第13話 エルフの開拓者

 深淵を覗き込む時、深淵もまた……ってのがあるだろ?

 ニートだか、ニチアサだか、そんな感じの。

 アレ、意味わかんねぇよな?

 深淵って、生物じゃないじゃん? こっちなんて見てる訳ないじゃん。それとも"深淵"っつー生物なのか? 知らねぇけど。

 つまりは、誰かがふっかーい穴を見てるってんだろ? その逆なんてねぇよ。穴がこっち見るかっつの。なんての? 被害妄想? とか、精神的に参ってる証拠でしょ、しょーこ。

 はぁ? 哲学ぅ?

 哲学っつーのは、ちゃぁんと現実を分析してからさ、ロンリ的? にせつめーしないといけねぇのよ? わかる?

 ナンか事実とか、ないほーしてねぇじゃん? グタイ性? 一個もねぇじゃん? ボヤかした誤魔化ししかねぇよーなのをさ、哲学とはいわねーのよ? ホントヨ?

 それはさ、ポエムっつーんだよ。


 マルド・シカクネスは日が昇るより前に目覚め、徹夜組の報告をまとめて彼らの次の会議用の資料を添えて置く。自分用の物は寝る前に揃えており、再確認を済ませると朝食に向かう。スープを啜りながら、様々な具を挿んだパンを頬張る。

 城内で提供される食事は味も良いが、連日毎食になると街の定食が恋しくなってくる。贅沢な悩みかもしれないが。

 休みが取れるようになったら、仲間たちと飲みに行きたい。鳥の丸焼きを出す酒場があり、それを切り分けて熱々のうちに食べながら、仕事の一段落に祝杯を挙げるのが今の細やかな夢だ。

 その為にも、本日の仕事をこなす。温かなスープが、やる気を後押ししてくれた。

 "重爆"レイナース・ロックブルズ邸に訪問の為の使者を送り、警備付きの馬車を帝城で貸し出してもらい、その日の昼前には屋敷に伺った。

 使者と共に、執事ノーラック・イナンウが出迎えてくれる。挨拶を交し、二言三言ばかり言葉を重ねる。「ロックブルズ様のご様子はいかがでしょうか?」

「ここ数日は自由の効かぬ身のゆえ、多少はお顔を曇らせているやもしれませんが、春の空に雲が一割という所でございましょう」

 なるほど、それは……あまりに過少な表現ですね。

 本人を目の前にすれば、怒りや憎しみで暴風の極悪天候が如き形相をしている。

 神殿での事と言い、私が何かしたのだろうか? と不安になる。「お嬢様も、秘書官であるマルド様の来られますのを、心待ちにしておいででした」という執事の言葉も、とんでもない嫌味だったのではないだろうか?

 これは、「よくも待たせたな、殺す」の間違いではないのか…。

 こちらが名乗れば、来た事に対しねぎらいの言葉もかけられたので、今は殺すつもりはないようだ。

「皇帝陛下からのご許可もいただきましたので、騎士団、魔法省などから冒険者を希望する者たちも、条件付きではありますが採用できる形になりました。先ずはロックブルズ様の構想を確認し、それから各所に要望を伝えて募集したいと思います」

「構いませんわ」とレイナース。

「こちらは、私の他に二人一組を六組で十二名の分隊を作り、6名2班、4名3班と作戦毎に柔軟に対応できる編成にしたいんですの」

 その人数ならば、魔導国の冒険者組織で帝国勢力の存在感を上手く出せるか、と再検討する。虎の子を騎士団から送り出すのだ。それに見合った成果が欲しい。

「冒険者や請負人ワーカーには特筆する強者もいますが、帝国の培った規律と秩序ある行動は集団でこそ発揮されるでしょう。その人数で良いかと思います。そして、ロックブルズ様の特別小隊からも参加を募っていたと聞き及びますが、そちらは?」

