第15話 魔法使いの弟子

 発達した科学は魔法と区別がつかない、と申しますが、当方これまでとんと魔法というものを見た試しがございませんで、区別のつくつかぬもありません。

 そこで高名な魔法使いであると言われます、あなた様に弟子入りし、ぜひともこの目で魔法を見てみたく、何卒この願いを叶えて欲しく思います。

 やや、さても見事な花火ですが、なんとあれがファイアー・ボールで。

 ピカッと光る稲妻が、これも実はサンダー・ボルトでありましたか。

 なるほど名称を変えてみますれば、どれも魔法のようでございます。

 他の作品を盗作いたしますのも、パクりというと角がたちますが、パロディやオマージュと申しませば、これは愉快愉快。

 ころりと騙されてくれますわい。


 広大な帝国魔法省の敷地の一角、魔法実験場は多様な魔法を試せるよう頑丈に造られ、また他国の密偵などから覗き見られる事の無いように物理的、魔法的な監視対策も施されている。

 実験場内には多くのマジックアイテムもある。動く標的。幻影の壁。反射の鏡。魔法拡散霧の噴射機。浮遊貯水庫。これらが様々な状況を作り出し、帝国を支える魔力系魔法詠唱者マジック・キャスターの育成に使われている。

 その中でも、今日は異常な熱気に包まれている箇所があった。

 燃え盛る火炎の熱気もそうだが、その周囲をゆっくりと回る輪があり、さらにそこから少し離れた周りを、帝国有数の実力者が揃う魔法省関係者たちが囲んでいるのだ。彼らから放たれる熱意も、場内を静かに沸かせていた。

 その光景を管理棟の一室から眺める男がいた。

 フールーダ・パラダインに選ばれし三十人の一人、ホカロニ・イナイネン。

 彼のいる部屋までは、実験場の熱気は届かないはずだが、そこにいる者たちの想いが、身を焼くような情熱が心に伝わるのだ。

 そこに、扉を叩く音がする。自らの弟子の声を聞きつつも、燃える炎から目を逸らさずに、「何か?」と問えば「先ほど使者が来ました、ロックブルズ様が到着されました」と報せが来る。

「ここにお通ししろ。"重爆"殿も見たかろう、共に行く者の力を」

 弟子の返事が聞こえると、視界の先に炎に向かって歩む男女の姿が映る。

「五人、か…」

 帝国魔法省の中でも、魔導国…取分け魔導王の凄まじい魔法の力に恐怖しない者はいなかった。

 しかし同時に、その超越した魔力を知りたいと思う者たちもいた。絶対的な死の存在を前にしても、魔法の知識を求める命知らずの探究者。その中でも、冒険者として魔導国に向かう事に興味を示した五人。

 魔法省とて魔法の知識、特に対策が欲しい。しかし、誰彼ともなく送ってもいい訳がない。人材が流出して省としての力が弱まるのは本末転倒であるし、魔法技術窃盗と見なされれば、勝てる見込みなど皆無のアンデッド軍団に惨殺されるような破滅が待つかもしれない。

 故に今回、帝国魔法省として決定できるのは、これより五人の中から選ばれる一人のみであった。


 レイナースたちは、帝国魔法省の魔法実験場管理棟の一室に通される。

 部屋には、高弟の一人ホカロニ・イナイネンの姿があり、マルドの挨拶に、ようこそと迎えてくれた。

「要件は理解しています。ロックブルズ殿の組む冒険者に、魔法省に在籍する魔法詠唱者マジック・キャスターを求めている、という事でしたな」

 レイナースは頷く。

「ここから出せる者は一名。それを決するのも、今から始まりますよ」

 こちらへ、と手で窓際を示すと、ホカロニ自身も場内を見る。

 炎を中心に、地面の少し上を浮遊する大きな輪が、ゆっくりと回転していた。輪にも幅があり、その上に大人が座る事も出来そうだ。

 それを前に、脇に円形の板のような物を抱える五人の男女が並び立つ。

 女性の顔が見えたのか、“重爆”が舌打ちをする。マルドは内心、ヒヤリとするが、ホカロニは実験場の様子に集中している。いくら四騎士とはいえ、高弟などには敬意をはらって欲しいが、陛下の前でもからなぁ…。

