第20話 ローリング・ストーンズ

 それは転がる石にも似て、動き出せば行く所まで止まる事はない。

 高ければ高いほど、急であれば急であるほど、転がっていくその勢いは留まる事を知らないかのようだ。

 その終着点は運命。行くべくして行き着いた場所。

 この世のあらゆる要素が絡んだ結果の必然。

 それは宿命とも言える。

 そう、とは、日常的に起こり続けているんだよ。こんなに人が犇めき合うこの世界で、偶然にも僕たちは出会えたという事。

 それだけで、途方もない奇跡なんだ。


 帝国騎士団仕様の馬車は大きく頑丈に造られているが、御者と警護担当の騎士二名の他に四人しか乗っていないと、わびしさを感じるものだな、とピヨン・ゴルチウサには寂寥感があった。騎士たちがひしめき合う戦場、あの独特の高揚、喧噪が好ましいのだ。そんな生活が変わる。

 自分からした選択でもあったし、これから向かう先は今よりも熾烈な環境である事だろう。しかし、慣れ親しんできた事柄からの否応のない変化は、やはり物悲しくもある。それは、乗せられている四人の持ち物が、あまりに少ないせいかもしれない。人生で自由になった物の数、頑丈な袋一つの中身。

 馬車の反対側に座る二人の森妖精エルフなど、支給された衣服と特別褒賞しか入っていないそうだ。報酬は羨ましいと思わんこともないが、彼らの今までの境遇を鑑みれば同じ体験などしたくはない。

 今も、女の方が馬車に嫌な記憶でもあるのか、身を震わせて「こんな仕打ち…」と呟き、男が「しっかりしろ」「堪えて、な」と励ましている。志願した、と聞いたが奴隷から解放されたと思った矢先の魔導国行き。アンデッドの国とは知っているのだ。恐怖はある、誰にも。

