第26話 忠誠の誓約

 日本の結婚観がキリスト教的な物に変わったのは、第二次世界大戦の後、米国の占領政策の頃なんだそうね。

 自由恋愛の概念が広がるのも、結婚する男女の同意婚が重要視されるからだ。それは何故か? 結婚とは秘跡であり、離婚が許されてはいない。だから双方で同意したという事実が必要になってくる、らしい。

 夫婦一体、というのも性行為が関わる概念で、なんてのがある。洋画で知ったわ、これ。

 まぁ、この辺りで「あれ?」と不思議に思うのよね。

 日本の場合、結婚観はキリスト教的な物が広がったものの、そもそもキリスト教徒ではない人が多いので、自由恋愛と同意婚の意味や、夫婦一体と夫婦の義務とか理解していないのが現実だから、気軽に離婚するし、セックスレスなんて夫婦が出てくるのか? とか。

 …西洋でも、些細な理由で離婚をしているように見えるけども。

 離婚理由に夫婦の義務を持ち出されるのも、何かおかしいし、結婚自体に同意がなかった事にされたりと随分手前勝手なんだよね。

 死が二人を分かつまで、って誓いの言葉じゃない? まるで呪いみたいに、怨んでいる人がいるけどさ…。じゃあなんで結婚の同意をしたのアンタ? って思うわ。

 え? 離婚を前提に誓わないのも増えてるの? 海外? へぇ…。

 離婚問題に関わってると、人間性の大バーゲンだからね…。あいつら、人の皮を被った化け物だよ…。

 避妊具を付けていたのに、過去何人も子供が出来ちゃったので、旦那を調べてみたら先天的無精子症とか、それ嫁がずーっと浮気してたってアレやん?

 それでも離婚裁判に負けるとか、…地獄やんな?


 アインズ・ウール・ゴウン魔導国の都市エ・ランテル、その二日目の夜。

 天井の永続光コンティニュアル・ライトが込められた照明マジックアイテムの光に照らされた食堂。ワインを時折口にしながら、レイナースは椅子に座り、テーブル中央の花瓶に活けられた花を何となしに眺めていた。

 冒険者組合での諸々の手続きを終え、新居に戻ればサントアッド商会のクフガルアが新たな門出の祝い酒を持って挨拶に来ていた。自身はまた帝国に戻るようだが、この都市での商売の責任者が来た時には、その者とサントアッド商会を今後ともよろしくお願いします、という事だった。

 その後に夕食、その後の入浴を済ませれば、その間に何人かは夜の街に繰り出したとの事だった。

 パメラ、スコット、アマンダにラーキン、ゼファー、ザインが近場の酒場を探しに出かけた訳だが、酔った失敗でアンデッドになって帰ってこないよう祈る。

 そのついでに胸元を見れば、身に着ける事に慣れようとしている冒険者証が揺れる。小さなカッパー金属板プレート

 これが、この魔導国での冒険者の証明となる。

 バハルス帝国だけでなく周辺国との違いは、この国の冒険者は国家に仕えるという点だ。その他も、随時変更していく計画があるそうだが、根無し草のように飛び回る事は出来ないが、冒険で無駄に命を散らす事の無いよう強力な支援をする。

 ワイングラスに映る自身の顔を見る。右顔の呪い、それを解くような力を借りる事は可能なのか? 期待は膨らむが、右目の辺りがと蠢いたように、鈍い痛みが走る。

 忌々しい。

 早く、解呪を! と焦る自分がいる。

 まだ慌てるな、と諫める自分もいる。

 こうした思いが、自身の行動を縛る事も不安ではある。精神も肉体も疲れさせ、足を縺れさせるような憂いが、身動きの取れぬ深い闇に誘うのだ。

 囚われれば抗えぬ。

 今は、確実にやれる事をするしかない。レイナースの呪いを解ける、解けないの決定が出来る存在は、おそらくアインズ・ウール・ゴウン魔導王となる。組合長に聞いた限りでは、現状の魔導国冒険者組合では帝国と同じく、解呪の望みはない。