「…ところで、これはいったい何の儀式ですの?」

 レイナースが高弟に問いかける。

「魔法省が採用している魔法競技の一つですな。修得した魔法の数や魔法力、応用力、対応力、知識、経験、状況把握に身体的、戦略的要素も試される、魔法詠唱者マジック・キャスターとしての総合力を判断されます」

「それは…」と、何かに気付いた“重爆”に、ホカロニが首肯する。

「いかなる状況でも戦場を的確に把握し、行動する。生存能力を計る試練ですよ」

 マルドは、激しい炎のゆらめきに、我知らず唾を飲み込んでいた。

「しかも、継戦能力も試せるように、勝者が決まるまで何戦も行います」

 最後の一人まで…、という、選ばれし三十人の声が耳に残った。

 並んでいた五人の男女に、今度はフードを目深に被る四人が近付いて、彼らに礼をする。そして、炎を中心にした東西南北の四方にそれぞれが椅子を持って立つ。

「あれは審判ですか?」と、秘書官の疑問。

「公正を期す、という意味ではそうとも言えますな。彼らもまた、裁定される場合もありますが」

 裁定される審判、というのも、不正が起こる事もあるのだろう。つまり、彼らを囲んでいる魔法省の同僚は、審判役も兼ねているのか?

 四人は持っていた椅子を、自分の前に置くと、五人の男女は輪の上に等間隔を開けて立ち、足を肩幅に開くとその間に持っていた円版を置く。その円板も、フワリと輪の上に浮かぶと回転し始めた。

 そして、四方にいる四人が同時に魔法を唱え始め、五人もまた自らの円板上に両足を乗せる。

 五人全員が黒い布で固く目隠しをする。ギュッ、と布を結ぶ音が響く。

 炎の中で薪が爆ぜた。

「一回戦、はじめッ!」


♪てれれってってれてれれってって~

 軽妙な音楽が鳴り響き、四つの椅子が輪とは反対方向に、炎を中心に回り出す。

「動く椅子?」

 レイナースには心当たりがあるのか、そんな名を呟いた。

 マジックアイテム“動く椅子”。

 動像ゴーレムの一種と言ってもいいのか。自己判断する事が出来る物もあるが、多くはその場で命令した内容を、注がれた魔力分だけ繰り返す。

 例えば「音楽が鳴ったら、炎を中心に、輪と同じ速度で反対方向に回るように動け」と命じられれば、そのように動く。

 しかし、これはいったい何が始まっているのだろうか?

 輪が回り、円板が上に乗る魔法詠唱者マジック・キャスターと一緒に回り、動く椅子が回っている。炎の勢いだけが猛るようだ。

 なに、この…何だコレ?

「勝負は一瞬…ッ!」

 高弟殿は意気込んでおられるものの、秘書官は戸惑うばかりであった。

 やがて音楽が止み、同時に四つの椅子もピタリとその動きが停止し、その瞬間に五人が走った。椅子に向かって。

 ほぼ同時に三つの椅子が専有され、残り一脚の前で一人の男が足を縺れさせ転倒しつつも、最後の力で椅子に向かって飛び込む。…が、それを横から押し退けた男の尻が、吸い込まれるようにして着席を決める!

「第一回戦、決着!」

 場内が沸いた! 歓声と興奮で震える! ホカロニも窓越しに拳を握らせている。三人は素面のままで、その喧騒を眺めていた。

「あ、これは椅子取りゲームだったのですね…」

 マルドは競技が何か判ったが、内容も興奮の意味も理解が及ばなかった。

「ここでは、支配者の椅子と呼ばれます。権力争いに敗けた者は、座る席もないですからな」

「なるほど」レイナースの同意。

 秘書官には以外に感じられた。"重爆"は「くだらないですわ」と一蹴しそうに思っていた。

「あれは、魔法を使って自己強化をしていますのね。反応速度や周囲の情報など、音楽の間に自身や周りを調べていたように見えましたわ」

 高弟は不敵に笑う。

「戦闘に関する観察眼は、さすがの四騎士。あれがふざけているようにしか見えない騎士などもいますからな。…嘆かわしい事です」

 怒りすら滲ませるホカロニに、マルドはごめんなさいと謝りそうになる。

 次の準備が始まり、参加は四人、椅子は三つとなる。

 そして、またあの音楽が流れる。

「この曲が流れる間がある事で、二回戦からは効果時間が切れたり、またかけ直したりする事も戦略に含まれますわね」

「強力であったり、効果時間が長かったりと魔法も様々ですし、その組み合わせも重要です。最初から強い効果のもので行けば後半の魔力量は足りず。温存すればそこで敗退の危険がありますからな」