 しかし、殊更に落ち込んでも仕方ないとする者もいるようだ。

 隣に座る男、ザイン・スイサンクのように。

「あんた達も魔導国に行くんだろう? 今からで平気かい?」

 森妖精エルフの二人がこちらを見る。男、トロン・コナマリムネが「ええ」と短く答えた。お互いの名前やらは、出発前に集められた部屋でしていた。

 女の方、サン・ノーベル・アカンカスタも頷く。

「早く行きたいくらいです」震えているサンだが、声は明朗だ。心配そうなトロン。

「そうは見えないが、まぁいいか。名前は駐屯地で名乗ったけど、ザインと呼んでくれ。よろしくな」

「では、トロンです」

「サン、とお呼びください」

 ザインが隣の女を見る。

「ピヨン、よ」

「名前の最後が四人全員『ン』なのも珍しいかな」

「…そう言われると、そうね。変な事に気付くわね」とピヨン。

「お互いの共通点から会話を始めるのは、相互理解の基礎だぜ。多分。森妖精エルフは何かそういうのあるかい? ほら、話の切っ掛けみたいな物は」

 サンの身体が強張こわばる。「人からは、何人の男に抱かれ…」と話し出すのを見て、即座にピヨンはザインの脇腹を肘でつつく。

「ああっと、いやぁ…戦いの特技とか、珍しい力とかないかなぁって。俺ら二人は戦士なんで、さ」

 少し話題を変えさせる。人間たちが森妖精エルフに何をしてきたかなど、積極的に聞きたい事ではない。

 トロンの方を見る。彼もサンを気にしている、話の流れを変えてくれるか、と。

「そうですね、出身や能力の話はするでしょうか。ただ、我々の森の地名を言っても実感や連想される思いもないのでは?」

 ザインは唸る。

「騎士連中も、出身地は話す事が多いけど、帝国内でも知らない地域は風習からして理解できなかったりするからなぁ」

 トロンも相槌を打つ。

「ですので、私の能力で占いをするのはどうですか?」

「占い?」とピヨン。

「はい。名前や年齢や、その人に関する事を私が聞き、…そうですね、今日の運勢を占いましょうか」

 身を乗り出す女騎士。「へぇ、興味あるわ」

 苦笑するトロン。

「情報が多ければそれだけ様々な言葉が浮かびますが、大体は漠然としています。そこから、こうした方がいいのでは? と、提案する形になります」

 本来は道具があれば精度があがるのですが、と言って、トロンが両手を肩幅程に広げ胸の前で球体を包むようにすると、白い光が出る。

「ピヨンさん、こちらの光に手を向けてください」

 言われたように、すっと手を翳す。

「こう? それと、ピヨンでいいわよ」

「では、ピヨン。質問は三つほどにしますね。名前は?」

「ピヨン。ピヨン・ゴルチウサ」

 トロンの前の光が、淡い緑へと色を変える。

「性別は?」

「女」

 質問に答える度に色合いは変化するようだ。紫色に近付く。

「主な職業クラスは?」

戦士ウォーリアー

 三つ目で青色になるが、トロンの表情はあまり良くはない。

「占いの結果、女難と水難が特に大きく表れています、ね」

「…それって、良くないわよね」結果にピヨンも顔を曇らせる。

「こうした場合は、心構えをしましょう、くらいに考えてください。幸運の方角は、西です」

 ザインが見回す。「今、東に向かっているよな? …行先で何かあるのか?」

 馬車の内部が静まる。ピヨンは占いを信じる性質たちなのか「え? え?」と周り、特に女性のサンに注意している。

「そ、それほど警戒しなくても…。軽い気持ちで、気を付けてみようかなぁ程度でいた方が良いですよ」

「そうだ、今度は俺も頼むよ。不運は吹き飛ばすもんだろ?」ザインの気遣い。

 トロンも何てことない、という態度をとって、次の占いに移る。

「では、名前をどうぞ」

「ザイン・スイサンク」

「性別は?」

「男さ」

「主な職業クラスは?」

戦士ウォーリアー

 同じ質問で、青色の光になっている。トロンが少し悩む。

「女難と水難、ですね…。幸運の方角と置物は、部屋の南東に赤龍」

 女難と水難…と、ザインも不安そうにする。

「今の俺には、部屋もなければ龍の置物なんて持ってないんだが」

 ピヨンは顔が蒼褪めてきている。見ている方が不安になるほどで、ザインは安心させてやりたかったが、同じ結果が出て試みは失敗してしまった。

「…サン、君もやってみるかい?」トロンの提案。

「いいけど」

「よし、行くよ? 先ずは、名前から」

「サン・ノーベル・アカンカスタ」

「性別は?」

「女」

「主な職業クラスは?」

森司祭ドルイド

 青い光であった。

「女難と水難…。何なのだ、これは? こんなに結果が重複するのは、初めてだ」

 トロンも不安になってくる。

「ここまで一緒となると、私も同じ事に注意した方がいいかもしれませんね」

「あんた、自分自身を占えないのか? …気味が悪くなってきた」ザインの弱音。

 己は占えない、とトロンの説明。自身の運気は自らで読む、でなければ気の流れの力を発揮できない。

「…向かう先が問題って事なの? 女難ってあなたじゃないって事?」サンを疑っていたピヨンの直球。恐れからか警護の騎士にも「あなたも占ってもらってみて」と頼んでいる。

 戸惑う騎士を説得しトロンが占えば、結果は違った。黄色の光で金運上昇、幸運の方角は西。

 つまりは三人と、恐らくはトロンにも女難と水難の気がある。

「…気を紛らわせるためだったので、あまり真剣に悩まないでください。この占いは、ハッキリと未来予知が出来るといった物ではなく、あくまで概要を伝えるような能力です。少し気に留めておく程度でも、失敗に繋がるような事は減らせます」

 占った本人の言だが、これから向かうのは"重爆"の屋敷だ。

 警戒は、強めても罰は当たらないだろう。


 秘書官マルド・シカクネスは馬車の中で仮眠を取っていた。手配に手続きに方々を回り、帝城に戻れば書類整理に資料集め諸々の連絡と結果報告。ロックブルズ邸に行く、と少し早目に出てその時間で休息を取る。

 騎士団駐屯地から四人が送られてくるのを今は待っている。「こちらで送ります」と向こうに行って貰えたのは有難かった。城から借りている馬車は四人乗り。五人乗れなくもないが、窮屈な思いをしたくないし、させたくもなかった。

