第12話 連絡

 ほう 報告

 れん 連絡

 そう 相談

 これらを密に取れるように、お互いの信頼関係を築きましょう。

 ほう 放置

 れん 連失

 そう 早退

 意図的に迷惑行為を重ねるのは、お互いにとって良い事であるとは言えません。と言うか、負担してんのこっちばかりやないかい。部長にまで股ひらいて、私の悪口いってんの知ってんだからね!

「…んんー! 眠気とれねぇけど…、仮眠室つかっていいぞ。…え? あ。ちょっ…、お前ら、何して……だ、誰かー! おい、二人ともやめ…誰か来てくれー! 金森と鈴原が、給湯室でキャットファイトしてれぅ! ん? あ…待てって! ホント、…誰もいないのー?!」


 帝都アーウィンタール。

 発展を続ける帝国の心臓部の街には様々な施設が存在する。行政機関や巡回警備騎士の詰め所、闘技場、帝国民なら一度は泊まってみたい高級宿屋、大型劇場、その他諸々。

 その中の一つに、多目的会館がある。地域振興として利用できる公的施設で、近隣の帝国民はほぼ無料、興行利用や貸出しなどの場合は使用料金を徴収しこれを運営費の一部としている。維持費のほとんどは税金だ。

 緊急時には避難所としても機能するため、備蓄品の保管もされている。年に一度の保管庫検査と保管品交換の際に開かれる放出市は、良品を格安で購入出来るため、かなりの盛況となる。

 支出としてだけ見ればその多くは赤字であるが、帝国民の交流による孤立化防止、防災意識の向上や貧困層支援の一環として、治安維持に貢献している。

 そんな会館の一室を借り、飲み物と食事が運び込まれ、規模としてはささやかな集まりが行われていた。席に座っている者たちは、帝国の中でも上位と言っていい戦闘集団であるが。

 ロックブルズ家の執事ノーラック・イナンウの開いた会議には、他に八人の男女が揃っていた。レイナースが貴族令嬢として活躍していた時からの、言ってよければ戦友たち。全員にお茶が淹れられた所で、ノーラックが礼から始める。

「皆様、本日はお集まりいただきまして、誠にありがとうございます。また、諸事情ありまして、こうした場での開催となりました。ご容赦ください。」

 小柄な女が、椅子を前後にガッタンガッタンと激しく揺すりながら、困り顔で詫びる。

「ごめんにゃ~。うちの連中が監視してるし、集まるならもっと公に開かれた場所でって、言われちゃったんだよね~」

 貴族の元私兵から軍務に入り、今は帝国情報局に所属するセネアは、「"重爆"に重要機密を流す確率が高い」と最近は同僚にも注意されているので、すこぶる面白くない。

「だいたい、機密をお嬢様に流す~とか疑われてもにゃ~、貴族の誰誰が浮気だ不倫だ内通してる~なんて情報、帝国を裏切ってまで魔導国に持ってってどうすんのかにゃ~?」

 隣のパメラが身を乗り出す。赤い髪を肩の辺りで切り揃え、好奇心に燃える緑の瞳をした魔法詠唱者マジック・キャスター

「なになに? どこの貴族? ちょっと知りたいかも」

「言えるワケにゃいでしょ~? …だから、耳貸して」

 そっと耳打ちをしようとして、パメラに息を吹きかけるセネア。

「きゃー! あはははっ!」

 やれやれと肩を竦めるゼファー。

「女三人かしましい、と言うが、お前さんたちは二人で充分だな…。ったく」

 引っ込め、と手信号サインで抗議する女二人。

「かわらん事だ」とロイドが苦笑する。

 首から水神の聖印を下げた神官、エメローラもふふっと微笑む。

「けれども、なんだか懐かしいですね。それが嬉しいです」

 きょろきょろと全員を見回していたスコットが応える。

「イナンウ殿はなんやかんやと様子を気にしてくれてたし、騎士団や隊でよく会う皆は懐かしいって感じはしないけど、女性陣はほとんど見なかったからなー。ホント、久しぶりって気がするよ」

 そんなスコットを呆れた目で見るラーキン。

「イナンウ殿に迷惑をかける率が、お前だけ特に高いんだ。この機に謝っておいた方がいいぞ?」

「いや、感謝してるって、ホント。いつもありがとうございます」頭を下げると、ノーラックはいえいえ大した事は出来ませんで…、となだめる。

「感謝はしてても、反省しないにゃ~。お前の浮気と破局、もう局内じゃ が賭けの対象だからね~?」

 セネアの言葉に怒って立ち上がるスコット。

「なんだと⁉ 元締めは誰だ! 上がりをよこしやがれー!」

「秘密と機密の収集保管庫、情報局内で賭けをやって正体がバレる奴にゃんて、首になるに決まってるっしょ~。判るワケにゃいよ~」

 はしれっと言い放つ。

「まったく反省していないじゃないか」

 愛妻家のセインズは、静かだが硬質な声を出す。

「そうですよ!」と。二度三度と頷いて、流れるような金の長い髪を揺らしながら、セインズに同意するエメローラ。

 しょぼくれるスコットだが、女癖の悪さで問題を抱えては、ノーラックに助けられていたのは皆が知る所だ。実際には、執事が助けていたのは相手側の女性の生活や人生の再出発ではあるが。