 レイナースが執事を見ると、一枚の人名が書かれた紙をマルドの前に置く。

「それは私の方からお話しさせていただきます。主と縁のあります皆様より、六名が共に魔導国に向かう事となりました」

 "重爆"に関する資料も確認したので、小隊やその他の者の情報も一応頭に入れてある。戦士2、野伏2、魔法1、神殿の話にあった神官であろう、1。

「わかりました。残りの六名はこれから話を進めたいと思いますが、どのような職業クラスを考えているのでしょう?」

 これも決めてもらわねば、話を通してあるとは言え各方面に頼む事も出来ない。

「私は3班4名での編成から考えていますの。回復と索敵と魔法使いを出来れば一人ずつ、あとは前衛ですわね。特に治療を出来る者が、あと二名は必要ですわ」

 残りの希望は、前衛1、索敵1、回復2、魔法2と言った所か。

 マルドは内心で呻く。魔法を使える者の要求数が多い。

 帝国の教育で魔法職も積極的に育てているが、人口に対する割合はやはり少ない。魔法の才能は、誰もが持つ訳ではないらしい。

 身体を鍛えればとりあえず兵士にはなれても、魔法詠唱者マジック・キャスターになれるとは限らない。よって、人材発掘も教育も成長も時間と費用のかかる魔法職を魔導国に連れて行かれるよりは、騎士団からである方が人的損失としては少ない。

 しかし、手札には騎士団でも魔法省でも神殿でもない存在もいる。

「実は、皇帝陛下より森妖精エルフを一、二名を選んでもよいとの許可をいただいておりますが、魔法を使える者もいるようです。採用はここから始めたいと思います。」

 森妖精エルフから魔法役を選べれば、魔法省と神殿からは面倒が減る。

森妖精エルフ、ですの? 連携を取れる者の方が良いのではなくて?」

 難色を示すレイナース、というが増えた。

「陛下に何かお考えがあるようでしたので、最も自由に選択できる者たちであると思います。それに、特殊技術スキル持ちは即戦力となる力もあります」

 そうですの、と気のない返事をして、ノーラックを見る"重爆"。どうやら判断を投げたようだ。

「奴隷の事情までは存じ上げませんが、武具職人の方から、能力の高い森妖精エルフは強力な魔法武器に匹敵する価格で取引される場合もある、と聞いた事がございます。それを考えますと、申し出を無為にはせぬ方がよろしいかと」

 森妖精エルフ奴隷は、スレイン法国の輸出である。

 彼らとの戦争を続けている法国は、戦場で捕らえた者を様々な手法で矜持と尊厳を叩き潰し奴隷として販売。外貨を獲得し戦費に充てている。

 よって調の手間が同じなら、より高値で売れる特殊技術スキル持ちや魔法詠唱者マジック・キャスターを狙って捕獲する為に、奴隷でも能力の高い者は多い。

 以前は、都市エ・ランテルを経由して帝国に運ばれて来たが、魔導国の首都となってからは輸入されなくなった事もあり、高額化は止まらなかった。

 …のだが、帝国の仕掛けにより、元奴隷として帝国騎士団の保護下におかれるようになった理由と、陛下が何故に森妖精エルフを冒険者として魔導国に送りたいかの思惑までは、秘書官も話さない。

「なら、魔法武器の方が…」と言い出す"重爆"を説得していると、納得がいったのか今度は「では、行きますわよ」と言う。

「…どちらへ?」と問えば、「森妖精エルフの所ですわ。採用するなら私が直接かつ迅速に決定します」と応える。

 レイナースが「ノーラック、支度を」と、脇目も振らずに部屋を出るのを止められず、マルドは待機していた使者に駆け寄ると次の伝達を頼む。

「今すぐ帝都騎士団駐屯地に行き、森妖精エルフたちにロックブルズ殿が会いに行くので、その準備をと願って来てくれるか? 大至急だ」

 時間はないかもしれないが、特に女性たちの顔を守れるように、と。

「どういうことです?!」と言いながらも、使者は急いで屋敷を出た。


 鎧を身に着け愛馬に跨り突撃せんばかりのレイナースを、ノーラックが訪問用に正装を用意し、マルドの乗ってきた馬車で騎士団駐屯地に向かう運びとなった。

 正門には使者と駐屯地内の案内を任された警備兵が到着を待っており、共に森妖精エルフのいる施設に向かう。担当官に皇帝の許可証を渡すと、確認した後に「こちらです」と連れられる。

