第17話 星のコンパス

 星の輝きってのは、アレが一つ一つ太陽と同じような恒星だってのは、本当なのかね? 詳しくないから聞くんだけど、どうなの?

 多分、光を発している星と発していない星を比べると、光ってる方が少ないと思うんだよね。

 だとしたら、数え切れない星々より、光っていない星々の方がずーっともーっと数え切れなさ過ぎるほどあるってことなんじゃないかな。

 なんか、想像しようにも規模が違いすぎてスゴイよね。エモい。

 星の世界に行くってのはさ、圧倒されるために向かうようなものじゃないかな?


 余談は許さぬが、相手の反応待ちでもあり、帝城の厳戒態勢は部分的にではあるが解除された。警戒中の騎士たちも、休める時間を取れるだろう。

 決め事が落ち着いてきた分野の文官にも、適宜休憩を取らせる。魔導国からの返答があれば、また激動の嵐に身を切られるような多忙さになるのだ。今から備えねば持つまい。

 バハルス帝国皇帝ジルクニフも、自分が主導していた物事を各専門官に采配するのも進んでいた。後は、各所からの報告を確認し修正する、を最終決定まで繰り返すという地味だが重要な作業を、これまた多方面で同時進行する。

 帝城や帝都周辺は落ち着いてきたが、これから地方の反応も増えるだろう。遠方の貴族もそうだが、来るのも戻るのもどうしても時間が掛かる。国境近辺は特に現状維持は厳命してあるが、属国化の決定に動揺がない訳がない。

 これは皮肉な事だが、魔導国と比較すれば今まで粉骨砕身してきた帝国内の問題にも、一歩引いてより広く俯瞰する事が出来るようになった。感覚が麻痺するのは拙いが、より適切な人材に判断を任せられるのは、政治の在り方としては対応に拡がりを持てる。

 問題は裏切りだが、帝国魔法省と情報局や司法局の成長を促す事で、私権を拡大しないか監視する。それに、人間のやる事を疑い出せばキリが無い。

 秘書官マルドの報告を聞いて、"重爆"をどうするかを考えれば、内乱や皇帝暗殺を企んでいないのであれば、さっさと魔導国に行ってもらった方が、帝国にも本人にも良いだろう。

「陛下、ロックブルズ様の希望した人数の十二人は揃いましたが、相談をするにも不便であり、また各個に監視をするよりは集めておいた方がよろしいかと考えます。通常ですと、今のお屋敷でよいのではと思いますが、如何しましょう?」

 そのくらい決めても良いのだが、本当に"重爆"が裏切った場合、担当秘書官の責任は免れない。皇帝の確認を取らねば死の危険があるのだから、当然と言えばその通りだ。皇帝が最高権力者である為の弊害、これはジルクニフが受け入れるしかない。円滑にしたいなら、こちらで権限の範囲を設定してやる事だ。

「"重爆"の屋敷でよい。情報局も手間が省けよう。そして、入り用な物の用意は、冒険者となるのを望んだ奴の個人資産で賄わせる。…と言いたい所だが、ロックブルズの家を断絶した時の事もある。お前の権限で使える金額と、マジックアイテムの個数を記載しておく。財務と魔法省保管管理の許可証だ、必要のないようであればそれが最適であり、こうした援助が帝国の冒険者連中には知られぬようにせよ」

 国の支援があるなら、誰だって欲しい。特に命がけの職であるのなら。

 冒険者だけでなく、組合に知られても困るのだ。帝国の冒険者志望の流出を助長する、という批判がそれだ。さらに、強力な冒険者がごっそり移動されても、国家としては問題である。

 帝国騎士団からみすぼらしい集団が冒険者として来た、というのも悪評となるし、国家主導で銀ギラ銀に武装させて送り出しても、国内の不満が炸裂する。

 "重爆"が揃えた物を、こちらで少し整える。に行ける程度には身支度が出来るようにはしなければならない。

「騎士団、魔法省の者からは通常装備を回収、退団金などは規定額を渡せ。神殿から出る者には関与しないが、神殿勢力に感謝は伝えること。ただ、森妖精エルフは所属して日が浅すぎる上に、奴隷であった為に資産もない。よって、彼らには特別賞与を授ける。帝国の命に従った事に対する報酬として皆の前で授与すれば、他の者も帝国への忠誠を見せるだろう」

 奴隷から解放され騎士団に所属して尚、扱いがまったく変わらないのであれば、帝国への疑惑はさらに深まるだろう。今回の魔導国行きは命令であり、働きは相応に報われるという事を、森妖精エルフだけでなく不遇をかこってきた者たちへ示せる。

