第24話 伏魔殿

 某月某日、某民俗学研究所

「悪魔の数って二兆六千億とも言われるが、アレ誰が数えたんだ?」

「お告げを感じちゃったんじゃないか?」

「きっと、ある日突然目覚めたんだよ。真実に」

「…脳の研究が進むにつれて、昔の人の病気まで推測されるのが何とも言えないよな。実際の患者との比較研究で、同様の症状が確認されると、神の奇跡や不思議な現象がってバレちゃうから」

「身も蓋もない…」

「俺は滅亡の書とラノベの区別がつかん」

「明らかに幻覚だよ、アレ。現代なら即入院コースの」

「ポッと出の作家が精神病みたいな言い方、やめてクレメンス」

「変な語尾を使うなナリ。お前、今年で何歳ナリ?」

「おい、悪魔の数はどこにいったんだ?」

「日本野鳥〇会が数えたんじゃないか、悪魔」

「……急に信頼感が出てくるの、不思議だよな」

「ああ、野鳥の〇なら信用しちゃうわ。何故か」

「あのカチカチする奴…っ!」

「カチカチカチカチ!」

「正式名称で言え!」

「なんか、日本昔話の方を思い出すわ。カチカチ言われると」

「あの話、最近の絵本で内容が改変されたらしいぞ?」

「嘘だと言ってよ、バーニィ…。伝承を出版社の都合で変えるなよな、まったく」

「…ポケ戦のセリフが出るとか、君いくつなの?」

「あ、おはようございまーす。今日もなんか眠そうですね」


 アインズ・ウール・ゴウン魔導国の都市エ・ランテルの門を潜る。

 国境の砦で事前講習を受けていた為に心構えが出来ていたので、こちらでの講習はすんなりと終えた。最大の問題は、門の兵士に武器を預けた先にいる死の騎士デス・ナイトであり、このアンデッドの前を無手で通るのは肝を冷やした。

 特に神官二人の受けた衝撃は相当なもので、今まで反省の色が見られなかったホッドが、今日一日で随分と恐怖に縮こまった。この点は、良い薬にも思う。

「…神のご加護が、この地にはないのだろうか?」

 風の神殿の超問題児が呟いた声に、応えた者はない。

 今度の入国管理官は、側塔の講習室の天井に作られた小さな家から出てきた妖精フェアリーであった。「みんな~、こんにちは~。あれあれ? お返事が聞こえないぞ☆」と、終始明るく子供をあやす様な調子。

 その年齢を聞けば無理もない、普通の人間の比ではなかった。

 そうして武器を返され、ようやく魔導国の都市に入れる。

「長かったですわ…」レイナースの囁き。

 恐れと感動が綯交ないまぜになり、身体を震わせた。

 自らの呪いを解く手がかりを得るべく、ここまで来た。まだ、始まったばかりなのだ、レイナース・ロックブルズの命を賭した試みは。

 皆も馬や馬車に乗り込み、二番目の門に向かうと、色違いの仮面をしたアマンダがこちらに手を振っている。

 屋敷で使っていた荷馬車に乗り、細々こまごまと買い物をし終り到着を待っていたと言う。

「ここからは、あたいが案内しますよっと。新居にね」

 アマンダの荷馬車は一行を引き連れて、都市の中央へとどんどん進む。第三の門まで近付く。この都市についての知識では、第一の門は倉庫区や墓地に兵の駐屯地、第二の門が居住区、第三の門は行政区だ。

 活気、という点に関して言えば、帝都と比べるまでもない。強大なアンデッドが複数体で巡回をしていれば、もなろう。擦れ違うだけで、レイナースたちの身の毛もよだつ。

 犯罪や敵対行動をしなければ襲われる事もない、とは聞いていても、やはり警戒してしまう。この恐怖に打ち勝てねば、この都市での生活は出来まい。

 高等生物の特権は『慣れる』ことが可能なところだ。良くも悪くも。

 道の周りの様子や建物も、中央に来るほど立派になるようだ。

 第三の門を前に、荷馬車は角を曲がる。アンデッドの支配地にしては、この都市が恐怖に染まっているという事もなく、生きている人の姿もあったが、この周辺は随分閑散としている。

