第14話 社交の達人

 なんとこのラブパンツDX(仮名)! 穿いているだけでモテちゃうんです!

 えー! すごいですねー!

 街の人の声を聞いてみました!

 本当に、ただ穿いて歩いてるだけで声をかけられちゃって(※個人の感想です)

 見違えるくらい若くなったと驚かれちゃいました(※個人の感想です)

 もっと早くに知っていれば、さらにモテましたね(※個人の感想です)

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 本日の最高気温を更新した頃に、秘書官の馬車は風の神殿の前へと着き、三人を降ろした。入口の脇にて出迎える、神殿の警備とこちらの使者。

 マルドは前者に挨拶を済ませると、後者を指し少し事情を話して「彼を少し休ませてやってくれないか」と頼む。警備の一人が、「わかりました、こちらへ」と、使者を案内してくれる。

 帝都の、しかも立場が上の者は、帝国の中枢があわただしい今、それに引っ張られるように様々な用件が増えている。急を要する事態には、もちろん対処できるようにしているだろうが、「すぐ行くね」と言われて「いいよ」ともならない。

 さらには、その内容にも由る。

 今回は、要約すれば「偉い騎士が他国に行くから、神殿の人材をちょうだい」と言っているようなものだ。相手からも一応の許可はあるが、無理を通すにも、やはり段取りというものがある。

 神殿を守っている警備にしてみても、突然の事態には警戒するのも当たり前だろう。秘書官であるマルドも、その使者として駆け回る男も、その辺の準備に時間の猶予は欲しいが、「今すぐ行きますわよ」と命じられれば、そうせざるを得ない。

 使者を急がせる間、秘書官は可能な限り本体の遅滞行動を取り、神殿側になるべく用意できる時間的余裕を増やすことくらいしか、出来る事はなかったが。

 レイナースたちが神殿内へと進むと、待っていたであろう神官の男が礼をする。

「ようこそ、レイナース・ロックブルズ様。私が神殿内を案内させていただきます。どうぞよろしくお願いします」

 "重爆"が頷くと、神官は神殿の奥へと三人を連れて行く。マルドは、内部を歩きながらその帝城とは違う見事さに感嘆する。

 とは言え、この荘厳さが貧民を遠ざける要因でもあるな、と請負人ワーカーにも詳しい身としては思う。

 神殿での治療費は高額であり、平均的な帝国民もおいそれとは頼めない。この周囲は、帝都でも警戒が厳重な地域だ。

 困窮しているのに、建物にも近寄り難く、入っても気後れして去る者たちは、身体も癒せず貧困から救われる事もなく、ある朝に凍えるままに息を引き取り、人目にも付かず朽ち果てるか、帝国の行政にでも発見されされるか、野良犬などの糞に変わる。

 困窮する者を救済する活動もあるのだが、「貧者は飢えるに任せる」と言い切る富裕層や自己責任論者などは根強く、神殿もその傾向を強めると、「神殿は強欲の悪魔の巣窟だ」と憤懣を顕わにした高名な神官もいた。そうした者は請負人ワーカーとして俗世に出る事がある。

 今の神殿の形態を根本的に否定する神官は、扱いが難しい。

 そうした人物をマルドは今回の計画に求めていたのだが、先日の協議後の会談では、どうもそんな貧者救済をせぬ神殿と真っ向から対立するような人物象とは違うような? と思っている。同じなのは、という部分だけでは、と。

 廊下の先に、警備の立つ部屋が見えた。神官が彼らに一礼すると、すぐに扉が開かれた。…やけにスムーズに進むな、と秘書官は訝しむ。これが普通なのか?

 その疑問は、部屋の真ん中で、聖印は下げているものの上半身裸で、床の上で足を組み瞑想している神官長の姿を前にして、最高潮に達した。別の神官も二人、フードを目深に被ったセフィロアの姿もあるが、祈りを捧げているようだ。え? 邪神でも崇拝してるんですか?