 また、騎士団の人間に馬や徒歩でも「来い」と言えば来るだろうが、万が一にも森妖精エルフが逃げたなんだと事件が起これば、マルドも駐屯地の連中も危うくなる。

 送迎役を騎士団に任せられたのは、そういった意味でも素直に安心できた。こうして休めるのも含めて。

 御車席からノックされる。「来たようです」と声を掛けられて、目を開ける。騎士団の馬車が屋敷前で四人と警護騎士二人を降ろすと、マルドは馬車から出てそちらに向かう。

「おはようごさいます」と挨拶すれば、六名から敬礼される。警護の騎士が差し出した確認書に署名して、四人の受け渡しが完了する。

 騎士と森妖精エルフが二人づつ。誰もが精悍な顔付きで、マルドまで気が引き締まる思いがした。

「では、行きましょう」

 四人がそれぞれの荷物を持ち、秘書官に続いて屋敷へと歩いて行く。

 玄関の呼び鈴を鳴らせば、執事のノーラックが出る。

「おはようございます。皆様、ようこそおいでくださいました」

「ありがとうございます。本日もよろしくお願いします」

 礼をして頭を上げると、左側に見える通路から得体の知れないが一瞬見え、すぐに引っ込んでいった。白い布地に、絵と言うか記号が描かれたような、そんな物体が。

 後ろを振り返れば、四人とも同じ方向を見ている。

 見間違いでは、ない。

「どうかなさいましたか?」と執事が尋ねる。

「…ええ、今、何かが、そちらに」

 ノーラックもマルドが示した先を見るが、今は誰もいない。

「悪戯好きのお客様もおいでですので、その方かもしれませんね。ところで、お荷物はいかがされますか?」

 四人は顔を見合わせ、ピヨンが執事に尋ねる。

「お金の方を預かって欲しいのですが、どうでしょうか」

「金庫がありますので、そちらをご利用ください」

 執事が玄関脇にある扉の一つに案内する。中は、上半分がガラス張りになっており、ガラスの向こうとは窓口でやり取り出来るのみとなっていた。

 ノーラックが部屋の呼び鈴を鳴らせば、隣室から使用人が一人出てくる。

「彼が管理いたしますので、台帳の記入などをお願いします。ではこちらへ」

 四人は窓口へと向かう。

 秘書官は執事に、ロックブルズ様にご挨拶を、と言って二人は部屋を出た。

 使用人が皆に一礼する。

「おはようございます。預かり物でしたら、こちらにお願いします。何をお預かりしましょうか?」

「硬貨をお願いしたい」と言って、ピヨンは荷物から別の袋を出す。

「こちらにお名前を」と台帳が差し出される。ピヨンが記入している間に、窓口で硬貨を数える。本人に確認し、使用人の持つ別の帳簿に預かる金額を書き込んでいく。

 ザインもそれに倣うが、サンが悩んでいた。

「持っていた方が…」と言いかけるのを、トロンが全額預けさせ、「私の方で少し持っておくよ」と言って、金銀銅それぞれ数枚を懐に入れる。

「なんだ? 金を入れる袋とかないのか?」

 ザインがそう聞くと、「持っている物は少ないので」とトロンが答える。

「でしたら、こちらをお使いください」と言って、使用人は綺麗に鞣された小さな革袋を小箱から取り出して渡してくる。かなりの高級品に思われた。

 断ろうかと迷うトロンに、使用人が「どうぞ」と勧める。お客様に使っていただく為にありますので、と。

「なんだったら、俺の財布と換える?」という、ザインからの申し出の方を丁重に断った。 

 四人の財産が金庫に仕舞われると、扉が叩かれ先程の執事が入って来る。

「それでは、主の下へご案内いたします」

 ピヨンが皆を見る。これが女難となるか、もの凄く気にしているのだ。

 女性二人に、以前も付けた色違いの仮面が渡される。その後、全員で部屋を出るとレイナース・ロックブルズのいる場所に向かう。

 道中、「秘書官の方は?」と尋ねると、別の冒険者志願の一人を迎えに行ったらしい。今、屋敷には自分達四人を含めた十名が集まっている。

 残りは、二名。

 ふと、廊下から中庭の景色が見える。刈り揃えられた木々、整えられた草木、集まっている人たちの姿、石柱に縛られた…なんだ、アレ? 玄関で見た白い布の奴だった。しかも二体。

