第16話 力のうねり

 得る為に捨てたり。

 その力。

 その想い。

 その可能性。

 これが最も解らぬ。可能性という物が。

 それは、良くもあり、良くないものでもある。どうなるのか物事、確定しない未来、そのものだからだ。

 確率論で「こうなる確率が高い」と予想は言える。

 願望論で「こうなって欲しい」と希望は言える。

 ただ、。そこまで行き着かねば、決して。

 事象として確認しなければ、何を得て、何を捨てたかも解らぬ。

 が、何をもたらすかも……。


 帝都にある騎士団駐屯所の門番の「あれ? また来たの?」という顔は、使者も秘書官も「こちらも同じ気持ちだよ」と思わずにはいられなかったが、向かう先は違った。

 先のカッツェ平野の虐殺において、帝国騎士の自滅により多数の死傷者が出たが、その問題は一向に解決していない。

 騎士団の死者は、ほぼ従来通りに扱えばよい。帝国として葬送する。

 死傷した騎士の補充は、募集し育成するまでの時間と予算が圧迫している。

 傷は傷でも、心の傷を負った騎士たちは、様々な対応を迫られている。戦う勇気を無くし退団を望む者は、騎士補充問題と地続きで、今後も拡大するだろう。日常生活すら支障が出るほど精神をやられた者も、見舞金を出さねば「騎士団に見捨てられた」と不信が募り、今後の志願者募集にも響く。

 そして、団に所属した期間と実績に応じた退団金も支払われるのだが、毎年予算として計上されているとは言え、一度に大量の者が辞めればそれだけ金額も跳ね上がる訳で、その財源をどうするかも含めて大問題だった。

 もう一つ、別の問題がある。それこそレイナースたちが向かっている先だが、騎士の中にはあの虐殺で、魔導王が魔法で生み出した化け物が帝国陣地に迫って来た時に、逃げ出さなかった者たちがいる。圧倒的な力を前にしても、むしろ引き付けられる人間。

 責任感から逃げ出せなかった"激風"や各将軍に隊長が、その場で憶えていた限りの者と、聞き取り調査でそうした傾向を把握した人物を中心に集めたのが、待機の名目でここの駐屯地に隔離されていた。

 そうした人間は少数とは言え、カッツェ平野に赴いた六軍団すべてから集めるとそれなりの人数になる。

 ただ、こいつらの扱いは正直、どうしたものか悩んでいるのが現状だ。

 元々、騎士団で再教育が必要な者たちを集めて訓練する、特別な部隊があった。その枠を拡大して押し込めているのだが、訓練にも直向ひたむきであるし、その成績もと比較してかなりいい。

 思考、思想的に危険でないと判断されれば、原隊復帰させる方向ではあるが、まだ始まったばかりである事と、実際に何を仕出かすのか具体的な危険性を上層部も指摘できないのだ。

 例えば、反乱を企む可能性と言われても、そもそも過去に退団した者が何をどうするかまで分からないのと一緒で、個人がやらかすかどうかまで疑えば、キリがない。大賢者や四騎士などの帝国最強位が裏切るのと違い、現状たかが騎士なのだ。

 一応、魔導王に心酔して変な組織化するのは阻止する、そうした芽は摘む、という段階でしかない。保険として騎士の帝国情報局員も何名か入り込んでいる。

 そんな微妙に不安要素のある騎士たちだが、冒険者として魔導国に連れて行くのなら、問題ないのでは? というのが、マルドと騎士団の思惑だ。

「こちらが挙げられる候補は大体決まっています。後は本人の意思でしょうな」

 特別部隊の隊長、往年の指導教官ムチウル・ナトピッシは、監視棟の二階から集会所を眺める。現在の時間は、多くなった部隊員の配給所として使われており、机と椅子が並べられ二百人近い騎士たちが食事をしていた。