 風の神官長は、カッと目を見開く。が、そのまま無言を貫いている。

 案内役の神官が、「ロックブルズ様、では前へお願いします」と言うと、"重爆"は静かに前へと進む。

 やがて、レイナースの歩みを神官長が手で制し、自身もゆっくりと立ち上がる。後ろで何やら口にしていた神官二人が、微かな青い光を放つと、同じ輝きが半裸のおっさんを包み込む。マルドはこれが何なのか、さっぱり理解出来ない。

 その時、神官長が左手をレイナースの右顔へと向け、何かを唱える。そして、白い光が彼女を包み込みこんだ。

「かぁっ!」

 神官長から気合がほとばしる。

「<魔法最強化>ッ!」

 全身から汗が噴き出し、震えだす自身の左手を右手で押さえつける。

「かぁぁぁぁぁ、っだああぁぁぁぁぁッ‼」

 不意に鼻血が出て彼はその場に膝を付くと、レイナースや神官たち包む光が消えていった。二人の神官は壁際まで下がり、疲労困憊で荒く息をする神官長は、しかし自身の魔法の結果を確認する為に"重爆"に問う。

「如何に?」

「膿と痛みは引けども、この歪みは消えず…ですわ」

 案内の神官が、神官長の肩に衣をかける。血をくような痛切な想いが込められた「未熟…」という呟きが聞こえる。

「いえ、ありがとうございました」と、レイナースは頭を下げる。

 首をかなしそうに振る神官長。

「未だ癒えぬ痛みを背負わせているのは、我らの不徳。私の到らなさでもある」

 そう言って、部屋の奥にある机へと向かう。「協力してくれた皆、ありがとう。少し休んでいてくれ」と告げると、神官たちは礼をして部屋を出た。

 マルドは驚きを隠せなかった。"重爆"が呪いを解くために神殿勢力を頼っていたのは資料に書かれたもので知っていたが、ここまで神官長が動くほどの深い繋がりがあるとは思いもしなかった。

 協議の時にも、レイナースの名に反応が見られたのは、此の為でもあったのか。

 因みに、彼女の呪いへの対策は、膿や傷の新たな対処法や治療用マジックアイテムの開発にも役立っている。レイナースが日常的に使う汚れを簡単に拭き取れる布、寝具や衣服も、神殿との協力で生まれているし、現場や戦場でも使用される。

 神殿の収入源にもなっている物は、その関係もあり手に入れやすいので、屋敷を任されているノーラックも金銭面では助けられている面がある。レイナースは装備した物が特殊な金属か魔力が宿っていないと、呪いの効果か朽ち果ててしまう。、その生活維持費だけで莫大なのだ。

 強力な呪いの副次効果。新たな医療の発展。

 それはしかし、神殿に解決する能力がないという事実の証明でもあり、長年の難題であった。

(その傷も去る、か…)

 神官長は自分の椅子に沈みこむように座る。思いの他、消耗が激しい。

 私ではついぞ助けられなかった、呪いの受難者。それがアンデッドの国に向かうというのは、なんとも情けない。

「さて、私の挑戦は終えた。今度は貴女方の用件を聞こうか」

 チラッと秘書官を見る。彼は首肯すると語り出す。

「はい。先日にお話をさせていただきました、冒険者になる事を望む神官についてです。どうか、お力をお貸しください」

 神官長は渋い顔をする。神官の引き抜きは嬉しい話ではない。

「確かに紹介を約束し、その通りに訪れた。しかし、責任もまた取る事も」

「責任?」とレイナース。

「問題のある人物ですの?」

 マルドを見るが、秘書官は詳しく知らない。

「能力は高く、若くして第四位階まで使えるようになった。治療にも熱心で、そうだな…ロックブルズ殿の治療も進んで行うだろう。」

 帝国でも第四位階の使い手である神官は貴重だ。第五位階が使える者はいない事も考えれば、指折りの実力者であろう。

 ならば何故そんな人物を? となれば、それだけで済まない、ということだ。

「問題は、神殿の許可なく女性のみを癒すのだ」


 宗教問題は、どこにでも起こる。どのような種族であれ、何某かの信仰はあるし、奇妙奇天烈に見えても文化や風習はそこに住む者にとっては大切な伝統り得る。

 人間でもそれは同じだが、支配的な権威や思想に結び付くと、その宗教のもたらす実害は増大する。六大神や四大神からその従属神、遥か南方には別の信仰があり、それが帝国でも問題視されるのは神殿が強い勢力を築いているからだ。

 神殿が救う対象を料金や権力の誇示などで選別するのは、それで守られる者がおり、そうした保護のおかげでより多くの人々を癒す為の基礎を作り出す。

 この神殿の方針は、どうしても被差別者を生み出す。帝国であれば、貧困層であったり奴隷から解放されない者たちだ。これを許せぬ者は、世を捨てたり、請負人ワーカーなどになり、神殿とは独自に救済の道を歩む事となるが、経済基盤に天と地の差がある為、結局は癒し切れぬ貧者の波に呑まれる事となるのが大半ではあった。

 神殿は長期的に地位を構築し、回復する者を選んでいる故に、組織だって安定した治療を続けられる信頼もまたあるのだ。

 では、そんな神殿の神官がを始めればどうなるか?