「…執事殿、あれはいったい?」

 ザインが疑問を投げる。

「昨夜、少々羽目を外してしまわれたとの事で、他の皆様からお叱りを受けているそうでございます」

 まるで動じていない執事の応答。、とは白い奴の事を尋ねたのだが、そちらの話には触れられなかった。

「あのような事が、いつも…」サンが中庭の方によろけるような足取りで近付こうとする。それをトロンが制止する。その様子に皆も足を止めていた。

「サン…、落ち着け、サン。今、必要なことは何か? それを考えるんだ」

「でも、でも…」とかぶりを振るサン。

「お加減でも…」

 言いかける執事にトロンが「平気です」と言い、俯いた彼女を支える。

「進んでください」とトロン。

 暫く黙ったままのノーラックであったが、一つ頷く。

「何かございましたら、すぐにお伝えください」

 ピヨンもザインも、森妖精エルフたちを気にしない風を装いつつ、異変があれば介助するつもりではあった。きっと、奴隷であった頃の出来事が原因だろう。

 精神の深手が癒し難いのは、今の騎士団で問題化している恐怖や錯乱などで日常生活すら送れなくなる者たちで経験している。夜中に突然跳ね起きては暴れる同僚を押さえる方も、怪我を負わされたり、異常行動の後始末で精神的にも疲労が溜まるので大変なのだ。

 治療するならなるべく早い段階で済ませた方が良い。勿論、元奴隷たちは騎士団に編入された時に治癒魔法などを受けているはずなのだが、回復しきれなかった傷もあるのだろう。

 そんな事を考えながら進んでいると、二人の森妖精エルフの耳が動く。

「…この先で、争っているような音が、いえ…号令と悲鳴、か?」とトロン。

「…ホント、不安にさせてくれるよ。あの、この先には何が?」

 ザインが執事に尋ねると「修練場です」と答えが来る。

 目的地に近付くにつれ、ピヨンとザインにも修練場からの音が聞こえ始めた。

 執事が入り口を叩き、失礼しますと開けると中の光景が広がった。

「休め! 気を付け! ポーズは不要!」剣が振るわれる。

「せぼんっ!」悲鳴を上げて、人間の男が倒れ痛みに転げ回る。

「治癒なさい! 気を付け!」

 自身に回復の魔法をかけただろう男が立ち上がり姿勢を正すと、命令と剣を振るう人間の女が四人の方を向く。

「来ましたわね。ん、どうかしまして?」

 倒れ込みそうなサンを見て、その女、レイナース・ロックブルズが声を掛ける。

「若干、体調が優れないようです。彼女は、その…暴力行為を見ますと、精神的に…不安定、になるのです」

 トロンが言葉を選びながら擁護する。

「まぁ、それはお大事に。勝手に動くな!」

「ぱぷわッ!」

 後ろで、気を付けから奇怪な姿勢をする男の動きを察知したレイナースの剣が、再び男を打つ。斬れない所からすると模擬剣だろうが、当然ながら痛い点では変わりない。

「暴力が苦手な者を前に、剣を振るわせるような行為を平然と行うなど、お前は正気ですの? その程度の分別すら神殿に置いて来ましたの、ホッド・トモッコ?」

 追撃が放たれる。再び転げ回るホッド・トモッコと呼ばれた男を、別の男が立たせた。誰も"重爆"にはツッコまないが、騎士団にいた二人は気付いた。

 男、トモッコは正真正銘の馬鹿なのだ。周りにこそ迷惑をかける類の。それだけは即座に理解した。戦場では最も邪魔な、ある意味敵より厄介な

 さて、とレイナースが四人に向き直る。

「あなた方は、大部屋へ。屋敷での生活に関して、執事のノーラックから説明を受けなさいな。本日、この屋敷にはあと二名が来ます。その後に皆で集まって自己紹介をしていただきますわ」

「はい」四人の返事。

 レイナースがノーラックに視線を送ると、執事は一礼し再び皆を案内する。

 修練場からは、来た時と同じ声がまた聞こえてきたが、皆は黙して大部屋への道を付き従う。ピヨンは思った。

 これで女難は回避できたのかしら?