 おそらく、魔導王の知識そのものに恃まなければならない。

 その機会を得る事が、新しい目的となった。あとはソレを実現する手段を模索する。冒険者登録は済んだのだから、実績を積む事で最高意思決定者に近付く。

 それには先ず、冒険者名を決める事が組合から求められていた。

 別になくてもいいが、あった方が判り易いのは確かだった。例えばエ・ランテルで魔導王に単身対峙し、都市住民を守る為に配下となったという生きる英雄モモンの"漆黒"は、本人たちが決めたものでもないらしいが、その鎧と相まって実に名前と実体に馴染む。

 無いままでも自然と呼び名が決まるなら、と放置も考えたが、「帝国のなんだっけ、ほらアレ」「"重爆"のいるトコ」などと呼ばれだしても締まらない。

 レイナースを中心に、十二名を二~三班に分けて依頼に対し適切に対応する集団に相応しい名称。レイナースは"分隊"そのままでいい様な気もしたが、どこの分隊

なのかと紛らわしい、安直過ぎる、と夕食の席で否定された。

 一応、皆からも意見は出させた。

 女性崇拝の会。

 帝国加撃団。

 猛進イケイケ軍。

 酒盃。

 13モンキース。

 槍剣騎馬隊。

 愛と友好神殿。

 悪魔の左手。

 新緑の森。

 打擲楽師。

 質実剛剣。

 砂金城。

 いったい何故? と思う名称ばかりで、"分隊"を超える物はなかった。しかし、レイナースの案も賛同はなく、しっくりとした名は思い浮かばない。

 まだまだこの集団の特性や理想形を、全員が把握しきれていないのもあろう。

 人数の十三に絡めて"十三英雄まじんごろし"と名乗るのも憚られる。

 レイナースは残ったワインを飲み干すと、決めた。

(保留としましょう)

 他人からの呼び名が定着するのも嫌だが、これだと言う物も今は思いつかない。

 グラスを置いて食堂を後にする。地下の自室に戻ると、洗面台で歯を磨き右顔の膿を拭い取ると、自らを封じるようなベッドに横になる。

 名称を考えながら目を閉じれば、すんなりと眠りに就けた。この日も、悪夢は見なかった。本当にこの都市の瘴気に、この呪いも怯えているのかもしれない。


 魔導国冒険者組合はその体制が国家機関へと変わり、冒険者が専任騎士の様になっても、現状の仕事内容は支配下になってからと大差がない。

 アンデッドの巡回警備隊によって支配地の治安は守られている為に、街道や村落のモンスター討伐依頼がない。確実に返り討ちに遭うのだから、盗賊団による被害もなくなった。皮肉な話だが、王国の方が怪物や敗残兵の野盗化で治安は以前より悪化しているらしい。

 王国領の当時から残った仕事は、薬草その他採取に商隊の警備やカッツェ平野のアンデッド退治など。前者は時期によって依頼は変動するし魔導国になってから商人の往来は激減しているので、恒常的なものは後者となる。

 昨日始めて組合を訪れた時、新しく懸賞金が出る仕事も張り出されていたが、大きい額は英雄モモンからのもので、一つは強大な吸血鬼に関する情報募集。もう一つはトブの大森林に生息し、今はモモンの配下となった魔獣"森の賢王"の同族発見報告の依頼だ。

 吸血鬼は、情報を下にモモン本人による確認を経ての支払い。森の賢王の同族に関しては、実物はまだ目にしていないが依頼書に描かれた姿は凄まじく、もし遭遇しても戦闘となったら報告以前に絶命のおそれもある。

 どちらも金額に見合う難題の上に、見つけられたら超幸運という内容で、いますぐの収入とはなり得ない。

 この都市の冒険者組合は、王国領の当時より仕事量は減り、魔導国となってからその理念が大きく変わった。この変化は段階的に進められるようだが、完成形は組合長もまだ漠然としか掴めていないほど広域展開が予想されるそうだ。

 未知を既知に。

 魔導国冒険者組合による、新しい標語スローガン。挑戦の意志の現れ。

 しかし現在は、組合の基礎固めと少ない依頼を地道にこなす日々。

 レイナースたちの現状と変わらず。

 そんな十三名は昨日に続いて組合へと向かう。昨日の今日ではあるが、何か取り掛かれる仕事や新しい情報があれば良し。なければ昼食後に分れ、都市内の移動経路確認や神殿への挨拶、マジックアイテム取扱店や薬屋の下調べなど各自の要件を済ませるように話し合っていた。