 帝国は人間が大多数を占める為に種族的差別はある。が、邪悪な存在でなければ、寄付者にはその金額に応じて治療が受けられる。

 そこに勝手な見解を加えて治癒対象を選定し、規定額を受け取らずに治療も行う神官が現れたら?

 それが、ホッド・トモッコ。若き第四位階の信仰系魔法詠唱者マジック・キャスターにして、女性崇拝者を自称する、通称"マダムキラー"である。

 燃えるような赤髪、切れ長の瞳の美男子。

 彼の名乗る女性崇拝、と言えば特に女性たちにとって聞こえはいいかもしれないが、実体はただの性癖を根拠に、不当な性差別を正当化している男性差別主義者でしかない。

 実際に、担当となった男性の治癒を拒んだり、より高額の寄付を要求したりと、迷惑行為を繰り返している。

 かと思えば、規定金額を受け取る前に女性を治療してしまったり、どう考えても払える見込みのない回復魔法をかけたり、相談には来たものの諦めて帰った女性宅に押しかけたり、と明らかに行動判断が異常なのだ。

 これで問題があまり広がらないのは、神殿が必死で火消しに回っているからだ。

 被害男性たちには、他の神官がなんとか取持って事態を収める。女性たちの場合は、勝手に治療する彼が原因でしかないのだが、寄付金の満額徴収は譲らず、今後は寄付を確定してから受ける様に相談女性には徹底させるしかなかった。突然、家に来られた方はさらに難儀で、若い男を連れ込んでいる噂やら旦那に知られる事を恐れて口を噤む破目になっている場合もあった。

 神殿としても、このような事由の被害に対しては、一方的に過ぎると考えており個別の落とし処を模索しているものの、簡単に済ませば「神殿に無料で女性を治療する神官がいる」との話は拡がる。逆に締め付けが厳し過ぎれば、神殿批判の言論弾圧であるが、この場合は悪い噂の方が何倍もマシであった。

 ホッドは貧困層女性にも同様の治療を施している事も、段々と発覚していたが実数は不明だ。神殿への寄付を怠れば? 無断で治療を受ければどうなるか? その点では知れ渡ってくれれば、は減らせる。

 何故、このような状況にまでなったのかは、ホッドが優秀であったのもある。信仰系魔法だけではなく、困った事に隠蔽や取り繕い方に関しても…。どこかおかしいと勘付いてはいた神殿が、これ以上は見過ごせないと判断したのは、彼が第四位階を憶えて増長が見られ、異常行動が顕著になってからだ。

 最初は、説得や言葉で収められると神殿側にも油断があった。その才能を手放すのは惜しい、とも。

 しかし、口止めに奔走する神殿にも限界がある。男性や貧困女性の担当から徹底して外してみれば、今度は治療の必要もない金持ちの人妻が、彼を名指しで会いに来るなど放って置けるはずもない。

 神殿の若き希望の星は、一転して不名誉な汚点となったが、その才をやはり人に役立てて欲しい。ならば、ここ以外の場所で力を発揮できるように、各神殿の神官長も頭を悩ませていたのだが、それが何処かはさすがに判断できなかった。

 帝都の神殿ですでに将来の禍根をばら撒き、本人を拘束するのも噂を押さえつけるのも神殿への不満はどこで破裂するかも知れず。ここにこのまま置くのは躊躇われるが、処分するのも忍びない。

