第11話 集い

 良いものと、良くないものとを選り分ける。

 それが私の役目です。

 役に立つ立たぬは別にしましても、何にでも使い道というものがございます。これによし、あれによしと見事に当て嵌めて、さっと繋いでさぁご覧あれ。

 お任せくだされば、万事解決してみせましょう。


 バハルス皇帝ジルクニフは、昨夜から深夜にかけての宮廷会議、休憩を挟んでの貴族会議を終え、昼前に再度身体を休める時間を得られた。

 軽食を取り、少し眠り、身支度を従者にさせると、報告資料を眺めつつ、朝の出来事を思い返す。

 帝国各地から呼び出した貴族連中は、魔導国の属国化に強い難色を示した。これは当然の反応と予測はしていたものの、魔法一つで王国軍二十万を虐殺してみせた怪物の話を耳にして、まともに戦えると思うほど無能ではないだろう。

 皇帝への非難と、「弱腰が過ぎるても攻められる」と考えての糾弾だ。そう思いたいが、この中から打倒皇帝の機会だと野心を抱く者が出て来られても困る。内乱の芽を徹底的に潰したいのは、城内でも大都市でも大騒動が起これば、嬉々として魔導国に付け込まれる。

 それは事前に阻止したい。

 なので、貴族全員をフールーダの高弟十人体制と監視の下、帝国魔法省最下層ツアーの強行をした。

 百聞は一見に如かず。

 そこに囚われている、帝国史上最悪のアンデッドの姿を見させたのだ。遭遇した騎士一個中隊がどうなり、どんな邪悪な能力を持ち、大賢者フールーダ・パラダインの力と知恵と皆の協力でどのように捕縛まで至れたかを。

 そして、斯様な最凶のアンデッドが、魔導国には数百体存在する事も。

 最下層ツアー中に国内行政の決定事項の確認、諸国への帝国属国化の手紙内容の最終確認を済ませ外交官を送り出す頃、蒼い顔をした貴族たちが帰って来た。

 それからはほぼ抵抗もなく、各貴族領の政策と方針を次回会議で皆と検討し決定する旨を告げ一時解散をした。

 を目にして魔導国と戦う決意をするような言語道断な者は、貴族もその場での粛清ですら止めはすまい。

 これで国内の安全確保は一歩進んだ。鮮血帝と呼ばれてより、ここまで貴族たちと一致団結して物事に取り組めた瞬間はなかったな。

 しみじみと思い出しつつ、報告資料に興味深い進展が記されている。「奴隷解放政策における、国外逃亡を図る奴隷商人の逮捕と捕らわれていた森妖精エルフ族の帝都到着後の対応に関する報告」とある。

 これは、利用できるか?

 元々、奴隷階級の解放は先代までにも行われていたが、奴隷制度自体は未だにある。しかし、魔導国の闇妖精ダーク・エルフが使者として現れた後に、森妖精エルフ奴隷を使ってどうにか帝国側に取り込めないかと思案もしたのだ。

 それが奴隷解放政策である。

 先ずは、ほとんど帝国民に知られないように「奴隷解放」「騎士団における採用制度の変更」の法案を可決させ、法律として施行する。

 次いで、奴隷となっている種族の騎士団での特別公募を、これもまたひっそりと行う。奴隷の取引額と比べると雀の涙だが、騎士団への紹介料が仲介者(という名の奴隷商人)に支払われるだけはしっかりと掲載されて。

 最後に、帝国情報局に「奴隷解放政策が決定されており、帝国が奴隷の廃止に向かう」と国中に情報が流れるように拡散を行わせる。

 あとは、国境などで、騎士団による正式な特別公募に反している為に、政策により奴隷商から解放されるはずだった哀れな犠牲者は事となる。

 ようするに、ほぼ誰にも知られずに出来た法律によって奴隷商人は、奴隷を騎士団にして大損をするか、奴隷を解放しない犯罪者として捕まるか、騎士団の警備網を相手に密出国を成功させるか、捕まって全てを失うくらいしかない。

