第18話 常備兵

 傭兵に頼るな、自軍を維持しろというのは、有名な兵法書にもあったハズなんだけれど、どうにも目先の利益を上げようと、社員を切り捨て外から人を安く買い叩こうとするんだよなぁ。

 海外に頼れば、国内は廃れるのも、そりゃそうだって。余所に金を流して「人が来ない、育たない」って当たり前だっつーの。

 低賃金を維持して、誰も募集に集まらないってのもさ、暮して行けないもん。

 そんで、募集広告は打つのよ。その連発する広告費の分で賃金上げればさ、来てくれた人も辞めずに続けてくれるんだけどね。

 経営努力って言うけど、経営コンサルなんていう無能のクズを雇った時に、理解したのよねぇ…。

 ああ、コイツは社員の現状とか何も見てないんだ。ただ、何かに縋りたいだけなんだ、ってね。無能コンサルが、“金をドブに捨てる”って言葉をって言い換えるの、わたし笑っちゃったわよ。

 でも、無能におだてられた哀れな経営者は、次々とお金をドブにし続けてるのよねぇ。ありゃ、経済学部じゃなくて、カルト宗教でしょ。


 使いを出したその日の夜には、ロックブルズ邸に神官エメローラ・ウォルタユンはやって来た。「荷物はそれほど多くはないし」と、大きめな旅行鞄を一つだけ持って。

 今日はまだ、皆の泊まる大部屋は準備が出来ていない、とノーラックは来客用の一室に案内するものの、「手伝います」とエプロンを着けて厨房に出てくる。

 執事は何となくそんな気もしていたが、厨房にいる妻のエルトは困っていた。

「お客様に、そんな事はさせられません」

「あら、神殿でも普通に生活していたのよ? 家事や炊事もこなせるのだから。それに、明日からはもっと人が増えるのです。手伝いで覚える事は早い方がいいわ」

 それでも戸惑う妻にノーラックは微笑んで諭す。

「折角、こう言ってくれているのです。お願いしましょう」

「はい、お願いされました」明るく笑って、エメローラは厨房へ向かう。

 その後ろ姿を二人は見つめる。

「…私は、あの子が不憫でなりません。今まで、どれだけの苦労をしたか」

 ノーラックはエルトの肩を優しく抱き寄せる。

「彼女の後悔は、きっと救えなかった事にあるんだよ。私たちの同情を押し付けてはいけないんだ」

 それに、明日から屋敷の仕事が大変になるのは、本当だった。


 翌日の昼前には、一度ロイド・ハチマヌが荷馬車を借りに来た。帝都内を回って三人分の荷物と、ゼファー・ロボスーノを乗せて戻って来る。

 執事に挨拶をしながら、ゼファーが三つ目の荷物を指す。

「スコットの野郎は荷物だけ。夕方を過ぎた頃にはここに来る、だそうで」

 屋敷の玄関ホールにある大階段の下は収納になっており、ここに荷を運び込む。

 すると、階段上に何故かスコップを持ったレイナースがやって来ると、ロイドとゼファーの言葉を遮って話し始める。

「来ましたわね。では、今から風の神殿に行きますわよ」

 スコップと風の神殿の相関が分からず、二人は救いを求める様にノーラックを見る。こうした場合、執事の言い分の方が正しい。

「お嬢様、神殿のお約束は秘書官の方が来られてからです。お二人と昼食の席へ」

 ロイドとゼファーが対応を決めて頷く。

 荷運びは使用人たちに任せて、レイナースの暴走を止める役に付いた二人は、説得の為に足を踏み出すが、スコップを構えた彼女との緊張関係に突入する。

 突破されて玄関の外に飛び出さないよう警戒しつつ、距離を詰める。

「お嬢、俺も腹が減っちまってるんで。用事は午後にしましょうや」

 ゼファーが話しかけて、ロイドが抑える機会を窺う。

「スコップじゃスープは飲めませんぜ?」

 本当に何があるのか知らないが、「神殿…」と呟くレイナース。

「秘書官殿が来るってお約束なんでしょう? 守りましょうや」

 歴戦の戦士二人の包囲は突破困難と見て、彼女はじりじりと階段を後ろに上って行く。その背後である二階には……

「えい」と、レイナースの上半身と両腕が、背後から抱きついてきた人物の腕に拘束される。彼女の頭突き防止に密着された顔には、左右で色の違う、顔の上半分を隠す仮面をしている。