 それだけならば、仲間からも見捨てられる事も多いだろうが、野伏レンジャーとしての能力は優秀で、特殊任務志願及び成功の特別褒賞で金銭的には返済していたりもする。それが今一反省に繋がらない所以かもしれない。

「ま、これから向かう先じゃ、気を付けた方がいいとは思うけどな。面倒事の結果が、ゾンビ化ってことにもなるかも知れんしな」

 ゼファーが言うと、パメラが意地の悪い笑顔を見せる。

「抱く事になるのは疫病爆撃手ブレイグ・ボンバーかもしれないけどね」

 やめてくれー、とスコット。

「魔導国、か」

 ぼそりとロイドが口にする目的地。今日はその為の最終確認に集まったのだ。

「では改めまして、皆様の意志をお聞かせください。お嬢様と共に魔導国の冒険者となられるかどうかを。情報は未だ少なく、確かな事は言えませんが、組織として国家に所属する形態のようでございます。恐らくは帝国の軍務より退役する条件は厳しいと思われます。」

 それどころか、生きて帰れるかも…、とは言わなかった。戦場に向かう誰もが考える事だからだが、魔導国の場合はさらに悪い。死んですらアンデッドとなり使役されるのでは、という不安は拭えない。

 最初に意志を表したのは、エメローラであった。

「私は行きます。神殿とも別れは済ませました。呪いを払う一助になれればと願っています」

 かつて、癒し手として駆け付けた時には、レイナースの右目には邪悪な黒い靄が纏わりつき、払っても払っても癒えず消えず、痛みに苦しみ続ける彼女をまったく助けられなかった。その瘴気が消えたと思えば、歪んだ右顔と止まぬ膿。

 その日からずっと何もしてあげられない、その後悔もある。

「あたしも行ってみたいな。どんな魔法があるかさ、楽しみじゃない?」

 パメラが魔術師としての興味を示す。

「オレは、そうだな。新しい出会いを求めに、ってのもありかなー」

 スコットの言葉に、ダメだこりゃ~とセネア。

「とは言え、私は行けにゃいのがね~。情報局勤めが祟って、魔導国に万が一にもスパイと思われてはならん、とかにぇ、あの覗き魔上司に直接言われたよ~」

 すると突然、ノックの音がする。「なんだ?」と皆が静まる中でノーラックが向かうと、扉に挟まれた紙片を見つける。扉の外には誰もいない。

 紙を開いて確認した執事は、セネアにそれを渡す。

 ただ一言、"聞こえているぞ"と書かれた紙を。セネアが無言で席を立つと、窓際に向かい、外の建物に頭をこれでもかと下げる。

 そちらにいるのだろう、情報局の監視者が。

 そんなやり取りが終わると、セインズがすまなそうに詫びる。

「申し訳ないが……私は、行けない」

 それだけを言った。皆も予想はしていた答えだった。

 彼が、帝国に家族を置いて行く事も、あの魔導国に家族と共に向かう事もないだろうと。

「気にするなよ、セインズ。お前の代わりになるかは分らんが、俺が行くからよ」

 ゼファーが陽気に笑う。

「俺もだ」と、ロイド。

 残ったラーキンが、八人の意志表明を締め括る。

「魔導国には、俺も行きますよ。アマンダもついて来てくれると言ってくれましたし」アマンダは彼の妻で、昔はレイナースの配下だった。

 それぞれの答えを聞き、ノーラックが再び礼をする。

「皆様が各々考え、導き出した思いだけでも、ありがたいことです。今後、帝国は今まで以上に揺れ動く事となるでしょう。ですが、今この時だけはお寛ぎください」

 執事は姿勢を戻すと、ところでお茶のおかわりはいかがですか? と尋ねる。

「お願いするにゃ~」とセネアが言い、八人全員が頷いた。

 未来、この時の穏やかさを思い出す時が来るのだろうか? だとしたら、美しい記憶であって欲しい。

 そう願いながら、ノーラック・イナンウは皆にお茶を淹れて回るのだった。


 屋敷から手伝いに連れてきていた二人の使用人と借りていた部屋を片付け、会館の受付に鍵を返す。利用時間延長や破損もなかったので料金は前払い分で足りた。

 本来なら屋敷で迎えるのだが、焦って落ち着きがない今の主が女性に対しての暴力衝動を抑えられるか疑問であり、また格式のある場所を借りると値段に見合った保護も店側がので、情報局に密談を疑われる。

 苦渋の末に公共多目的施設を選択したのだが、集まってくれた皆にはこちらの方が良かったようだ。「豪華すぎると尻が痒くなる」というゼファーの言葉を思い出し、口元が緩む。