 マリク・コウサザンが魔法省から、秘書官と馬車でロックブルズ邸に向かったのは昼も過ぎてからだった。正式装備は国に返還したが、魔法詠唱者マジック・キャスターは兎角持ち物が多い。

 所有する物を整理するのに今までかかったのだが、冒険者の選抜が終わってからほとんど不眠不休で片付けたのだ。あれは異例の速度であったはずだ。

 秘書官のマルド・シカクネスも、魔法省の手続き以外にマジックアイテム関連で相談事があったらしく、時間が必要だったのはお互い様だが。

 屋敷の正門を潜ると、マルドが「おや?」と声を上げる。

 マリクも見ている方向を向けば、玄関に荷馬車が停まって荷を下ろしていた。

「あの方々も、魔導国に向かう人たちですね」

 秘書官の説明に「なるほど」と応える。

「と言う事は、僕が最後ですか?」

 レイナースの冒険者募集は十二名。内十人はすでに集まり、残り二名の中で前の荷馬車がもう一人であるなら、そうなるだろう。

「今日中に集まれば良いのですから、問題はありません」

「向こうは歴戦の強者揃いですから、重圧ですよ」

 マリクも魔力系第三位階魔法をかなり覚え、それを習熟する為にも訓練を続けてきたし、同僚と比べても魔法の応用できる範囲を拡げてきた。

 ただ、帝国四騎士の"重爆"の配下からも選ばれた連中には、まだまだ経験も実力も不足しているだろう。

 魔法詠唱者マジック・キャスターとして自信は、ある。

 しかし、油断も慢心もない。向かうのは、あの魔導国なのだ。

 師匠の師匠の師匠…にもなる大賢者フールーダ・パラダインすら、大陸の頂点と認めたというアインズ・ウール・ゴウン魔導王の支配地。

 恐怖はある。

 憧れもある。こちらが勝った。

 だから、行く。魔法の神髄があるのなら、へ向かう。

 そして、まだ"重爆"レイナース・ロックブルズの強さも見た事がなかった。四騎士が選んだ人物の力量も。学べることは多いはずだ。

 御車が馬車の扉を開け、二人は降りる。マリクは荷台から自分の荷物を取り出すと、秘書官の後を追う。どうやら屋敷の執事と話している。

 自分たちの乗って来た馬車の前、先に来ていた荷馬車を見れば、荷下ろしも終わったのか屋敷の裏手に回る様であった。二人の使用人と何人かの男女が屋敷に荷物を運んでいるが、女性っぽい人たちは左右で色の違う仮面をしていた。

 "重爆"は女性の顔に憎しみを燃やすという噂だ。その為の対策かもしれない。

「コウサザン殿」

 秘書官がマリクを呼ぶ。隣に並ぶ執事が深く礼をして挨拶をしてくる。

「私は当屋敷の執事をしております、ノーラック・イナンウと申します。よろしくお願いいたします」

「マリク・コウサザンです。こちらこそよろしく」礼を返す。

「お荷物はこちらで預かりましょうか?」

 本当は自分で持っていたいが、信用しないと始まらない物事もある。

「お願いします」

「玄関にあります階段下が、皆さんの荷が置いてありますので、そちらの空いている場所にお願いします」

 執事が、荷物を運び終わっただろう使用人を呼び、マリクの背負い袋を預かると荷物置き場に案内される。おそらく屋敷の荷に他の皆のだろう物で、かなりの量があった。

 自分の荷を置きながら使用人に尋ねてみる。

「これは全て出発に合わせて運ぶ物ですか?」

「いえ、屋敷から向こうに運ぶ物は数度に分けて送っています。」

「なるほど」と、階段下の部屋から出て、秘書官と執事の所に向かう。

 執事ノーラックの案内で目的の部屋に進む。

 すでに十一人は広間に集まっているそうだ。揃った所でお互いの紹介を、という流れにするらしい。

 玄関からすぐに見えてくるが、扉の脇に女性が一人立っており、こちらに向かって手を振っている。

「おーい、イナンウさーん」

「どうされました? ジルコナ様」

 ジルコナと呼ばれた女性は面白くなさそうにする。

「名前でいーよーって言ったのに。ジルコナ、二人いるんだからさ。ま、着いたばかりで屋敷の中、わかんなくて。旦那もこの向こうで待ってるけど、あたいはオマケだからさ。なんかやることないかなって」