「四騎士の鎧については、出発日が決まったら返却させるのがよいか。それ以外には、お前からはあるか?」

 秘書官マルドは、「いえ、そのようにいたします」と深く礼をして下がる。

 すぐ次の決定を求められているのも、秘書官はまた理解していた。

 ジルクニフは、安らぎという言葉を憶えてはいても、意味を忘れそうになるな、と精神的な疲労の深さを思い知る。魔導王の地下大墳墓に向かった時に、随分と久しぶりに昼寝をした事がまるで遥か彼方の夢のようだ。

 あの時の自分を引っ叩いてやりたい。「目を覚ませ!」と、お前の運命はすでに魔の手に掴まれているのだぞ、皇帝ジルクニフ! と…


「いやいや、毎度どうもイナンウ様。いつもいつも御贔屓にしていただき、誠にありがとうございます」

 満面の笑顔で深々とお辞儀をする恰幅のいい中年の男に、ノーラックも笑顔で礼をする。

「こちらこそ、いつもお世話になっております。サントアッド様、どうでしょう? 本日はお茶なども飲んで行かれませんか?」

 サントアッドと呼ばれた男は、ほっほっほと笑い声を上げる。

「それはそれは、ご馳走になります。みんなも、荷運びを頼んだよ」

 後ろに声を掛けると、荷馬車から食品や雑貨を運んでいた男たちが「はい!」と元気な声で応える。

 ノーラックは勝手口に近い、屋敷の関係者や商人と話す時に使う応接室へと案内する。すでにお茶の道具は用意されていた。

 席を勧め、二人分のカップにお茶を注ぐ。どうぞと差し出せば、感謝と共に頭を深く下げる。一口啜ると、感嘆する。

「いい茶葉を使っていますな~。産地すら当ててしまえる程に、味わいが深い」

「仕入れているご本人の言であれば、間違いないでしょう」

「ほっほっほ、これに関しましては自信がありますよ。香りもいいですぞ」

 男は、クフガルア・サントアッド。

 帝国を中心に他国とも取引をしている商人で、このロックブルズ邸とも付き合いが長い。より正確には、執事ノーラックと長年の知人。サントアッド商会の三兄弟の長男、帝都の交友関係も広いが財布の紐も口も堅い。

 食料に茶葉に調味料に香辛料、雑貨や家具に賃貸、仲介に情報と幅広く手掛けている。まめに挨拶に来るし、相談事があると出入りしている商会の者に頼めば、都合の良い日を調整して足を運ぶ。今日もその搬入の付き添いというていで屋敷に来ている。

「どうですか、新しい国は?」

「いやはや、何とも奇妙な有様で、恐ろしい兵隊がうろうろしていますが、存外人々の暮らしは変わりません。活気はないのが残念ですが、商売も以前と同じように始められそうですわ」

 これもイナンウ様のおかげです、と笑う。

「それは重畳。では、私財を置けるような倉庫なども、借りられますかな?」

「お任せください。量にも依りますが、当商会で押さえた物件に倉庫もございますよ。何を運びましょう?」

「この屋敷の生活に係わる品々です。魔法の収納箱も使いますが、恐らく四頭馬車三台分ほどかと」

「それでは…」と、いつも朗らかな商人の顔が少し曇る。

「行かれるのですね。…帝都から離れる事になるとは、寂しい限りです」

「退職したならば、故郷に戻るつもりです。お嬢様の引っ越しや向こうでの手配なども、お願いできますか?」

「はい」短い返事をすると、どちらともなく二人でともに礼をする。

 お互いの長年の出来事をいたわるように。別れを惜しむように。年を重ねるほどに、昔からの友人知人は去って行く。今では行方すら分からない者もいる。それを思えば、こうして人生の節目に立ち会えるのは、幸運かもしれない。

 さて、とクフガルアが話題を切り替える。

「実は、入国審査が独特なので、事前に説明しても戸惑うかもしれませんね。私どもは随分悩みましたが、それに納得が出来ないとなりますと、あの都市には入れませんので…」

「お嬢様と共に向かわれる皆様が揃った時に、一度は話しておいた方がいいでしょうな。知らずに行きますと、その場でご破算となり兼ねません」

 商人からの報告書にもあったが、信じられない事をすると戦慄したものだ。

「そして、サントアッド様。向こうでの貸倉庫はお願いしましたが、その前に帝都で借りていました場所を綺麗にしたいと思います」

「ほぉ…。それは確かに。お預かりしておりました中身は、いつ頃にお持ちしましょうか?」

明々後日しあさっての夕方にお願いしてもよろしいでしょうか?」

 承りました、と微笑む。雑談をしつつ、商会の者たちも出されたお茶で休めただろう頃合いに、商人も礼をして席を立つと次の商談先へ向かって行った。


 主に騎士団での退団者の事前手続きを終えて、秘書官がロックブルズ邸を馬車で訪れたのは昼を過ぎてからであった。

 呼び鈴を鳴らせば、執事が出迎える。

「イナンウ殿、本日の勤めに参りました。ロックブルズ様は?」

「現在、修練の最中さいちゅうでございます。どうぞこちらへ」

 案内されると、帝国の訓練着姿のレイナースが中庭の真ん中に立っていた。身体が白い微光に包まれているように見えるのは、何らかの魔法による物だろう。

 こちらでお待ちください、とこの部屋に在ったテーブル席の一つを示される。執事は、庭へのガラス戸を開いて、主を呼びに向かう。"重爆"は自身の前髪に隠れた右顔をハンカチで拭い、執事は何かの道具で主人の身嗜みを整えながら戻って来る。