 ロイドとピヨンが馬、残りは大型馬車に乗って進んでいる。昨夜、飲みに出かけた連中は馬には乗っていないが、馬車に揺られても平気な辺り、酒は残ってはいない様子だ。

「夜の街はどうでした?」マリクがパメラに尋ねる。

「んー、想像よりフツーだけど、やっぱりみんな酔わないように気を使ってたわ」

「まぁ、巡回のアンデッドはずーっといるからな。問題は起こしたくないだろ。お前らも、その辺は弁えているみたいだしな」ゼファーが、パメラ達三人を見回す。

「一日で捕まりたくはねーよ」スコットの苦笑。

「新居の近場は住人が少ないから、やってる店もまばらでしたし…。繁華街はどんなですかねー?」ザインの疑問。

「お店探索しつつ、しばらくは様子見ね」

 元からの住人たちが大人しくしているのに、新参の余所者がはしゃぎ回れば警戒されるし、いらない不興を買う。それに、思い残すことが無いよう、恐怖を薄める様に帝国の屋敷で散々飲んで騒いだのだ。

「家の周りは落着いた店もあったから、今度はあんたらもどうだい?」ゼファーが森妖精エルフの二人を見る。

「そうですね。そう少し都市に慣れたら、お願いします」まだ不安なトロン。

「おう。そん時ゃ奢るよ」

 話す内に五階建ての組合が見えてくる。

 今日は馬車置き場に先客がいたが、その姿に皆が緊張する。鎧を着けた魔獣が、すやすやと眠っていた。

「あれは…」ピヨンが震える声で呟く。

 ロイドが、むぅ…と唸る。

「おそらく、噂の森の賢王だろう」

 昨日、組合で見た絵のような尻尾が見えるので間違いないとは思うが、鎧を装備しているとは知らなかった。魔獣を鍛えている、ということだろうか? 森の賢王を騎獣にしているという英雄は。

「あの魔獣がここにいる、という事は…今、この建物に…」

 ピヨンは冒険者組合を見上げた。いるのだろう、あの"漆黒"のモモンが。

 ロイドが馬車を振り返れば、レイナースがこちらを見て頷いている。このまま進め、という意味だろう。どれほど強靭な魔獣がいるとて、ここで進路を変えるのは余りに情けない。

 馬が暴れないように注意しつつ、馬と馬車を留めると、眠れる森の賢王を刺激せぬように組合へと入って行った。


 冒険者組合の中は、昨日とはまた雰囲気が違い、受付嬢の顔も明るいものであった。"漆黒"の存在は、それほどの安心感を与えるのかとレイナースも三嘆さんたんする。

 こちらを見た受付嬢が、頭を下げながらも慌てて男性の受付と交代するのを見れば、尚更違いを感じる。チッ。

 ゼファーとエメローラを呼び、残りに掲示板の確認を指示する。受付前の待合所を見れば、同じ場所に煌く水晶が在った。

「おはよ~、ロックブルズちゃん」

「ごきげんよう、ディーちゃん」

 受付の男が礼をする。

「おはようございます、ロックブルズ様」

「ごきげんよう。外に魔獣がいましたが、あれは"漆黒"の配下ですわよね?」

 それを聞いただけで、男の顔が自然と笑顔になる。

「ええ、そうです」

「アダマンタイト級冒険者、モモン。今はどちらにいまして?」

「はい、現在は組合長とお話をされています」

 レイナースの期待が膨らむ。数々の偉業を成し遂げ、リ・エスティーゼ王国の王都にて大悪魔ヤルダバオトを撃退し、アインズ・ウール・ゴウン魔導王に単身で立ちはだかり、支配下にあるこのエ・ランテルの人々を守護し続ける英雄。