「いやぁ、皇帝陛下もまた新しい試みをされているのだなと、この担当に就いてからも驚きの連続で、今度は冒険者、それも魔導国への転属とは。近年の帝国の変化も目まぐるしいですが、この国に連れて来られた森妖精エルフはそれ以上でしょう。捕虜、奴隷、騎士団所属からの魔導国冒険者へと、波乱万丈とは正にこの事と言えますな。彼らの現在は帝国騎士団保護下にありますが、ここにいますのは三十五名。内、男性が八名、女性が二十七名となっております。やけに女性が多いのは、法国との戦争では彼女たちが積極的に前線に送られているからだそうなのですが、森妖精エルフの特殊な思想、文化、宗教、伝統、兵法でもなく、住んでいた森の王の方針だという話で、一般的に男性の方が戦闘能力が平均して高いのは人間と同じようです。ならば何故、という疑問もありますが、絶対的な力を持つので決定には逆らえないという話で、何とも身に積まされる思いですな」

 ははは、と笑い声を上げるが、すぐに真面目な表情に戻る。

「担当官としては、あまり偏重した扱いをせぬように努めていますが、同情は禁じえません。彼らの王はただ無謀な突撃を強要しているとしか思えず、兵としての扱いもあまりに酷く、人に囚われの身となってからも惨い仕打ちに、肉体だけでなく精神にも深い傷を受けていました。その心を癒すにもまだまだ時間が必要でしょう。いられた服従ではなく、騎士たちのような忠誠と献身によって、輝く栄誉と魂に誇りを得られる事を願ってやみません。私も微力ではありますが、彼らを指導する立場となったからには、自他への尊厳を持って物事に当たるような気高い精神を獲得して欲しいと、先ずは命じるのではなく、言葉を重ねる事で信頼をされようと思いましてな。生来より寡黙な男であるのはご覧の通りですが、ここは一念発起とばかりに、ほんの少しではありましたが時間の許す限り彼らへの想いと期待を語ったのです。何名かは、感動のあまりその場で卒倒する者も出ました。その甲斐もあったのでしょう、今では言葉少ない私の話を率先して理解しようと、自ずから指示を求めるようになりました。森妖精エルフたちの方から歩み寄ってくれた瞬間を、私は忘れる事ができません。短いながらも、私はその感動を伝えました。すると、彼らは涙を流しながら副官にまで訴えかけるのです。今すぐに任務を、行動で帝国に忠誠を示します、と。言葉はつたなく少なくとも、本心で話せば理解し合える事は、私の人生の中でも度々起こった事ですが、その奇跡が再び、人と、その奴隷として帝国にまで運ばれた彼らとの架け橋となったのです。…と。おお、あちらの扉ですぞ。まったく、あまり詳細なお話も出来ませんで恥ずかしい限りですが、皆に説明するのはお任せください。ただ今のような、私の口下手でない所もご覧にいれましょう」

 担当官の熱意溢れる提案に、秘書官は笑顔で答えた。

「私にお任せください。これが今日、自らの使命であると確信いたしました」

 部屋には、レイナースの為であろう簡素な机に立派な椅子、その向こうに並んだ森妖精エルフたちと警備兵の姿があるのだが…。最も目を引くのは、馬術訓練用の障害棒の上半分に布を張られた物だろう。

 森妖精エルフは帝国騎士の訓練服に身を包み、男性は2列で姿も見えるが、7列で並ぶ女性たちが張られた布の後ろにおり、彼らの誰もが困惑しているのが伝わる。人間の奇習とでも思われているかもしれない。