「しかし魔導国に向かわれるとは、帝国からがいなくなると思うと、寂しくもありますな」

 真顔で言うムチウルに、レイナースが微かに苦笑する。

 この男にはレイナース達も指導を受けた。モンスター討伐に駆けずり回っていただけに強さは初めから折り紙付きだったが、騎士団で動くとなるとまた違う。式典での振る舞い、動作、敬礼,行進、号令、から基礎訓練を徹底的に反復した。

 新規の騎士を教育するし、こうして再教育もする。この駐屯地にいたあの森妖精エルフたちも指導されているる事だろう。

 騎士団内で長く教官として勤め、最も多くの騎士と関わり、最も多くの騎士に恨まれ、最も多くの騎士に記憶され、最も多くの騎士に感謝され、最も多くの騎士の脱落と死を悼んできた男。

 騎士団七不思議の一つ、ムチウルは教育を担当した騎士をすべて記憶しているという噂がある。残りの六つは、帝国騎士になれば耳にする機会もあるだろう。

「候補は決まっているのでしたら、この隊からは何名を選ぶのですか?」

 マルドが聞けば、"重爆"は「残り二名を決めますわ」と騎士たちを見回す。

「では、その候補者の方々と面接を?」

 候補者自体、何人いるのかまだ聞いていないが、さすがに全員となると時間がかかるのではないだろうか?

 レイナースもしばらく無言でいたが、やがて考えを口にする。

「ノーラック、私の前に立ちなさい。教官、彼らに気配を向けますので、候補と比べてみてくださいませ」

 執事と教官が騎士たちを見ている後ろで、"重爆"は左目を見開く。近くで見ていたマルドは、軽くではあるが、ぞわりと背中に寒気がする。これが"気配"と言っていたものだろうか?

 そう感じたのも一瞬で、すぐに悪寒は治まったが。

「どうですの、ノーラック?」レイナースの問いかけ。

「こちらを見られた方は、八名といったところでございましょう」

 執事の言葉に教官も頷いている。

「反応した者は多くあったが、方向まで察したのはより少なく、そして…」

 ムチウルがレイナースを見る。

「察知したがが六名。」

「その中で候補の方はいまして?」

「三名」

「では、その上位二名から聞いてみたいと思いますわ」

 教官が頷いて、面会できる別室へと案内する。他の指導役に二人を呼ぶように頼みつつ、ノーラックから何か相談を受けている。

 それにしても、とマルドは思う。面会とか面接というものは、テーブルに椅子を並べて相手と座って話をするのだと、そう今まで信じてきた。

 しかし、今いる此処には立て掛けてある木剣や槍や棍や弓や盾に、置かれているのは立たせた丸太やらまとに保管庫のような物であり、マルドの常識では訓練場と呼ばれる場であって面会場などでは断じてなかった。

 レイナースはムチウルが鍵を開けた保管庫から、淡い光を放つ長剣を手にすると軽く素振りをする。今は余所行きの服であり、動き易いとは思えないが、秘書官には武器を手にした方がくるように見えた。

 そこに扉が叩かれ、二人が入ってくる。一人がまた左右で色の違う仮面をしているのは、女性だからであり、ノーラックが呼びに行こうとしていた指導者と話していた理由がこれだろう。