 なるほど、そう考え違った視点で見れば、…やっぱり椅子取りゲームだよ。

 二回戦が終わり、三回戦で輪から足を滑らせた女性が、炎の中に落ちるとレイナースが「面白いですわね」と、今日一番のいい笑顔で何かを納得していた。

 決勝は、炎の向こう、つまりは自分から最も遠方にある椅子に、<飛行フライ>を使って飛び、対戦相手を体当たりで突き飛ばして座った男が勝利した。

 周り中から歓声のシャワーを一身に受ける勝者の姿を眺めながら、"重爆"が高弟に尋ねる。

「彼の名は?」

「マリク・コウサザン」

 しばらく彼らの姿を見ていたが、やおらホカロニに向き合う。

「次に来た時、彼を冒険者として預かりたいと思いますわ」

「その時まで、鍛えておくとしよう」

 ニヤリと笑う高弟に一礼を返す"重爆"。

 管理棟から彼女らは去った。

 ただ一人、残っているホカロニは、一つの見世物が終わり実験場での訓練や試験を再開した皆を見る。

 アインズ・ウール・ゴウン魔導国。そこに向かう者。

 バハルス帝国。ここに残る者。

 どちらが幸福であろうか? 未来があろうか? 戦争となった時、私は魔導王に立ち向かう勇気があるだろうか? 他の皆は? 弟子たちは?

 怖気おぞけが全身を貫く。

 ここの最下層、鎖で繋がれている帝国史上最強のアンデッド死の騎士デス・ナイトを、何百体も使役する最強最悪の魔法詠唱者マジック・キャスターアインズ・ウール・ゴウン魔導王。

 例え暗黒に閉ざされようとも、恐怖で身動きが取れぬと諦める事は、愚かであると鼻で笑った。夜明けが必ず訪れるように、探究こそが暗黒を照らす光明だと疑わずに生きてきた。これまでは。

 この世には、明けない夜があるのではないか?

 世界の果てには、光を飲み込む暗黒があるのではないか?

 それこそが…、魔導王ではないのか?

 師も、フールーダ・パラダインも、こんな想いを重ねて来たのだろうか? たかだか四十年しか生きていないのに絶望か、と笑われるだろうか?

 ただ、もはや師には頼れぬがある。

 冒険者でも何でも、人の歩んだ道が不死者の気まぐれで闇に閉ざされる恐怖。それを払拭したいが、どうすれば国を民を弟子を自分を守れるのかは、ホカロニには見当すらつかなかった。

 日は沈み、帝都に夜が来る。


 うつらうつらと揺れていた首が深く傾き、うたた寝から目覚めた。その姿に魔法省を警備している第一騎士団の精鋭が苦笑する。使者も御者も、警備の詰め所に身を置かせてもらっている。当然、休憩中の騎士もいた。

「お疲れのようですな」

 使者の男は油断して寝てしまった照れ隠しに、困ったように笑う。

「今日は向かう先々で約束を取り付ける方々が、責任者や最高責任者ばかりでして、いや、お恥ずかしい所をお見せしました」

 皇帝からの許可もあるし、話は通してあるというが、「この日の何時」と決めるのではなく「今から来るんでよろしく」をより婉曲的に表現しなければならないし、使者として「言われて来ただけなんで~」という態度だと見做されても、今後に悪影響が大きい場所ばかりだった。

 せめて時間を確保するべく疾走し、しかし先方と会う時には疲れなど見せず、言葉と態度に気を付けてきたが、正直参っている。

「お、来たようですぞ」と、小声で警備が教えてくれ、皆で礼をすると馬に戻った。

 秘書官が小走りでこちらに来る。

 どうやら、まだ先があるらしい。深く息を吸い、愚痴りたい思いも空気に吐き出す。仕事の時間だ。

「次は、再び騎士団駐屯地だ。前回の戦争からの待機者の件だと、第二、第三騎士団の担当隊長にこれから伺う旨、伝えてくれ」

 なんだかボードゲームで、「ふりだしに戻る」を強制された気分になる。

 わかりました、とだけ言い、魔法省の外に出る。帝都の夜道は所々<永続光コンティニュアル・ライト>で照らされていたが、今から向かう先はここより見える闇の向こうであった。

 夜のアーウィンタールを、使者の馬が駆ける。

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