「それでしたら、少々お待ちください。お二人をお嬢様に紹介して参ります」

「はーい」気楽な女性の返答。

 執事は広間の扉を開け、秘書官とマリクの到着を屋敷の主に告げると、皆に礼をして部屋を出た。

 秘書官マルド・シカクネスが進行役をするようだ。

 広間の壇上に"重爆"。その下にマルドが付き、壇上を中心に半円で椅子が十二脚並んでいる。扉に最も近い空席がマリクの椅子だろう。

 すでに座っている十一人を見る。その中に二人…? ほど、奇怪な存在がいる。落書きのされた白い布を被った上に、首の辺りを紐で縛られ、その紐先に文字の書かれた木版をぶら下げている。

 一つは「わたしは馬鹿です」

 もう一つは「わたしは阿保です」

 あまり凝視するのはおかしいので、努めて無視し席に座る。

 秘書官もその存在を何度もチラチラと見ているが、やがて理解を諦めたのか咳払いをして壇上を見やる。

 レイナースが頷くと、マルドが語り始める。

「四騎士の一人、レイナース・ロックブルズ様の呼びかけに応えた十二名の勇士が、僅か数日の内にここに揃いました事、誠に嬉しく思います。」

 その言葉には、秘書官の実感がこもっていた。

「今日、集まって貰いましたのは、今一度ロックブルズ様の下に一丸となる為、相互に理解を深める事を目的としております。では、ロックブルズ様」

 秘書官が一歩下がると、"重爆"は立ち上がり皆を見渡す。

「レイナース・ロックブルズより、皆に告げる事はそうありません。私は自らの悲願の成就に向けて、アインズ・ウール・ゴウン魔導国の冒険者となるべく立ち上がりましたわ。しかし、此処に集った皆にも思いがあり、また協力をしてくださったバハルス帝国の皇帝陛下を始め、関わった帝国民の未来の可能性を開く事も忘れてはなりませんの。私たちが魔導国で地位を築き、その後に続く皆の希望ともならねばなりませんわ。各人、奮戦すべし。以上ですわ」

 レイナースが姿勢を正すと、ほぼ全員が立ち上がり"重爆"に向かって敬礼するのを、遅れた一人が見真似で動くのを冷淡に見つつ返礼する。手を下げ姿勢を直れば、皆も敬礼を解き着席する。

 赤髪の美男子だが、どうにも変な動きをする一人以外は…。森妖精エルフや白布の怪人でも、その辺りは抜かりないのだが、より異様な男の神官だった。

「続きまして、私マルド・シカクネスからはあと数日ではありましょうが、秘書官として皆さんの補佐をしていきたいと思います。帝国としても、様々な可能性を模索したい。その一つとして今回の計画は注目をされています。よろしくお願いします」