 この政策は闘技場の剣奴にも直撃するが、受け入れ先は騎士団以外にも職業剣闘士を自ら希望する場合などに対応する部門もある。

 ともあれ、都市国家連合に逃げようとしていた一団から森妖精エルフ奴隷を保護し、それが帝都に到着したという。これを騎士として保護し、衣食住の提供される生活と賃金を得られる人権的配慮のなされた環境にて、新たな人生を歩めるようにする。

 王国との戦争のが大きかった騎士団の補充をし、元奴隷の精神を癒す人道的支援を理由に不仲となりつつある神殿勢力と協力関係を締結し、魔導国の闇妖精ダーク・エルフ対策の布石を打ち、悪徳奴隷商からを国庫に納める。

 さらには、ここから“重爆”の冒険者志願を募れれば、帝国が鍛えた精兵からの引き抜きも数名緩和されるかもしれない。

 やはり元奴隷よりは、騎士たちの方が帝国への忠誠心は高いだろう。

 ジルクニフは紙を取ると指示内容を書き、皇帝のサインを記す。

 ハンドベルを鳴らし、呼ばれた従者に指示書を渡し「これを秘書官マルドに」と命じる。

 ひどく遠回りの搦め手だが、帝国の命脈を保つ未来の為にも、出来る事をやっておきたかった。この命、あるうちに…。


 マルド・シカクネスは他二名の秘書官と共に、内政の重臣たちと神殿との協議に参加していた。こちらも錚々たる顔ぶれだが、向こうも四大神殿各神殿長に高位神官が並ぶ。

 どちらもこの協議への意気込みが感じられる。今、そこにある生命の危機を感じられぬ者など、ここにはいない。

 どちらも一つの想いは変わらない。アインズ・ウール・ゴウン魔導王および魔導国から人々を守る。人間の、いや究極的には生命の存続だ。

 ただ、その過程や条件が大きく食い違う。

 バハルス帝国の皇帝ジルクニフの計画“打倒アインズ・ウール・ゴウン魔導王の大連合結成”は、魔導王の脅威を他国に広く知らしめ、自身は建国に力を貸しつつも内部情報を収集し大連合に流す……はずであったが、あのは事もあろうに王国どころか帝国の存在基盤をも大激震させる大魔法をぶっ放し、計画の先行きに断崖絶壁を生じさせ、闘技場での周辺国最強であろう法国との密談には「ご本人の登場です」で帝国の信用も大連合の構想も掻き消えた。

 今の帝国はとにかく国内の結束と、「帝国は魔導国に逆らいません」と国外アピールする事で、一日一日と国家を存続させて帝国民をひたすら守るような立場だ。人々を纏める力と有用性を維持する事で、生き残る道を模索する。

 神殿勢力はまた違う。

 そもそもアンデッドを受け入れられるはずがなく、一刻も早く魔導王をこの世から消滅させねばならない。それこそを活路と定め、その為に力を蓄える。

 皇帝が帝国をアンデッドに売り渡したのであれば、この国を見捨てるのも選択肢にある。遅かれ早かれ生者は殺される事が明白ならば、他の魔導国に敵対する国々の民を癒す方が魔導王を倒せる確率は高い。

 つまりは、滅ぼせるのならば帝国に拘る理由がないのだ。治療はほとんど何処の国でも需要がある。

 この、”帝国の存続によって人々を守る”のと”人々を守る為なら帝国である必要はない”とでは、明確に違う。この差異を埋めるための協議であるが、下手をすればより溝が深まる場合もある。

 それは正しく、今この時のように…。

 重臣たちは、帝国属国化の理由や意義云々の話を抜きにすれば、神殿への要請も提案も至極単純だ。「民の怪我や病気の治療をよろしくね。国からも皆さんの活動を支えますので」をより詳細にしたものにすぎない。

 しかし、神殿勢力の返答の方があまりにも単純で「なるほど」「努力しましょう」程度の上に、確実に一拍置く。まるで言葉一つを口にするにも怯える様に。

 特に火と風の神官長がその傾向が強い。水と土の方は、寧ろ自分たちの返事の単調さに納得しきれていないように見える。

 協議の席であるのに具体的な応えが返って来ない為、こちらが言っている内容を本当に理解しているのか怪しい上に詳細がまるで詰められない。これでは道化だ。

 重臣の一人が、向こうの態度にまで踏み込む。

「失礼ながら、我々は帝国の民を広く守るべく、今日この場に臨んでいます。皇帝陛下の決定に疑問もあろうと思いますが、より多くの命とその未来を守らんが為であるとご理解いただきたい。私どもも決意があります。しかし、皆様からは線引きをされている事が残念でなりません。迷いはあろうと存じますが、手ではなくともせめて言葉を交わせる距離にいる我らに、多少であれ民への想いをお聞かせくださいませんか?」