「なんか、帝都の高級住宅地みたいな雰囲気だな」スコットの感想。

「ほら、あので騎士やら文官やらお偉いさんだけは、みーんな王国に逃げちまったでしょ? 住んでた高給取りが軒並みいなくなったんで、こうも静かってワケ。ま、そのおかげでここも借りれたんだけどね。着いたよー」

 塀に囲まれた頑丈な造りの二階建て、屋根裏有り。手前に大きめの倉庫、石畳の広場には真新しい小屋。その向こうには馬房が見える。

「居住区の警備連中が使っていたらしいわ。馬は十二頭まで、デカい馬車二つは倉庫、この荷馬車はあの造ったばかりの小屋。あと、はなれもある。荷物はとりあえず倉庫に降して、馬は馬房ね」

 指で指示しながら、アマンダの説明は続く。

「個室は全部で二十部屋。地下室は外の玄関脇に物置、厨房の下には食料庫、階段下が。食堂は一階、会議室が二階。お風呂に便所は各階にあり。屋根裏は今の所ガラ空き。先に運ばれた荷物は、いくつかの空き部屋の中」

 馬を馬房に連れて行き、馬飼いのグマルカじいさんに任せる。

「お嬢様、またお仕え出来て嬉しゅうございます」

「ええ、この子も喜んでいますわ。勿論、私も」愛馬を撫でるレイナース。

 満面の笑顔のグマルカ。新しい馬たちにも安心させるように接する。

 馬車から降ろした荷物をそれぞれが持ち、玄関の前に並ぶ。

「男は一階、女は二階、私は夫と同室♪ 部屋は今から二階会議室で決めて、それから夕食」そう言いながら、アマンダは呼び鈴を鳴らす。

「ようこそ、アインズ・ウール・ゴウン魔導国での新しい住居へ」

 ガチャリ、と扉が開かれ、執事のノーラックが笑顔で迎えた。

「皆様、お待ちしておりました。どうぞこちらへ」

 なんだかその顔を見て、この国に来て始めて安堵した気持ちになった。

 こちらを即座に全滅させる死者の兵団が、そこら中にうじゃうじゃと闊歩している死都にあって、自分たちが今までどうやって生活していたのかも忘れていたように思う。

 それを今、思い出せた。


 荷物は持ったまま先ずは部屋決め、と二階の会議室へ案内される。

 用意されたお茶を飲みながら、見取り図を確認する。

 玄関の正面が階段。

 左の地下に降りる階段はで、これはレイナースの部屋だと言う。

 一階は玄関側の左右に五部屋づつで、左には便所と風呂に馬房側の出入り口があり、馬飼いのグマルカがその傍の部屋。右は食堂と厨房と勝手口で、その脇がイナンウ夫妻の部屋。残った八部屋を男部屋にする。

 勝手口を出るとはなれがある。住み込みの従業員を雇ったら使う予定で、ここは開けてある。

 踊り場のある階段を上がれば、玄関の上は空いた空間でここには荷が置かれていた。部屋の造りは一階と同じであり、食堂と厨房の上が会議室になっている。馬房側の四部屋にも別の荷物が置かれ、空いている六部屋を女部屋とする。