 この顔の呪いを解ける可能性もあるのでは、と予想した人物。

 それが今、ここにいる。

「お会いできまして?」

 受付の男は、少し考え「モモン様は気さくな方ですので、組合での話合いが終わりましたら、お会いできると思います」と答えた。

「噂の英雄、私も会話をと望んでいましたの。早くもその機会が訪れてよかったですわ。それまでここで待ちますが、それとは別に私たちの受けられる依頼はありますかしら?」

「…でしたら明日、カッツェ平野のアンデッド退治をされますか?」

 数枚の依頼書を見ながら男が提案をする。

、ですわね」

 レイナースの言葉に、男も相槌を打つ。王国と帝国とで出資していた、カッツェ平野のアンデッド対策街。通称"墓守"、あるいは墓守の街などと呼ばれる。

 あのアンデッド多発地帯に配属された帝国騎士にもお馴染みの場所だ。

 王国から魔導国の支配となった事であの街も変化はあっただろうが、今回のカッツェ平野の戦い後に現地に行った者はレイナースたちの中にいないため、一度は様子を見ておいた方が良いだろう。

「私の隊を二班に分け、片方の六名を行かせたいのですけれど」

「全員で十三名ですから、その方が良いかもしれませんね。わかりました、どなたが依頼を受けますか?」

 レイナースはエメローラを見る。

「一班を率いて現地確認を」

「はい」神官の承諾。

 掲示板で依頼確認をしている者にも声を掛ける。「ロイド、スコット、ピヨン、マリク、サン」と、呼ばれた者たちがすぐに集まる。

「あなた方で一班を形成しますわ。班長はエメローラ、向かう先はカッツェ平野ですわ。お願いしますわね」

「はい」六名の返事。

 レイナースは受付に向き直り依頼説明を頼むと、後は班長のエメローラに任せて掲示板前に残る皆の所に向かう。

「そちらはどうですの?」

「依頼書は昨日と変わりなし」ラーキンの返答。受付で話を聞いている者を横目で見る。「俺達の出番はなし、か」

「残念そうねぇ。いいじゃない、あたしら大所帯の方でしょ冒険者としては。この都市での準備もあるんだからさ、順番順番」とパメラ。

 レイナースたちも都市に来たばかりで、まだ用意する物や店を憶えるなどやる事も多い。分担して物事に当れるのは強みであった。

「サンの事は、少し心配です」とトロンが不安そう顔をする。

「子供じゃないんだ、大丈夫さ。今回班長のエメローラは面倒見もいいし、実力も確かだよ」ゼファーが諭す。

 奴隷だった森妖精エルフの立場では無理からぬやも知れんが、過保護も問題だと思われる。今後トロンの困り顔を晴らせるかは、サンが成長し、皆から信頼を得られる事にもかかってくるはずだ。

「いえ、女性を心配するのは当然ですよ。特にボクはね」

「…あんた、変な所でブレないな。必要のない部分で頑固というか」と、ホッドの言にザインが呆れる。

 レイナースらが依頼書を前に検討し合い、エメローラの班が受付でのやり取りを済ませた頃、階段を下りてくる存在がいた。気付いた組合員たちが深くこうべを垂れる者の姿が。

 漆黒の鎧を身に纏い、その立ち振る舞い一つにも勇壮さを感じさせる英雄。エ・ランテルの守護者、"漆黒"モモン。

 その彼の後ろに付き従う、鋭利なまでの美しさと魔法の実力を備える魔法詠唱者マジック・キャスターである、"美姫"ナーベの二人であった。

 圧倒される佇まいでありながらも、二人からは強者から感じるような重圧はない。受付の男が言っていたように、性格は気さくで飾らないのだろう。だから威圧するような気配がしないのだ。