 秘書官の礼に、皆もその場で礼をする。

「では、皆様から一人づつ順に自己紹介として、名前や特技をお話しください」

 マルドはそう言うと、女の神官に「そちらから」と手で示す。女性は立ち上がると会釈する。

「エメローラ・ウォルタユン、水神様の神官です。よろしくお願いします」

 席に着くと、次の人が立つ。このやり取りが続く。

「ロイド・ハチマヌ。隊での役割は重装甲突撃」

「ザファー・ロボスーノだ。同じく重装甲突撃役さ。よろしくな」

 今度は「わたしは馬鹿です」の看板付きだった。

「魔法と錬金術が使える、馬鹿です」

 次に、行動がおかしい美男子。

「ボクの名はホッド・トモッコ。風神を信仰する神官にして、女性崇拝者! それは…」と続いて行く。

 が、隣の"馬鹿"の放つ「趣味は酒瓶を尻に刺す事です。みんな、仲良くしてね」の前に黙り込んで座った。

 次も、奇怪な「わたしは阿保です」が続く。

「阿保です。弓と索敵は少しは出来るっス」

 最も奇妙な三連星による照会が終わった。

「ピヨン・ゴルチウサ。第2騎士団所属。装甲騎兵でした。槍を使います」

「ザイン・スイサンクです。第3騎士団所属の装甲騎兵ですが、槍だけでなく弓や剣も使いますんで、よろしく」

「サン・ノーベル・アカンカスタです。森司祭ドルイドです、すみません」

 何故か謝りながら座るサンとやらを心配そうにしながら、男の森妖精エルフが立ち上がって続ける。

「トロン・コナマリムネです。弓と気の力を使います。よろしくお願いします」

「ラーキン・ス・ジルコナ。野伏レンジャーだ。今回の魔導国行きには妻も同行するので、よろしく頼む」

 広間の扉に居た人か、とマリクは思い出しながら立つ。

「マリク・コウサザン、魔術師ウィザードです。よろしくお願いします」

 これで、十二名。…名前も知らない怪人が二体ほどいるが、後々判明するだろう。今は聞けない雰囲気なのだ。

 "重爆"が再び皆の顔を確認するように視線を動かす。

 その時、扉が叩かれ、失礼しますの声と共に執事が戻って来る。秘書官がノーラックに話かける。

「只今、紹介が終わった所です」

「そうでしたか。それではお嬢様、この後のご予定はいかがいたしますか?」

「ロイド、スコット、修練場までホッドを運びなさい。基礎訓練を徹底しますわ」

 絞め殺されそうな鳥みたいな叫びを上げる美男子を、ゼファーが手で口を塞ぐ。

「エメローラ、ザインは、後に来た二人、ラーキンとマリク・コウサザンに屋敷を案内する事。残りは、ノーラックの指示を受けるようになさいな。それで、あなたから何かありまして?」

 執事を見るレイナース。

「私から、でございますか?」

「ええ、今くらいでしょう。皆が集まるのは」

 執事は少し逡巡したようだが、やがて十二名を見つめると深く礼をした。

「皆様、何卒お嬢様の事を、よろしくお願いいたします。これまで長く仕えて参りましたが、私も暇も貰う時が来たようでございます。ここに集まる方々を見ますれば、不安などありません。どうか、心よりお願い申し上げます」

 出会って間もない者は兎も角、長年、共にしてきた面々は時間の重みがある。涙するエメローラだけではない、ロイド、ゼファー、パメラ、スコット、ラーキン。皆、この別れをそれぞれ受け止めていた。

 誰よりも長くロックブルズを支えて来た男が去る悲しみは大きい。

 自分達も、生涯で最も過酷だった日々を助けてもらったのだ。その恩は、到底返せるものではなかった。ロックブルズ家への、いてはレイナースへの忠誠も多くは、彼の尽力なくしては成り立たなかったであろう。

 ノーラックが見捨てなかったからこそ、小隊の皆も女たちも困窮を乗り越えられたのだ。

 しかし、新しい可能性に飛び込むこの旅路には相応しいだろう。魔導国の引き起こす激動は、確実に帝国を襲う。の中心に向かうのであれば、尚更激しさを増す。

 もう、身体をいたわっていい。

 また帝国に残るレイナース小隊の皆にも、引退していても歴戦の古強者は心強いはずだ。

 貴族家だった頃からの者たちは、ノーラック・イナンウを心から労うだろう。「本当にお疲れさまでした。先ずはゆっくりと、お休みください」、と。

 ただ一人以外は。

「何をお別れみたいに言っているのです、ノーラック?」レイナースの疑問。

「はい?」珍しい事に、呆然とした様子の執事。

「あなたも行きますのよ? 魔導国に」

 沈黙が、あった。

 長い長い、間が。

 静けさが、屋敷の広間を支配する。

 ホッド・トモッコですら、口を閉じていた。ゼファーに塞がれているからだが。

 やがて、鳥のさえずりが聞こえてくる。

 中庭を飛び回るあの鳥は、果たしてなんという名だったか?

 執事は中庭と、その向こうの空に見える翼持つものたちを想った。

 自由に翼を広げ、大空を飛び回る彼らを…。

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