 担当官が、何だこれはいったい…と語り出すのを、部屋にいた副官が止め、事情をこっそりと話す。また再び話そうとするのを、「私が頼んだのです。ご理解ください」とマルドが話す。

「変な事を頼むのですわね?」と、椅子に座りながらのレイナースが不思議がる。女の顔に怒りを顕わにする"重爆"対策だよ、とも言えないが、その辺の事情を知らない者たちからの、頭おかしいんじゃないの? 発言は、ひそひそ声でもツラい。

 気を取り直すように咳払いをする秘書官。

「本日、皆様に集まってもらったのは一つ。この中より、国家に属する任に付く二名を選定する事。皇帝陛下のご許可もある、非常に重要な指令であります。」

 皇帝…、それだけの…、と騒めく。

「任務の内容は魔導国に赴き、かの国に属する組織として再編成される冒険者となり、これに従事すること。この計画の最高責任者は四騎士の一人、"重爆"レイナース・ロックブルズ殿であり、彼女の求める条件に合致する者を特に重視します」

 四騎士の名より、魔導国の一言で森妖精エルフの表情が変わる。外界の情報の多くは遮断される奴隷であったとは言え、そこまで届く噂だったのだろう。

「魔法を使える者、特に信仰系など治療の出来る方は?」

 まだ彼らは動揺している。その様子を見てマルドは、今にも話し出す気配の担当官を極力無視し、副官に尋ねる。

「神官の職業クラスは神官団に志願し、森妖精エルフの癒しの為にも早期に編入を許可され、この場にはいません。森司祭ドルイドの魔法で、回復も行える者はおります。」

 男性2名に女性で5名。こちらは農業省が興味を示していたが、現在は多数の会議の補佐に忙しく、保留となっている。

 皇帝の許可はに限られる。神官団に志願し組み入れられたのなら、それを覆すには新しい許可証が必要となり、直訴するのは誰かとなればマルドであり、神官団にも志願を横槍で潰された者に恨まれるのも自分だ。

 しかし、森司祭ドルイドがこれだけいれば二名を選べば済む。神殿勢力の各神官長が難色を示すような人物なら紹介すると言われたが、そんな鬼札ジョーカーは……

「でしたら、森司祭ドルイドの方をお一人だけ、採用しますわ」

 秘書官が考えている間に、こちらの鬼札が火を噴いた。思わず、「んっふ」と変な声が出てしまった。

「…ロックブルズ様、ここは回復のできる者二名で揃えてみては?」

「魔導国はアンデッド王の国。それに、カッツェ平野がありますのよ? 対策としましても、神官をあと一人は見つけます。ですが、屋外の行動も視野に入れれば、薬草知識を持つ方も必要ですわ。ですので、一人はこの七名の中から決めます」

 言い募ろうとするが、レイナースの声に押し出される。

「私も、目的あって魔導国に向かいますの。決して命を捨てに行くのではありません。森司祭ドルイドの力を持つ七名から、我こそと思う者は?」

 "重爆"の問いかけに、布の幕から一人の手が挙がる。

「私が志願します」

 感情を押し殺そうとしても、なお震える声。周りから「サン、お前…」「ああ、また…」「もうやめてくれ」と男女問わず声がかかり、止めようと動く者もでて列が乱れる。

 担当官が口を開こうとする瞬間、「整列!」の掛け声が副官より発せられ、森妖精エルフたちは元の隊列に直る。が、仲間を想う気持ちからなのか、心配する気配は絶えない。

「皆、規律ある行動を取るように。この場での秩序を乱す行為は、諸君だけでなく周りの味方までも失望させる。そして、これが戦場であれば、失うのは自分だけではなく他人の命もだ。次に戦地に立つ時、再び虜囚の身となりたいのか! 悲しみに沈む担当官殿の演説を、また聞きたいのか!」