 それを当たり前にこなせるような者。それは、生まれながらの勇者ではないか。

 レイナースは、"美姫"の顔に憎悪が湧き上がるのを、精神力を振り絞って抵抗する。ここで"漆黒"の印象を悪くするような行為は、絶対に出来なかった。

 向こうもこちらには気付いているだろう。ならば、こちらから動かねば。

「はじめまして、"漆黒"の英雄。私はレイナース・ロックブルズと申しますわ」レイナースが一歩を進める。

「こちらこそ、はじめまして。私はモモン。英雄と呼ばれるに相応しいかは、自信はないがね」

 威風堂々とした態度、仕草、語り方。それでいて茶目っ気も見せる。相手に安心と信頼を与えながらも、自身の存在感は揺るぎないという、不可思議な魅力を放っている。

 これこそがモモンか、と内心で唸る。ここまでの完璧さは舞台役者アクターでは無理だ、確実に化けの皮が剝れるだろう。

「貴方の功績、武勲は、帝国にも轟いておりますわ」

「私も、帝国から心強い騎士たちが、この魔導国の冒険者となるために訪れたと聞かされたばかりでね。それが貴女方かな?」モモンは周りの者を見渡す。

 レイナースは首肯する。

「冒険者組合が、そして君たちが、この都市エ・ランテルに暮す人々の希望となってくれる事を、私は願っている。どうか、皆の力になって欲しい」

 英雄の、人を慈しむ重い言葉と礼。皆が黙って同じように頭を下げた。

「そして、君たちも何かあれば、私も微力を尽くそうと思う」

 モモンの言葉に、レイナースは動く。これが最初の機会チャンスだった。

「英雄よ。早速の私からの願いを聞いてくださいますか?」

 モモンの傍でナーベが動くが、「聞こうとも」の言葉に留まったようだ。

「私が魔導国の冒険者を志したのは、一つの目的もあるからですわ。それは、この身に掛けられた呪いを解く事です」

「ほぅ。それは察するに、神殿でも解呪が叶わないほど強力な物、という事かな」

 モモンの推察に、レイナースは頷く。

「なるほど。都市の人々の治癒を担う神殿とは、この国は難しい関係になっているが、冒険者となった貴方には支援の一環として解呪が可能か、私の方でも手を打ってみよう。即座の解決とはいかないが、それまで辛抱してくれるかね?」

 希望が降ってくるようであった。魔導国に来て、早くも解呪の糸口を掴めたのは、レイナースにとって大いなる前進であった。

「無論、私は戦士。優秀であるナーベも魔力系である為に、解呪の出来る他者を頼る事となるだろう。確約は出来ないが、尽力しよう」

 英雄から手を差し出された。大きな手であり、美しい全身鎧フル・プレートの装甲に包まれた戦士のものだった。

 レイナースはその手を握る。

 全身全霊の想いを、期待と、願望を込めて。

 やがて、握手を済ませ「また会おう」と赤いマントを翻し、"美姫"を伴って颯爽と去って行った。

「…あれが、"漆黒"か」ロイドが感嘆の声を上げる。

 皆が、惚れ込む。そんな偉丈夫であった。

「そう、あれがモモン殿だ」

 冒険者組合長が階段を下りてくる所であった。そして、レイナースたちを見回す。

「彼は英雄であり、このエ・ランテルを守る為に、身を挺して魔導王陛下に仕えている。……ロックブルズ殿。この都市の住人が最も恐れる事は何か、分るかね?」

 漠然とした問いだ。

 だが、こちらを責めるようなものではない。ただ何かを伝えたいのだろう、と思い「いえ」と素直に応える。

 組合長のアインザックは、人々の想いを伝える。

「それは、この都市の人々が悪事を働き、彼に失望されながら処刑人としての執行をさせてしまう事だ。アンデッドに殺されるより、死者として使役されるより、このエ・ランテルのために、自身の望みを捨て、住民の希望となり続けている"漆黒"のモモンを落胆させてしまう事が、何より恐ろしいんだよ」

 かの英雄に蔑まれる事が恐怖。

 今なら、解る。彼に合った者ならば、そうもなろう。

「この世に恥は多くあろうとも、この都市の者にとっては、彼が絶望するような行いこそが最悪の羞恥なんだ。その事は、覚えておいて欲しい」

 法文化はされていないがね、と苦笑する。

 民衆を怒らせるのは恐ろしい。帝国の敵を作りたくはないし、その為に来たのではないので、レイナースらにも異論はなかった。

「さて、カッツェ平野の任務に行かれると聞いたが、油断はせずに無事に戻ってきてくれ。数日中には見せたい物があるので、くれぐれも安心安全をお願いするよ」

 呪いからの解放に光明が射したレイナースも、大いに同意する所だった。

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