 エメローラであった。

 その瞬間にロイドはスコップを押え、ゼファーはまるで背負うような格好で両腕の脇にレイナースの脚をはさむ。

「何をしますの⁉」抗議するお嬢様。

 呆れるゼファーが答える。

「そりゃこっちのセリフですよ、スコップなんて振り回そうとしちゃ危ないでしょうに…。ささ、昼食にしましょうや、めし、めし!」

「階段を降りて、右から行きましょう~」

 二人に拘束されたまま、駆け足で連れて行かれるレイナース。

 スコップを持ったままのロイドは、溜息を吐くと玄関脇にあった道具入れにソレを置いて、自身も昼食に向かった。


 帝城での仕事を切り上げ、昼を過ぎた頃合いを見計らって向かったロックブルズ邸では、屋敷の主が、ぶすっと頬が怒りで脹れていた。両脇には、スコップを持った男二人。

 神殿での出来事を知らなければ、「いったい何が始まるんです?」とマルドは尋ねていただろうな、と思う。

「お嬢は向こうの馬車がいいでしょ。俺らは荷馬車で付いて行きますよ」

 神殿で何を掘るのか知らんけど、と男の一人が疑問を浮かべる。

 帝城の馬車に乗り込みながらレイナースは答えた。

「神官ですわ」

 顔を見合わせる二人。「神官ってのは、畑から生えてくるのか?」

 神殿が放置していなければだが、不思議そうな男たちも、現場を見れば理解できるかもしれない。マルドは御者に、風の神殿に向かうように指示した。


 レイナースと秘書官が、風の神官長に挨拶に向かっている間、裏庭で待機するという段取りだった二人の前には、男の頭が土から生えていた。

「あら、こんにちは。私が見張り当番の時に、来客がよく来るわね」

 近くの木陰で本を読んでいた女が声を掛けてくる。前髪が顔の半分を覆っているが、文字は読めるのかと余計な事を思いながらゼファーも返事をする。

「どうも、こんにちは。帝国四騎士の使いです、…って事なんだが、それにしてもは神殿の修業か何かか?」

 土から生えている頭を指差すと、女は笑う。

「そんな訳ないでしょ、帝国四騎士様のご所望よ。まぁ、問題を起こされるよりはマシかと、このままにしておいたのは私らだけどもね」

「…問題児なのかよ。一人だけでも充分なんだが」

「おい」

 足元から声がする。

「貴様らだな、ボクをこんな目に遭わせたのは」

「この生首…、喋るぞ?」

「黙れ、蛮族共め。だが、いま出せば許してやらん事もない」

「何を言っているんだ?」

 男二人は女を見るが、「いつもなの」と肩を竦めるだけだった。

「俺達には、あんたの処遇をどうこう決定はできねぇんだ」

「ふん、人の言いなりか? いふんbづjでゃj……」

 読書女が後ろから布の猿轡を噛ませる。

「ごめんなさい、男性とはこんな調子で話は通じないの。…女性とも会話が成り立たないけど、心が病気がちな人は騙されちゃうみたいで」

 ゼファーも呆れる。

「どこにでも迷惑な奴はいるもんだな…っと。ついでに何だが、この生首に目隠しも出来るかい?」

「出来るわよ?」とすでに布で目を覆って結びつけている女。

「でもどうして?」

「いや、なぁに紳士淑女には見せられんが、ちときちまってな」

 神殿の裏庭に沈黙の風が吹いた。

「ふぃ⁉」何かに気付き、抗議を上げる生首。

「お嬢さんも、向こうを見ていてくれるかな?」と、ゼファーは女の足元の水差しを指す。読書女も気付いたのか、悪戯気な笑みを浮かべて「わかったわ」と答えながら、水差しを取るとロイドに、ロイドはゼファーに手渡す。