「ごきげんよう」

 マルドは一礼する。

「ロックブルズ様、本日もよろしくお願いします」

 椅子に掛けると、レイナースが言う。

「ええ。どうぞ、お掛けになって」

 "重爆"はこの辺りの判断が難しい。元貴族としての面もあるし、即断即決を押し通す時もある。屋敷内では前者だと予想して礼節ある態度を取り、その後に秘書官は語り出す。

「小隊から冒険者となられる皆様の帝国装備品返却や退団金に関しまして、手続きは終わりました。駐屯地の四人、魔法省の二人も同様です。ただ、神殿の方には私から何かをする事が出来ません」

 女性神官はすでに神殿を離れているらしいが、あの男は未だに埋まっているのだろうか?

「それと確認なのですが、このまま魔導国へ出発されるまで各個人はどちらで待機されるのでしょうか?」

 困ったときは、ノーラック。レイナースは執事を見る。

「宿を借り、そこで滞在していただく方法もありますが、皆様の荷物量が不明です。当屋敷ならば荷置きに問題はございませんが、ベッドのご用意や部屋の準備に少々時間が必要です。一度に全員は無理がございます」

 ロックブルズ邸には、従業員が極端に少ない。来客がほぼない事と、使用人も特に女性を下手に採用できない為もある。急な泊り客にも対応できるように、普段から用意している部屋も一つ二つはあるが、十二部屋もない。

「使っていない大部屋にベッドを運び込めば済むでしょう?」

 "重爆"野戦仕様の面が出た。

「その場合でしても、六名ずつがよろしいかと」

 よろしいのか…、とマルドは思う。執事としてはと想定したのだろうが、“重爆”にはだろう。そして、主の意見に従いつつも、修正を促す。

「ふふ、今夜はバーベキューパーティーですわね」

「お嬢様。皆様が来られますのは、早くても明日以降でしょう」

 何故か乗り気のレイナース。諫めるノーラック。

 マルドは、どうしてこの元貴族令嬢が領地のモンスター討伐などしていたのか、少し疑問であったが、単にお外が好きなだけなのではないかと今日になって思う。

 呪われてから性格もいびつになったという事だが、民を守りたいと義侠心に駆られるようには、現状からは一切うかがえない。元から外れていた頭の栓が、底ごと抜けてしまっただけなのではないか?

「このお屋敷に集まっていただくのであれば、こちらとしましては連絡も伝えやすく、大変に助かります。しかし、六名づつとは、どなたからになりますか?」

「私の隊からの方が早いでしょう。すでに皆、それぞれに指示を待っているのですわよね?」

 レイナースに、マルドは頷く。これは“重爆”と結託し、特別小隊の内部から暴動を起こす可能性も考え、迅速に手続きを終わらせてある。

 ノーラックの注釈。

「お一人はご家族の事もございますでしょうから、日にゆとりを持たせた方がよろしいかと」

 レイナースの決定。

「では、五名を明日に来させましょう。その一名には明後日と伝えなさい。それで六名には足りないなら、神殿の男を連れて来ますわ」

 そして、秘書官の方を見る。

「明日の六名は決まりましたが、明後日のもう半分の内一名は屋敷から使いを出しますけれど、秘書官は駐屯地と魔法省にいます残り五名を連れて来てくださる?」

「承知しました。お話が済み次第、各所に伝えます」マルドの了解。

「ノーラック、隊の者に使いを。明日、二人ほど来ましたら、風の神殿に向かいますわ。神官長に頼んでの紹介ですし、秘書官もご挨拶は必要でしょう」

 昼前には屋敷の戻りますわ、という“重爆”を説得し、せめても神殿への訪問は昼過ぎにしてもらい、屋敷を出る。

 使者には、風の神殿、魔法省、帝都騎士団駐屯地の順で約束を取り付けてもらい、明日明後日の予定と必要な確認に各書類への記入とを終えると、「今日は…今日こそは、余裕を持って職務をこなせました」と馬を撫でる男や御者と共に、帝城へと戻った。

 自宅、ではないのが、なんとも言えない辛さではあるが、昨日に比べたらマシであった。

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