 その言葉に、口を開きかける水の神官長に、「…私から話させてもらってもいいだろうか?」と火の神官長が願い出ると、彼は姿勢を戻す。

 ありがとう、と言うと、神殿側を代表した火の神官長が語り始める。

「始めに、我らの口が重いのも、私が皆に願ったからであり、その非はもちろん私にある。しかし、その理由はあなた方が一番理解しているはず」

 さすがにざわめきがある。「信頼していません」という事だからだ。

「…誤解があってはならないのは、私が慎重であろうと皆に頼んだ理由はにある。アレの邪悪な智謀は早く、その手は長く、耳は何処でそばだてているかもしれない。皇帝陛下のお考え、私個人としては思う所もあるとは言え、人々の安寧を守りたいのは我ら全員の思いである事は自信を持ってお答えします」

 神殿勢が一斉に首肯する。

 帝国側は別の衝撃があった。神官長はを疑っていたのも言葉を濁した原因にあるのだ、と。それは、帝国、神殿にも隠れた協力者がいるのか、この場に魔導国の侵入者が居るのか、そこまでは判らない、が。

 分からないからこそ、判断を慎重にし、決定できないのだろう事も。

「この場で多くを語る事も当然、重要であるのは承知しています。しかし、詳細を決めてその通りに動けば、邪悪な計略によって致命的な被害を受け兼ねない。よってこの協議の重要性は充分に理解し、お互いの提案や話し合えた内容も時間をかけて検討するも、各神殿は従来の基本を徹底するつもりです」

 神殿長も神官も気を引き締める。

「神殿はいままでの理念を貫き、人々の治療の方針も変わらず行いましょう。我々もまた団結します。これを答えとさせていただきたい」

 火の神官長を始め、皆が礼をする。

 帝国側も、ありがとうございますと返礼し、どうやらこの協議は「神殿からは積極的に踏み出せないが、今まで通りにやっていく」で一応の決着を得られたようだと、安心した空気が流れる。

 マルド・シカクネスは、その中にあって内心の焦りを禁じ得ない。

(えぇ…、こんな雰囲気で冒険者どうこうの話するの…? えぇ…?)

 肉体は鍛えたし、数々の帝国の決定に関わってきて心も成長したはずだ。しかし、神殿の最高者四人と高位神官多数を前に、協議で築いた結果を打ち壊す失敗をしたらどうしようという怯えは消えてくれない。

 重臣の一人が話す声が聞こえる。

「皆様の誠意あるお考えを聞けたこと、嬉しく思います。今後ともこうした協議を続けていけたらと願います。また、この事とは別に秘書官のマルド・シカクネスから、神殿の皆さまのご理解とご許可を望む事柄があるとの事。」

 ささ、と後押しされ、いったい何かと訝しみつつもおそらく重要な事であろうと神殿側も耳を貸してくれている。

 マルドは心の中で「押すなよ!」と突っ込みを入れつつ、覚悟を決める。

「ご紹介いただきました、秘書官のマルド・シカクネスです。いま一つの案件を抱えており、神殿の皆様のお力添えをお願いしたく思います。実は、闘技場にて魔導国による冒険者の勧誘がありましたが、み……」

 そこで、言葉が出ない。神殿勢力の警戒が滲んでいるからだ。中でも、水の神官長がハッキリと困った顔になる。

 …なんだ?

 やばい。ここに来て火竜の巣に踏み込んでしまったか?

「…お話の途中に申し訳ない。その件に関しまして、皆様で係わっておられる方々は、何名ほどになりますか? 帝国の中枢で、大きな動きがあるのですかな?」

 秘書官は、心を必死に抑える。え? 何、やっちゃった?