 二人は駆け足で教官の元に来ると、姿勢を正し敬礼をする。立場が上なのであろう、女が声を張り上げる。

「ピヨン・ゴルチウサ、ザイン・スイサンク両名、ただいま参りました!」

 教官も返礼をし、全員が気を付けの姿勢を維持する。

「両名を呼んだ理由は、こちらのレイナース・ロックブルズ殿より説明がある」と、教官は一歩下がる。こちらもすっと立つ"重爆"には威厳があった。

「休め。二人とも、あちらにあります魔法武器の保管庫から。好きな得物を持ちなさい」

 そうとだけ言うと、スタスタとその場を離れる。

「はっ!」と返事をする二人は、迷うことなく指示を実行する。場数を踏んでいるだろう事は、マルドにも理解出来た。

 女が槍を、男は剣を選び、走ってレイナースの元に戻ろうとするのを、歩みを止めた本人が手で制した。剣を抜くと、鞘を服と腰のベルトの間に挟み入れ、静かに告げる。

「おいでなさい」

 言葉は簡単だが、"重爆"の気迫は充分であり、言われた意味を理解する二人にも強い緊張が走る。

 来い、と言われて軽々かるがると行けるものではない。

 二人は目配せをすると、お互いの距離を取りつつ、レイナースにじりじりと近づいて行く。

 "重爆"が男…ザインの方に踏み込む、と見せかけて、女…ピヨンを目掛け矢の如く飛び込む。

 ピヨンは槍を突き出すが、長剣で逸らされて肉薄され、素早い左肘の一撃を喉元にもらう。

「がっ⁉」と、苦痛の声が出る前に長剣の柄が迫る。

(この身で受ける! 武技<重要塞>!)

 胸への強打を防ぐ、が。が下から顎を打つ。天井が、見…え……。

 自身が倒れて行くのだけは分かったが、思うように体が動かない。

 そのままピヨンが背中から倒れる時には、ザインの両手で持った剣が、レイナースに振り下ろされる。

「<剛腕剛撃>!」

「<不落要塞>」

 相手はとっくに体勢を整えており、武技で弾かれるも、ザインは右蹴りを放つ。

 ガツッ、とレイナースが左手で腰から抜いた鞘で蹴りを防ぐ。

(そんなのありかよ…)と思う間に長剣の追撃が来る。

(こっちはまだぐらついてるってのに、よ!)ザインもなんとか剣で迎え撃つ。

 だが、逆手で持った鞘での、右腕への攻撃は防げなかった。

「痛ぅッ⁉」

 さらに剣撃を上から受け、手に持った剣を落とすと同時に、右脇腹までも鞘で叩かれて、体をの字に折る。夕食まで吐き出さなかったのは、騎士の矜持か四騎士の手加減か。

 ピヨンは、漏れ聞こえる「け……、く…」の呻き声から、意識はあるが身体は動かないのだろう。ザインは床に膝をついたまま、腹を抑えている。

「それまで」

 教官の声に、"重爆"が低位の回復魔法を両名に唱える。

 ピヨンとザインの身体から、痛みが多少だが引いた。起き上がると武器を拾って左手に持ち、レイナースの前に並ぶ。

「ご指導、ありがとうございました!」

 レイナースは頷くと、表情を変えぬまま問う。

「どう、二人とも私について来ませんこと?」

 錬達の帝国騎士である二人も、さすがに戸惑う。ピヨンが代表して質問の意図を確認する。

「申し訳ございません。ついて行く、というのは何方どちらへでしょうか」

「魔導国へ、冒険者としてですわ」

 二人の顔が一瞬だけ引き攣る。

「これは一度切りの機会ですわ。断るのなら、次の者を試すのみですの」

 率直な意見で構いませんわ、と言うとそのまま黙る。しばらく考える間があり、先にピヨンが口を開いた。

「行ってみたくあります」

 ザインも「同じく」と答える。

「わかりましたわ」と言うと、"重爆"は教官の方を向く。

「このお二人を、では確定でお願いしますわ。詳細は後日に、また連絡をしたいと思いますけれど、いかがでしょう?」

 ムチウルは了解し、二人の前に立つと形式的なやり取りを済ませて「解散」と命じる。ピヨンとザインは敬礼をすると、この場をあとにした。ノーラックも廊下まで付き従い、ピヨンに貸していた仮面を回収すると戻って来る。