 そこに、魔導国に冒険者となる為に赴く"重爆"の話が来たのだ。


「実力はあるようですが、頭がおかしいのでは、どうしようもないですわね」

 レイナースが思った事を口にする。神官長も秘書官も、お前が何言ってんの? という表情を浮かべるが、執事は我関せずとしたものだ。

して2で割れば、丁度良いのでは?」

 マルドの言葉に、神官長も少し賛同する。女性の顔を嫌悪する"重爆"と、男性差別の"マダムキラー"、互いの欠点を上手く相殺できないものかと。

「神官としての力は申し分ない。あとは、あの性格を御せるかだが、神殿ではが限られる。だが、ロックブルズ殿には良い経験ともなるだろう」

 女性以外に殴ってでも止めるべき対象が傍にいれば、衝動的行動が減るかもしれない。女性たちの被害も。

「神殿の者として、いま冒険者募集に紹介できる人物は彼だけだ。魔導国の女性を救うためと言えば、喜んで行くだろう」

 帝国の神殿勢力は意志をいつにする事に腐心している。のように話の通じない者が最も危険だ。

 少し前になるが、上級の神官から請負人ワーカーとなった者が帝都から消えた。ここの神官たちとも繋がりがあり、孤児院への寄付に保護活動にと尊敬もされていた人物であっただけに動揺がある。最後に会った時には、エ・ランテル近郊や王国の国土や遺跡や噂を調べていたらしく、考えの近かった者たちからは、魔導国に行きその辺りを調査したいという意見もある。

 そう、冒険者の道を選ぶだろう神官も実はいるのだ。ただ、今は団結を説いている。帝国内で救える人々に、先ずは目を向けようと。

 個人の能力より、協力関係を整えられる人材が、何より必要なのだ。

「…先の話にありました、責任とやらは秘書官が取りますの?」

 なんでそうなる、とマルドはツッコみたいところだ。

「ロックブルズ様、私は駐屯地の森妖精エルフの時に森司祭ドルイド二名で決めるように言ったはずです。それに、神官をご所望したのはどなたですか?」

 レイナースは聞こえないフリをしている。…本当、そういう所ですよ?

「失礼します、お嬢様。選択の余地がないのであれば、寧ろ様々な事を決めるのは、その方とお会いしてからがよろしいかと」

 執事による提案と事態の進行。問題の受け入れを確定し、対応の選択を促す。

「なるほど、というのも有りですわね」

 誰への、とは聞かなかった。

「その人物はどちらに?」

 風の神官長は、机のハンドベルを鳴らすと、ここまで案内をしてくれた神官が顔を出す。お呼びでしょうか、の声に神官長は笑顔を返す。

「ホッド・トモッコの所に、皆さんを頼む」


 神官に連れられた先は、風の神殿の裏庭で、辺りに人の気配はほとんどない。都の喧騒もどこか遠い中、土を掘る音だけが大きく聞こえる。

 近付くと、木と木の間に縄を伸ばして大きな布を結び付けて作られた日除けの下で椅子に座って読書をする、前髪で目が隠れてしまっている女と、近くで浅い穴を掘っている赤毛の男がいた。

 案内役の神官が声をかけると、読書女が「どうしたの?」と聞き、男が作業の手を止めると、「あなたは続けてね」と釘を刺す。

 少し離れた所で神官が三人を紹介し、「彼を冒険者として連れて行くとの事です」と言うと、女は嬉しそうに笑った。

「心配事が一つなくなるのね、良かったわ。皆さん、ありがとうございます」

 深々と礼をされる。本当に厄介者という扱いだ。

「としますと、彼が?」と、穴掘り男を見るマルド。

「ええ、トモッコです。ホッド・トモッコ」

「彼は何のための穴を掘っているのですか?」

 マルドが尋ねると、女は事もなく答える。

「監視して何かさせていないと、碌なことをしないので、最近はこればかりさせていますね」

 秘書官は今まで生きてきた中でも、すごく奇妙な話を聞いている気がした。

「え? 何か穴を掘る目的があるのでは?」

「いえ、目的は余計な事をさせない為です。なので移動をせずに見張れるので、ここを掘らせては埋めさせて、を繰り返しています」

 何が何だか解らないが、無駄とか無為という言葉が浮かんだ。第四位階の使い手で、こんな事をさせるしか思いつかない程、神殿ではの男。

「彼に話をしてもいいですか?」

 マルドが聞くと、女は困ったように笑う。

「男の人には特に変な態度を取るから、オススメはしませんよ?」

「どんな反応かは、知っておきたいので」

 これは、実際に魔導国に連れて行くレイナースにも、どんな人物か見てもらった方がいいだろう。女が穴掘り男に声をかけると、汗まみれの顔を振り、髪をかき上げる。

 動作が大げさで気障にも見えるが、それがさまになっている。

「何かな?」

「トモッコ、こちらの方々があなたにお話があるそうよ?」

 男の目が三人を捉え、一人に笑顔を向ける。マルドが、はじめましてと声をかけると、フンッと鼻で笑われた。…どこかの誰かを彷彿とさせる態度だ。四騎士の一人で"重爆"と呼ばれる人なんだけど。