 そんなものかも知れない。この年になっても、まだ迷い、まだ学ぶことがある。

 自分もあと僅かの時間とはいえ、やれる事がある。

 屋敷に戻ろうとすると、会館の玄関にセインズとセネアの姿があった。

「どもども~、今度はこちらのお茶はいかがですか~」と、セネアが手に持つ陶器の器の片方を掲げる。

「では、いただきましょうか」

 玄関脇に設置されている団欒用のテーブルと椅子に座る。セネアの置いた器からは、甘いハーブの香りがした。

「外の屋台物ですけどにぇ~。馬車の二人にも、も少し待ってて~と、お願いしてますよ~」

「ありがとうございます」と礼をすれば、セインズも改まる。

「いえ、イナンウ殿。こちらこそ力になれず、すみません。」

「…それを、こっちの目の前で言うにゃよ~、も~」

 情報局のセネアは、魔導国に行ってスパイとして疑われれば、全員が窮地に立たされかねない。帝国も範囲に含まれれば、何がどうなるかすら判らないのだ。

 旅人や商人や滞在した外交官などが帝国に情報を持ち帰っても、魔導国は何もしてはこなかったが、専門機関の帝国情報局が本格的に動いたと思われたら何が起こるのか?

 誰も試したいとは思わないだろう。

 情報局も、今は国内を万全にしたい。人材を集め、ノウハウを蓄積し、帝国内部の諜報戦で先ずは鍛え上げる。安定が最優先と言える。謀反、ダメ絶対!

「お気になさらずに。と言いますのも、帝国の内外に拘らず魔導国の脅威は変わりがないでしょう。行くも留まるも、大きな違いはないかもしれません。それに、他の皆様の為にも帝国に残るからこそ出来る事があるはずです」

 ノーラックの言葉にセインズが強く頷く。セネアは苦笑いだ。

 “重爆”が皇帝への裏切りを疑われたのもあるが、貴族の私兵だった頃からの皆はレイナースが四騎士から除名されれば、やはり騎士団や他の組織からの扱いも変わる。特別小隊が組まれる事もなくなるだろうし、第一騎士団から移動する場合もあるだろう。

 すべてを騎士団に委ねるのも忠節ではあるが、セネアが当局から疑われているように、“重爆”配下が潜在的な工作員だと看做されれば、その末路は悲惨であろう。忠誠を示す為にも危険な任務に従事すれば、死亡率も上がる。

 死を恐れるのか?

 それは、ある。

 家族を残して逝けるのか?

 それも、ある。

 ただ騎士として、叛逆者と疑われ使い潰されるのは、辛い。それが、死ぬことよりも重く心に圧し掛かる。

 国を、民を、故郷を、家族を守るため、戦場に立った。

 その結果が不名誉の死では、あまりに救われぬ。

 そんな想いがあった。

 仕えていた領主が、レイナース様を放逐された時の事を思い出す。共に領内を駆け、命を懸けてモンスター討伐に奔走した。その報いがか! と、憤りがあった。

 だから、今日まで付き従ってきた。当時の志を支えたかった。

 これより、レイナース・ロックブルズと違う道を歩むとも、忘れてはならず、次代に繋げねばならない高潔さが確かにあるのだ。

 隣で「やっぱ、コーヒーには砂糖デスにゃ~、スプーン8杯くらい」などと語っているセネアにも、気高い意志があるはずだ。たぶん。

「アンデッドの国に可能性があるというのなら、この国にもあるはずです。帝国に生きる人々の希望となる、新しい可能性を探し出してみせます」

 ノーラックが優しい笑顔を向ける。

 セネアが「がんばれにゃ~」とコーヒーを啜る。「げぇ~www」

 お前もやるんだよ。


 レイナースは、修練場にて激しく息を乱しながらも、意識は呆然としていた。目の前の光景が信じられなくて。

 習得した新たな武技、<破気梱封はきこんぷう>。

 その効果、防具破壊。

 己の攻撃を最大限に発揮する為に、武装した相手を丸裸にする。外骨格や高質の皮膚であれ破壊する。

 見よ、その威力!

 魔法で強化されたブ厚い鎧でさえ、バラバラに吹き飛ばす!

 そう、これが意味する事は!

 ……明日から、。(五七五

「はあああああああああああああっ?!!」

 叫び声は屋敷を震わせ、残された使用人たちをビクつかせた。

「…早く、イナンウ様が戻られないかな?」

「だな。…俺、ここの仕事が終わったら、田舎に帰って結婚するんだ」

 馬飼いのじいさんは、レイナースの馬を世話しながら、のんびりと呟く。

「お前のご主人様は、いつも騒がしいのぅ。まるで戦じゃわぃ」

 レイナースの叫び声も、じいさんの呟きも素知らぬ風で、馬はもしゃもしゃと藁をんでいた。

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