 教官は秘書官と共に確認事項を決める段取りを話し合い、レイナースは魔法の長剣を保管庫に戻す。

「何か不幸でも起きなければ、これで十二名ですわね」

 独り言ではあったが、執事が反応する。

「お嬢様、決めねばならぬ事はまだございますが、今夜はここまでとし、屋敷に戻られましたら、ゆっくりとお寛ぎになる事をお考えください」

「そうですわね」

 その言葉に、仕事の確認を終えたマルドは心の底から安堵した。

 本日二度目の帝国騎士団駐屯地を、馬車も使者も共に"重爆"の屋敷に向かい、レイナースと執事に別れを告げれば……帝城の喧騒が待っているだろう。

 とりあえずは、今日の要件が済んだ事だけは祈ろう。

 今夜は皆の世話になるのは私の方かもな、と秘書官マルドは思った。


 ピヨンとザインは、部隊に戻ると互いの部屋に戻るでもなく話し出した。

「あれが、四騎士ね…」

「助けが遅れてすまなかったな」とザインが詫びる。

 ピヨンは左右に首を振る。

「間に合うようだったなら、もっと素早い連打で私を落としていたでしょうね」

 ザインも苦笑するしかない。実際にそうなったであろうから。

「正直、手も足も出なかったよ」

「私、倒れる前に、顎に下から何かを当てられたと思うのだけど、何だったのか未だに判らないのよ。…あなた、見てた?」

「ああ、チラッとは見えたが、顎を打ったのは"重爆"の蹴りだよ。右の」

「…蹴り?」

 理解が及ばない。あの体勢でどうやって下から顎を蹴れると言うのか?

 ザインが行動をゆっくり再現する。

「いいかい? 先ずは槍の軌道が逸らされ、左の肘がこう、喉に当たるだろう?」

 ピヨンも自分の動きを再現しつつ、流れを確認する。

「頭が下がって、次に胸を剣の柄が襲う、と」

「ここで武技を使ったわ。この後よ」

「それでも、ほとんど"重爆"の姿勢は崩れなかったように見えてな。そして、右足を膝の所で曲げて蹴りを放った。槍と両手の間を縫ってな、踵の部分を当てに行ったように見えたんだ」

 こんな風に、と膝を曲げる蹴りを見せるが、まるで威力はなさそうな上に、なぜそんな足技を選択したのかも分からない。ただ、自分はを喰らって脳を揺さぶられたのか、体の自由が利かなかった。

 ゆっくりと倒れる姿も再現しかけると、ザインが左手で体を支えてくれた。

「おっと、そんなトコまでもう一度やらなくてもよぉ」

「…柔軟なんでしょうね、身体が。あと発想も。四騎士最強の攻撃力って、ああした攻撃する手段が豊富って事なのかしらね」

 かもな、と相槌を打つザイン。突然とはいえ、二人がかりで簡単に負けた。だが、学べる事も多かったし、闘いの理由は魔導国行きの試験だった。

 そして、お眼鏡にかなった。

 冒険者、というのが意外すぎたが、王国との戦争で凄まじい力を目の前にした、あの魔導王が治める国であれば、どの様な強者に会えるのだろう?

 二人とも死ぬのは怖かった。しかしそれ以上に、人はどこまで強くなれるのかは、多分、子供の頃から魅かれていた。きっと心の奥深く、魂の底から。

 震えるのは、恐れからか、楽しみからか、ザインが私の体重を支え切れないからか。三つ目でない事だけは確かだ。

「…何してんの、あんたら?」

 その時、どこからか声がかかった。見回せば、女性宿舎の方から、第二騎士団の同僚がこちらを見ている。噂話の流布で問題視された、正真の再教育組。

「ほんと、何? デキてたの? 呼び出しもかよ…」

 そう言えば、抱き合っているようにも見えるなこの姿勢、と凍りつく。

 ねぇちょっとー来て来てーピヨンがさー、と突っ走って行く女。

「待てぇーーーーッ‼」と叫べば、教官連中も飛び出てきた。何をしておるか、お前も変な話を振り撒いて此処に送られたのを忘れたか、全員が外に出ろ! と、連帯責任で夜間訓練に突入し、部隊にいるすべての者に怨まれた。


「…あたしさぁ、マジ関係なくない?」

「口の軽さを治せと言うとるんだ!」

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