 皆が、姿勢を正し副官の問いに返答する。

「はい、であり、いいえ、であります! 規律ある行動を取り、担当官殿を悲しませるような行動を慎みます!」

「よし!」

 森妖精エルフたちの一糸乱れぬ唱和を聞き、担当官が目頭を押さえる。「みんな、わ」「先の挙手はサンだな! 前へ!」の声に、ノーラックが「少しよろしいでしょうか?」と、布の後ろに回る。女性たちに礼と挨拶をして、内ポケットから何やら取り出し、何か手渡したようだ。

「我が主の前に立たれる前に、どうかこれをお付けください」と言い終わると、お時間を取らせまして、とレイナースの後ろ脇へ下がる。

 そして、サンと呼ばれる人物が、左右で色の違う目から鼻まで隠す仮面を付けて、"重爆"の前に立つ。執事が渡したのはコレだろう。

 こんな物で騙されるのか? と、レイナースを見れば「変な仮面マスクですわね」などと言っている。…この人、女性に対する態度にしても、陛下への行動にしても、自覚はないのだろうか? と、秘書官は悩む。

 副官が「では自己紹介を」と言えば、仮面の女性は応える。

「サン・ノーベル・アカンカスタです。この任務に志願します」

 青味がかった腿まで伸びた銀髪に、仮面で見難いがおそらく金の瞳だろう。

 森妖精エルフの男性たちが複雑な表情をする。布の向こうの皆も同じような顔をしているのだろう。

森司祭ドルイドの魔法を習得しているそうですが、何位階を使えますの?」

「はい。第三位階までです」

 帝国冒険者で言えば、白銀、ミスリル級くらいであろうか?

「後ろの皆は、貴女あなたの志願に対して何を動揺していましたの?」

「はい。向かう先がアンデッドの国だからでしょう」

 レイナース側から見えるのは、男性たちの様子だけだが、痛ましい者を見るような顔をしている。事実として、生者を憎むのが亡者の仕事のようなものだ。

 生きとし生ける者たちにとっては、存在自体が迷惑極まりない。

 マルドは、彼らの安心を得られるように話しかける。

「魔導国には確かに強力なアンデッドが多数います。しかし、人々も普通に生活しているのもまた確認しています。そして、そのアンデッドを支配されている魔導王陛下は、この帝国にて生者の冒険者を募集しているのです。決して無為に殺されるような事にはならないでしょう」

 それでも、疑惑は晴れない。皆の眉間の皺がそれを如実に物語っている。マルド自身も本当の所は理解できないのだ。他人だけ責める気にはならない。

 この場の一人を除いて。

「あと一名、索敵か魔法での攻撃の得意な方は、どなたかいませんの?」

 恐れがない訳ではないのだろうが、突撃すると決めたら即座に突き進みたい性格なのだろう"重爆"は、二人目を、索敵役か攻撃魔法役に定めたようだ。

 今度は男性側から手が挙がる。志願か、と思えば「質問してもいいですか?」であった。

 ムッとするレイナースに代わり、マルドが「どうぞ」と、質問の許可を出す。向こうにしてみれば、当然に知りたい事も多いだろう。こちらも答えを持ち合わせていない事柄も多いが。

 森妖精エルフの男から質問が飛ぶ。

「帝国の騎士団と魔導国の冒険者、何がどう違うのでしょうか?」

 これはまた範囲が広い問いだなと、秘書官は思うが、求められているのは法解釈など微細なものではなく、単純化された説明だろう。

「両者共に国に仕える点は同じですが、帝国騎士団は国家や民を守るのが役目です。魔導国冒険者に魔導王が望む一つは"未知を求める"事、だそうです」

 未知、と呟く声が聞こえる。

「騎士団と冒険者、戦争に出るのは、どちらが可能性は高いでしょうか?」

「戦争が国同士の物であるなら、それは騎士団でしょう。帝国にある組合では冒険者を戦争には使わせませんし、魔導国も戦争に使うつもりはないそうです」

 わかりました、と頷いた男が、再び挙手する。

「その魔導国の冒険者に、私も志願します」

 それを聞いて、今度はレイナースが質問をする番だ。

「貴方は何が出来ますの? 能力は?」

野伏レンジャーとして鍛えてきましたが、少しですが矢に気の力をめる事も出来ます」

 これは、マルドにはありがたい。索敵兼魔法役をこなせるなら、貴重な魔法職の引き抜きをせずに済むかもしれない。

 …しかし、気の力?