「ふぁ、ふぁふぇふぉッ!」

 じょぼじょぼと音を立てて注がれる。「ふぃはま!ごぼぼ」と半狂乱の生首に、吹き出しそうになるのを必死で我慢する女。ゼファーがほぅ、と一息吐きからになった水差しを女に渡す。

 ついに堪えきれなくなったのか、読書女が爆笑する。

「ぶふぉっはっはっは! 何、それ⁉ 四騎士も大概だったけど、あなた達も面白いわね。ひー、苦しい! みんなそうなの?」

 ゼファーが苦笑する。

「帝国騎士だってもっとにやるだろうさ。…まぁ、この男も向かう先がヤベェんだ。先日、こいつが何故うちのを怒らせて埋められたのかは知らねぇが、まったく反省してねぇ事だけは分かるからな。そういう馬鹿は、絶対に他人を巻き込んで盛大な犠牲を出す。」

 だから今の内に引き締める、とゼファーが真剣な顔をする。ふざけた様子は一切なかった。実際に、馬鹿による犠牲者を見て来たのだろう、と女は思った。

「私たちも、もっと真剣にあんたを止めるべきだったわね。ホッド・トモッコ。」

「ふぶぶ…」

 読書女は、ゼファーとロイドを交互に見ると微笑む。

「こいつ、性格は超難ありでも、魔法の腕は確かよ。人を…というか、女性を守りたいって気持ちも、多分だけど本物。面倒だろうけど、よろしくね」

 二人の男も微笑みを返す。

「面倒には慣れてる」ロイドの達観。

「…慣れたかねぇけどな」ゼファーの溜息。

「ふぶふぁんふぉ!」生首の、恐らくは怒り声。

「何をしてますの?」やって来た疑問の声。

 神官長との話は終えたのだろう、レイナースとマルドがこちらに歩いて来る。

「神官の皆様との親睦会ですよ」

「そうでしたの。…あら、何か噛まされていますわね。取ってくださる?」

 ロイドが、生首から猿轡を外す。大きく息をする男。

「貴様ら、許さんぞ!」発せられる鬱憤。

「…本当になんですの?」

 女の声に、生首が呆然とし、すぐに笑顔を作る。

「失礼しました、お嬢さん。貴女に向けた言葉ではないのです」

「…変わり身は早いな。なるほど、こりゃ重症だ」とゼファー。

 どちらの話も取り入れずに告げる"重爆"。

「ホッド・トモッコ、貴方を私の配下として神殿より預かります。これから向かう先は魔導国、成す事は冒険者となる事。以上です」

 暫くの間の後に、不敵な笑みを浮かべる生首。

「私には、この神殿で帝国の女性たちを守る義務があります」

「貴方が造り出した神殿への悪評は、払拭しきれないのでしょう。帝国の神殿勢力にはおけません。魔導国でも同じような問題を起こすようでしたら、私がその場で処刑しますわ。おわかり? では、掘り返して、運びますわよ」

 見れば秘書官の御者が、ロックブルズ家の荷馬車に乗ってこちらに向かって来ていた。「お待ちくだ…」と言い募る生首、ホッド・トモッコは、レイナースの蹴りを顎先に喰らい、朦朧としている間に掘り出され、荷馬車に置かれると、すでに載せられていた彼の私物と共に運ばれていった。

 じゃあな、と手を振るゼファーに、読書女も右手で軽く振り返す。

「行ったかぁ」

 女は、本と椅子に水差しを持って、風の神殿へと戻る。

 一番の人災発生源は"重爆"に任せられたが、神殿勢力はこれから内部の意見を一とする為に結束を強める代わり、反対や反発には厳しく当るだろう。神殿の理念も、支援の範囲も、今よりも神殿上層部の方針が強く反映される事となる。

「馬鹿は、他人を巻き込んで盛大な犠牲を出す、か…」

 人の口に戸は立てられない。神殿の締め付けの強化に、ホッド・トモッコのやらかした事への対処にと、今後は治療するにも厳正さが増す。となれば、貧困層の支援もまた難しくなるし、強行すれば神殿も今までのようは行かなくなる。

 神殿の救済が届かない、声すら上げられない貧者の犠牲は、帝国の隅でひっそりと増えるのかもしれないな、と女は思った。

 そして、自分には何が出来るのかを。

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