者たちに怨みを当てるしかない。

 しかし、仰天させて死に至らせるようなアンデッドなりの茶目っ気なのかもしれないが、出現したのはかくれんぼをした子供などではなく、この国の最高権力者なのだ。勘弁して欲しい。

 パメラは笑顔のままで、どんどんと蒼褪めていく。先の行動が致命的な失敗になったのか不安に苛まれているのだろう。

「すまなかったな。皆が秘宝アーティファクトの貸出し政策を喜んで受け入れてくれるのか、直に見聞きしたかったのだ。それに」

 またもレイナースを見る。

呪詛騎士カースド・ナイトの存在も確かめたかったのでな。前に来たまえ。それと、個人資料も」

 緑風が頭を下げて、即座に用意していた資料を掲げる。

 レイナースは気力を振り絞って進み、御前に跪く。望んでいた状況とはかけ離れていたが、千載一遇の機会が降って湧いたかのようであった。

 この人生において、今までにはない緊張に曝されている。動きに、いや呼吸にすら問題はないか? 何を、どう伝えれば? あらゆる答えを準備すら出来ないほどに、頭の中は混乱していた。

 魔導王がレイナースの資料を読み、「ふむ」と声を上げる。

 それだけで、全身が汗で濡れる。口の中の水分がすべて消え去ったかのように乾いているのが感じられた。

「私の常識にはないような状態だな。ふふ、非常にレアと考えてよいのか」

 声はどこか嬉しそうだが、アンデッドの喜悦が生者のそれとは明確に違うだろう事を思えば、まったく楽観できる状況ではない。常識にはない、というのも気にかかる。…魔導王でも解けない、という事なのか?

 だが、少なくとも興味はある様子だ。

 それが良い意味である事を、レイナースはこの世のありとあらゆる存在に祈り、願った。

「名は…レイナース・ロックブルズ、だな?」

「はっ!」

 皇帝に向けてすら成し得なかった、全身全霊を乗せた魂の返事であった。

「その呪いとやらを見せよ」

 一瞬の迷いもなく右の前髪を捲し上げて、自身の右顔を見せる。後ろから小さなエメローラの嗚咽が聞こえる。

 私が、呪われた体の一部を晒した事への哀しみからであろう。

「調べてみよう。そのままで、気を楽にせよ」

 魔導王が無詠唱で魔法を使ったようだが、レイナースは特に何も感じなかった。右顔を見せ、姿勢を正したまま、じっと待つ。

「…呪いは判った、髪を戻してもよいぞ。だが、これだけだと判断は出来んか。ロックブルズよ」

「はっ!」

「少し質問をするが、直接の回答を許す。お前の望みはその呪いを解く事、だな?」

 レイナースは、唾を憤怒と共に飲み込むと、誠意を込めて答える。それは精神と気力の戦いであった。

「はい。悲願にございます」

「それは帝国や王国にある、神殿という組織では解けなかったのだな?」

「はい。この呪いを解く事に、神殿だけでなく知り得た方々からも協力を仰ぎましたが、終ぞ叶いませんでした」

 手を強く握り締める音がする。それは自身の手か、後ろにいる配下の者たちか、悔しさが滲み出るような、そんな想いが込められていた。

「呪われる前は神官騎士であったのか?」

「はい。その通りでございます」

 慧眼なのか、知識量の成せる推測か、職業クラスを言い当てられる。

 魔導王の眼窩から、その赤い光が消えた。少しの間があり、再び赤光が浮ぶ。

「ロックブルズ、これは仮説ではあるが、お前の呪いが解けぬのは、呪詛騎士のに原因がある可能性が高い」

 設定? とレイナースは心中で訝しむ。表情には出ていない、はずだ。

「永続性の呪いではあるが、強力とは言えないものだ。であれば、職業クラス条件に関わるからこそ解呪が容易ではない、というのが私の推測だ。解けぬような呪いではないが、このレベル帯の呪詛騎士カースドナイトを失うのは少々惜しいな…」

 レイナースは真っ青になる。

 これは危険だ。

 レイナースの目的は解呪にあるが、

 解呪は出来ると言う、この上ない朗報と同時に、呪われている状態の方が望まれているという最低最悪の凶報が、一度に突き付けられたのだから。

 どうする⁉ 今、この瞬間、何を口にするのが正解か⁉ 高速で頭を働かせるが、何一つ妙案は出てくる事がないまま、無限にも思える数秒がすでに経過してしまっている。

 金では絶対に買えない貴重極まる時間が、無情にも過ぎ去っていってしまう。

 まったく言葉にならぬ間に、魔導王が話し出す。

「そこで、どうだろうロックブルズ。モモンに持たせた宝箱の中にはなかったが、呪いを付与する秘宝アーティファクトという物もある。今日、ここにある中から選ばぬのならば、より強い呪いを受け、その上で今の呪いを解くというのは?」

 レイナースは、始め言われた言葉の意味が分からず、口を開いたまま固まってしまうというあまりに恥ずかしい姿を、あろう事か魔導王に見せてしまっていた。

 その提案の意味と、自身の醜態に思考が負い付き、慌てて口を閉じて恐れながらも返答を試みる。

「それは、望外のお言葉であります。それを、お許しいただけますでしょうか?」

 魔導王は静かに頷く。

「正直、それで上手くいくかは試してみねば分らないな。とは言え、お前の願望と私の冒険者政策、この二つが前に進むには試しても良いかと思ったまでだ。解呪の費用などはかかるがな」

 レイナースは深く頭を下げると、本心からの声を上げる。

「アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下! 何卒…、何卒よろしくお願い申し上げます!」

 他に、何を語るべき言葉もなかった。感謝のみが、そこにはあった。

「うむ。では、用意が出来たら…そうだな。アインザックよ、明日のこの時間は組合で使える部屋はあるか?」

「それは勿論ご用意できます、陛下」

「ならば、ロックブルズよ。明日の同時刻に、冒険者組合にまた来るがよい。他の者は、今ある秘宝アーティファクトから選んでおいてくれ。さらばだ。」

 アインズ・ウール・ゴウン魔導王の姿が、暗黒に包まれて消えていった。

 残された人々は、しばらく呆然としていたが、ほぼ同時に安堵の溜息を吐く。

 レイナースは全身の力が急速に抜け、同じ姿勢で震えていた。

 エメローラが涙ながらに傍で片膝をつく。

「よかったですね、本当に」

 まだ、本当に願いが叶うかは分からない。しかし、明日には答えが出るのは確実だろう。魔導王陛下と、レイナースの願いを届けてくれたモモンには、謝恩の気持ちでいっぱいだった。

 顔を上げれば、色違いの仮面を外して自身の涙を拭うエメローラの美しい顔があり、レイナースは笑顔でその右顔面を殴りつけていた。

 つい反射しての出来事、早業であった。

「おいいいぃぃッ⁉」ゼファーが叫んでレイナースの二撃目を止める。

「いい話が台無しでしょうが!」

 その場にいた全員が、「本当だよ…」と気分を落ち込ませた。

 そして同時に、呪いが解ける事を心から祈った。特に女性陣は、明日は我が身のエメローラとならぬように、真心を込めたのだった。

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