「私は秘書官のマルド・シカクネスと申します。貴方がホッド・トモッコ殿ですね。実は…」

 言葉を遮るように、ホッドは右手の平をマルドに突き出し、聞くに堪えんとばかりに左右に振る頭を左手で覆うようにする。

「秘書官、だって? 君はボクと会話をするのに、肩書を持ち出さなければ優位に立てないと、そう思っているつまらない男なんだね…」

 やれやれ、とため息まで吐かれる。

「…いつもこんな感じなんでしょうか?」

 読書女に尋ねれば、うんうんと何度も首を縦に振る。

「今度は女性に助けを求めるのか?」

 なるほど、確かにマルドは切実に助けが欲しかった。この男との、会話の成立のしなさに対して。

「こいつしか選択肢が本当にないんですの?」

 レイナースの困惑。マルドの肯定「神殿との交渉と譲歩の末ですので、納得してください」

 ふふっ、とホッドが笑う。

「こいつ、とは…また親し気に呼んでくださり、嬉しい限りで…ひゅっ」

 "重爆"の手刀の一撃が穴掘り男に決まり、気絶させられる。辺りを見回して、縄をして読書女に聞く。

「あの縄を使ってもよろしくて?」

 女は「少し待ってくださいね」と答えると、布を取り外して畳むと椅子の上に置いて、本を乗せた。

 どうぞ、とレイナースに言うと、彼女は縄を解くとホッドの全身を縛り、穴のなるべく深い部分に置くと、服が汚れないように器用にスコップを使って男の首から上だけを土から出し、残りを埋めた。

 執事が、懐から出したマジックアイテムで、サッと土ぼこりを掃う。

「目が覚めたら、今度来る時に魔導国に冒険者として連れて行くと、伝えてくださる? それまで生かしておいてくださればかまいません」

 レイナースの行動に、女は笑いだす。

「あっはっはっはっは! ひー、わ、わかりました。神官長様にも、そのように伝えます。ひひっ、しっかし…」

 読書女は、長い前髪の隙間から、気絶して土に埋められているホッドの顔を見て、しみじみと言う。

「あんた、自分よりブッ飛んでるおっかない人と出会っちゃったみたいね」


 神官長に感謝と別れの挨拶を終え、神殿の出入り口へと向かう。

 そろそろ、夕方と言っていいだろう。一日の終りが、こんな最後になるとは思いもしなかった。一刻も早く忘れ、明日に備えよう。

「ロックブルズ様、丁度良い時間になりましたし…」

「そうですわね。この時間なら魔法省の仕事も落ち着いているでしょう」

 あれー? 夜間警備の準備もありますし、ダメじゃないですかねー?

「さぁ、善は急げと言いますわ。魔法詠唱者マジック・キャスターも確保してしまいますわよ」

 やる気をみせるレイナースだったが、何かに気付いたのかマルドをじっと見る。

「…さきほどのような人物は、もういませんわよね?」

「そう願いたいですが、さすがに断言はできかねます…」

「ならば、急ぎ確認しましょう」

 さっさと馬車に乗り込んでしまう。御者に待つように伝えると、使者とその馬の方に走る。

 使者の男は、すでに何かを悟っているようであった。

「秘書官殿の言葉もあり、警備の方から気を配っていただき、充分に休む事が出来ました。次も、行けます」

「次は、帝国魔法省だ。高弟の方にはすでに話は通してあるが、時間の事もある。充分に注意を払いつつ、急な訪問への応対をお願いしてくれ」

 男はただ黙って頷くと、馬を撫でてからゆっくりと跨り、夕日に赤く燃え出した帝都の通りを、魔法省へと駆け出して行った。

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