「……このマルド一人のみです。動きは大きなものではありませんが、各神殿の皆様と帝国との間に些細な行き違いも無いようにすべく、この度の協議に参加させていただいた次第でございます」

「そうでしたか…」

 水の神官長は一歩引いたが、周り…特に帝国の側の「おいおい、何やってくれてんのー?!」という圧力は、グイグイと強まる。ほんっと、すみません!

 こんな事になるとは、ワタクシ思っておりませんでした!

「でしたら、協議の終了後に別室で、改めて伺わせていただきたい」

 土の神官長の言葉に「よろしくお願いします」と頭を下げるマルド。

 その場で協議はギクシャクしながらも、次回開催はお互いの希望を確認して決めたい、と閉じられた。問題はマルドの件のみ。

 神殿側もあまり大人数に聞かれたくはないのか、今回の重臣の最高責任者であるロバルトとマルドのみで話し合いに別室を用意され、他の皆は城に戻る者とロバルトを待つ者に分かれた。

 秘書官は重臣の大物に「…何やったの? 大丈夫そう?」と問われても、どうにも答えられず「私にも何が何だか…」と言葉を濁すしかない。

 しかも別室に現れたのが、各神官長に水の高位神官となると、ロバルトの問う視線もマルドの目玉を焼かんばかりであった。憎悪の邪眼か何かだよ、もうコレ。自分も、下の者のヘマで最重要の同盟が崩壊する事にでもなれば、同じような目をしていると思うが。

 再びの挨拶を終え、早速謝罪しようとするマルドを、風の神官長が止める。

「申し訳ないが、言葉を飾るのは得意ではない。そして、この件で先の協議内容を破棄するという事もないのは、初めに申し上げておきたい。」

 帝国側の二人は、その言葉に安堵する。義理で本命を失敗しては元も子もない。

「もう一度、はじめから貴殿の話をお聞きしたい」

 マルドとしては是非もない。その為に来たのだから。一瞬で無くなりかけた自尊心も、戻ってくる。

「はい。先日、アインズ・ウール・ゴウン魔導王が闘技場に登場した折、魔導国の冒険者の勧誘を行いました。これに、騎士団の中で前々からの国へ興味を示していた者が名乗りを挙げ、参加する者を集めております。神殿の皆様にお願いしたい事は、もし魔導国に行く意志のある方がおりましたら、力を貸してはいただけないかという相談でございます。」

 神殿側の顔は渋い。引き抜きの形だから、それはそうだろうと思う。

「こうした場で提案しますのも、強制や強要ではなく、公正な協力関係を築いて正式に参加を決意していただきたいからです。もし、志願者がいましたなら、何卒よろしくお願いします」

 土の神官長が「質問をよろしいですか?」と聞くので、頷く。

「その魔導国冒険者となる件、皇帝陛下が進めているのですか?」

「いえ、陛下ですら何故魔導国が冒険者を、それも生者を勧誘したのかは解らない様子でした。ただ、参加する人間が自らの価値を証明する事で、帝国民の生きる選択肢を増やしたい考えはございます」

「魔導国の本当の狙いは?」

 そんなもの知るわけがない、のだが正直には言えない。

「分かりません。ですが勧誘の言葉にあるような"冒険する者"という、そのままの意味であれば、従来の冒険者や請負人ワーカーとも違う運用であるとは予想しています」

 さっきは困り顔をしていた水の神官長が「私からも」と発言する。

「魔導国の冒険者となる騎士の方、というのは四騎士のロックブルズ殿ではありませんか?」

 ズバリと本人を当てる。「その通りで、"重爆"殿でございます」と答えると、おお、それで…、とザワつく。…帝城では裏切りを疑われ、神殿でも何かイザコザがあるのか、あの方は。

「ロックブルズ殿に、なにか?」警戒するような雰囲気があったのは、彼女に理由や因縁があるのだろうか?