 屋根裏は今の所は何もないが、サントアッド商会から借りている魔法の収納箱から中身を出したら、使わざるを得ない。

「アマンダはラーキンと同じ部屋なんでしょ?」パネラの確認。

「そうよ」とアマンダ。

「なら、二階の馬房側にすれば? 荷物部屋に誰か侵入したら、分かるでしょ?」

「あたいはそれでいいよ」

 アマンダの視線を受け、ラーキンも頷く。

「…俺だったら、この都市では絶対に盗みに入らねぇけどな。おっかねぇ」

「荷物を守る事を前提にするなら、馬房側から詰めますか?」

「そうしよう」

「ボクは女性たちを守ってみせますよ。二階でね」

「今度ふざけた事を言ったら、その口を縫い付けるぞ」

「な、に……?」

 地下はレイナース。

 一階は馬房側から、グマルカじいさん、ロイド、スコット、ホッド、ザイン、ゼファー、マリク、トロン、空き部屋、イナンウ夫妻。

 二階は、ラーキンとアマンダ、荷物四部屋、ピヨン、パメラ、エメローラ、サン、空き部屋。

 こう決まった。

「それでは、皆は各々荷物を部屋に置き、夕食としましょう。ノーラック」

「はい、お嬢様のお部屋にご案内いたします」

 レイナースの決定に皆が動く。

 主人の荷を持ち、執事が階段を地下階まで降りる。

 地上部は木造りだが、地下は階段から壁から石であった。強固な鉄の扉が部屋の入り口を塞ぐ。ノーラックは小さく深呼吸をし、多少の力を入れて扉を引く。

「申し訳ございません。内装はこれから進める部分もありますので、今はご辛抱ください」

 レイナースは、自室となる地下の特別室の中に入る。

 そこは、同じような場所を強いて挙げるなら牢屋に似ており、鉄格子がある事からも牢屋の様であり、紛れもなく元は牢屋であっただろう事におよそ間違いはないであった。

 奥と手前、二つの元独房に違いない部屋があり、鉄格子の向こうは内装がガラッと変わっていた。部屋中を魔法の灯が美しく照らしている。奥は衣装箪笥にベッド、手前は仕切がされているのを覗いて見れば、浴室と便所に換気マジックアイテム。

 どちらも家具に合わせた天井、壁紙、床になっている。

 石壁に鉄格子と比べると非常に違和感がある。

「ノーラック、私に対してここに住めと?」

 レイナースが静かに執事へ問う。

「ここがこの建物で最も丈夫でございます。お嬢様の御身を守るに、これほど適した箇所は他には見られませんでした。また、すでに頑強、静音の魔法効果もこの部屋の壁には施されており、お嬢様の寝相でも問題ありません」

 ノーラックの返答。

 レイナースは執事を見つめる。

「気に入りましたわ。このような所で暮すのは初めてのこと。安全であれば心強いというものですわ。ですが、このような石壁は優雅ではなくってよ? 内装替えは急がせなさいな」

「はい」執事が頭を下げて了解の意を示す。

 呪いを受けてからは狂気が顔を出すレイナースだが、貴族令嬢としては元から破天荒だった性格に、時には助かる事もある。彼女は、現状眠る時は他人から離れていた方が良いし、特に女性とは離しておかないと抑制できなくなった時に危険だ。

 その点はレイナースにも自覚のようなものがあるのかもしれない、とノーラックは時々感じる。

 絶対の基準ではないので、今回も怒り出したら部屋決めが面倒になっただろう。地上階だと、悪夢から目覚めたレイナースの一撃にどこまで耐えられるか、不安があった。

 この建物自体、普通の民家よりはかなり頑丈な造りになってはいるが、帝都の屋敷よりはやはり弱い。

「お嬢様、拭く物はこちら、衣装は奥の部屋に用意しました。武具の容れ物もございます。お着替えになられましたら、夕食においでください」

 夕食の席で、レイナースの部屋が警備が捕まえた犯人を一時的に閉じ込めていた元牢屋だと知った皆の反応は様々だった。

 以前からの配下は、気に入ったならそれで良しと思うが、ピヨンとザインにマリクは顔を見合わせ、ホッドは「ボクの部屋にどうぞ!」と主張してレイナースからの鉄拳が飛んだ。森妖精エルフは奴隷時代を思い出すのか、憐れんだ様子。

 もし呪いが解ければ、異常な執着が晴れると共に考え方も変わり、また別の問題に繋がる恐れもあるが、レイナース・ロックブルズは護衛対象であると共に、この中で最強の危険人物でもあるのだ。

 常識を考えなければ、元牢屋暮らしが皆の安全でもあるのは、何とも言えぬ皮肉ではあった。

 ノーラック自身も、主を牢屋に押し込めるような執事がいるだろうか? と自問自答する。……本人が別段気にしている様子はない点は別にして、忠義の形は果たしてこれでよいのか、と。

 このアンデッドの彷徨う都市だけではない、人の身の内にも、魔が巣食っているのではないかと。

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