「気、とはどのような物ですの? 例えば修行僧モンクの力を、矢に?」

 同じような疑問を持ったのか、レイナースが聞く。

風水フェン・スゥ、と言います。自然の気の力を集め、放ちます。これは肉体でも剣でもいいのですが、弓矢が最も得意ですね。」

「初めて聞く能力ですわね」と、"重爆"の関心。

「ですが、弱点などはありませんの?」

 男は少し悩んでから答える。

「周囲の気の流れは絶えず変化しますので、望まぬ気を集めると逆に悪い結果になる事もありますね」

「そうですか。まぁでも、面白そうですわね。お名前は?」

 赤色が少し混じった金髪、緑の瞳の森妖精エルフの男は微笑む。

「トロン・コナマリムネです」

 レイナース・ロックブルズの決定が告げられる。

「では、サン・ノーベル・アカンカスタとトロン・コナマリムネの二名を、冒険者として採用します。ただ、出発まではどうしますの?」

 陛下の許可証に二人の名前を書いて、担当官に確認をしてもらっていたマルドが応える。

「この施設で、受け入れ先を確定するまでは待機でも良いかと思いますが。お二人を移動させるのであれば、こちらに行先を記す必要もあります」

 許可証の空欄を示す。該当人物がどこに向かったかも重要な情報だ。

「他の、私と共に魔導国へ向かう皆もですわ。何処かに集まってもらわなければ、今後は色々と不便でしょう?」

 の癇癪がなければ、そうしているかもしれないのだが…。しかし、"重爆"にもその感情を抑えてもらわなければ、この先は当然にやっていけなくなるだろう。

 集まってもらった森妖精エルフたちに感謝を述べているノーラックも、何かしら考えているとは思うのだが、マルドには分からない。

 レイナースはノーラックを連れ、一足早く馬車に戻った。

 秘書官としてこの施設でのやり取りを終え、担当官の激励に曝されている森妖精エルフの二人と残りの三十三人を尻目に、出口へと向かう。

 太陽は真上にあり、時刻は昼を過ぎている。帝城に戻る頃合いだろう。

「それでは、ロックブルズ様」

「ええ、次は神殿ですわね。神官の確保を急ぎますわよ」

 …ん? あれ? よりにもよって? マルドは焦る。猪突猛進すぎません?

「お待ちください、お嬢様」

 執事が止めに入るのを、心強く思う。

「今は昼でございます。先ずは昼食を。全ては、それからでございます」

「なるほどノーラック。正しいですわね」

 …どうやら、このじいさんも止める気はないという現実を知って、マルドは正門に走った。詰所の中で休ませてもらっていたのか、使者が弁当の包みを開こうとしている所であった。

「頼む、今からすぐに風の神殿に行き、神官長殿に会えるように段取りをしてくれ! 大至急だ!」

 えぇ、でも…昼飯…えぇ?! と哀しそうに弁当と秘書官を見比べる男に、マルド・シカクネスは肩を叩く。

「昼の休憩を取ってもらい、なんとか時間を伸ばす。だから、その間が勝負だ。風の神官長殿にお取次ぎをと、願って欲しいのだ。」

 ぐっ、と喉を詰まらせる使者。

「休む間も、その大切さも判る。充分に。だが、我々には未だ先があるのだ。ここを抜けた向こうにしか、安らぎはない。…堪えてくれ」

 食いながら馬に乗ったんじゃ舌を噛みますね…、と呟く声が聞こえる。

 使者の男は、すべてを諦めたようにゆっくりと立ち上がり、包みを大切そうに背嚢にしまうと馬具に取り付けた。そして、門の詰め所の者たちに礼をすると、馬に乗って一路、風の神殿へと向かうのだった。

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