 神官長たちの視線が、一人に向かう。この場に唯一の高位神官だった。彼女は立ち上がると自己紹介から始める。

「はじめまして、セフィロア・グンサ・ポーテルカと申します。実は、当神殿におります一人の神官が、先日突然に冒険者となるため魔導国に向かうと言い出し、皆が何事かと案じていたのです。魔法で精神支配を受けたのか、とも」

「先の私の話に緊張が走ったように感じたのは、それが原因でしょうか?」マルドの疑問。

 セフィロアは頷く。

「魔導国、冒険者、と二つの言葉が出てくるのが偶然とは思えなかったのです。神殿を巻き込むような陰謀ではないか、と」

 それは秘書官として否定せねばなるまい。

「断言いたしますが、神殿の皆様と事を構えて喜ぶような者は、帝国にはいません。治療に開発されたマジックアイテムにと、多くの面で救われているのは民だけではありません」

「はい。それに、ロックブルズ殿のお名前がでましたので、彼女が魔導国に行こうと決意した理由も、いま分かりました」

 マルドにはそれが解らない。その思いが顔にでたのか、セフィロアは苦笑する。

はかつてロックブルズ殿とモンスター討伐に回っていた一人で、故あって神殿に身を置きつつ、信仰系魔法の習得だけでなく新しく呪いを解く方法を熱心に研究もしていました」

 "重爆"は女性の顔に嫌悪を漲らせる為に、彼女の特別小隊は男性ばかりだ。神殿に在籍していたのは、勉強の為もあるだろうが、傍にもいられなかったのだろう。

「人々を救う、その為に何か出来ないかと努力していた彼女が、何故魔導国の冒険者になると言ったのか、理由が分かりほっとしました。ありがとうございます」

 礼をして、セフィロアは座る。神官長も何かを納得したようだ。

「彼女がロックブルズ殿の力になりたいというのなら、止められまい。…優秀な神官がアンデッドの国に行くのは不安の方が大きいが、きっと魔導国に生きる人々にも希望を与えられよう」

 "重爆"の下に一人は神官が参加するとして、冒険者の十二人編成にしては回復役が少ないのではと危惧する。

「他にも、そうした"重爆"殿や魔導国の民の助けになりたいという方は、いらっしゃらないでしょうか?」

 火の神官長がムスッとして言う。

「例えば、この帝国で冒険者や請負人ワーカーになるのとでは、勝手が違いすぎる。不死者の尖兵となり果てるのやも知れぬのに、軽々にはさせられん」

 それに…、と土の神官長が続ける。

「アンデッドに支配されている魔導国の人々の力になりたい、と言う者たちは帝国各地の神殿にも大勢いる。しかしだ、"生活の手助けや支えになりたい"のと、"魔導王を滅ぼすことで助けたい"では、意味が大きく違う。に勝算なく挑んでも、人間自体が滅ぼされ兼ねん」

「そ、それは我々としても回避していただかなくては」とロバルトが慌てる。内務の重臣とはいえ、国も人も消されてはどうしようもない。

「早まった真似はさせず、力を蓄えるように皆で説得している。だが、同じ理由で魔導国の冒険者になろうという者を、率先して推薦するような事も出来ない。私たちの人材も無限ではない」

「例えば、請負人ワーカーになりたがる神官の中にも見られますが、神殿の方針とは相容れぬような方が魔導国に行きたがる場合は、どうでしょうか?」

 秘書官が食い下がると、皆が風の神官長をチラリと見る。

 他の神官長の視線の意味に気付いていても、素知らぬフリを続けていたが、やがて口を開く。

「いる事はいる、それは確かではある」

 ひどく歯切れが悪い。マルドは不安に駆られるが、一応は確認せねばならない。

「…いったい、どのような方なのでしょうか?」

 風の神官長はにべもなく答える。

「どうしても助けが欲しいというのであれば、後日に風の神殿を訪ねて来て欲しい。けれど、もしその者に話をするのならば、その後に起こるすべての責任は取ってもらいたい」

 マルド・シカクネスは、"その者"とやらがどんな人物かサッパリ理解できなかったが、訳も分からず責任は取りたくなかったので、ただ「わかりました」と返すのみであった。

 帝国の陰謀を疑う神殿勢力も、のではないかと思わされる終わり方であったが、とにかく帝国と神殿との協議は継続され、あまり使いたくないとは言え鬼札ジョーカーは手にした。

 お互いに挨拶を交し、決意を誓い合う。

 神官長との会議の間、ずっと待っていたロバルトの従者と合流し城へと戻ると、秘書官室の机に皇帝陛下の指示書が置かれていた。

 マルド・シカクネスの忙しい日々は、まだまだ続きそうであった。

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